Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation事件のCAFC判決は、特許権の帰属を巡る紛争において、発明者と雇用主の間の契約解釈が重要な役割を果たすことを明らかにしました。

発明者と雇用主の契約解釈が特許譲渡の鍵を握る – Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation事件が示す教訓

近年、特許権の譲渡を巡る紛争が注目を集めています。その中でも、発明者と雇用主の間の契約解釈は毎回争点になっています。今回も、雇用契約における特許譲渡の文言とその例外条項の解釈が問題となり、Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation事件のCAFC(連邦巡回区控訴裁判所)判決は、特許権の譲渡問題の重要性を改めて示す判決となっています。

本記事では、この事件の背景と地方裁判所の判決を概観した上で、CAFCの判断とその影響について詳しく分析します。特に、“entirely on my own time”(全面的に自分の時間で)という契約条項の解釈が争点となった本事件は、発明譲渡契約における文言の明確性の重要性を浮き彫りにするとともに、発明者が自身の権利を守るための戦略を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。

また、本事件は特許権者と雇用主の関係だけでなく、第三者からの特許所有権への異議申立てという問題も提起しています。発明から長期間経過した後の権利行使は、特許権者にとって特許の有効性を疑われるリスクとなり得るため、譲渡問題を含めた、特許の有効性に関して反論する準備はより慎重に行う必要があるでしょう。

本稿では、これらの問題について、関連する判例や事例を交えながら、多角的に検討していきます。特許法実務家のみならず、発明者や企業の知的財産部門の方々にとっても、有益な情報が得られるはずです。

判決を理解する上で重要な事実背景

本事件を理解するには、発明者であるDr. Mark Coreの経歴と、彼とTRWとの関係を知ることが重要です。また、問題となった’211特許の発明経緯と、特許権の譲渡の流れを把握する必要があります。

Dr. Mark Coreの経歴とTRWとの雇用契約

Dr. Mark Coreは、1990年8月にTRWに入社し、「TRW発明契約」(TRW Invention Agreement)を締結しました。この契約では、Dr. Coreは、TRWでの雇用期間中に「TRWの事業または活動に関連する」すべての発明を、TRWに開示し、自動的に譲渡することに同意しました。

ただし、この契約には重要な例外条項が含まれていました。それは、「TRWの設備、機器、供給品、または企業秘密情報を一切使用せず、全面的に自分の時間で開発した発明」は、TRWへの譲渡義務の対象外とするというものです。この“Entirely on my own time”(全面的に自分の時間で)の例外条項の解釈が、本事件の争点の一つとなりました。

Dr. Coreの博士課程研究と’211特許

1993年、Dr. Coreは、カリフォルニア大学アーバイン校の博士課程に入学し、TRWのフェローシッププログラムに参加しました。TRWのフェローシッププログラムは、Dr. Coreの博士課程の研究を財政的に支援。またTRWは、Dr. Coreに月々の給与と奨学金を支給し、授業料や手数料を負担しました。その見返りとして、Dr. Coreは、TRWの事業に関連する分野で学位を取得し、定期的にTRWのスポンサーと面会して研究の進捗を報告することが求められました。

その後、Dr. Coreは、博士課程の研究の過程で、’211特許の発明を行いました。実際、Dr. Coreの博士論文は、’211特許の仮出願とほぼ同一の内容であったと認められています。

’211特許の譲渡

2011年8月、Dr. Coreは、’211特許をCore Opticalに譲渡し、この譲渡は米国特許商標庁に記録されました。この譲渡された特許を使い、Core Opticalは、2019年11月から2020年8月にかけて、Nokia、ADVA、Ciscoを相手に、カリフォルニア中部地区連邦地方裁判所で特許侵害訴訟を提起しました。これに対し、被告らは、Core Opticalが’211特許の所有権を有していないと主張し、訴訟当事者適格がないと反論しました。

以上が、本事件の背景となる重要な事実関係です。

地方裁判所の判決

この特許の譲渡問題に対して、地方裁判所では以下のように争われました。2021年8月、Nokiaらは、Core Opticalの訴訟当事者適格(standing)がないとして、略式判決(summary judgment)を申し立てました。Nokiaらは、Dr. Coreが1990年の雇用契約に基づいて’211特許をTRWに自動的に譲渡していたため、Core Opticalへの譲渡は無効であると主張しました。特許訴訟は特許の権利者(または、それ相当の当事者)でないと起こせず、Core Opticalへの譲渡は無効であるため、Core Opticalhは問題の特許の権利者ではないという主張を被告たちは展開しました。

地方裁判所による“entirely on my own time”の解釈

地方裁判所は、1990年の雇用契約における“entirely on my own time”(全面的に自分の時間で)の例外条項の解釈を行いました。裁判所は、この条項が適用されるには、以下の3つの要件を満たす必要があるとしました。

  1. 発明のプロセスでTRWの設備、機器、供給品、または企業秘密情報が一切使用されていないこと
  2. 発明が、従業員の全面的に自分の時間で開発されたこと
  3. (a) 発明が、TRWの事業または実際の研究開発や予想される研究開発に関連していないこと、または (b) 発明が、従業員のTRWでの業務から生じたものではないこと

この要素と事実を検証した後、地方裁判所は、上記の要件2が満たされていないと判断しました。Dr. Coreが博士課程の研究に費やした時間は、少なくとも一部は「TRWの時間」であり、「全面的に」Dr. Coreの「自分の時間」ではなかったという解釈を示しました。この解釈において、裁判所は、1) Dr. Coreが、TRWのフェローシッププログラムを通じて、博士課程の研究資金を積極的に求めたこと、2) Dr. Coreが、TRWから、月々の奨学金、授業料、手数料、フルタイムの従業員福利厚生を受けていたこと、3)TRWが、Dr. Coreの博士課程への参加から利益を得ていたことの3点を重視しました。

以上の理由から、地方裁判所は、1990年の雇用契約の第9項が’211特許に適用されないと結論付けました。つまり、Dr. Coreは’211特許をTRWに自動的に譲渡していたことになり、Core Opticalへの譲渡は無効であるとされたのです。

結果として、地方裁判所は、Core Opticalには特許権がなく、訴訟当事者適格が欠如しているとして、Nokiaらの略式判決の申立てを認めました。

この地方裁判所の判決に対し、Core Opticalは控訴しました。

CAFCの判決

判例:Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corp. 

控訴されたCAFCは、地方裁判所による略式判決の付与を再審理しました。争点は、1990年の雇用契約の“entirely on my own time”(全面的に自分の時間で)の例外条項の解釈と、その条項が’211特許に適用されるかどうかでした。

“entirely on my own time”の例外に関する分析

CAFCは、“entirely on my own time”の文言が曖昧であり、一義的に解釈できないと指摘しました。Dr. Coreが博士課程の研究に費やした時間が、「全面的に」彼の「自分の時間」であるのか、それとも一部は「TRWの時間」であるのかについて、契約文言からは明確な判断ができないというのです。

また、CAFCは、Dr. Coreが博士課程の研究においてTRWのリソースを使用したかどうかについて、両当事者から相反する証拠が提出されていることに言及しました。Core Opticalは、Dr. Coreが「TRWの時間外」に博士課程の研究を行い、TRWの設備、機器、供給品を使用しなかったと主張したのに対し、Nokiaらはこれを争いました。

以上の理由から、CAFCは、地方裁判所による略式判決の付与を取り消しました。CAFCは、“entirely on my own time”の文言が曖昧であり、Dr. CoreのTRWリソース使用に関する事実認定が不十分であるとして、更なる事実認定のために地方裁判所に差し戻したのです。

CAFCは、地方裁判所に対し、以下の点を含む事実認定を行うよう指示しました。

  • TRWとNorthrop Grumman(TRWの後継会社)が、長年にわたって’211特許の所有権を主張しなかったことの意味
  • Dr. Coreの元上司が、TRWが’211特許の所有権を有していないとDr. Coreに伝えたとされる証拠の評価
  • 雇用主が資金提供する教育プログラムに関する業界の慣行や慣習の証拠の考慮
  • 契約の起草者であるTRWに不利になるように曖昧さを解決するという契約解釈の原則(contra proferentem)の適用可能性

つまり、CAFCは、“entirely on my own time”という文言の解釈を明確に示すのではなく、この文言の解釈に関連する事実認定が不十分であるとして、地方裁判所に差し戻しました。これはCAFCは、この文言の解釈が、追加的な事実認定によって明らかになる可能性があるとの立場をとったといえます。

したがって、CAFCは、“entirely on my own time”という契約条項の解釈を明確に示したわけではなく、その解釈のために必要な事実認定を地方裁判所に指示したのみにとどまりました。

Mayer裁判官の反対意見

このCAFCの判決で、Mayer裁判官は、反対意見を述べました。Mayer裁判官は、Dr. Coreが「全面的に自分の時間で」’211特許の発明を開発しなかったことは明白であるとして、地方裁判所の判決を支持すべきだと主張しました。

影響と分析

ここではCore Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation事件のCAFC判決が与える影響と、今後の特許法実務に与える示唆について分析していきます。

発明譲渡における明確な契約文言の重要性

本事件は、発明譲渡契約における文言の明確性の重要性を浮き彫りにしました。“entirely on my own time”のような曖昧な文言は、後の紛争の種になりかねません。雇用主と従業員は、発明の所有権について明確な合意をしておくことが重要です。

特に、従業員が雇用主の資金提供を受けて研究を行う場合、その研究成果の所有権について、事前に明確な取り決めをしておくべきでしょう。

OLCでも数多くの特許譲渡の問題をテーマにした記事を書いています。以下がこの契約文言に関する関連記事です。

職務発明でトラブルにならないための雇用契約と知的財産条項 Abstract representation of avoiding disputes over workplace inventions with legal documents, a balance scale, and American legal symbols in a professional color scheme of blues, golds, and whites

職務発明でトラブルにならないための雇用契約と知的財産条項

従業員が画期的な発明をしたからと言って、その発明が雇用主に帰属するかというと、そう簡単に結論が出せないのが、アメリカにおける発明の取り扱いの難しいところです。職務での発明の内容や、雇用形態、「雇用中」の発明なのか、社内のリソースを使ったものなのか、雇用時の知財に関わる条項などによって、結論が大きく変わってきます。そこで、今回はアメリカにおける職場での発明の権利者に関わる問題を深堀りし、トラブルを回避できる雇用契約と知的財産条項を考察していきます。…

知財権譲渡の際の重要キーワード:裁判所が”マジックワード “の欠落により、知的財産権の譲渡は不適切だったと判断 draft pen paper

知財権譲渡の際の重要キーワード:裁判所が”マジックワード “の欠落により、知的財産権の譲渡は不適切だったと判断

特許の権利を譲渡する場合、その意思が明確に譲渡書に示されている必要があります。その発明者の「意思」を明確にするために、譲渡書では、適切な表現による権利の譲渡を行い、単に将来的に特許を譲渡することを約束するだけと解釈されるような表現は避け、「will assign」、「agrees to grant」、「does hereby grant title to the patent」など、将来の権利の現在の自動譲渡を構成すると以前から認められている現在形の実行語を使用することをおすすめします。…

「Shall Be」という言葉は、発明の権利の自動譲渡にならない Contract-signing

「Shall Be」という言葉は、発明の権利の自動譲渡にならない

職務規約において発明や特許の譲渡が明記されている場合もありますが、その規約の文言だけで発明の権利が自動的に会社に譲渡されるということにはならない可能性があります。今回のように、文言が譲渡する意思を示すものとして解釈されたり、また、実務では別途譲渡書に署名してもらうという手続きをとっていると、職務規約だけに依存した発明の譲渡の主張が難しくなります。…

雇用法と特許法の衝突: 非競争制限は譲渡条項の範囲も制限する? Contract-signing

雇用法と特許法の衝突: 非競争制限は譲渡条項の範囲も制限する?

皆さんは雇用契約で従業員に対する発明の譲渡条項がどのようになっているか知っていますか?人の流動性が大きいアメリカでは、雇用契約と発明の譲渡がたまに問題になります。この譲渡の問題は州法が適用される雇用法に大きく影響されるので、従業員に手厚いカリフォルニア州などで研究・開発をしているのであれば、今回の判例を学び、雇用契約の見直しをすることをおすすめします。…

特許訴訟で雇用契約の譲渡条文に頼るのは危険 mistake

特許訴訟で雇用契約の譲渡条文に頼るのは危険

特許権者にすべての発明者から発明の譲渡がされていないと、当事者適格(Standing)が認められません。当事者適格がないと、特許侵害訴訟を起こせない(起こしても、棄却されてしまう)ので、譲渡に関する書類は早い段階で発明者に署名してもらいましょう。また、発明者が譲渡を拒む場合、会社に全ての権利が移行せず、当事者適格(Standing)を満たさない場合があるので、注意が必要です。 Advanced Video Technologies LLC v. HTC Corp., et al., Case Nos. 16-2309; -2310; -2311 (Fed. Cir., Jan. 11, 2018) (Reyna…

発明者が所有権の主張を強化するための潜在的な戦略

発明者は、雇用主との間で、雇用期間中に行う研究の所有権について、明確な合意をしておくことが重要です。特に、独自の研究が雇用主の資金提供を受けない場合、その旨を書面で確認しておくことが望ましいでしょう。

また、発明者は、雇用主の業務と独立した研究を明確に区別して行うことが重要です。雇用主の設備、機器、供給品を使用しないこと、勤務時間外に研究を行うことなどを心がける必要があります。

特許所有権に対する第三者からの異議申立て

本事件では、発明から20年以上経過した後に、第三者(Nokia)が特許所有権に異議を唱えました。このような長期間経過後の付随的攻撃は、特許権者にとって大きな脅威となります。

特許所有権に瑕疵がある場合、第三者からの異議申立てが認められる可能性があります。しかし、長年にわたって特許権者が特許を保有し、他者もそれを受け入れてきた場合、特許権者の確立された期待とのバランスを考慮する必要があります。

結論

Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation事件のCAFC判決は、特許権の帰属を巡る紛争において、発明者と雇用主の間の契約解釈が重要な役割を果たすことを明らかにしました。特に、“entirely on my own time”のような曖昧な文言は、後の紛争の種になる可能性があります。

この判決は、特許権者と雇用主が、発明の所有権について明確な合意をしておくことの重要性を示すとともに、発明者が自身の権利を守るための戦略を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。特許法実務家は、この判決の影響を踏まえつつ、明確な契約文言の重要性と、発明者の所有権を強化するための戦略について、改めて検討する必要があります。

特許の譲渡に関しては訴訟で問題になることもあるので、上記で紹介した記事以外にも以下のような関連記事があります。 OLCのサイトには特許譲渡に関する数多くの事例を紹介した記事があるので、ぜひ参考にしてみてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

こちらもおすすめ