訴不提起契約(covenant not to sue)の訴訟から学ぶ契約書の書き方

法的契約、特に特許に関する契約において、訴不提起契約(covenant not to sue)は契約上の問題が起こったときの特許権の行使や活用に大きな影響を与える重要な要素です。この記事では、最近の注目すべきケースであるAlexSam, Inc. v. MasterCard International Inc.に焦点を当てながら、訴不提起契約の複雑さと実務における契約条項の注意点について掘り下げていきます。

訴不提起契約(covenant not to sue)とは?

訴不提起契約(covenant not to sue)とは、契約の中で当事者の一方が、特定の問題に関して相手方に対して訴訟を提起しないことに同意する法的な取り決めです。この種の契約は知的財産権契約において特に重要であり、ライセンシーがライセンス条件を遵守する限り、ライセンサーが特許侵害で訴訟を起こさないことをライセンシーに保証する役割を果たします。このような契約は、当事者間の協力関係を育み、常に訴訟の脅威にさらされることなく特許技術の使用と商業化を可能にします。

訴不提起契約で未払いロイヤリティを追及できなくなる?

今回紹介するAlexSamとMasterCardの間の訴訟では、訴不提起契約の解釈が未払いロイヤリティをめぐる法廷闘争の核心となりました。AlexSamは、プリペイドカードの特許をMasterCardにライセンス供与し、ライセンス供与された取引からのロイヤルティを得るという契約になっていました。その後、支払いをめぐる意見の相違が表面化した際、MasterCardは、ライセンス契約に含まれる訴不提起契約を指摘し、AlexSamがロイヤリティの支払いをめぐる争いで訴訟を起こすことは禁じられていると主張しました。

AlexSam v. MasterCard における訴不提起契約の問題

MasterCardは、ライセンス契約内の広範な文言による訴不提起契約を援用し、この条項によりAlexSamが未払いのロイヤルティ請求を含め、ライセンス取引に関連する訴訟を追行することが禁じられていると主張しました。

問題になった訴不提起契約の関連する部分には、“Alex[S]am … agrees and covenants to not at any time initiate, assert, or bring any claim … against MasterCard, for any claim or alleged liabilities of any kind and nature … relating to [the licensed transactions]….” (「Alex[S]amは、...MasterCardに対して、(ライセンスされた取引に)関連するあらゆる種類の、あらゆる性質の請求または主張される債務について、...いかなる場合も請求を開始、主張、または提起しないことに同意し、誓約する...」)

連邦地裁は、このMasterCardの主張に基づいて略式判決を下し、MasterCardに同意しました。

しかし、控訴審の結果、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は下級審の判決を覆しました。CAFCは、契約全体の文脈で解釈した場合、訴えないという取り決めは、AlexSamが未払いのロイヤルティに関する契約違反を訴えることを妨げるものではないと判断しました。よって、CAFCは、MasterCardに有利な連邦地裁の略式判決を破棄しました。

訴不提起契約におけるCAFCの重要な見解

AlexSam v. MasterCard事件におけるCAFCの判決は、法律実務家、ライセンサー、ライセンシーにとって、特にライセ ンス契約における訴不提起契約の作成および解釈に関して、いくつかの重要な要点を提 供するものです:

  • 文脈における解釈:裁判所は、訴不提起契約は単独で解釈されるのではなく、契約全体の文脈の中で解釈されなければならないと強調しました。このアプローチにより、この条項が契約の他の条項、特にロイヤルティ支払いのような本質的な権利や義務に関連する条項と矛盾しないことが重要になってきます。
  • 広範な文言とその限界:CAFCは、訴不提起契約の文言が広範であるにもかかわらず、そのような文言が当事者間のあらゆる種類のクレームに自動的に適用されるわけではないことを示しました。特に特定の解釈によって他の契約上の義務が無効になる場合は、そのような解釈が適用されるべきでないことが今回の判例で明確になりました。
  • 訴不提起契約の期間と終了のタイミング:本判決は、訴不提起契約の効力は、明示的に記載がない限り、本質的に契約の存続期間と結びついていることを強調しました。この判決は、このような訴不提起契約は通常、契約の終了を超えることはないことを示唆しています。

契約書の作成と交渉における訴不提起契約に関する実践的なヒント

  1. 訴不提起契約の継続性を明確にする: 訴不提起契約がライセンス契約終了と共に終わることが一般的ですが、当事者が契約終了後もこの契約を継続させたい場合は、その旨を契約書に明示的に記載する必要があります。CAFCはこの点を強調し、訴不提起契約の効力が契約の存続期間に限定されることを示しています。
  2. 契約文言の精密さを保つ: 正確で明確な契約文言の必要性は、訴訟リスクを減少させ、両当事者の意図を正しく反映させるために不可欠です。特に訴不提起契約の文言において、CAFCはその正確性と明確性が将来の解釈において重要であることを指摘しました。曖昧な表現は避け、条項の目的と範囲を具体的に定めるべきです。
  3. 条項の具体性に注目する: 広範囲にわたる文言や条項が将来どのように解釈され得るかを考慮することは、契約のドラフトにおいて重要です。この先見の明は、将来的な紛争を防ぎ、契約が意図した通りに機能することを保証します。契約条項は、可能な限り具体的に書くことで、未来の解釈に関する不確実性を最小限に抑えることができます。

結論

AlexSam v. MasterCard事件は、特に特許ライセンス契約の枠組みにおける、訴不提起契約の複雑な性質に光を当てています。このような契約書の作成に携わる実務家や当事者にとって、この事件は明確かつ思慮深い契約書作成の必要性を強調しています。この事件は、訴不提起契約の存続期間を特定することの重要な必要性と、そのような規定が契約解除に与える影響について強調しています。

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