Innovative court ruling on royalty payments post-patent expiration in Ares Trading v. Dyax Corp. case discussed. 3rd Circuit Court of Appeals allowed continuation of royalty payments not based on patent use. Insights on impact in research-intensive industries like biotechnology and new possibilities in patent license contract design highlighted. Analysis of practical implications, emphasizing the economic reality of contracts and considerations for royalty clause design provided. Full explanation of ruling as crucial guidance for balancing innovation promotion and basic principles of patent system for patent holders and licensees.

特許期間終了後のロイヤリティは認められる場合もある:Ares Trading v. Dyax Corp.

1. はじめに

特許ライセンス契約におけるロイヤリティ支払いの問題は、知的財産法の分野で常に注目を集めてきました。特に、特許権の存続期間満了後のロイヤリティ支払いについては、最高裁における判決以降、長年にわたり議論が続いています。この複雑な問題に新たな光を当てたのが、最近の Ares Trading S.A. v. Dyax Corp. 事件です。

2024年8月14日、第三巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Third Circuit)は、この事件に関する重要な判決を下しました。本判決は、特許権の存続期間満了後のロイヤリティ支払いに関する従来の理解に一石を投じるものとなりました。

本稿では、この Ares Trading v. Dyax Corp. 事件(以下、Ares 事件)の概要と、判決が特許ライセンス実務に与える影響について詳しく解説します。さらに、本判決が Brulotte v. Thys Co. 事件(以下、Brulotte 事件)で確立されたルールをどのように解釈し適用したかを分析します。

2. 事件の背景

2.1 当事者と契約関係

Ares Trading S.A.(以下、Ares)と Dyax Corp.(以下、Dyax)の間の紛争は、バイオテクノロジー分野における複雑な契約関係から生じました。Dyax は、ファージディスプレイ(phage display)という抗体フラグメントを発見するための実験技術に特化したバイオテクノロジー企業です。この技術は、新薬開発において重要な役割を果たしています。

2006年、両社は共同研究開発契約(Collaboration and License Agreement、CLA)を締結しました。この契約に基づき、Dyax は自社のファージディスプレイ技術を用いて、Ares が指定したターゲットに結合する抗体フラグメントを特定する作業を行うことになりました。具体的には、PD-L1と呼ばれるタンパク質をターゲットとして、Dyax がファージディスプレイ技術を用いて抗体フラグメントを特定し、Ares がそれを基に抗がん剤バベンシオ(Bavencio)を開発しました。

契約の一環として、Dyax は Cambridge Antibody Technology(CAT)が所有する特許(以下、CAT特許)を含む複数の特許をAresにライセンスしました。この複雑な契約関係が、後のロイヤリティ紛争の背景となります。

2.2 問題となったロイヤリティ条項

CLAにおけるロイヤリティ条項が、本事件の核心となりました。この条項は以下のような内容でした:

「ロイヤリティは、国ごと、製品ごとに、当該国での最初の商業的販売から10年間、または最後のCAT有効クレームの満了まで、いずれか遅い方まで支払われるものとする。」(”…on a country-by-country and Product-by-Product basis for a period commencing with the First Commercial Sale in the relevant country and ending ten (10) years after First Commercial Sale; provided, however, in the event that such ten (10) year period for a Product in a particular country ends prior to the expiration of the last CAT Valid Claim in such country, then royalties shall be payable in such country until the expiration of last CAT Valid Claim.”)

この条項の解釈が争点となったのは、CAT特許が2018年に満了したにもかかわらず、バベンシオの最初の商業的販売が2017年に行われたためです。つまり、ロイヤリティ支払い義務が2027年まで続くという解釈が可能でした。

Ares は、この条項が特許満了後のロイヤリティ支払いを要求しているため、Brulotte v. Thys Co. 事件で確立された法理(以下、Brulotte ルール)に違反し、執行不能であると主張しました。一方、Dyax は、この条項は有効であり、Brulotte ルールの適用対象外であると反論しました。

両社の主張の対立点は、特許満了後のロイヤリティ支払いが、特許法の基本原則である「特許権の存続期間の制限」にどのように抵触するか、また、そもそもこの支払いが特許の「使用」に基づくものなのかという点にありました。この複雑な法的問題が、第三巡回区控訴裁判所の判断を必要とする事態へと発展したのです。

3. Brulotte ルールの概要

3.1 Brulotte v. Thys Co. 事件

Brulotte v. Thys Co. 事件(以下、Brulotte事件)は、1964年に米国最高裁判所が下した画期的な判決です。この事件は、特許ライセンス契約における特許権存続期間満了後のロイヤリティ支払いの有効性に関する重要な先例となりました。

事件の概要は以下の通りです。Thys社は、ホップ収穫機に関する特許を保有し、農家にこの機械をライセンスしていました。ライセンス契約では、農家は機械の使用に対して年間のロイヤリティを支払うことが定められていました。しかし、このロイヤリティ支払い義務は、特許の存続期間が満了した後も継続するものでした。

最高裁は、この契約条項を特許権の不当な延長とみなし、違法であると判断しました。裁判所の見解によれば、特許権者は特許の存続期間中のみ独占権を享受できるのであり、その期間を超えて権利を延長することは許されないというものでした。この判決により、特許満了後のロイヤリティ支払いを要求する契約条項は執行不能とされる「Brulotteルール」が確立されました。

3.2 Kimble v. Marvel Entertainment 事件での再確認

Brulotteルールは、その後50年以上にわたり批判の対象となりました。多くの法律家や経済学者が、このルールは柔軟性に欠け、イノベーションを阻害する可能性があると指摘しました。しかし、2015年のKimble v. Marvel Entertainment事件(以下、Kimble事件)において、最高裁はBrulotteルールを再確認する判断を下しました。

Kimble事件では、スパイダーマンの玩具に関する特許のライセンス契約が問題となりました。契約では、特許の存続期間満了後もロイヤリティ支払いが継続することが定められていました。最高裁は、先例拘束性の原則(stare decisis)に基づき、Brulotteルールを維持する判断を下しました。

しかし、Kimble判決は単にBrulotteルールを再確認しただけではありませんでした。最高裁は、このルールの適用範囲をより明確にし、いくつかの重要な指針を示しました。特に、裁判所は「特許権存続期間満了後の使用(post-expiration use)」という概念に焦点を当て、ロイヤリティが特許発明の「使用」に基づいて計算されているかどうかが重要であると指摘しました。

さらに、Kimble判決は、特許権者がBrulotteルールを回避するための方法をいくつか示唆しました。例えば、ハイブリッドライセンス(特許とノウハウを組み合わせたライセンス)や、特許満了後にロイヤリティ率を下げるステップダウン条項などが挙げられました。

Kimble事件での最高裁の判断により、Brulotteルールは現代の特許ライセンス実務において依然として重要な役割を果たしていることが確認されました。しかし同時に、このルールの適用には注意深い解釈が必要であることも明らかになりました。Ares事件は、このような背景のもとで、Brulotteルールの新たな解釈と適用を示す機会となったのです。

4. 第三巡回区控訴裁判所の判断

4.1 Brulotte ルールの解釈

第三巡回区控訴裁判所は、Ares事件において、Brulotteルールの新たな解釈を示しました。裁判所は、Kimble事件での最高裁判決を踏まえつつ、より詳細かつ具体的な適用基準を提示しました。

裁判所は、Brulotteルールの核心を「特許存続期間満了後の発明の使用に対するロイヤリティ」(”royalties for post-expiration use of a patent”)の禁止であると再確認しました。しかし、ここで重要なのは「使用(use)」の定義です。裁判所は、「使用」とは「特許の存続期間中に侵害を構成したであろう行為」(”acts that would have infringed the patents pre-expiration”)を指すと明確に述べました。

さらに、裁判所は「ロイヤリティが特許存続期間満了後の使用に対して提供されているか」を判断する際の基準を示しました。具体的には、ロイヤリティが「特許存続期間満了後の使用を必要とする活動に基づいて計算されているか」を検討する必要があるとしました。

これらの解釈により、裁判所はBrulotteルールの適用範囲を明確化し、同時に機械的な適用を避けるための柔軟性を提供しました。このアプローチは、特許ライセンス契約の実務に大きな影響を与える可能性があります。

4.2 Ares のロイヤリティ義務への適用

Ares のロイヤリティ義務に対する Brulotte ルールの適用において、裁判所は以下の点を重視しました。

  1. ロイヤリティの計算基準: Ares のロイヤリティ義務は、「治療用抗体製品(Therapeutic Antibody Products)」の売上に基づいて計算されていました。裁判所は、この定義が CAT 特許の使用を直接参照していないことに注目しました。
  2. 特許の実施の有無: Ares は、バベンシオの開発や製造において CAT 特許を実施していないと認めていました。この事実は、ロイヤリティが特許の「使用」に基づいていないことを示唆しています。
  3. 契約の構造: 裁判所は、CLA の構造を詳細に分析し、ロイヤリティ支払いが Dyax のファージディスプレイ研究の対価であり、特許ライセンスの対価ではないと解釈しました。

これらの要素を総合的に考慮し、裁判所は Ares のロイヤリティ義務が Brulotte ルールに違反しないと判断しました。裁判所の見解によれば、このロイヤリティは「CAT 特許の存続期間満了後の使用を必要とする活動に基づいて計算されていない」ため、Brulotte ルールの適用対象外となります。

この判断は、特許ライセンス実務に大きな影響を与える可能性があります。特に、研究開発契約やプラットフォーム技術のライセンスにおいて、特許存続期間満了後もロイヤリティ支払いを継続させる新たな方法を示唆しています。

裁判所は、Brulotte ルールを形式的に適用するのではなく、契約の実質と経済的実態を重視するアプローチを採用しました。この判断は、イノベーションを促進しつつ、特許制度の基本原則を維持するバランスの取れたものと評価できるでしょう。

5. 判決の意義と実務への影響

Ares事件の判決は、特許ライセンス実務に大きな影響を与える可能性があります。この判決は、Brulotteルールの適用範囲を明確化し、特許ライセンス契約の設計に新たな可能性を開きました。

5.1 特許ライセンス契約への影響

本判決は、特許ライセンス契約の設計と交渉に重要な示唆を与えています。

  1. 複合的な契約の有効性: 研究開発契約とライセンス契約を組み合わせた複合的な契約構造が、Brulotteルールの適用を回避する有効な方法として認められました。これにより、バイオテクノロジー分野などの研究開発集約型産業において、より柔軟な契約設計が可能になるでしょう。
  2. 「使用」の定義の重要性: 裁判所が「特許の使用」を厳密に定義したことで、特許の実施を必要としない製品やサービスに対するロイヤリティ支払いの継続が可能になりました。これは、プラットフォーム技術や研究ツールのライセンスに新たな可能性を開きます。
  3. 経済的実態の重視: 裁判所が契約の形式だけでなく経済的実態を重視したことは、イノベーションの促進と特許制度の基本原則のバランスを取る上で重要です。今後、ライセンス契約の交渉において、経済的実態をより詳細に検討する必要が出てくるでしょう。
  4. 長期的なロイヤリティ構造の可能性: 本判決により、特定の条件下では特許満了後も継続するロイヤリティ支払いが認められる可能性が高まりました。これは、長期的な研究開発プロジェクトやライフサイエンス分野での商業化に新たな選択肢を提供します。

5.2 ロイヤリティ条項の設計における留意点

Ares事件の判決を踏まえ、ロイヤリティ条項の設計時には以下の点に留意する必要があります。

  1. ロイヤリティの計算基準の明確化: ロイヤリティが特許の「使用」ではなく、製品の売上や他の要因に基づいて計算されることを明確に記載します。特に、特許の存続期間満了後も継続する可能性のあるロイヤリティについては、その根拠を慎重に定義する必要があります。
  2. 契約の目的と経済的実態の明確化: 契約の前文や目的条項において、ロイヤリティが特許ライセンスの対価だけでなく、研究開発サービスや他の無形資産(ノウハウなど)の対価も含むことを明記します。これにより、Brulotteルールの適用を回避する根拠を強化できます。
  3. ステップダウン条項の検討: 特許満了後にロイヤリティ率を引き下げるステップダウン条項の導入を検討します。これは、Kimble事件で最高裁が示唆した方法の一つであり、Brulotteルールへの対応策として有効です。
  4. ハイブリッドライセンスの活用: 特許とノウハウを組み合わせたハイブリッドライセンスの使用を検討します。ノウハウライセンスに基づくロイヤリティは特許満了後も継続可能であり、Brulotteルールの適用を回避する有効な手段となります。
  5. 契約終了条項の見直し: 特許満了時の契約終了条項を慎重に設計します。特許満了後も継続するロイヤリティ支払いの根拠となる契約上の権利や義務が、不用意に終了しないよう注意が必要です。
  6. 準拠法と管轄の選択: Ares事件の判決は第三巡回区控訴裁判所によるものであり、他の巡回区での判断は異なる可能性があります。準拠法や管轄の選択が重要になる場合があるでしょう。

これらの点に留意しつつ、個々の取引の特性や当事者の意図を反映したロイヤリティ条項を設計することが重要です。Ares事件の判決は、特許ライセンス実務に新たな可能性を開いたと同時に、より慎重かつ創造的な契約設計の必要性を示唆しています。

その他、ロイヤリティに関するOLCの記事も参考にしてみてください

6. 結論

Ares Trading v. Dyax Corp.事件の判決は、特許ライセンス実務に新たな視点をもたらしました。第三巡回区控訴裁判所は、Brulotteルールの適用において、契約の形式だけでなく経済的実態を重視する柔軟なアプローチを採用しました。この判断は、特許権の存続期間満了後のロイヤリティ支払いに関する従来の理解を拡張し、研究開発集約型産業における契約設計の可能性を広げています。一方で、この判決は特許ライセンス契約の設計においてより慎重かつ創造的なアプローチを要求するものでもあります。特許権者とライセンシーは、本判決の示唆を踏まえつつ、イノベーションの促進と特許制度の基本原則のバランスを取りながら、個々の取引の特性に応じた契約設計を行うことが求められるでしょう。Ares事件の判決は、特許ライセンス実務の進化を促す重要な一歩となったと言えるでしょう。

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