Analysis of CAFC's ruling in Novartis Pharma AG v. Regeneron Pharmaceuticals, Inc. case, providing important guidelines on patent obviousness determinations. Emphasizes interpretation of teaching away and significance of expert testimony. CAFC ruled that mere description of being substantially inferior in the prior art is insufficient to support teaching away argument, as even inferior combinations can be subject to obviousness. Also highlights the significant role of expert testimony in determining the outcome of litigation. Provides detailed explanation of the impact of these rulings on patent practice, offering valuable insights for patent practitioners regarding IPR strategies and considerations in patent drafting.

「劣る」組み合わせも自明性の対象に?CAFCが示す「教示すること」(teaching away)の正しい解釈と専門家の重要性

1. はじめに

特許法の世界では、一見些細な技術的詳細の積み重ねが特許の運命を左右することがあります。最近のNovartis Pharma AG v. Regeneron Pharmaceuticals, Inc.事件におけるCAFCの判決は、まさにそのような例といえるでしょう。この事件で争点となったのは、眼内注射用の小容量シリンジに関する特許の有効性でした。

連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)は、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)による自明性の判断を支持しましたが、この判決は単なる一事例の決着以上の意味を持っています。本判決は、特許の自明性判断における先行技術の組み合わせ、専門家証言の重要性、そして「教示すること(teaching away)」の解釈について、重要な指針を示しています。特に、医薬品や医療機器の分野で特許戦略を立てる際には、本判決の示唆するところを十分に考慮する必要があるでしょう。

以下では、事件の背景から始まり、PTABとCAFCの判断を詳しく分析し、最後に本判決が特許実務に与える影響について考察していきます。

2. 事件の背景

2.1 ‘631特許の概要

Novartis社が保有する米国特許第9,220,631号(以下、’631特許)は、眼内注射用の小容量シリンジに関するものでした。’631特許の核心は、眼疾患治療のための血管内皮増殖因子(VEGF)アンタゴニストの投与方法にあります。このシリンジは、以下の特徴を持っています:

  1. 0.5mlから1mlの間の公称最大充填容量
  2. シリンジバレル内に1μgから100μgのシリコンオイルを含有
  3. 11N未満のストッパー破断力(stopper break loose force)

これらの特徴は、眼内注射の精度と安全性を向上させる可能性があり、医療現場に大きな影響を与える可能性を秘めていました。

2.2 当事者系レビュー(IPR)の申立て

Regeneron Pharmaceuticals社は、’631特許の全クレームに対して当事者系レビュー(Inter Partes Review、IPR)を申し立てました。この申立ては、特許の有効性に疑義を呈するものでした。

IPRの手続きにおいて、Regeneron社は主に2つの先行技術文献を引用しました:

  1. PCT公開特許WO 2011/006877(Sigg)
  2. PCT公開特許WO 2009/030976(Boulange)

Regeneron社の主張によれば、Siggは「VEGF-アンタゴニストを含む末端滅菌済みの充填済みシリンジ」を開示しており、一方Boulangeは「クレームされたシリコンオイルと破断力の制限を持つストッパー」を教示しているとのことでした。

これに対し、Novartis社は、当業者がこれらの先行技術を組み合わせる動機づけや、そうすることで成功の合理的な期待を持つことはなかったと反論しました。さらに、Novartis社は、非自明性の客観的証拠(objective indicia of non-obviousness)も提出しました。

この背景のもと、PTABは詳細な審理を行い、128ページにも及ぶ最終決定書を作成しました。この決定が、後のCAFCでの審理の焦点となります。

3. PTABの判断

3.1 先行技術の組み合わせ

PTABは、Sigg特許とBoulange特許の組み合わせに基づいて’631特許の自明性を判断しました。この判断過程で、PTABは以下の点を重視しました:

  1. Siggが開示する末端滅菌済みの充填済みシリンジ
  2. Boulangeが教示するストッパーC(Stopper C)の構成

PTABは、当業者がSiggの滅菌プロセスとBoulangeのストッパーCを組み合わせる動機づけがあったと判断しました。その根拠として、Boulangeの焼き付けシリコン処理(baked-on siliconization process)が「残留」または「遊離」シリコンオイルの量を減少させ、タンパク質製剤に対する悪影響を軽減できるという点を挙げています。

さらに、PTABはRegeneron社の専門家証言を重視し、ストッパーCの破断力が’631特許のクレームで規定された11N未満という条件を満たしていると判断しました。この判断は、’631特許の明細書が20Nまでの破断力が眼内注射に許容可能であると開示している点とも整合性がありました。

3.2 自明性の認定

PTABは、上記の分析に基づき、’631特許の全てのクレームが自明であると認定しました。この認定に至る過程で、PTABは以下の点を重視しています:

1. 当業者の合理的な成功期待:PTABは、BoulangeのストッパーCがSiggの気化過酸化水素滅菌プロセスに耐えうる十分な密閉性を持っていたと判断しました。

2. 非自明性の客観的証拠の評価:Novartis社が提出した長年の未解決ニーズや他者の失敗に関する証拠について、PTABは「自明性を示すより強力な証拠が、非自明性を示すより弱い証拠を覆すことができる」と結論づけました。

3. 専門家証言の重視:PTABは、Regeneron社の専門家であるKoller氏の証言を信頼性が高いとして採用しました。特に、充填済みシリンジの設計に関する業界標準や、ストッパーCの特性に関する証言が重視されました。

4. クレーム解釈:PTABは「末端滅菌(terminally sterilized)」という用語を、滅菌剤と薬剤との接触を「最小限に抑える」ことを要求するものと解釈しました。この解釈が、自明性判断に大きな影響を与えました。

PTABの判断を受けて、Novartis社はCAFCに上訴しました。この上訴において、Novartis社は主に、PTABによる自明性の認定が誤りであると主張しました。特に、PTABが先行技術の組み合わせに関する動機づけの判断、専門家証言の評価、そして非自明性の客観的証拠の評価において誤りを犯したと主張しました。

4. CAFCの判断

4.1 審理基準:実質的証拠

CAFCは、PTABの事実認定を「実質的証拠(substantial evidence)」の基準で審査しました。この基準は、PersonalWeb Techs., LLC v. Apple, Inc.事件で示されたように、「合理的な事実認定者が当該機関の決定に至ることができたかどうか」(”whether a reasonable fact finder could have arrived at the agency’s decision”)を問うものです。CAFCは、記録全体を検討し、PTABの決定を正当化する証拠と、それを否定する証拠の両方を考慮しなければなりません。

この審査基準は、PTABの判断に対して高度な敬意を払うものであり、CAFCがPTABの判断を覆すのは困難であることを示しています。特許実務家にとっては、PTABでの勝利がいかに重要であるかを再認識させる点で、非常に重要です。

4.2 先行技術の教示に関する分析

CAFCは、Novartis社が主張した「教示すること(teaching away)」の議論を詳細に検討しました。特に、以下の3点について分析を行いました:

1. ストッパーCの破断力の増加: CAFCは、3ヶ月で4.7Nから8.4Nへの増加が、クレームの11N未満という要件を満たしていると判断しました。

2. ストッパーCの「著しく劣る(markedly inferior)」という記述: CAFCは、Bayer Pharma AG v. Watson Lab’ys, Inc.事件を引用し、「より良い選択肢が先行技術に存在するからといって、劣る組み合わせが自明性の目的に適さないわけではない」(”that ‘better alternatives exist in the prior art does not mean that an inferior combination is inapt for obviousness purposes'”)と述べました。

3. ストッパーCの「比較的高い摩擦力」: CAFCは、この記述がシリコン処理されていない状態のストッパーCに関するものであり、シリコン処理された状態では問題にならないと判断しました。

これらの分析は、「教示すること」の主張が成功するためには、単に先行技術に否定的な記述があるだけでは不十分であることを示しています。

4.3 動機づけと成功の合理的期待

CAFCは、PTABによる当業者の動機づけと成功の合理的期待に関する判断を支持しました。特に注目すべき点は以下の通りです:

1. 「末端滅菌」の解釈: CAFCは、PTABの「滅菌剤と薬剤の接触を最小限に抑える」という解釈を支持しました。これにより、完全な気密性が要求されないことが明確になりました。

2. 専門家証言の重視: CAFCは、Regeneron社の専門家であるKoller氏の証言を重視したPTABの判断を支持しました。特に、充填済みシリンジの設計における気密性の重要性に関する証言が重要視されました。

3. 具体的な証拠の欠如: CAFCは、Novartis社が、ストッパーCを使用することを当業者が躊躇するような具体的な証拠を提出していないことを指摘しました。

この判断は、自明性の主張を行う際に、具体的かつ説得力のある証拠の重要性を強調しています。単なる推測や一般的な主張では、PTABやCAFCを説得するには不十分であることが明確になりました。

CAFCのこの判断は、特許実務家に対して、先行技術の解釈、専門家証言の重要性、そして「教示すること」の主張の難しさについて、貴重な指針を提供しています。今後の特許戦略を立てる上で、これらの点を十分に考慮する必要があるでしょう。

5. 本判決の重要ポイント

5.1 専門家証言の重要性

本判決において、専門家証言が果たした役割は極めて大きいものでした。CAFCは、PTABがRegeneron社の専門家であるKoller氏の証言を重視したことを支持しました。この点は、特許訴訟や当事者系レビュー(IPR)における専門家証言の重要性を改めて浮き彫りにしています。

特に注目すべき点は以下の通りです:

1. 技術的背景の説明: Koller氏は、充填済みシリンジの設計における業界標準や、ストッパーCの特性について詳細な説明を提供しました。これにより、PTABとCAFCは技術的な文脈を理解することができました。

2. 先行技術の解釈: 専門家証言は、SiggとBoulangeの先行技術文献の解釈に大きな影響を与えました。特に、これらの文献を組み合わせる動機づけについて、説得力のある説明が提供されました。

3. 反証の欠如: CAFCは、Novartis社が、Koller氏の証言に対する有効な反証を提示できなかったことを指摘しています。これは、相手方の専門家証言に対する反証の重要性を示しています。

この判決は、特許実務家に対して、専門家の選定と準備の重要性を再認識させるものです。単に技術的な知識を持つだけでなく、その知識を裁判官や審判官に分かりやすく説明できる能力を持つ専門家を選ぶことが、訴訟の成否を分ける可能性があります。

5.2 「教示すること」の解釈

本判決におけるCAFCの「教示すること(teaching away)」の解釈は、特許実務に大きな影響を与える可能性があります。CAFCは、Novartis社が主張した3つの「教示すること」の論点をいずれも退けました。この判断から、以下の重要な示唆が得られます:

1. 性能の変化: CAFCは、ストッパーCの破断力が3ヶ月で4.7Nから8.4Nに増加したことが、必ずしも「教示すること」にはならないと判断しました。これは、クレームに記載された数値範囲内である限り、性能の変化は許容されることを示しています。

2. 「著しく劣る」という記述: CAFCは、先行技術に「より良い」選択肢があるからといって、「劣る」組み合わせが自明性の目的に適さないわけではないと述べました。これは、「教示すること」の主張の難しさを示しています。

3. 文脈の重要性:CAFCは、ストッパーCの「比較的高い摩擦力」という記述が、シリコン処理されていない状態に関するものであることを指摘しました。これは、先行技術の記述を全体的な文脈の中で解釈することの重要性を強調しています。

この判断は、「教示すること」の主張を行う際に、単に先行技術中の否定的な記述を指摘するだけでは不十分であることを示しています。特許実務家は、先行技術全体の文脈を考慮し、当業者の観点から「教示すること」が本当に存在するかを慎重に検討する必要があります。

さらに、この判決は、特許出願時の明細書作成にも影響を与える可能性があります。発明の利点を記載する際に、他の選択肢を過度に否定的に描写することは、将来の訴訟において不利に働く可能性があることを示唆しています。

総じて、本判決は特許の有効性を争う両当事者に対して、より綿密な証拠の準備と、より説得力のある論理構築の必要性を示すものとなりました。特許実務家は、この判決を踏まえて、今後の戦略を再考する必要があるでしょう。

6. 特許実務への影響

6.1 IPR戦略への示唆

Novartis Pharma AG v. Regeneron Pharmaceuticals, Inc.事件の判決は、当事者系レビュー(IPR)戦略に重要な示唆を与えています。特許実務家は、以下の点に特に注意を払う必要があるでしょう。

  1. 専門家証言の重要性:本件では、Regeneron社の専門家証言がPTABとCAFCの両方で重視されました。IPRを申し立てる側は、技術的背景と先行技術の解釈について説得力のある証言を提供できる専門家を慎重に選定し、十分な準備を行うことが不可欠です。一方、特許権者側は、相手方の専門家証言に対する効果的な反証を準備する必要があります。
  2. 先行技術の組み合わせ:本判決は、先行技術を組み合わせる動機づけの立証方法について貴重な指針を提供しています。IPRを申し立てる側は、単に先行技術の開示内容を指摘するだけでなく、それらを組み合わせる具体的な理由と、成功の合理的な期待を説得力のある形で提示する必要があります。
  3. 「教示すること」の主張の難しさ:CAFCは、先行技術中の否定的な記述だけでは「教示すること」の主張を支持するには不十分であると判断しました。特許権者側は、「教示すること」を主張する際に、先行技術全体の文脈を考慮し、当業者の視点から説得力のある論理を構築する必要があります。
  4. クレーム解釈の重要性:本件では、「末端滅菌」の解釈が争点となりました。IPRを申し立てる側は、クレーム用語の解釈が自身の主張に有利になるよう、説得力のある証拠と論理を提示することが重要です。
  5. 非自明性の客観的証拠の評価:PTABは、自明性を示す「より強力な証拠」が非自明性を示す「より弱い証拠」を覆すことができると判断しました。IPRを申し立てる側は、非自明性の客観的証拠に対する反論を慎重に準備する必要があります。

6.2 特許明細書作成時の留意点

本判決は、特許明細書の作成にも大きな影響を与える可能性があります。特許弁護士や出願人は、以下の点に留意する必要があるでしょう。

  1. 数値範囲の記載:本件では、破断力の数値範囲が争点となりました。明細書作成時には、クレームに記載する数値範囲の根拠を明確に示し、可能な限り広い範囲をサポートする実施例や説明を含めることが重要です。
  2. 発明の利点の記載:CAFCは、先行技術の一部が「著しく劣る」と記載されていても、それが必ずしも「教示すること」にならないと判断しました。明細書作成時には、発明の利点を記載する際に、他の選択肢を過度に否定的に描写することは避けるべきです。代わりに、発明の具体的な利点を客観的に記述することが望ましいでしょう。
  3. 用語の定義:「末端滅菌」の解釈が争点となったように、重要な用語については明細書中で明確に定義しておくことが重要です。これにより、後の訴訟で有利な解釈を得やすくなります。
  4. 実施例の充実:本件では、シリコン処理の有無による性能の違いが議論されました。明細書作成時には、発明の様々な側面をカバーする多様な実施例を含めることで、後の訴訟での柔軟な主張を可能にします。
  5. 先行技術との関係:明細書中で先行技術に言及する際は、慎重に表現を選ぶ必要があります。先行技術の欠点を指摘する場合も、過度に否定的な表現は避け、客観的な記述を心がけるべきです。
  6. 将来の技術発展の考慮:本件では、3ヶ月後の性能変化が議論されました。明細書作成時には、発明の性能や特性が時間とともに変化する可能性も考慮し、そのような変化をカバーできる記述を含めることが望ましいでしょう。

これらの点に注意を払うことで、より強固で防御可能な特許を取得し、将来の訴訟やIPRにおいてより有利な立場に立つことができるでしょう。特許実務家は、この判決を踏まえて、明細書作成のアプローチを再考し、必要に応じて調整を行うべきです。

7. 結論

本判決は、特許実務家にとって多くの重要な示唆を含んでいます。特に、専門家証言の重要性、「教示すること」の解釈の難しさ、そして先行技術の組み合わせに関する動機づけの立証方法について、貴重な指針を提供しています。また、特許明細書作成時の留意点も浮き彫りになりました。これらの点を十分に考慮することで、より強固な特許の取得や、IPRにおけるより効果的な戦略の立案が可能になるでしょう。特許実務家は、この判決を契機に、自らの実務アプローチを見直し、必要に応じて調整を行うことが求められます。今後の特許戦略において、本判決の示唆を活かすことが、成功への鍵となるでしょう。

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