クレームで数値限定をする場合、なぜ特定の数値でなければならないのかという理由が自明性を回避する上で重要になってくることがあります。また要素を除外するいわゆる否定的な限定も頼りすぎるとよくないので、今回のケースを勉強し、アメリカにおける複数の文献をあわせた数値限定の自明性と否定的な限定の限界について学んでもらえたらと思います。
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、外用剤に係る治療方法のクレームについて、重複範囲説の自明性の推定を適用し、自明であると判断しました。
クレームの数値と「〜を含まない」という否定的な限定
Almirall社の特許は、一般に、ある濃度または濃度範囲のダプソンとアクリロイルジメチルタウレート(A/SAとして知られる増粘剤の一種)を含む製剤を用いてニキビを治療する方法について特許請求しています。また、特許請求の範囲には、「外用組成物がアダパレンを含有しない」という否定的な請求項の限定(negative claim limitation)が含まれていました。
鍵となる3つの文献とその開示内容
特許審判部(Patent Trial & Appeal Board:PTAB)は、最終書面判決において、異議申立クレームは自明であったとの判断において、3つの主要文献に依拠していました。1つの文献(Garrett)は、異なるタイプの増粘剤(Carbopol®)を用いたダプソン製剤を開示。Garrettはアダパレンを含む製剤を一切開示していませんでした。別の文献(Nadau-Fourcade)では、Carbopol®とA/SA剤の両方を含む、例示的なタイプの増粘剤を含む製剤が記載されていました。最後の文献(Bonacucina)は、局所投与に使用できるアクリロイルジメチルタウリン酸ナトリウムを含む分散液を開示していました。3つの文献はすべて、クレーム範囲内の増粘剤を含む製剤を開示しています。
PTABは文献の開示数値の重複により自明と判断
PTABは、増粘剤の範囲が重複していることに基づいて自明性の推定を適用し、最終的に、Nadau-FourcadeまたはBonacucinaで教示されたA/SA剤を、Garrettで開示されたCarbopol®剤に置換することは当業者(POISTA)にとって明らかであっただろうという結論を下しました。PTABは、クレームされた増粘剤の範囲は、Garrett、Nadau-FourcadeおよびBonacucinaと重複していると判断。また、Amneal社が提示した、異なるゲル化剤が交換可能であることをPOSITAが理解したと証言する専門家に依拠して、先行技術の組み合わせの根拠という点で、成功の合理的見込みを見いだしました。
Almirall社は控訴し、PTABが先行技術文献に見られる重複範囲に基づいて自明性を推定したのは誤りであると主張。Almirall社は、自明性の推定は単一の文献がクレームされた範囲を全て開示している場合にのみ適用されると主張したが、PTABは推定を行うために異なる文献(Garrett with Nadau-FourcadeまたはBonacucina)に依存していると指摘。
しかし、CAFCは、2つの異なるタイプの増粘剤の互換性を示す証拠を挙げ、2018年のE.I. du Pont de Nemours & Co. v. Synvinaの事例を引用し、推定を適用することにPTABの誤りはなかったと判断しました。「我々の重複範囲事件のポイントは、クレームされた範囲について何か特別または重要なものがあることを示す証拠がない場合、重複は、クレームされた範囲が先行技術に開示されていたこと、したがって先行技術に照らして明白であることを示すのに十分であるということである。」と説明。 また、CAFCは、先行技術の組み合わせは、単に既知の増粘剤を別のものに置き換えただけであり、置換性を争う証拠がなかったため、このケースは推定に関係しないとも述べました。
除外要素である否定的な限定は「限定的」である
また、CAFCは、Almirallの、PTABがアダパレンの否定的な限定を考慮しなかったという主張も退けました。
Almirallは、Garrettの製剤はアダパレンを含んでいませんでしたが、クレーム要素の否定的な開示の要件を満たすには、先行技術にさらなるものが必要であると主張しました。しかし、裁判所は、AC Techs. v. Amazon.comにおける2019年の判決を引用し、この主張は判例に反していると判断。「否定的な限定を開示するために、文献は特徴の不在を述べる必要はない。」という見解を再度示しました。 Garrettがアダパレンを含まないダプソン製剤を開示していることは議論の余地がないため、CAFCはそれで十分であると判断しました。
CAFCはまた、先行技術は、POSITAがある増粘剤を他の増粘剤に置き換えることに成功するという合理的な期待を抱いていたことを示唆していないというAlmirallの主張を退け、KSR v. Teleflexにおける2007年の最高裁判所判決を引用し、合理的期待には絶対的予測性が必要ではないことを繰り返し強調しました。「特許は、先行技術で既に知られている構造を、その分野で知られている別の要素に置き換えるだけで変更できると主張する場合、その組み合わせは、予測可能な結果をもたらす以上のものでなければならない」と説明しています。
数値限定の範囲の重要性に関する開示
今回の判例を見ると、範囲の重要性に関する情報をできるだけ多く提供するよう発明者に促すことが重要だと思われます。なぜ数値が10%なのか?なぜ8%ではないのか?など、明細書作成時に発明提案で開示された数値やその他の数値や範囲の可能性とその理由について、慎重に議論することが求められます。
また、クレーム範囲内外の値について、肯定的な例と否定的な例の両方が必要あると更にいいです。範囲内で発明が機能したことを示すだけでは、数値の重要性を示すことにはならない可能性があるからです。
最後に、先行文献に記載がないからといって、否定的な限定に頼ってはならないことに注意しましょう。
参考文献:Apply That Formulation: Presumption of Obviousness Based on Overlapping Ranges