1. はじめに
「特許取得済み(patented)」という言葉は、製品の宣伝において強力な武器となりうる表現です。しかし、この表現を虚偽に用いた場合、どのような法的リスクが生じるのでしょうか。この問いに対する答えが、最近の連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)の判決により、大きく変わりました。
2024年10月3日、CAFCは Crocs, Inc. v. Effervescent, Inc. 事件において、製品の特徴を「特許取得済み」と虚偽に表示することが、ランハム法(Lanham Act)に基づく訴訟の対象となりうるという画期的な判断を下しました。この判決は、特許表示の実務に大きな影響を与える可能性があります。
本稿では、この判決の背景と内容を詳しく解説するとともに、特許弁護士や企業の知財部門にとっての実務上の影響について考察します。虚偽の特許表示に対する新たな法的手段が開かれたこの判決は、特許戦略と広告戦略の両面で重要な意味を持つものといえるでしょう。
それでは、まずこの事件の背景から見ていきましょう。
2. 事件の背景
2.1 主要当事者と訴訟の経緯
本件の主要当事者は、原告のCrocs社と被告のDawgs社(Double Diamond Distribution, Ltd., U.S.A. Dawgs, Inc., Mojave Desert Holdings, LLCを総称)です。両社は、独特のデザインのサンダルやクロッグで知られる競合企業です。
この訴訟の発端は2006年にさかのぼります。Crocs社がDawgs社を含む複数の競合他社に対して特許侵害訴訟を提起したのです。しかし、事態は2016年に新たな展開を見せます。Dawgs社が反訴として、Crocs社によるランハム法違反の主張を行ったのです。
この長期にわたる法的争いは、コロラド州連邦地方裁判所で審理されました。地裁はCrocs社に有利な判決を下しましたが、Dawgs社はこれを不服としてCAFCに控訴しました。そして2024年10月3日、CAFCは地裁の判断を覆す判決を下したのです。
2.2 争点となった広告表現
本件の核心は、Crocs社が自社製品の素材である「クロスライト(Croslite)」について行った広告表現にあります。Crocs社は、この素材を「特許取得済み(patented)」「独自(proprietary)」「専有(exclusive)」と表現していました。
問題は、これらの表現が事実と異なっていたことです。Crocs社は、口頭弁論の場で、クロスライトに関する特許を取得していなかったことを認めています。つまり、「特許取得済み」という表現は虚偽だったのです。
Dawgs社は、これらの虚偽表現が消費者を誤解させるものだと主張しました。具体的には、以下の2点を指摘しています:
- Crocs社の靴が他の靴とは異なる素材で作られているという誤解
- 競合他社の製品が劣った素材で作られているという誤解
これらの主張は、Crocs社の広告が単なる虚偽表示にとどまらず、製品の性質や特徴に関する誤解を消費者に与えているという点で重要です。この点が、後のCAFCの判断に大きな影響を与えることになります。
次章では、この事件に対するCAFCの判断とその法的根拠について詳しく見ていきましょう。
3. 連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の判決
3.1 ランハム法第43条(a)(1)(B)の適用
CAFCは、本件においてランハム法第43条(a)(1)(B)の適用が可能であるとの画期的な判断を下しました。この判断は、虚偽の特許表示に関する従来の法的解釈を大きく変える可能性を秘めています。
ランハム法第43条(a)(1)(B)は、商業的広告や販促活動において、商品やサービスの性質、特性、品質について虚偽または誤解を招く表現を行うことを禁止しています。CAFCは、Crocs社による「特許取得済み」という表現が、単なる発明者性(inventorship)の主張を超えて、製品の性質や特性に関する虚偽表示に該当すると判断しました。
具体的には、CAFCは以下のような新しい基準を示しました:
「製品の特徴について特許を保有していると虚偽の主張をし、その製品特徴を消費者に対して性質、特性、品質について誤解を与える方法で広告した場合、ランハム法第43条(a)(1)(B)に基づく訴訟原因が生じる。」(“We hold that a cause of action arises from Section 43(a)(1)(B) where a party falsely claims that it possesses a patent on a product feature and advertises that product feature in a manner that causes consumers to be misled about the nature, characteristics, or qualities of its product.”)
この判断は、虚偽の特許表示が単なる発明者性の問題ではなく、製品の本質的な性質に関わる問題として捉えられる可能性を示唆しています。
3.2 Dastar判決とBaden判決との区別
CAFCの判決において特筆すべきは、先例であるDastar Corp. v. Twentieth Century Fox Film Corp.事件(以下、Dastar事件)とBaden Sports, Inc. v. Molten USA, Inc.事件(以下、Baden事件)との区別を明確に行った点です。
Dastar事件では、最高裁が「起源(origin)」をランハム法の文脈で解釈し、それが有形製品の生産者を指すと判断しました。この判決は、著作権が失効した作品を利用する際に、オリジナルの著作者を表示する義務はないことを明確にしました。つまり、Dastar事件は主にランハム法第43条(a)(1)(A)の「商品の出所」に関する解釈を示したものです。
一方、Baden事件では、CAFCが著作者性(authorship)の主張はランハム法第43条(a)(1)(B)の対象とはならないと判示しました。これは、製品の「性質、特性、品質」に関する虚偽表示の範囲を限定する解釈でした。
本件において、CAFCはこれらの先例と明確に区別しました:
「本件では、製品が特許を取得しているという虚偽の主張が単独で存在するのではない。Dawgsは、Crocの宣伝文句の虚偽性が、Crocs製品の性質、特性、品質に根ざしているという主張と証拠を提示している。」 (“Here, the false claim that a product is patented does not stand alone. Dawgs presents allegations and evidence that the falsity of Crocs’ promotional statements is rooted in the nature, characteristics, or qualities of Crocs’ products.”)
CAFCのこの判断は、Dastar事件とBaden事件を慎重に検討した上でのものです。Dastar事件が主に「商品の出所」に関する判断であったのに対し、本件はランハム法第43条(a)(1)(B)の「性質、特性、品質」に関する虚偽表示を扱っています。また、Baden事件で問題となった単なる著作者性の主張とは異なり、本件では虚偽の特許表示が製品の具体的な特性や品質と結びついていると判断されました。
この区別は非常に重要です。CAFCは、虚偽の特許表示が単なる発明者性や著作者性の主張を超えて、製品の具体的な性質や特徴に関する表示となる場合があることを認めたのです。これにより、特許表示に関する広告実務に大きな影響を与える可能性が開かれました。
次章では、この判決が実務にもたらす具体的な影響について詳しく検討していきます。特に、特許表示と製品の性質・特徴との関連性をどのように考慮すべきか、そしてそれが広告戦略にどのような変化をもたらすかに焦点を当てて解説します。
4. 判決の影響と実務への示唆
4.1 虚偽の特許表示に対する新たな法的手段
本判決は、虚偽の特許表示に対する新たな法的アプローチを提供しています。これまで、虚偽の特許表示に対しては主に特許法に基づく対応が行われてきましたが、2011年の米国発明法(America Invents Act、AIA)により、その状況は大きく変化しました。
AIAの施行以前、特許法第292条は qui tam 訴訟を認めており、誰でも虚偽の特許表示を発見した場合に訴訟を提起できました。しかし、この制度は乱用の対象となり、多数の「特許トロール」が企業に対して根拠の薄い訴訟を提起するようになりました。
この問題に対処するため、AIAは特許法第292条を改正し、虚偽表示訴訟(false marking litigation)の提起を厳しく制限しました。具体的には、訴訟を提起できるのは虚偽表示によって「競争上の損害」を被った者に限定され、qui tam 訴訟も廃止されました。これにより、虚偽の特許表示に対する法的対応の選択肢が大幅に縮小されていました。
今回のCAFC判決は、この状況に新たな展開をもたらしました。ランハム法に基づく訴訟という新たな選択肢が開かれたのです。この判決により、競合他社による虚偽の特許表示に対して、より柔軟な法的対応が可能になることが期待されます。特に、製品の性質や特徴と結びついた虚偽の特許表示に対しては、ランハム法第43条(a)(1)(B)に基づく訴訟が有効な手段となる可能性があります。
4.2 製品の性質・特徴に関連する広告表現の重要性
本判決は、製品の広告表現において、特許に関する記述と製品の性質・特徴との関連性が極めて重要であることを示しています。単に「特許取得済み」と表示するだけでなく、その特許が製品のどのような性質や特徴に関連しているかを明確にすることが求められます。
例えば、「特許取得済みの革新的素材を使用」といった表現を用いる場合、その素材が実際に特許を取得しており、かつその特許が製品の性質や特徴に直接関連していることを確認する必要があります。逆に言えば、特許と製品の性質・特徴との関連性が明確でない場合は、「特許取得済み」という表現の使用を避けるべきでしょう。
4.3 特許弁護士・企業法務担当者への影響
本判決は、特許弁護士や企業の法務担当者に新たな注意点を提示しています。
- 広告表現の精査:特許弁護士は、クライアントの広告表現をより慎重に精査する必要があります。特に、「特許取得済み」「独自」「専有」といった表現が使用されている場合、それらが実際の特許権の範囲と一致しているかを確認することが重要です。
- リスク評価の見直し:企業の法務担当者は、特許表示に関するリスク評価を見直す必要があるでしょう。これまで特許法の観点からのみ考慮されていたリスクに加え、ランハム法違反のリスクも考慮に入れる必要があります。
- 社内教育の重要性:マーケティング部門や広告部門に対して、特許表示に関する適切な教育を行うことがより重要になります。特許の有無や範囲について正確な理解を持たないまま広告表現を作成することのリスクを、関係者全員が認識する必要があります。
- デューデリジェンスの強化:企業買収や合併の際のデューデリジェンスにおいて、対象企業の広告表現や特許表示についてより詳細な調査が必要になる可能性があります。
この判決を受けて、特許弁護士や企業法務担当者は、特許戦略と広告戦略の接点により注意を払う必要があるでしょう。単に特許を取得するだけでなく、その特許をどのように製品の宣伝に活用するか、そしてその活用が法的リスクを伴わないかを慎重に検討することが求められます。
5. 今後の展望
5.1 潜在的な巡回区間の判断の相違
本件判決はCAFCによるものですが、他の巡回区控訴裁判所が同様の解釈を採用するかどうかは未知数です。特許法とランハム法の交錯する領域において、巡回区間で判断が分かれる可能性は十分に考えられます。
例えば、第9巡回区控訴裁判所は、Sybersound Records, Inc. v. UAV Corp.事件において、「性質、特性、品質(nature, characteristics, or qualities)」という用語を、製品自体の物理的特性に限定して解釈する傾向を示しています。このような解釈を採用する裁判所では、特許表示が製品の「性質、特性、品質」に関する表示に該当するかどうかについて、より厳格な判断がなされる可能性があります。
一方で、第1巡回区控訴裁判所は、Zyla v. Wadsworth事件において、著作者性の主張がランハム法第43条(a)(1)(B)の下で訴訟原因となる可能性を示唆しています。このような裁判所では、CAFCの判断がより受け入れられやすいかもしれません。
このような潜在的な判断の相違は、今後、連邦最高裁判所による判断を必要とする可能性を示唆しています。特許表示とランハム法の関係について、統一的な解釈が示されるまでには、さらなる判例の蓄積が必要となるでしょう。
5.2 特許表示実務への影響
本判決を受けて、特許表示実務にも大きな変化が訪れる可能性があります。特に以下の点に注意が必要です:
- 特許表示の慎重化:企業は「特許取得済み」という表現の使用をより慎重に検討するようになるでしょう。特に、製品全体ではなく特定の部分や機能についてのみ特許を取得している場合、その範囲を明確に示す必要があります。
- 特許ポートフォリオの見直し:製品に関連する特許ポートフォリオを定期的に見直し、広告表現と実際の特許権の範囲が一致しているかを確認する必要性が高まります。特許の有効期限切れや無効化された特許に基づく表示が、意図せずランハム法違反につながるリスクを避けるためです。
- 競合他社の監視強化:競合他社による特許表示をより注意深く監視し、虚偽または誤解を招く表示を発見した場合には、ランハム法に基づく訴訟を検討する機会が増えるかもしれません。
- 国際的な影響:米国外の企業も、米国市場向けの製品について特許表示を見直す必要が出てくるでしょう。特に、自国の法制度と米国の法制度の違いを十分に理解し、適切な表示を行うことが重要になります。
- 特許マーキング(Patent Marking)の重要性:製品や製品の包装に直接特許番号を表示する特許マーキングの重要性が再認識されるかもしれません。具体的な特許番号を示すことで、「特許取得済み」という曖昧な表現を避けつつ、特許権の存在を主張できるためです。
- 仮想マーキング(Virtual Marking)の活用:製品に直接特許番号を表示する代わりに、ウェブサイト上で特許情報を公開する仮想マーキングの活用が進む可能性があります。これにより、特許情報の更新や修正をより柔軟に行えるようになります。
このような変化は、特許戦略と広告戦略の統合をより一層促進することになるでしょう。特許弁護士と広告法務担当者の密接な連携が、今後ますます重要になってくると考えられます。
6. 結論
Crocs, Inc. v. Effervescent, Inc. 事件におけるCAFCの判決は、虚偽の特許表示に対する法的アプローチに新たな展開をもたらしました。この判決は、単なる特許表示の問題を超えて、製品の性質や特徴に関する広告表現全体を考慮する必要性を示唆しています。特許弁護士や企業の法務担当者は、特許戦略と広告戦略の統合をより慎重に検討し、潜在的な法的リスクを最小限に抑えるための対策を講じる必要があります。今後、この判決の影響は広く波及し、特許表示実務や広告戦略の在り方に大きな変革をもたらす可能性があります。特許法とランハム法の交錯する領域における法的解釈の発展に、引き続き注目していく必要があるでしょう。