1. はじめに
米国特許実務において、自明性(Obviousness)の拒絶理由に対する反論は、特許権利化のプロセスにおける重要な課題の一つとなっています。そして、この拒絶に対処するための効果的な手段として、規則132宣誓供述書(Rule 132 Declaration)の提出があります。最近、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)は、Ex parte Eidschun事件において、規則132宣誓供述書の評価に関する重要な判断を示しました。この判断は、宣誓供述書の作成において考慮すべき要件を明確にし、特許実務家に具体的な指針を提供しています。
本稿では、Ex parte Eidschun事件の分析を通じて、効果的な規則132宣誓供述書の作成方法について解説します。特に、予期せぬ結果(unexpected results)の立証に焦点を当て、宣誓供述書が説得力を持つために必要な要素を詳しく見ていきます。
規則132宣誓供述書の重要性は、実験データや専門家の意見を通じて特許性を主張する機会を提供する点にあります。しかし、その作成には細心の注意が必要で、具体的なデータの提示方法や主張の展開方法によって、審査官を説得できるかどうかが大きく変わってきます。
これから、Ex parte Eidschun事件から導き出される教訓を基に、効果的な宣誓供述書の作成方法を、実務的な観点から詳しく解説していきたいと思います。
2. 規則132宣誓供述書の3つの重要な要件
Ex parte Eidschun事件は、規則132宣誓供述書が説得力を持つために必要な3つの重要な要件を明確にしました。これらの要件は、宣誓供述書の作成において特に注意を払うべき点として、実務上の重要な指針となります。
2.1. 最も近い先行技術との比較
宣誓供述書における最も基本的な要件は、最も近い先行技術(closest prior art)との具体的な比較です。PTABは、業界標準との一般的な比較や、漠然とした優位性の主張では不十分であると指摘しています。
比較対象として選択する先行技術は、拒絶理由で引用された主引例(primary reference)に加えて、副引例(secondary reference)との組み合わせも考慮する必要があります。特に、審査官が自明性の根拠として示した技術的特徴との関係で、具体的なデータに基づく比較が求められます。
2.2. 予期せぬ効果の具体的な説明
単なる「違い」の存在を示すだけでは、宣誓供述書として不十分です。PTABは、なぜその結果が「予期せぬ(unexpected)」ものと言えるのかについて、技術的な根拠を伴う詳細な説明を求めています。
予期せぬ効果の説明においては、当該技術分野の通常の知識を有する者(Person Having Ordinary Skill In The Art、PHOSITA)の視点から見て、なぜその結果が予測できないものであったのかを、具体的なデータや技術的な理論に基づいて説明することが重要です。特に、先行技術の教示内容と比較して、どのような点で予想外の効果が得られたのかを明確に示す必要があります。
2.3. クレームの範囲との整合性
宣誓供述書で示されるデータは、クレームの範囲全体をカバーする必要があります。Ex parte Eidschun事件では、数値範囲の端点(endpoints)や、マーカッシュ形式(Markush group)で記載された選択肢のすべてについて、適切なデータの提示が求められることが確認されました。
特に、数値範囲を含むクレームの場合、その範囲全体にわたって予期せぬ効果が得られることを示すデータが必要です。範囲の端点における効果だけでなく、中間的な値においても同様の効果が得られることを示すことで、クレームの範囲全体における発明の効果の存在を裏付けることができます。
さらに、実験データの提示においては、具体的な濃度や条件などの実験パラメータを明確に記載することが重要です。曖昧な記載や一般的な傾向の説明だけでは、クレームの範囲全体をカバーする証拠として認められない可能性があります。
3. 宣誓供述書作成の戦略的アプローチ
規則132宣誓供述書の作成は、単なる書類作成作業ではなく、戦略的なアプローチが必要とされる重要な手続きです。Ex parte Eidschun事件は、この点について具体的な示唆を提供しています。
3.1. 提出前の準備事項
宣誓供述書の作成を開始する前に、包括的な先行技術調査を実施することが不可欠です。審査官が引用した文献だけでなく、関連する技術分野全体を見渡した調査により、最も適切な比較対象を特定することができます。
実験データの収集においては、予め必要となるデータの範囲を見極めることが重要です。クレームの範囲全体をカバーするデータが必要となることを考慮し、実験計画の段階から綿密な準備が求められます。場合によっては、クレーム範囲の補正(claim amendment)も視野に入れた戦略的な判断が必要になるかもしれません。
3.2. よくある問題点とその対処方法
Ex parte Eidschun事件が指摘した最も一般的な問題点は、予期せぬ効果に関する結論的な記述(conclusory statements)です。「予想外の結果が得られた」という単なる主張ではなく、なぜその結果が予期せぬものと言えるのかについて、技術的な根拠を示す必要があります。
業界標準との一般的な比較も、しばしば問題となります。このような漠然とした比較ではなく、具体的な先行技術文献との詳細な比較データを提示することが求められます。また、数値範囲の端点におけるテストデータの不足や、具体的な濃度データの欠如も、よく見られる問題点として挙げられます。
3.3. 技術分野別の考慮事項
化学・材料分野では、組成や構造の僅かな違いが予期せぬ効果をもたらす可能性があるため、詳細な実験データの提示が特に重要となります。特に、化合物の構造活性相関(Structure-Activity Relationship、SAR)に関する考察を含めることで、予期せぬ効果の説得力を高めることができます。
機械分野では、設計上の工夫がもたらす効果について、具体的な性能データや効率の改善を示すことが重要です。また、電気・電子分野では、回路構成や信号処理の特徴が性能向上にどのように寄与するかを、測定データを用いて具体的に説明することが求められます。
医薬・バイオテクノロジー分野においては、in vitro試験やin vivo試験のデータを適切に組み合わせることで、発明の効果を多面的に示すことが有効です。in vitro試験(イン・ビトロ試験)は、生体から単離された細胞や組織を用いて試験管内の制御された実験環境下で行われる試験で、薬物の生理活性や細胞毒性を評価する上で重要な手法として確立されています。またこの分野では、統計的な有意性(statistical significance)を示すデータの提示が重要視されます。
4. 実務上のベストプラクティス
Ex parte Eidschun事件を踏まえ、説得力のある規則132宣誓供述書を作成するための実務上のベストプラクティスについて、具体的な指針を示します。
4.1. 宣誓供述書の構成と記載方法
効果的な宣誓供述書は、明確な技術的説明(technical narrative)を中心に構成される必要があります。導入部では、発明の技術的背景と課題を簡潔に説明し、続いて実験目的と方法を明確に記載します。このような論理的な構成により、審査官が発明の特徴と効果を容易に理解できるようになります。
実験結果の記載においては、先行技術との対比を意識した構成が重要です。特に、拒絶理由で示された自明性の論理付け(rationale for obviousness)に対して、具体的なデータを用いて反論する形で記載を展開していくことが効果的です。Ex parte Eidschun事件は、このような構成的アプローチの重要性を強調しています。
4.2. データの効果的な提示方法
データの提示は、グラフや表を効果的に活用し、視覚的な理解を促進することが重要です。ただし、データの羅列に終始せず、各データが示す技術的意義について、明確な説明を付すことが必要不可欠です。
実験条件の記載には特に注意が必要です。温度、圧力、濃度などの実験パラメータ(experimental parameters)を具体的な数値で示し、実験の再現性を担保することが求められます。また、統計的処理を行った場合は、その方法と結果の有意性についても明確に説明する必要があります。
4.3. 専門家の証言の活用方法
専門家の証言(expert testimony)は、予期せぬ効果の説明に大きな説得力を付与することができます。特に、当該技術分野における通常の予測(ordinary expectations)がどのようなものであったかを説明する際に、専門家の見解は重要な役割を果たします。
ただし、専門家の証言は、具体的なデータや技術的な分析に基づいたものでなければなりません。Ex parte Eidschun事件は、単なる結論的な意見の表明では不十分であり、技術的な根拠を伴う詳細な説明が必要であることを強調しています。証言者の選定においては、その技術分野における実務経験や学術的背景を考慮し、証言の信頼性を高めることが重要です。
さらに、専門家の証言と実験データを効果的に組み合わせることで、相乗的な説得力を生み出すことができます。たとえば、実験データが示す予期せぬ効果について、専門家がその技術的意義を詳細に解説することで、審査官の理解を深めることが可能となります。
5. 結論
Ex parte Eidschun事件の教訓から、効果的な規則132宣誓供述書の作成には、最も近い先行技術との具体的な比較、予期せぬ効果の技術的根拠に基づく詳細な説明、およびクレーム範囲全体をカバーする包括的なデータの提示が不可欠であることが明らかになりました。さらに、論理的な構成、適切なデータの視覚化、および専門家の証言の戦略的活用を通じて、審査官を効果的に説得できる宣誓供述書を作成することが可能となります。このような要件と実務上のベストプラクティスを意識しながら宣誓供述書を作成することで、自明性の拒絶理由に対する効果的な反論が可能となり、特許権利化の成功率を高めることができるでしょう。