“AND”の解釈で、仮差止請求が却下される

契約書の解釈はとても難しいです。なにげに使っている“AND”という言葉でさえも争われることがあります。文言の些細な違いで契約違反か否かが分かれる場合もあるので、和解契約やライセンス契約など重要な契約の場合、言葉選びは特に慎重にするべきでしょう。

ポイント:契約条項の範囲は、条項や用語を無意味にするように解釈することはできない。

判例:TAKEDA PHARMACEUTICALS U.S.A., INC. V. MYLAN PHARMACEUTICALS INC.

2016年、武田ファーマシューティカルズ・U.S.A. Inc. (以下「武田薬品」という。)は、コルヒチンの後発品の略式新薬承認申請(以下、「ANDA」)を提出したことに基づく特許侵害を理由に、Mylan Pharmaceuticals Inc.(以下、「Mylan社」)を提訴しました。その後、当事者は、和解契約およびライセンス契約(以下「ライセンス契約」)を通じて訴訟を解決しました。

問題となった文言

ライセンス契約では、以下の条件を含む一定のイベントが発生した場合に、Mylan社がコルヒチンのジェネリック医薬品の販売を開始することを認めていました。

“the date that is [a time period] after the date of a Final Court Decision holding that all unexpired claims of the Licensed Patents that were asserted and adjudicated against a third party are either (i) not infringed or (ii) any combination of not infringed and invalid or unenforceable.”

関連訴訟

武田薬品は、Mylan社に対する訴訟と並行して、コルヒチンに関する特許請求を第三者であるHikma社におこなっていました。当初、武田薬品は、ライセンス特許のうち8件をHikma社に対して主張していましたが、5件は任意で却下しました(voluntarily dismissed with prejudice)。

2018年12月、連邦地裁は、残りの3つのライセンス特許で主張されたすべての請求項について、Hikmaに有利な非侵害の略式判決を下しました。地裁は非侵害の最終判決を下し、武田薬品は上訴しませんでした。

Mylan社のジェネリック医薬品発売と訴訟

2019年10月、Mylan社は、ライセンス契約に基づき、コルヒチンの後発品の販売を開始する意向を武田薬品に通知します。その後、Mylan社は、2019年11月に同製品を発売。その後まもなく、武田薬品は、Mylan社によるコルヒチン後発品の販売および販売に関連した契約違反および特許権侵害を主張して提訴しました。また、武田薬品は、Mylan社によるコルヒチン後発品の製造、販売の申し出、販売の差し止めを求める仮処分の申し立てを行いました。

武田薬品は、Hikma社に関する連邦地裁が下した判決は、却下された5つの特許ではなく、別の3つの特許についてのみ判決を下したため、Hikma社に関する判決はMylan社によるコルヒチンの販売開始を認めるライセンス契約の条項を発動させるものではないと主張していました。

しかし、地裁は武田製薬の主張を却下し、ライセンス契約の文言は、武田薬品の主張するように “asserted or adjudicated” ではなく、 “asserted and adjudicated” されたものであると説明した。地裁はさらに、武田薬品が提案したように同条項を解釈すれば、現実的には、武田薬品は特許を1件でも、あるいはクレームを1件でも取り下げれば、同条項の発動を回避することができるため、Mylan社は同条項に依拠することができなくなると説明しました。このため、連邦地裁は、武田薬品が勝訴する可能性や回復不能な損害を被る可能性を示していないと判断し、武田薬品の仮差止請求を却下しました。そしてこの地裁判決を武田薬品は控訴しました。

CAFCにおける戦い

武田薬品は、控訴審において、連邦地裁の契約文言の解釈が「all」という用語を無視し、「adjudicated」という用語のみを有効としたことを理由に、連邦地裁の判断は誤りであると主張していました。武田薬品は、本件で主張されたすべての請求項、特に棄却された5件の特許が無効、執行不能、または侵害されていないと判断されたわけではないため、契約条項は発動されないと主張しました。武田薬品はさらに、同条項の意図は、Hikma社のブランド化されたコルヒチン製品を含まないジェネリックコルヒチン製品に関する変更を制限するものであると主張しました。

しかし、連邦巡回控訴裁は、武田薬品の主張を棄却します。本契約の明確な文言は、主張されたすべての請求と裁定されたすべての請求について(all claims that were both asserted and adjudicated)、最終的な裁判所の決定を必要とするものであるとしました。武田薬品の提案する解釈は、「裁決」(adjudicated)の要件を無意味にするものであるとしました。連邦巡回控訴裁はさらに、同条項をコルヒチンのジェネリック医薬品に限定しようとする武田薬品の試みを、同条項の文言にはそのような文言が全く存在しないとして却下したました。

連邦巡回控訴裁は、ライセンス契約が正しく解釈されている場合には、問題となっている条項が発動されたことを争うことはできないと結論付け、武田薬品がこの点で成功する可能性は低いとの連邦地裁の見解に同意。また、連邦巡回控訴裁も、武田薬品が回復不能な損害を被ることを示すには至らなかったとする連邦地裁の見解に同意しています。武田薬品は、ライセンス契約に記載されている違反があった場合の回復不能な損害についての条項のみに依拠していました。連邦巡回控訴裁は、武田薬品が違反を示す可能性は低いと判断したため、この回復不能な損害条項は、本件における回復不能な損害の立証には有用ではないと判断。したがって、連邦巡回控訴裁は、武田薬品の仮差止請求を却下した連邦地裁の判断を支持しました。

反対意見

ニューマン判事は、裁判所は契約を解釈する際には当事者の意思を反映させるべきであるため、武田薬品がこのような解釈に同意したと考えるのは合理的ではないと主張し、反対意見を述べました。

解説

契約の“and”の意味が争われた判例でした。特許クレームの文言と同じように、契約でも一字一句が問題を引き起こすことがあります。なので、やはり、和解契約などの重要な契約に関する文言には最新の注意を払い、何十もの検討を重ね、関わるすべての人が当事者意識をもって文言を一字一句確認することが大切なのかもしれません。

また、和解契約の交渉時に意図したことを、契約書で100%言語化するというのは意外に難しいことだというのを理解するべきでしょう。その言語化プロセスにおいても細心の注意を払い、交渉に関わったすべての当事者が多面的に考察すしながら「正しい」文言を作成していく必要があります。

さて、問題の文言についても少し解説していきたいと思います。

“the date that is [a time period] after the date of a Final Court Decision holding that all unexpired claims of the Licensed Patents that were asserted and adjudicated against a third party are either (i) not infringed or (ii) any combination of not infringed and invalid or unenforceable.”

今回の訴訟に関連する点を日本語で表すなら、

ライセンスされている(8つの)特許が、第三者に対して権利行使され(asserted)、裁かれた(adjudicated)際に、侵害が立証されなかったという最終判決がなされた場合、Mylan社によるコルヒチンの販売開始を認めるライセンス契約の条項が発動するということになります。

武田製薬の主な主張は、ライセンスされている8つの特許をすべてHikma社に権利行使したが、最終判決で裁かれた特許は3つしかないため、上記の条件は満たしていないというモノです。

つまり、ライセンスされている(8つの)特許は、第三者であるHikma社に対して権利行使され(asserted)たのは事実だが、そのうち5つの特許は武田製薬が自ら権利行使を取り下げられた。そのため、裁かれた(adjudicated)特許は8つの内3つの特許だけであり、よって、ライセンスされている(8つの)特許が、最終判決で裁かれた(adjudicated)わけではないという主張です。

一見正しい解釈の様に見えますが、このように解釈すると、武田製薬はいったん権利行使した特許を取り下げることによって、自分の意思でどの特許を最終判決まで維持するかを選べます。そうなると、権利行使され(asserted)ても、ライセンスされた特許(のクレーム)1つでも、最終判決で裁かれなければ(adjudicated)、条件は満たされないという状況ができあがります。それでは、裁かれた(adjudicated)という文言に意味がなくなるので、契約書の文言の正しい解釈ではないという結果に至りました。

個人的な見解ですが、この判決では、特許権者側が最終判決で非侵害となる可能性が高い特許を意図的に訴訟から取り下げることができることが解釈に大きな影響を与えたのだと思います。

クレームの解釈同様、契約書の条項の解釈もとても難しいので、契約や訴訟関係の仕事をしている方々は、このような判例や実務で地道に勉強と経験を重ねていくことが大切だと思わされました。

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まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Christopher L. Lewis, Karen M. Cassidy and Paul Stewart. Knobbe Martens(元記事を見る

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