これまでSEP特許を持っている一握りの企業がライセンス事業で大きな利益を得ていましたが、2019年5月のFTC v. Qualcomm判決後、SEP特許ライセンス事業は大きく変わっていくかもしれません。今回はFTC v. Qualcommを振り返り今後のSEP特許ライセンスのありかたについて考察していきます。
今回取り上げるFederal Trade Commission v Qualcomm Incorporated (5:17-cv-0220)については、過去のOLCの記事「SEP holderのライセンス義務が拡大か?」 も参考にしてください。
FTC v. Qualcomm
この訴訟は、行政機関であるFederal Trade Commission(FTC)がセミコンダクターのメーカーであるQualcommに対しておこないました。FTCはQualcommのライセンスモデルが米国競争法(US competition law)を犯していると主張し、その主張が地裁で認められました。
その理由としては主に3つあり、以下の通りです:
- 競争法においてQualcommは自社のSEP特許を余すところなく競合他社にライセンスする義務がありながら、ディバイスメーカーにだけライセンスをおこなうというビジネスモデルを採用していたため、その義務を怠っていた。
- ディバイスの料金をベースにロイヤルティーを計算することは合理的ではなく、アメリカの法律とは異なっている。
- Qualcommの‘no license, no chips’ポリシーは米国競争法の違反である。
この判決で、the US District Court of the Northern District of CaliforniaのLucy Koh判事は、Qualcommが今後このような違法行為をすることを禁じる判決をくだしました。
SEPライセンス
今日において規格は重要な役割をもっています。特に顕著なのがセルラーコミュニケーションの市場で、2G, 3G, 4G, 5Gなどはすべて様々な企業が参加して成り立つthe standard setting organizations (SSOs)が決めた規格の元に成り立っています。
規格は便利ですが、その反面、競争を抑制する働きもあります。規格はSSOに参加する企業の間で決められますが、規格に関わるような特許をSSOに参加する企業が積極的に出願することが多くあります。その結果、規格が採用された場合、そのような企業の特許が不可欠になるので、特許のライセンスが必要になります。このように規格を採用する際に不可欠な特許をstandard-essential patents (SEPs) とよびます。
LTEや5Gなど規格が広く採用されればされるほど、SEP特許を持つ企業がライセンスの際に得られるレバレッジが増えていきます。SEP特許保持企業がライセンスする企業や組織を差別しないよう、様々なSSOではfair, reasonable, and non-discriminatory (‘FRAND’)条件を元にしたライセンスをおこなうような取り決めがありますが、SEP特許ライセンスには多くの課題があるのが実態です。
SEP特許ライセンスの問題
ライセンスする側としては当然ロイヤルティー収入を最大化しようと努力します。そうなると必然的に、サプライチェーンの上流(部品メーカーなど)へのライセンスを拒むようになります。細かい仕組みは元記事を参照してもらうとして、Qualcommのような通信規格のSEP特許を多く持っている企業は、ディバイスメーカーに自社のSEP特許をライセンスすることで、ロイヤルティーを最大化しています。
ディバイスメーカー(サプライチェーンの下流)にライセンスするメリットは以下の通り:
- 消費者に売られる最終製品のボリュームが大きいこと
- モデムチップなどの部品の値段にくらべ、スマホなどの最終製品の値段はとても高い
- サプライチェーンの下流であるディバイスメーカーにライセンスすることで、特許消尽(Patent exhaustion)問題を最小限にとどめる
契約の自由とFRAND条件
アメリカの契約法では当事者間で合意があれば比較的何でも自由に契約できます。これは契約の自由(Freedom to contract)とよばれるもので、アメリカの契約法の大切な概念の1つですが、この「自由」には限界があります。その1つがSEP特許に関するFRANDの例外です。
FTC v Qualcomm の判決が下るまで、FRAND条件がライセンシーの利益を追求するライセンスプログラムの契約の自由を制限するものなのかということは明確ではありませんでした。
しかし、FTC v Qualcomm の判決において、判事は、Qualcommは競合チップメーカーへ自社のSEP特許をライセンスする義務があるとしました。この判決において、判事が重視した点は以下の通りです:
- Qualcommは市場で力があり、特定のチップに関しては市場を独占していた。
- 競合他社1社に対するSEP特許ライセンスはあったものの、それ以外にQualcommが競合他社にSEP特許をライセンスした実績がなかった。
- Qualcommは購買契約でハンドセットメーカーに自社のチップを販売していたが、それに加え‘subscriber unit license agreement’ (SULA)という別契約で特許のライセンスをおこなっていた。購買契約ではチップの値段で販売がおこなわれていたが、SULAではスマートフォンの売り上げの5%がロイヤルティー収入として支払うようになっていた。
- QualcommはSULAに同意しないハンドセットメーカーには自社のチップも売っていなかった。 (the ‘no licence, no chips’ policy)
- QualcommはSSOのポリシーの元、競合他社も含む企業にFRAND条件でライセンスする責任があった。
- Qualcommはハンドセットの値段をロイヤルティーのベースとして用い、ロイヤルティーを大幅に膨らませた。
このような事実を考慮した結果、Qualcommは競争法の元、競合他社に対してライセンスをおこなう義務があるとし、Qualcommのライセンスモデルを崩壊させるような判決を下しました。
高裁でも地裁の判決を支持か?
この地裁の判決は控訴されましたが、2019年8月23日、the Ninth Circuitは地裁判決で下された差止(Qualcommが今後このような違法行為をすることを禁じる判決)を維持しました。高裁は2020年の初めに本格的な審議に入る予定です。
実務への影響
もしこのFTC v Qualcomm の判決が高裁で是正された場合、SEPライセンス事業に大きな影響をおよぼします。
まず、SEP保持企業は業界や業種に問わず幅広くライセンスをしていく必要があります。これはサプライチェーンの上流も下流も問わずにおこなう必要があるので、ライセンス収入が大きく落ち込む可能性があります。
次に、SEPとSEPでない特許のバンドルが減っていくことでしょう。今までライセンサーのいいようにしか動けなかったライセンシーも発言力を得て、SEPのみのライセンスを要求していくことでしょう。
3つ目に、SEP保有企業はディバイスメーカーを相手に訴訟を起こしづらくなります。SEP特許に関連する部品メーカーなども巻き込まないと訴訟を維持するのが難しくなるので、賠償金も部品ベースの計算になり、賠償金額が減少することが予想されます。
4つ目に、ポリシーを作ってきたSSO団体がよりSEP保有企業に不利な知財ポリシーを作ったり、実際に厳しい違反者の取締をおこなうことが予想されます。
5つ目に、SEP保有企業がSSOのポリシーに影響を与えるよう根回しをする可能性があります。
最後に、契約法と競争法の対立や、アメリカの法律と他国の法律の乖離などで、用いられる法律によっては、同じ事実でも結果が異なる可能性が今後大きくなります。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:T Andrew Culbert, Kevin A Zeck, Jeremy Keeney. Perkins Coie LLP(元記事を見る)