特許不正使用(patent misuse)が認められてしまうと、特許が執行不能になってしまいます。そのため、特許の排他権を超えるような形でのライセンスは特許不正使用と見なされる可能性があるので、気をつけないといけないのですが、当事者同士の管理上の便宜性を理由に外国で米国特許をライセンスした場合、そのようなライセンスは特許不正使用には該当しないという判決が下りました。
判例:Trading Tech. Int’l, Inc. v. IBG LLC, Case No. 10 C 715 (N.D. Ill. Jan. 4, 2021)
被告である IBG は、原告である Trading Technologies(以下「TT」)が特許を保有していない海外の法域での製品販売に米国特許のライセンスを結びつけた場合、TTが特許不正使用(patent misuse。特許を執行不能にする)を犯したと主張していました。TT は、特許不正使用に関する抗弁について略式判決を求めました。
連邦地裁の説明によると、2004年から2018年までの間に、TTと様々な第三者は、訴訟中の4つの特許に関して35のライセンス契約および/または和解契約を締結していました。これらの契約のうち少なくとも 7 つの契約には、付与されたライセンスが「特許保護がある国での使用のみを対象とするのではなく、全世界での使用を前提としたもの」であることを説明する文言が含まれていました。ライセンス契約書には、以下のような文言も含まれていました。
“WHEREAS, TT is willing to grant the discounted license granted herein for administrative convenience because the license is worldwide and requires payments of royalties for use of Licensed Products . . . anywhere in the world as opposed to royalties based only on the usage of Licensed Products in countries in which there is patent protection.”
(”TT は、このライセンスは世界的なものであり、特許保護がある国でのライセンス製品の使用のみに基づくロイヤルティではなく、世界中のどこであってもライセンス製品を使用した場合のロイヤルティの支払いを必要とするため、管理上の便宜を図るために、本契約で付与された割引ライセンスを付与することを望む。”)
特許の不正使用(patent misuse)とは、特許権者が「反競争的な効果をもって特許権の物理的または時間的な範囲を不当に拡大する」行為を言います。Princo Corp. v. Int’l Trade Comm’n, 616 F.3d 1318, 1328 (Fed Cir 2010)(Windsurfing Int’l, Inc. v. AMF, Inc. 782 F.2d 995, 1001 (Fed Cir. 1986))の引用)。特許の不正使用の基本的なルールは、特許権者は「特許を利用することはできるが、特許に含まれていない独占権を獲得するために特許を利用することはできない」というものです。Princo, 616 F.3d at 1327 (Transparent-Wrap Mach. Corp. v. Stokes & Smith Co. 329 U.S. 637, 643 (1947)を引用)特許権者が特許の範囲を拡大するためにライセンスに制限的な条件を課した場合、被疑侵害者は特許権者の主張を覆すために特許の不正使用を行使することができます。Princo, 616 F.3d at 1328.
連邦地裁において、TT はIBG が同一契約の存在を立証したと仮定した場合、ワールドワイドライセンスの割引ロイヤリティーを規定する条項は、契約の当事者が管理上の便宜のためにこれらの条項に合意したため、特許の不正使用には当たらないと主張。そして、この主張を支持するために、TT は、特許権者がライセンス契約を締結した場合、特許権者は、ライセンスの価値を測るのに便利な方法で、発明の未特許部分(unpatented components)を対象としたライセンス契約を締結した際、特許の不正使用は認められないとした事例を引用しました。例えば、Engel Indus. Inc. v. Lockformer Co. 96 F.3d 1398, 1408 (Fed. Cir. 1996); Zenith Radio Corp. v. Hazeltin Res. Inc. 39 U.S. 100, 138 (1969)(「特許権ではなく当事者の利便性により総販売ロイヤリティー規定を決定するならば、特許の不正使用はなく、ライセンスに付された禁止条件もない」)など。
連邦地裁は、この一連の事例は、特許権者が管理上の便宜のために、特許権者が発明の未特許構成要素をライセンスすることを可能にしていると説明し、「今回のケースでは、ライセンスは発明の未特許構成要素を対象としていない。その代わりに、TT が特許保護を受けていない管轄区域で TT の発明を使用するためのライセンスが与えられており、これは管理上の便宜のために行われたものである」としました。
連邦地裁は、「世界規模のライセンスを求めることで、両当事者は、世界規模の特許ポートフォリオを国ごとに訴訟を起こしたり、ライセンスを供与したりする際に発生する膨大な取引コストを回避することができる」という見解を示しました。当事者が、事業を行っている多くの管轄区域で特許を取得している製品を使用するためにライセンスを取得する場合、割引率でグローバルベースでライセンスを適用できるようにした方が、両当事者にとって都合が良い場合があります。
連邦地裁はさらに、「IBG は、この取り決めが管理上便利なものではなく、また TT が契約を締結することを当事者に強要したわけでもないという信念を裏付ける、または、認めることのできる証拠を提示していない」と判断。したがって、裁判所に提出された唯一の証拠は、この取り決めが管理する際に便利であることを明示的に示す契約書の文面と、当事者が管理に便利であることを目的としてこれらの取り決めに合意したという Borsand 氏の証言だけでした。したがって、裁判所は、管理上の利便性がこれらの合意の背景にあったと結論づけました。したがって、TT はこれらの契約を締結することで特許を悪用したわけではないという判断に至りました。
その結果、連邦地裁は、特許不正使用の抗弁を棄却する略式判決を下しました。
解説
特許不正使用(patent misuse)という用語は聞き慣れない方も多いと思います。今回紹介した記事ではちょっと難しく書かれていますが、例を上げると、特許でカバーされていない製品に対してロイヤリティを課す、特許が満了している(または有効ではない)のにライセンスをする、特許の保護がない地域での販売に対してロイヤリティを課すなどの行為が特許不正使用に含まれることがあります。
今回は、例の最後に上げた「特許の保護がない地域での販売に対してロイヤリティを課す」ような内容になっていた第三者との特許ライセンス契約が特許不正使用(patent misuse)に当たるかが争点になりました。
しかし、今回ケースでは世界規模の特許ポートフォリオを「まとめて」ライセンスすることで、当事者同士の管理・運営面でのコストを大幅に回避できることは明らかで、そのような意図で契約を行ったという証言もあり、「管理上の便宜」を理由に外国で米国特許をライセンスするのは特許不正使用ではないという判決が下りました。
実務上、今回のケースのように特許を保有している国におけるライセンスではなく、世界規模でライセンスを行い、販売国に関わらずすべての対象製品の販売に対して一定のロイヤリティを支払ってもらうスキームを採用している企業は多いと思います。
今回の判例もそのようなプラクティスに沿った判決だったので、今後も「管理上の便宜」を理由にした世界規模の特許ポートフォリオをベースにしたロイヤリティ計算は有効です。しかし、このような形でチャレンジを受ける可能性があるので、契約書に「管理上の便宜」を理由にしたことを明記することをおすすめします。
TLCにおける議論
この話題は会員制コミュニティのTLCでまず最初に取り上げました。TLC内では現地プロフェッショナルのコメントなども見れてより多面的に内容が理解できます。また、TLCではOLCよりも多くの情報を取り上げています。
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まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Stanley M. Gibson. Jeffer Mangels Butler & Mitchell LLP(元記事を見る)