DOJが車に搭載される5G技術に関わる必須特許のパテントプールを認めたことで、今後はより多くの車に5G技術が導入されていくことでしょう。
米国司法省(DOJ)反トラスト部門は先日、自動車産業で使用される「必須」(Essential)の5Gセルラー技術標準に特化した特許プール・プラットフォームの提案は、競争に悪影響を及ぼす可能性が低いとの結論を下したと発表しました。この決定は、プラットフォームの所有者であるAvanci LLCの要請により、企業が反トラスト部門に提案された行為を事前にクリアすることを可能にする司法省のビジネス・レビュー・プロセスに基づき、8ヶ月間のレビューを行った後になされたものです。司法省の決定は、自動車へのワイヤレス技術の組み込みに不可欠な5Gセルラー技術のための単一のプールライセンスを容易にする道をAvanciが開くことになります。
背景
2016年、Avanciは「モノのインターネット」(IoT)に関連した特許取得済みワイヤレス技術のライセンシングのためのマーケットプレイスを立ち上げ、IoTデバイスや製品メーカーが、自社製品に接続性を付加するために必要な特許取得済み技術を特定し、価格を決定し、ライセンシングするための「ワンストップショッピング」を容易にしました。Avanciは当初、2G、3G、4Gセルラー技術標準に不可欠とみなされる特許のライセンス供与に重点を置いていましたが、市場そのものと同様に、最近では5Gセルラー技術にも拡大しています。
2019年11月、Avanciは、提案されている共同特許ライセンスプールを通じた5G車載コネクティビティ・ライセンシングへの拡大を計画していることについて、同庁の事業審査手続きを通じてDOJに要請書を提出しました。この取り決めの一環として、Avanciは、自動車で使用するための5Gセルラー無線規格を実装するために「必須」と宣言された特許クレームのライセンスを供与し、プラットフォームのライセンサー間でロイヤリティ収入を分配することになります。司法省は、取引コストを削減し、新興技術に不可欠な特許へのアクセスを容易にするなど、パテント・プーリングの競争上の利点を認めていますが、Avanciの提案するプラットフォームのようなパテント・プーリングの取り決めは、非会員の新興市場からの排除、競争への害、会員間の談合の可能性などの形で、反トラスト・リスクをもたらす可能性があることも認めています。
分析
反トラスト部門は、Avanciが提案したプラットフォームの競争的な影響と反競争的な影響を検討し、その調査とAvanciの要求に含まれる表明に基づいて、2020年7月28日に、「バランスが取れて、Avanciの提案する5Gプラットフォームは競争に害を及ぼす可能性は低い」との結論を発表しました。部門は、Avanciのプラットフォームの競争促進面を考慮し、消費者の利便を向上させる効率性を生み出し、ライセンシーが特許保有者を探し出して交渉するためのコストを削減し、「新興の5G技術をより迅速に、より少ないリスクとコストで自動車に統合する」のに役立つ可能性があると判断しました。部門はまた、技術的に不可欠な特許のみをライセンシングすること、プラットフォーム外でのライセンシングや自動車のサプライチェーンのレベルでの他のプールの形成を許可すること、競争上の機密情報の共有を防止するメカニズムを含むことなど、プラットフォームの潜在的な反競争的影響を防止するためにAvanciが採用したセーフガードにも注目しています。
司法省の結論はAvanciプラットフォームにのみ適用されますが、そのBusiness Review Letterは、一般的なプーリングの取り決め、特に5G関連の必須特許のライセンスに関連した取り決めを評価する際の司法省の考慮事項および理由についての貴重な洞察を提供しています。Avanciが5Gプラットフォームを正式に発表したのは、AvanciがIoTデバイスメーカー、自動車産業、特許所有者との協議を開始することを発表したプレスリリースを通じて、司法省がBusiness Review Letterを発行した翌日のことでした。
解説
Avanciという団体は、SEPの深掘り記事でも登場したので、覚えているかもしれませんが、主に車のコネクティビティに関する特許をまとめてライセンスする事業を行っています。このDOJの発表のあとすぐに5Gに関連する特別なページもアップされました。
ホームページを見てもらえればわかりますが、ライセンサーリストには幅広いテクノロジー企業やテレコム企業の名前が見受けられ、NPEも含まれています。ライセンスを受けているところは、自動車メーカーや部品メーカーです。
パテントプールという考え方は新しくはなく、かなり昔から存在します。SEP (Standard essential patents) のFRAND条件下でのライセンスもある意味パテントプールといってもいいでしょう。
パテントプールは、必要なライセンスをまとめて1つの窓口で行えるので交渉が簡略化できるなどのメリットがありますが、逆にパテントプールに参加しないと市場に参入できなかったり特定の機能が搭載できないなど、競争を阻害する性質もあります。
また自動車メーカーや部品メーカーは5Gに関する特許を持っていないところがほとんどなので、交渉するときのカードが限られていて、実施者としては厳しい交渉が懸念されています。自動車は単価は高いですが、利益率はそれほどでもないので、5Gのライセンス料が自動車メーカーのボトムラインに影響をおよぼすかもしれません。
このような背景で、今回のDOJのお墨付きは大きいです。これでメンバーではない自動車メーカーがAvanciによる独禁法違反を指摘しづらくなります。独禁法違反を監視する政府機関はDOJの他にFTC(Federal Trade Commission)などがあるので、Avanciの独禁法のリスクが完全になくなったわけではありませんが、それでも今回のDOJの判断はよりAvanciをポピュラーにしていくことになるでしょう。
このように車に搭載される5Gに必要な特許ライセンスが一律化されることで、今後もより多くの車に5G通信技術が導入されていくことが予想されます。
TLCにおける議論
この話題は会員制コミュニティのTLCでまず最初に取り上げました。TLC内では現地プロフェッショナルのコメントなども見れてより多面的に内容が理解できます。また、TLCではOLCよりも多くの情報を取り上げています。
TLCはアメリカの知財最新情報やトレンドはもちろん、現地で日々実務に携わる弁護士やパテントエージェントの生の声が聞け、気軽にコミュニケーションが取れる今までにない新しい会員制コミュニティです。
現在第二期メンバー募集の準備中です。詳細は以下の特設サイトに書かれているので、よかったら一度見てみて下さい。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Alison K. Eggers. Seyfarth Shaw LLP(元記事を見る)
2件のフィードバック
非常に関心のあるテーマのホットニュースです。現在、ご承知の通り通信技術に関する特許群のライセンスは、自動車業界にとっては、対象特許件数が膨大になること、取引先の特許保証問題、自動車をベースにした場合の実実施料相場感など王ビジネス戦術としての課題が大きな懸案事項です。 自動車業界への影響が大きいことと、世界経済に大きな地位を占める産業界の動向は、今後の経済そのものへの影響も大です。 本来知的財産制度は、世界的にも経済の発展に貢献する仕組みとして発展してきました。そしてその根源は、知的創作者と受益者との社会的公平の上バランスのとれた関係でこそ制度の適切な発展が期されてきたと考えています。 最近、そのバランスを損なうような動きがままあります。一国家に限らず世界が長期にわたって、社会にとって適正な活用、発展の出来る運用になることを期待しています。
コメントありがとうございます。
おっしゃっていることはその通りだと思います。
しかし、短期的に解決するのは難しいです。アメリカを含め、世界的に見ても現在の兆候はプロパテント寄りです。そのため特許権者の力が大きくなってきており、特許権者と実施者とのバランスが損なわれやすい傾向になっています。
プロパテント・アンチパテントは一定のサイクルでぐるぐる回ってますが、5Gによるモビリティ事業の変革のタイミングと世界的なプロパテントの流れが合わさることによって、自動車業界に取っては厳しい時代になってきたと言えるかもしれません。