1. はじめに
米国の連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下CAFC)は2024年10月18日、UTTO Inc. v. Metrotech Corp.事件において、申し立て却下(motion to dismiss)の段階におけるクレーム解釈の可否に関する重要な判断を示しました。
本件は、地中に埋設された電力線や通信ケーブルなどの設備(buried assets)を検出・特定する方法に関する特許技術をめぐる争いでした。特許権者であるUTTO社は、Metrotech社の製品が自社の特許を侵害しているとして提訴しましたが、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所は、申し立て却下の段階でクレーム解釈を行い、侵害の主張を退けました。
この判決に対してUTTO社は、Nalco Co. v. Chem-Mod, LLC事件を引用し、申し立て却下の段階でクレーム解釈を行うこと自体が許されないと主張しました。しかしCAFCは、クレーム解釈が内部証拠(intrinsic evidence)のみに基づいて行える場合には、他の法的基準の解釈と同様、申し立て却下の段階でも可能であるとの新たな判断基準を示したのです。
とりわけ注目すべきは、CAFCが特許適格性(Patent Eligibility)の判断に関する先例を引用し、適格性の判断においても申し立て却下の段階でクレーム解釈が行われていることを指摘した点です。これにより、クレーム解釈と申し立て却下の関係について、より実務的で柔軟なアプローチが示されることとなりました。
本稿では、このUTTO事件における判断を詳しく分析し、実務への影響と対応について検討していきます。
2. CAFCによる新たな判断枠組み
2.1 従来のNalco判決の位置づけ
CAFCは、本件においてNalco Co. v. Chem-Mod, LLC事件(以下、Nalco事件)の先例的価値を明確に整理しました。Nalco事件では、申し立て却下の段階でのクレーム解釈が「不適切」とされましたが、CAFCは今回、この判示が普遍的な禁止を意味するものではないと明確に説明しています。
実際、Nalco事件における判断は、その事案特有の状況に基づくものでした。つまり、その事件では複雑なクレーム解釈の問題が存在し、より詳細な手続きが必要とされたという特殊な事情があったのです。
2.2 カテゴリカルな禁止から柔軟な判断へ
CAFCは今回の判決で、クレーム解釈に関する実務的なアプローチを大きく転換しました。裁判所は、申し立て却下の段階でのクレーム解釈が「カテゴリカルに禁止されるものではない」と明確に述べ、より柔軟な判断枠組みを示したのです。
特に重要なのは、クレーム解釈が内部証拠のみに基づいて行える場合には、他の法的基準の解釈と同様に、申し立て却下の段階でも可能であるとした点です。この判断は、特許訴訟の初期段階における効率的な紛争解決の可能性を広げるものといえます。
さらに、CAFCは裁判所が「広い裁量(wide latitude)」を持つことを認めており、クレーム解釈の手続きについて必ずしもマークマンヒアリング(Markman Hearing)のような正式な手続きを要するものではないとしています。
2.3 § 101適格性判断との整合性
特に注目すべきは、CAFCが特許適格性の判断との整合性を明確に示した点です。これまでCAFCは、特許法第101条に基づく特許適格性の判断において、申し立て却下の段階でのクレーム解釈を認めてきました。
今回の判決では、特許適格性の判断においても必然的にクレームの意味を解釈する必要があることを指摘し、この実務と整合的な判断枠組みを示しています。例えば、ChargePoint, Inc. v. SemaConnect, Inc.事件やSynopsys, Inc. v. Mentor Graphics Corp.事件などの先例でも、特許適格性の判断に際してクレーム解釈が行われていました。
この新たな判断枠組みにより、特許訴訟における初期段階での効率的な紛争解決の可能性が広がると同時に、特許適格性の判断との手続的な整合性も確保されることとなりました。ただし、CAFCは外部証拠(extrinsic evidence)が必要となるような複雑なクレーム解釈については、より慎重な判断が必要であることも示唆しています。
3. クレーム解釈を行うための要件
3.1 内部証拠のみに基づく解釈可能性
CAFCは、申し立て却下の段階でクレーム解釈を行う際の第一の要件として、内部証拠(intrinsic evidence)のみに基づいて解釈が可能であることを挙げています。内部証拠とは、特許請求の範囲、明細書、および出願経過(prosecution history)を指します。
特に重要なのは、専門家証言などの外部証拠(extrinsic evidence)に依存する必要がない場合に限って、この段階でのクレーム解釈が認められるという点です。ただし、CAFCはVitronics Corp. v. Conceptronic, Inc.事件を引用し、「ほとんどの場合、内部証拠の分析のみで争点となる用語の意味の曖昧さを解消できる」との見解を示しています。
3.2 明確な意味の必要性
第二の要件として、問題となるクレーム用語の意味が明確であることが求められます。CAFCは、UTTO事件において、「group」という用語の解釈が数学的な文脈では「1つ以上」を意味する可能性があることを指摘しました。
この判示は、技術分野における特殊な意味の可能性に注意を払う必要性を示唆しています。当業者(person of ordinary skill in the art)にとって自明でない特殊な意味が存在する可能性がある場合、申し立て却下の段階でのクレーム解釈は適切ではないとされます。明細書中に「本発明は…を要する」などの限定的な記載がない限り、クレーム用語の意味を不当に狭く解釈することは避けるべきとされました。
3.3 申し立て却下の判断に必要な範囲
また、CAFCは、Realtime Data, LLC v. Iancu事件を引用しつつ、全てのクレーム用語を解釈する必要はないと明確に述べています。申し立て却下の判断に必要な範囲でのクレーム解釈で十分だとされるのです。
例えば本件では、「group of buried asset data points」という用語の解釈が侵害の判断に決定的であったため、この用語の解釈にフォーカスすることが適切でした。しかし、地裁は先のヒアリングで予定されていた専門家証言等の証拠提出の機会を考慮せずに判断を下してしまい、これがCAFCによる差戻しの一因となりました。
また、CAFCはAatrix Software, Inc. v. Green Shades Software, Inc.事件を引用し、申し立て却下の段階での判断が適切かどうかについて、非侵害の主張者側に立証責任があることも確認しています。つまり、クレーム解釈が内部証拠のみで可能であり、その解釈が申し立て却下を正当化するものであることを、被告側が示す必要があるのです。
4. 実務への影響と対応
4.1 特許権者側の留意点
今回のUTTO事件の判決を受けて、特許権者は訴状の作成段階からより戦略的な対応が求められることとなりました。特に重要なのは、技術用語の意味に関する十分な説明を訴状に含めることです。UTTOケースでは、「group」という用語が数学的な文脈では「1つ以上」を意味する可能性があることが、差戻しの重要な根拠となりました。
クレーム用語に特殊な技術的意味が存在する場合、その旨を訴状の段階で明確に主張することが不可欠です。また、当該用語の解釈に外部証拠が必要となる理由についても、具体的に説明することが重要でしょう。例えば、UTTO社の事例では、数学分野における「group」の意味について、専門家証言の必要性をより早い段階で明確に示すべきでした。
さらに、正式な証拠開示手続き(discovery)前に専門家の意見を得ておくことも、有効な対抗手段となり得ます。この点について、CAFCは専門家証言の必要性が認められる場合、申し立て却下の段階でのクレーム解釈は適切でないとの判断を示しています。
4.2 被疑侵害者側の留意点
一方、被疑侵害者側にとって、本判決は申し立て却下による早期解決の可能性を広げるものとなりました。ただし、その成功のためには、クレーム解釈が内部証拠のみで可能であることを説得的に示す必要があります。
特に重要なのは、明細書や出願経過における記載を詳細に分析し、問題となるクレーム用語の意味が内部証拠から明確に導き出せることを示すことです。例えば、明細書中に「本発明は…を必要とする」といった限定的な記載がある場合、それを効果的に活用することが求められます。
また、申し立て却下の申立書(motion to dismiss)においては、特許権者側が主張する可能性のある技術分野特有の意味についても、予め検討し対応を準備しておく必要があります。さらに、K-Tech Telecommunications, Inc. v. Time Warner Cable, Inc.事件で示された基準に従い、訴状の事実主張を前提としても非侵害が明らかであることを示す必要があります。
このように、本判決は訴訟の初期段階における両当事者の戦略に大きな影響を与えることとなりました。特に、クレーム解釈に関する争点を早期に特定し、それに応じた適切な対応を取ることが、これまで以上に重要となっています。
5. UTTOケースから学ぶ教訓
5.1 不十分な解釈分析の具体例
UTTO事件において、地方裁判所のクレーム解釈には重要な分析の不足が指摘されました。特に「group of buried asset data points」という用語の解釈において、地裁は「通常かつ慣習的な意味(ordinary and customary meaning)」という表面的な分析に終始してしまいました。
CAFCは、地裁が明細書中の「一つ以上のデータポイント(one or more data points)」という記載を「2回しか出てこない」という理由で軽視したことを問題視しました。量的な出現頻度ではなく、その記載が持つ技術的な意味を検討すべきだったというわけです。また、図面に複数のデータポイントが示されているという事実のみを根拠に、クレームの範囲を限定的に解釈したことも適切ではないとされました。
5.2 技術用語の特殊性への配慮
本件で特に注目すべきは、技術用語の分野特有の意味への配慮の必要性です。UTTOは「group」という用語が数学の分野では「1つ以上」を意味する可能性があると主張しましたが、地裁はこの主張を十分に検討せずに判断を下してしまいました。
CAFCは、技術用語が持つ特殊な意味の可能性について、より慎重な分析が必要であると指摘しています。例えば、「pair of one or more」のような表現が言語的に矛盾するわけではないように、「group of one or more」という表現も技術的文脈では十分に成立し得るという点が強調されました。
このことは、特許明細書における技術用語の解釈において、一般的な言語使用と技術分野特有の用語法を区別して考える必要性を示しています。
5.3 明細書の記載の重要性
明細書の記載の重要性も、本件で改めて確認されました。CAFCは、明細書中の記載が発明の実施例を「単なる例示(mere examples)」として慎重に説明している点に着目しています。明細書には「本発明は…を必要とする」といった限定的な表現は使用されておらず、むしろ様々な実施形態が可能であることを示唆する記載が含まれていました。
特に重要なのは、図4Cの説明において「各データポイントの周りに円形の二次元領域からなるバッファゾーンが作成された」という記載です。この記載は、単一のデータポイントに基づくバッファゾーンの生成が可能であることを示唆しており、クレーム解釈において重要な意味を持つとされました。
このように、UTTO事件は明細書の記載が持つ重要性を改めて示すと同時に、その解釈においては文言の出現頻度よりも、技術的な文脈における意味の理解が重要であることを教えています。
6. 結論
UTTO事件は、申し立て却下の段階におけるクレーム解釈について、重要な指針を示しました。CAFCは、Nalco事件で示された判断を過度に広く解釈することを戒めつつ、内部証拠のみで解釈が可能な場合には申し立て却下の段階でのクレーム解釈も許容されるとの柔軟なアプローチを示しました。一方で、技術用語の分野特有の意味や明細書の記載内容については、より慎重な分析が必要であることも明確にしています。この判決により、特許訴訟の初期段階での効率的な紛争解決の可能性が広がる一方で、クレーム解釈に関する両当事者の戦略的な対応の重要性も一層高まることとなりました。