明細書内での用語定義は慎重に

アメリカにおける良い明細書は適宜明細書内やクレームで使われる用語が明細書内で明確に定義されていることだという意見もありますが、他のものと同様に、過剰な記述は有害な結果を招くことがあります。今回のIPRはそのケースで、uniQure biopharmaは米国特許第 9,982,248 号(’ 248)に関する IPR2021-00926 (IPR) で、自ら定義した用語によって特許性が失われるという事態に陥りました。

IPR:IPR2021-00926 – Pfizer, Inc. v. Uniqure Biopharma BV et al.

用語を定義する場合、発明にしすぎるのも良くない?

‘248特許の明細書は、ポリペプチドおよび医薬の技術における多くの従来の用語を定義していました。最終的に’248特許のクレームの多くをダメにした定義は、”treat “または “treatment “ででした。

病気の治療は、文脈によって異なる意味を持つことがあります。例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病を抗精神病薬で治療し、基礎疾患を治すことなく患者のQOL(Quality of Life、生活の質)を向上させることはよく知られていることです。しかし、抗生物質による細菌感染の治療は、通常、細菌を死滅させることによって病気を「治す」ことを意味します。出願時、訴訟時、ライセンシング時の問題を回避するために用語を定義することは有用かもしれませんが、それは特定の発明を視野に入れて行わなければなりません。

疾患がパーキンソン病の場合、用語を「治療」と定義すると、開示された治療法が、単に症状を改善するのではなく、パーキンソン病を治癒するという証明がない限り、実施可能性の問題が生じることになります。’248特許は、血友病B(hemophilia B)を含むヒトの血液凝固障害(acoagulopathy)の治療に関するものでした。

問題となった「treat」または「treatment」という用語の定義

‘248特許は、用語「treat」または「treatment」を次のように定義しています。

本明細書において、病理学の「治療」または「処置」という用語は、この病理学の予防および/または治療および/または治癒を意味する。予防という用語は、有利には、潜在的な疾患の発生を少なくとも部分的に阻止すること、および/または疾患の症状の悪化もしくは進行を防止することを意味する。治療という用語は、有利には、疾患症状の部分的または全体的な緩和を意味する。

In the present text the term “treat” or “treatment” of a pathology means the prophylaxis and/or therapy and/or cure of this pathology. The term prophylaxis means advantageously to at least partially arrest the development of a potential disease and/or to prevent the worsening of symptoms or progression of a disease. Advantageously, the term therapy means a partial or total alleviation of the disease symptoms.

先行技術文献の開示では一時的な改善があった

IPRでは、この定義が、問題となったいくつかのクレームの特許性の決め手となりました。’248特許は、遺伝子治療による血液凝固症候群(acoagulopathy)の治療に関するものです。凝固障害は、肝臓で合成され、凝固カスケードにおいて基本的な役割を果たすビタミンK依存の糖タンパク質であるFIXを体内で生成できないことが原因です。遺伝子治療では、FIXの体内合成を助けることをコンセプトにしています。これまでにもさまざまな試みがなされてきましたが、その成功の程度はさまざまでした。

‘248特許の成功の鍵は、FIXの糖タンパク質を挿入するために特定のアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus、AVV)を使用し、生体内でFIXを発現させることでした。Mannoの先行技術では、血友病Bの患者にFIXを導入するためにAVVを使用し、治療レベルのFIXが達成され、約8週間維持されましたが、免疫反応を起こし、有効期間が短くなったことが報告されています。その一方で、Mannoリファレンスはイヌや非ヒト霊長類では発現が長期間持続することを報告していました。

明細書で定義された「治療」を採用し先行技術を考慮すると違う意味合いが生まれる?

Mannoリファレンスは、別の文献であるStaffordと組み合わされ、Staffordの欠点を解決するためにMannoが使用されました。特許権者は、Mannoは血友病Bの治療に失敗していると主張ていますが、PTABは、明細書から抽出した特許権者が提案した定義を採用したため、この主張は却下されました。この定義では、血友病を「治療する」とは、治療効果のある期間中、症状の部分的な緩和を含むと定義されていました。ここでは、Mannoリファレンスの治療効果において10週間症状の緩和が持続したことが開示されています。

そのため(明細書内の「治療」定義に基づいた)PTABのクレーム解釈ではクレームに存在しない治療期間と有効性に関するクレーム制限を前提としていたため、特許権者による有効性の主張は棄却されました。

ここで、成功したかもしれない有効性の主張は、特許権者の「治療」の定義によって否定されました。この定義がなければ、特許権者は、当業者が「治療」をどのように解釈したかについて証拠を提示できたはずであり、それには、免疫反応のない長期間を含むことができたはずですが、明細書の定義により、この議論は排除されました。特許権者は、用語を細かく定義することにより、定義された用語が提供する広範な保護を狙っていましたが、そうすることで逆に発明の特許性が損なわれるという結果になってしまいました。

明細書内における用語の定義はクレームされる発明に合わせて

出願の際に用語を定義する場合、まず、その用語を定義することが有利に働くか、あるいは不利な結果を招く可能性があるかを慎重に検討する必要があります。今回PTABは、出願人が明細書内で行った定義を特許権者に不利になるように利用しました。

用語が定義されていなければ、特許権者は、その用語が当業者にどのように理解されるかについて証言することができたはずです。定義がなければ、専門家同士の戦いとなりますが、特許権者の主張が説得力を持つ可能性があったかもしれません。用語が特殊であったり、よく理解されていない場合は、定義が必要かもしれません。しかし、その場合は、発明者の目的に照らして慎重に検討する必要があります。広範な定義は、必ずしも強力なクレームにつながるとは限らず、後に特許取得を妨げる可能性があります。 

参考文献:Written Description is Not Always Your Friend

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