1. はじめに
米国の連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)は2024年10月24日、NexStep, Inc. v. Comcast Cable Communications, LLC事件において、特許の均等論(Doctrine of Equivalents、DOE)に関する重要な判決を下しました。この判決は、均等論における証拠要件を厳格化し、技術の複雑さに関係なく一律の基準を適用することを明確にした点で、実務に大きな影響を与えるものです。
均等論とは文言侵害が認められない場合でも、被疑侵害製品が特許発明と実質的に同等である場合に特許侵害を認める法理です。特許権者にとって重要な保護を提供する一方で、その適用は「例外的」であるべきとされてきました。
本件では、技術サポートの簡素化に関する特許について、複数のボタン操作が特許クレームに記載された「単一の動作(single action)」と均等といえるかが争点となりました。CAFCは、均等論の適用には「具体的な証拠(particularized testimony)」と「関連性の説明(linking argument)」が必要であり、この要件は技術の単純さによって緩和されることはないと判示しました。
特に注目すべきは、Chen判事による法廷意見とReyna判事による反対意見の対立です。この対立は、均等論における証拠要件の本質をめぐる深い議論を提起しています。
本稿では、この重要判決の内容を詳しく解説するとともに、日本の特許実務家が米国での特許訴訟を検討する際の実務的な示唆について考察します。
2. 事件の概要
2.1 特許の内容
本件で問題となったのは、NexStep社の2件の特許(米国特許第8,885,802号および第8,280,009号)です。このうち主たる争点となったのは’009特許で、これは「コンシェルジュ装置(concierge device)」に関する技術を対象としています。
‘009特許の特徴は、ユーザーが「単一の動作」で技術サポートを開始できる点にあります。従来のカスタマーサポートでは、ユーザーは製品の型番やシリアル番号などの情報を提供する必要がありましたが、本特許発明では、ボタン一つの押下や音声による一つの指示で、必要な情報が自動的に送信され、サポートセッションが開始される仕組みが実現されています。
‘802特許は「デジタルバトラー(digital butler)」と呼ばれるシステムに関するもので、音声によって家電製品を制御する技術を対象としていました。特に、音声データをボイスオーバーIP(VoIP)形式に変換する機能が重要な特徴となっています。
2.2 訴訟の経緯
NexStep社は、Comcast社のボイス機能付きリモコンと顧客サポートアプリ「My Account App」が自社の特許を侵害しているとして、デラウェア州連邦地方裁判所に提訴しました。
Comcast社の顧客サポートアプリには、チャットボット「XfinityAssistant」、「トラブルシューティングカード(Troubleshooting Card)」、「診断チェック(Diagnostic Check)」という3つの機能が実装されていました。これらの機能は、いずれも複数のボタン操作を必要とする仕様でした。
2.3 地裁判決
デラウェア州連邦地方裁判所は、まず’802特許について、クレーム解釈段階でVoIPを「双方向の音声通信が可能なプロトコル」と限定的に解釈し、Comcast社の一方向通信のみの製品は侵害しないとして、非侵害の略式判決を下しました。
‘009特許については陪審による審理が行われ、文言侵害は認められないものの、均等論による侵害が認められるという評決が下されました。しかし、Comcast社の申立てを受けた地裁は、NexStep社の専門家証言が不十分であったとして、法律問題としての判決(Judgment as a Matter of Law、JMOL)により、この陪審評決を覆しました。地裁は、特にNexStep社の専門家であるSelker博士の証言を「言葉の羅列(word salad)」と評し、均等論の立証に必要な具体性と分析が欠けているとしました。
この地裁判決を不服として、NexStep社はCAFCに控訴しました。
3. CAFCの判断
3.1 均等論における証拠要件
CAFCは、均等論の証拠要件について、Texas Instruments Inc. v. Cypress Semiconductor Corp.事件を引用しながら、重要な指針を示しました。特許権者は「具体的な証言(particularized testimony)」と「関連性の説明(linking argument)」を提供する必要があり、クレームと被疑侵害製品との「全体的な類似性に関する一般的な証言(generalized testimony as to the overall similarity)」では不十分であるとしました。
この証拠要件は、機能・方式・結果テスト(function-way-result test)または実質的差異テスト(insubstantial differences test)のいずれを採用する場合でも必要とされます。CAFCは、これらの要件が「均等論の適用範囲を適切に制限し、公衆が特許クレームの意味に依拠できる」ことを確保するために不可欠だと強調しています。
3.2 専門家証言の不備
法廷意見を執筆したChen判事は、NexStep社の専門家であるSelker博士の証言について、以下の三つの重大な欠陥を指摘しました。第一に、被疑侵害製品のどの要素が「単一の動作」という限定に相当するのかを具体的に特定していませんでした。第二に、なぜその要素が特許クレームの限定と実質的に同じ機能を果たすのかについての「意味のある説明」が欠如していました。第三に、結果の同一性に関する証言が、クレーム文言から乖離した一般的なものにとどまっていました。
特に注目すべきは、Selker博士の「同じだと言えるから同じだ」という循環論法的な証言をCAFCが明確に否定した点です。均等論の立証には、技術的な観点からの詳細な分析が必要とされることが改めて確認されました。
3.3 「技術の単純さ」による例外の否定
NexStep社は、本件の技術が「容易に理解可能(easily understandable)」であることを理由に、厳格な証拠要件を緩和すべきだと主張しました。しかしCAFCは、この主張を明確に否定しました。均等論の適用における証拠要件は、技術の複雑さに関係なく一律に適用されるべきだとしたのです。
CAFCによれば、均等論自体が「概念的に適用が困難」な法理であり、その適用の困難さは基礎となる技術の複雑さとは無関係です。このような判断は、均等論の適用における予測可能性を高めることを重視したものといえます。
3.4 反対意見の要点
Reyna判事は、多数意見に対して強い反対意見を述べました。特に、多数意見が「全ての事件において専門家の意見証言の提出を必要とする」という新たな硬直的なルールを作り出したと批判しています。Reyna判事によれば、均等論の立証は専門家証言に限らず、技術文献や先行技術の開示など、様々な証拠によって可能であるべきです。
さらにReyna判事は、第三巡回区の法律に基づく実質的証拠の基準の下では、陪審評決を覆すのは「例外的な状況」に限られるべきだと指摘しました。本件の証拠は、合理的な陪審が均等論による侵害を認定するのに十分だったとReyna判事は主張しています。この反対意見は、均等論の適用における柔軟性と陪審制度の尊重を強調するものといえます。
4. 実務への影響
4.1 均等論の立証における留意点
本判決は、均等論の主張を検討する際の実務上の重要な指針を示しています。特に注目すべきは、「具体的な証言」と「関連性の説明」という二つの要件が、技術の複雑さに関係なく厳格に要求されることです。
均等論の主張を準備する際には、文言侵害の主張と均等論の主張を明確に区別する必要があります。本件でCAFCは、文言侵害に関する証拠が均等論の証拠として「単に包含される」だけでは不十分であることを明確にしました。そのため、均等論については独立した詳細な分析と説明を用意する必要があります。
また、今回の判決は「機能・方式・結果」の各要素について、より具体的な分析を要求しています。単に被疑侵害製品と特許発明が「同じである」という結論を述べるだけでなく、なぜ同じといえるのかについての詳細な技術的説明が必要となります。
4.2 専門家証言の準備
専門家証言の準備においては、以下の三点に特に注意を払う必要があります。第一に、被疑侵害製品の具体的な構成要素と特許クレームの限定との対応関係を明確に特定すること。第二に、それらの要素がなぜ実質的に同等といえるのかについての技術的な説明を詳細に行うこと。第三に、その説明がクレーム文言に即したものとなるよう留意することです。
本件では、「同じ機能を果たすから同等である」という循環論法的な説明が明確に否定されました。そのため、専門家証言では、技術的な観点から実質的な同等性を説得的に説明する必要があります。具体的には、当業者の視点から見た技術的な作用効果の同一性について、詳細な分析を示すことが求められます。
4.3 クレーム解釈への示唆
本判決では、VoIPという業界標準用語の解釈も重要な争点となりました。CAFCは、業界標準用語については技術辞典などの外部証拠(extrinsic evidence)を重視する姿勢を示しています。この点は、クレーム用語が業界標準的な意味を持つ場合、その一般的な理解から逸脱した解釈を主張することは困難であることを示唆しています。
特に、出願過程で業界標準用語の通常の意味と異なる定義を主張する場合には、明細書での明確な定義付けが重要となります。本件では、NexStep社が控訴段階で初めてVoIPの独自の定義を主張しましたが、CAFCはこれを認めませんでした。これは、クレーム解釈における一貫性の重要性を改めて示すものといえます。
実務上は、出願段階から、業界標準用語の使用とその定義について慎重な検討が必要となります。特に、標準的な意味と異なる使用を意図する場合には、その旨を明細書で明確に説明することが重要です。
5. 結論
本判決は、均等論における証拠要件を厳格化し、その基準が技術の複雑さに関係なく一律に適用されることを明確にした重要な先例となりました。特に、「具体的な証言」と「関連性の説明」を要求し、単なる結論や循環論法的な説明では不十分であることを明確にした点で、今後の実務に大きな影響を与えることが予想されます。また、業界標準用語の解釈における外部証拠の重要性も示唆されており、出願戦略から訴訟対応まで、幅広い実務的な示唆を提供しています。Reyna判事の反対意見に示されるように、この判決が均等論の適用を過度に制限する可能性を指摘する声もありますが、少なくとも当面は、本判決の示した厳格な証拠要件に従った慎重な実務対応が求められることになるでしょう。