特許出願における103条(非自明性)の拒絶対応は、特許実務において重要かつ複雑な課題の一つです。本記事では、2パートシリーズの後半として、AIによる103条拒絶対応能力を検証した結果をご紹介します。
前編では、AIを活用した発明概要の理解、拒絶理由の分析、提出済みOA対応の評価を行いました。その結果、AIが発明やOAの本質的特徴を捉え、OA対応における効果的な対応戦略を理解していることが明らかになりました。具体的には、OA対応では、位置決めループ(positioning loops)を独立クレームに追加し、より広い権利範囲を確保しつつ103条の拒絶を解消する戦略が示されました。
後編となる本稿では、AIに実際の103条拒絶対応を作成させ、前編で分析した実際に代理人が提出した補正クレームと比較した考察を行っています。
検証の結果、AIは発明の核心を捉えた補正案を提示し、論理的な反論を展開できることが判明しました。ただし、今回のAIの提案は人間の代理人よりも保守的な傾向があり、クレームの範囲をより狭く設定する傾向が見られました。それでも、AIは発明の重要な特徴を強調した補正を行い、Remarksとの整合性も高く、全体としては満足のいく成果を示しました。
1. 今回の検証プロセス
今回の後編での目的は、前編で学んだ発明・OAの内容とOA対策ポイントをベースに、AIに103条の拒絶対応をしてもらい、その内容を実際のケースで提出されたOA対応の内容と比較し、評価することです。
この検証を行うために、以下のような手順で作業を行いました:
- AI環境の設定(前編で検証済み)
- AIを使った発明概要の理解(前編で検証済み)
- AIを使った拒絶理由の分析(前編で検証済み)
- AIを使った提出済みOA対応の分析と評価(前編で検証済み)
- AIによるクレーム補正と評価
- AIによる拒絶対応の書面作成と評価
すでに検証が終わっている1〜4については、前編で詳しく解説しているので、詳細は前編を見てください。
それでは早速、AIによるクレーム補正の作成から行っていきましょう。
2. AIによる拒絶対応の作成
前編で、発明内容、拒絶理由、実際の拒絶対応における権利化へのポイントがわかったところで、実際にAIを使った拒絶対応を作成していきたいと思います。
2.1 OA対応を生成するためのAI環境設定
前回最後に行った提出済みOA対応の分析では、実際のOA対応でファイルされた補正クレームと対応する主張をProject Knowledgeに追加していました。しかし、リアルタイムで拒絶対応を作成する際はそのような情報はないので、今回の「拒絶対応の作成」におけるAI環境としては、実際のOA対応でファイルされた補正クレームと対応する主張をProject Knowledgeから外し、仮想的にOAが出た直後の環境で得られる情報のみをProject Knowledgeに入れています。
2.2 OA対応策の提案
まず手始めに現時点で考えられるOA対応手段を複数提案してもらい、その中から一番有効なOA対応の手段を選びたいと思います。
あたなは優秀な特許弁護で、10年以上の経験があります。現在、あなたはPending patent application with original claimsに関する1st office actionへの対応をするタスクを担っています。あなたの目的は、特許庁の審査官を説得し、1st office actionに書かれているすべての拒絶を解消し、特許を許可させることです。その準備段階として、考えられる複数のOA対応策を提案してください。
全部で10つ提案されましたので、1つずつ検証していきましょう。
1つ目の提案はクレーム補正です。具体的な補正例として実際のOA対応でも用いられた positioning loopsが採用されていることに驚かされました。今回使用しているソースの中には実際のOA対応文は含まれていないので、その状態で数ある候補の中からpositioning loopsが選ばれたのはとても興味深いです。補正例はたまたまの可能性もありますが、このような補正を行った拒絶解消は最も一般的に行われる手法です。それが最初に提案されるのはいいことだと思います。
2つ目の提案は補正をしないで主要文献との差別化することです。確かにクレームされている吊り上げ装置はMarryで開示されているクランプよりも複雑です。そこに着目することで、反論する糸口はつかめるかもしれません。しかし、このようなアプローチでも、差別化を明確にするためになんらかの補正をクレームに加えることがほとんどなのでこれは提案1のアプローチと重なる点が多いです。しかし、このような補正なしの差別化もよく行われるので2番目にこの提案がなされているのはとても良心的だと思います。
3つ目は、許可可能になっているクレーム要素を独立クレームにする提案です。実質、このような補正で出願人が納得するのであれば、103条の拒絶に関する反論もいらないので、一番簡単な補正で、確実に権利化できるオプションです。
しかし、提案されたクレーム補正では、シンプルにクレーム1にクレーム5をつなげただけになっています。しかし、クレーム1とクレーム5の従属性の関係から、本来このような補正をする場合、クレーム2の限定も含める必要があります。クレーム2では、ベース部材が把持パッド(a gripping pad)を備えること、クレーム5では把持パッド上に積層される保護パッド(a protection pad)を有していることが書かれています。提案されたクレームは把持パッド(a gripping pad)の表記はあるのですが、それが他の要素とどのような位置関係にあるかが示されていません。この点について生成AIは気づいていなかったので、この提案3を採用する場合であっても、AIの提案を鵜呑みにするのではなく、作業する担当者が独立した視点から成果物を確認する必要があります。
提案4の予期せぬ効果の主張ですが、もしあればいいのですが、一般的に今回のクレームの対象になっている装置の構造や機能からはそのような効果は想像できないと思われます。しかし、幅広い視点で可能性を模索する現段階では考慮する価値があると思うので、有益な提案の1つだと思います。
提案5は組み合わせに関する反論です。この点についてはすでにOAの考察をした際、主要先行文献であるMarryとの差別化が重要であり、組み合わせに関する反論の効果は低いという結論に至っています。しかし、提案4と同様に、一般的にはこの時点では考慮するべき事柄なので、この提案も評価に値します。
提案6はOAの拒絶内容に含まれていない102条に対する反論なので、今回のOA対応には関係ありません。この提案は不要でした。
提案7は提案5と実質同様なので、この提案も不要です。
提案8の発明の利点を言及する点ですが、このような主張はアメリカでは有効ではないという考えが大半です。利点を主張する場合であっても、何かより具体的な主張や補正を行った上で行うことが一般的です。なので、単独の提案としては、この提案も不要だと思います。
提案9は宣誓供述書の提出です。これも提案4の予期せぬ効果の主張と同様、今回の事例に関しては特に考慮する点はないと思います。しかし、一般的にはこの時点で考慮することも十分有意義なので、提案に含まれているという点は一定の評価ができると思います。
最後の提案10の面接の要請は、ただ面接するだけでは当然審査官を説得できないので、何からの反論や補正提案を準備しておく必要があります。そのため、上記の提案を実行する上での手段の1つと捉えるべきでしょう。アメリカでは一般的に面接(Interview)は有効な手段なので、この時点でその可能性を評価することは有益だと思います。
OA対応の場合、何も考えずにクレーム補正や反論主張を考えがちですが、このように一回立ち止まって、様々な可能性を考慮するのはいいことだと思います。特に、このようなエクササイズをするときにAIを使うとより客観的に広い視野で可能性を考慮できると思いました。
今回は先行文献との差別化を明確にするためにクレーム補正が有効だと思われるので、次でAIを使ってクレーム補正案を考えていきます。
2.3 クレーム補正案
次に、本格的な補正方針について検討していきますが、今回は発明の特徴の1つでもある、「荷重がない状態ではアタッチメントの移動がスムーズに行え、荷重がかかるとスリングが自動的に締まってフォーク爪に固定されるという機能的な要素」に注目してクレーム補正をしてみたいと思います。この点は、発明の概要を見た際にも特徴として明細書内で強調されていた部分であり、実際のOA対応でも引用文献との差別化に用いられた点でもあります。
今回の発明の特徴の1つに、荷重がない状態ではアタッチメントの移動がスムーズに行え、荷重がかかるとスリングが自動的に締まってフォーク爪に固定されるという機能的な要素があります。この機能により、フォークリフトの機能を拡張し、より安全で効率的な荷物の持ち上げと移動を可能にするという効果があります。この機能を可能にする新しい構成要素をクレーム1に追加し、引用文献との差別化を行うことを考えています。
そこで、まずPending patent application with original claimsからそのようなクレーム1に追加するべき構成要素を特定し、クレーム1の補正案を示してください
この補正提案では、無負荷時の自由な動きと負荷時の自動固定を可能にしているのは、位置決めループ(positioning loops)、スリング保護部分(sling protection portions)、エンドレススリング(endless sling)の特定の配置であると示しました。そして、wherein以降で、それらの要素の追加とそれそれの位置、そして、これらの要素が組み合わさって作動するときの無負荷時と負荷時の挙動について言及しています。
また、このクレーム案における補正の明細書内でのサポートを質問したところ、具体的な明細書のパラグラフを特定して言及してくれました。
2.4. クレーム補正案の評価
1. A hoist attachment comprising:
a base member;
a positioning guide extending from the base member;
a positioning member;
an endless sling extending from the base member, the endless sling having a load mounting portion, the endless sling cooperating with the positioning guide and the positioning member;
wherein the positioning guide has positioning loops extending from either side of mounting portions of the positioning guide;
wherein the base member has a protection pad with sling protection portions extending from opposed ends of a mounting portion of the protection pad;
wherein the positioning loops are positioned proximate to, but spaced from the sling protection portions;
wherein a first portion of the endless sling extends between the base member and the positioning member and is guided by the sling protection portions;
wherein a second portion of the endless sling extends from the positioning member to and around the positioning loops; and
wherein the configuration of the endless sling, the positioning loops, and the sling protection portions allows for smooth movement of the hoist attachment when no load is applied and automatic tightening and securing of the hoist attachment to a fork tine when a load is applied to the load mounting portion.
今回提案されたクレーム補正は大きく3つの要素(位置決めループ(positioning loops)、スリング保護部分(sling protection portions)、エンドレススリング(endless sling)の特定の配置)を追加しています。
しかし、実際のOAで提出された補正案を見ると、位置決めループ(positioning loops)に関する補正しか行われていないことがわかります。
この違いは、今回感じたAIと人間の大きな違いだと思います。
AIは明細書における情報量から無負荷時の自由な動きと負荷時の自動固定を可能にしているのは、位置決めループ、スリング保護部分、エンドレススリングの特定の配置が必須であると判断しました。これは原本の明細書におけるこれらの要素の情報量から見ても納得できる見解です。
しかし、実際の代理人は、無負荷時の自由な動きと負荷時の自動固定を可能にしている要素をより概念化し、必要最低限の要素だけで補正することに注目した結果、位置決めループ(positioning loops)に関する補正のみを行い、無負荷時の自由な動きと負荷時の自動固定に関しては、Remarksにおける主張部分で示すことで、クレームにおける余分な限定を避けたのだと思います。
試しにAIが提案したクレームをより簡素化するように指示してみましたが、位置決めループ、スリング保護部分、エンドレススリングの特定の配置に対する記載は変わりませんでした。
補正の方針を維持したまま補正内容を最小限にとどめたいので、提案された補正クレーム1から取り除ける補正内容を再検討し、より少ない補正を含んだクレーム1を提案してください
1. A hoist attachment comprising:
a base member;
a positioning guide extending from the base member;
a positioning member;
an endless sling extending from the base member, the endless sling having a load mounting portion, the endless sling cooperating with the positioning guide and the positioning member;
wherein the positioning guide has positioning loops extending from either side of the base member;
wherein the base member has sling protection portions;
wherein the endless sling is configured to extend from the base member through the positioning member and around the positioning loops; and
wherein the configuration of the endless sling, the positioning loops, and the sling protection portions allows for movement of the hoist attachment when no load is applied and tightening of the hoist attachment to a fork tine when a load is applied to the load mounting portion.
簡素化されたバージョンの方がよりクレーム1としては適していますが、それでもAIが提案するクレームは限定要件が多い保守的なクレーム補正になっています。
当然AIであっても、位置決めループ(positioning loops)だけを含む補正クレームを作成するようにユーザーが直接的に指示すれば、そのようなクレームは作成できます。しかし、現状のクレーム補正からどこを削り、どこを残すかをユーザーの直接的な指示なしにAIに判断させることは難しいと考えられます。もし、より人間が作ったクレーム補正に近づけるとするなら、クレーム補正の提案をさせる際に、今回のような機能的な要素に関しては言及せず、加える要素を直接的に指示し、OA対応の主張部分を作成する時に位置決めループ(positioning loops)と無負荷時の自由な動きと負荷時の自動固定の機能を結びつけるような理由を考えるようにするべきでしょう。しかし、このような作業にはAIを操作するユーザーの発明に対する理解度と豊富な特許OA対応に関する経験と知識が必要なので、人を選び、また、AIに指示するだけではなくより能動的なアクションを求められるので、「考える時間」もより多く必要になります。
3. AIによるOA対応主張部分の作成
クレーム1のみですがクレーム補正の候補もまとまったので、OA対応の主張部分であるRemarksの部分もAIで作成してみましょう。
アプローチとしては、OA対応を行うにあたって必要な情報を提供し、その情報から今回のOA用にカスタマイズされたアウトラインを作成してもらい、そこからセクションごとに本文を生成してもらう流れです。
プロンプトは長いので詳細はここから参照してほしいのですが、ソースとして提供した本出願の明細書、OA文、先行文献の参照と、クレーム1の補正前後の情報、クレーム補正のサポート、103条に関する汎用的なテンプレートを提供しています。
1回目の生成ではClaim 1の拒絶の対象となっていないCaldwellに関する部分も見受けられたので、Caldwellに言及している部分は削除するような指示を出して、上記のようなアウトラインを作成しました。
この後は、セクションごとに応答文を作成してもらうように指示するだけで、Remarksの部分が作成できます。今回は、生成された英語の本文は右の画面に表示され、生成された文章に関するコメントが左に日本語で表示されます。日本語のコメントで内容がある程度理解できるのがいいですね。
AIが生成したOA対応のRemarks部分は以下の通りです。
約8ページ弱の応答文が作成されました。見出しや内容部分の表現の一部には編集したい部分は多少あるものの、全体としては103条の拒絶に対する対応はできていると思います。特に、補正されたクレームが引用された先行技術と差別化されることが明確に説明できており、補正箇所と明細書内におけるサポートも明記されています。また、一番重要な103条の拒絶に対する反論の部分では、引用文献であるMarry とFredrikssonの概要の説明、補正部分を強調したクレーム1との対比、補正で加えられた各要素と引用文献との比較、本発明の特徴とそれがもたらす利点などを論理的に展開しているので、内容的には103条を解消するのに十分な主張が展開されていると思います。
しかし、クレーム補正に関してはクレーム1しかなく、補正でも多くの従属クレームに含まれている要素をクレーム1に加えているので、クレーム1−20すべてにおいて適切な補正ができた後で、クレーム補正に関する文言や従属クレームに関する文言は変更する必要があります。
また、クレーム補正に関しては、AIは下線や取り消し線のような文のフォーマットへの対応が苦手なので、弁理士がクレーム補正を作成するのがいいでしょう。今回一番重要なクレーム1の補正はAIが実質的な作業を行ってくれたので、後はその補正に対応するように従属クレームを編集すればいいだけなので、この人間がやる作業はほぼ機械的にこなすことができるでしょう。
4. 上司・クライアント用の資料作成
実際にOA対応を作成する場合、事務所内の上司やクライアントの知財部の担当者から許可を得る必要があります。その際に提出する資料は様々だと思いますが、今回作成したクレーム補正を含むOA対応提案に関する上司・クライアント用の資料作成もAIに作ってもらいます。
今回は、こちらでアウトラインを提案し、そこからAIに資料を作ってもらいます。
下準備として、補正されたクレーム1とRemarksのテキストをProject knowledgeのコンテンツとしてアップしておきます。
実際のプロンプトはここから見ることができますが、いままでの作業で得られた情報の一部を抜粋し、対応するセクションに割り当てただけで、以下のような資料が作成できました。
思ったよりも簡素化された内容になりましたが、それでも十分、今回提案したOA対応を理解するのに有益な情報をコンパクトにまとめた内容になっていると思います。個人的には、先行文献Marryに関するより詳しい説明、クレーム要素の部分における対応する英語の併記、図があるとわかりやすい部分への関連図の挿入などをすると更によくなると思いました。
まとめ
本検証から、生成AIは103条の拒絶対応において、人間の特許弁護士に近い水準の対応を行える可能性が示されました。AIは発明の核心を捉えたクレーム補正案を提示し、論理的な反論を展開できました。ただし、今回AIが行った提案は人間の弁護士よりも保守的で、クレームの範囲を必要以上に狭めてしまう傾向が見受けられました。また、クレーム補正のフォーマットやより広い権利範囲の確保など、人間の経験と判断が必要な部分も残されています。そのため、AIは特許実務における強力な支援ツールとなり得ますが、熟練した特許専門家の監督と指示の下で使用することが望ましいと言えるでしょう。