米国特許法における国内産業要件(Domestic Industry Requirement)は、米国際貿易委員会(ITC:International Trade Commission)が特許侵害に基づく輸入差止命令を発動するための重要な要件です。2024年5月8日、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC:United States Court of Appeals for the Federal Circuit)は、Zircon Corp. v. International Trade Commission事件において、ITCが複数の特許を主張する申立人に対して国内産業要件をどのように適用すべきかについて重要な判断を下しました。
本稿では、Zircon Corp. v. International Trade Commission事件の背景と判決内容を詳細に検討し、ITCの複数特許調査における国内産業要件の判断基準と実務上の留意点について考察します。
事件の背景
本事件は、Zircon社が、Stanley Black & Decker社およびその子会社であるBlack & Decker (U.S.)社(以下、合わせて「Stanley社」)を相手に、ITCに特許侵害に基づく輸入差止請求を行ったことに端を発しています。Zircon社は、電子スタッドファインダーに関する3つの特許を保有しており、Stanley社によって米国に輸入・販売された電子スタッドファインダーがこれらの特許を侵害していると主張しました。
問題となった特許は以下の3つです:
- U.S. Patent No. 6,989,662(’662特許):スタッドファインダーの自動的な再較正に関する特許
- U.S. Patent No. 8,604,771(’771特許):スタッドファインダーのグリップデザインに関する特許であり、グリップの両側に凹状の指かけを設けることで回転軸を提供するもの
- U.S. Patent No. 9,475,185(’185特許):’771特許と同様にグリップデザインに関する特許であるが、グリップの両側に「2つの凹状の指かけのみ」を設けることで回転軸を提供するという点で’771特許とは異なる
国内産業要件とは
国内産業要件(Domestic Industry Requirement)は、19 U.S.C. § 1337(a)(2)に規定されており、ITCが特許侵害に基づく輸入差止命令を発動するための重要な要件です。この要件を満たすには、申立人は、問題となっている特許の対象となる物品に関連する産業が米国内に存在する、または確立されつつあることを示す必要があります。
この要件は、さらに2つの要件に分けられます:
- 技術的要件(Technical Prong):申立人は、米国内で製造・販売されている製品が問題となっている特許発明を実施していることを示さなければなりません。
- 経済的要件(Economic Prong):申立人は、特許発明を実施している国内産業製品に関して、以下のいずれかの重要な投資を行っていることを示さなければなりません:
- 工場・設備への投資(19 U.S.C. § 1337(a)(3)(A))
- 労働・資本への投資(19 U.S.C. § 1337(a)(3)(B))
- 研究開発への投資(19 U.S.C. § 1337(a)(3)(C))
ITCにおける国内産業要件の判断
本事件において、Zircon社は自社の53の国内産業製品に対する投資を合算することで、経済的要件を満たそうと試みました。しかし、これらの製品のすべてが3つの特許のすべてを実施しているわけではありませんでした。実際、53の製品のうち、14の製品が3つの特許すべてを実施し、21の製品が’771特許と’185特許を実施し、16の製品が’662特許のみを実施し、2つの製品が’771特許のみを実施していました。
Zircon社は、異なる特許を実施する製品に対する投資を区別せずに合算したため、ITCは各特許に関するZircon社の投資の重要性を評価することができませんでした。このことが、ITCがZircon社の国内産業要件の主張を退けた主な理由となりました。
CAFC:国内産業要件は個々の特許を対象としている
CAFCは、Zircon社の上訴を棄却し、ITCの判断を支持しました。CAFCは、Zircon社が各特許に対する投資を適切に配分できなかったことが、国内産業要件を満たさないとするITCの判断の主な根拠であると認めました。
CAFCは、19 U.S.C. § 1337(a)(2)及び(a)(3)の文言に着目し、法令が「その特許」の対象となる物品に関する国内産業の存在を要求していることを指摘しました。この文言は、複数の異なる特許ではなく、個々の特許に関連する国内産業の存在を求めていると解釈されます。したがって、異なる特許を実施する別個の製品群については、それぞれの特許について別個の国内産業の存在を示す必要があります。
ただし、CAFCは、すべての国内産業製品がすべての特許を実施している場合には、投資の合算が認められる可能性があることを示唆しました。この場合、申立人は特許ごとに投資を厳密に区別することなく、国内産業要件を満たすことができるかもしれません。
Zircon社は、1987年のCertain DRAMs事件において、ITCが複数の特許について投資の合算を認めたことを根拠に、自社の主張を正当化しようとしました。しかし、CAFCは、このCertain DRAMs事件が1988年の法改正前の事例であり、また、問題となった特許対象のDRAMの間に重複があったことを理由に、本事件とは区別されると判断しました。
さらに、CAFCは、Zircon社が特許ごとに投資を分解した申告書の証拠として採用されなかったことを問題視しませんでした。Zircon社は、この申告書の除外を争わなかったため、CAFCはこの点についてこれ以上検討しませんでした。
以上のように、CAFCの判決は、複数の特許を主張する申立人に対して、各特許に関する国内産業の存在を個別に示すことを求めるものであり、ITCにおける国内産業要件の判断基準を明確化したといえます。
実務上の留意点
今回のCAFCの判決は、複数の特許を主張してITCに輸入差止請求を行う申立人にとって、重要な実務上の示唆を与えるものです。
第一に、申立人は、各特許を実施する国内産業製品への投資を慎重にマッピングする必要があります。つまり、どの製品がどの特許を実施しているのかを明確に示し、それぞれの製品に対する投資を特定しなければなりません。これにより、ITCは各特許について、19 U.S.C. § 1337(a)(3)に定める各法定カテゴリー(工場・設備、労働・資本、研究開発)への投資の重要性を判断することができます。
第二に、特許ごとに投資を厳密に区別することが常に求められるわけではありませんが、少なくとも合理的な配分方法が必要です。申立人は、各特許に関連する投資をできる限り正確に特定し、それが困難な場合には、合理的な配分方法を用いて投資を割り当てることが求められます。
第三に、申立前の準備段階において、申立人は、自社の製品と特許の対応関係を整理し、各製品に対する投資がどのように追跡されているかを確認しておく必要があります。この情報は、国内産業要件の主張を裏付ける証拠を収集する上で不可欠です。
第四に、申立人が複数の特許の対象となる製品を開発している場合には、製品ごとの研究開発投資を適切に追跡することが特に重要です。研究開発投資は、国内産業要件の経済的要件を満たす上で重要な要素の一つであり、各特許に関連する投資を明確に示すことができれば、ITCにおける主張の説得力が増すことが期待できます。
以上の点を踏まえ、申立人は、国内産業要件の主張をより強固なものとするために、特許と製品の対応関係及び各製品に対する投資の内訳を早期から整理し、必要な証拠を収集しておくことが重要です。
まとめ
今回のZircon Corp. v. International Trade Commission事件におけるCAFCの判決は、ITCの複数特許調査において国内産業要件の判断がより厳格化されたことを示すものです。申立人は、複数の特許を主張する場合、各特許を実施する国内産業製品への投資を明確に特定し、それぞれの特許について国内産業要件を個別に満たす必要があります。この判決を受けて、申立人は、特許と製品の対応関係及び各製品に対する投資の内訳を早期から整理し、必要な証拠を収集しておくことが重要となります。