AIが生成する音声は知財侵害の対象になるのか?

生成AIは文字や画像にとどまらず音声の領域でも凄まじいい技術革新を起こしています。しかし、その反面、有名アーティストの「声」をマネするAIを悪用し、有名アーティストがあたかも歌ったような「AI生成音楽」が出てくるようになりました。「声」自体には著作権が認められないので、著作権侵害における権利行使が難しく、アーティストやレーベルにとって悩ましい問題になりつつあります。そこで、この「声」に注目し、著作権などのの知財権利を行使できないコンテンツに対する取り締まりの可能性について考えてみました。

有名人や人気キャラクターの声を使えるAIツール

AIが今後知的財産法(IP法)に深刻な影響を及ぼす可能性に関しては多くの記事を書いてきましたが、IP法はAIの影響を最も受ける法分野であると考えて差し支えないでしょう。その中でも今回注目したいのが、最近ニュースに出る頻度も上がってきたAIが生成した音声を使った楽曲です。これらは、有名アーティスト(ドレイク、ザ・ウィークエンド、リアナなど)やキャラクター(スポンジ・ボブ、エリック・カートマン、悟空など)が話している、または、歌っているような音が作成できるAIツールを用いて作成されています。

関連記事:AI作成の著作物には著作権が発生しない – Open Legal Community 

AIと特許法: 発明と発明者のバランス – Open Legal Community 

人やキャラクターの「音声」には著作権がないため許可していないAI音楽の取り締まりを難しくしている

最近、大きなニュースになったAI生成音楽は “Heart on My Sleeve “です。この曲自体はオリジナルです。しかし、ドレイクとザ・ウィークエンドのように聞こえるようにAIが生成した声が使われています。ドレイクとUMG(ドレイクのレーベル)はこれに不快を覚えたようです。しかし、彼らにはこの曲に関する著作権がないため、権利行使の手段がとれず、結局YouTubeからこの曲を削除する選択肢はとれませんでした。

このような事例は新しい問題であるため、判例はこの状況を解決する助けにはなりません。しかし、アーティストが自分の声を他人に利用されることに対処しなければならないのはこれが初めてではありません。そこで、既存の判例法や法原則がどこまでこの問題の解決に役に立つのかを検証してみたいと思います。

米国の一部の州では、アーティストは、 Haelan Laboratories, Inc. v Topps Chewing Gum, Inc. で確立された有名人の肖像権を保護する「パブリシティ権」(“right to publicity”)や不正競争法に頼ることができる可能性があります。

AIが生成した音声に関する類似する判例

Midler v Ford Motor Co.

この事件で、フォードは有名な歌手ベット・ミドラーをCMに起用しようとした。しかし、ミドラーがそのオファーを断ると、フォードは代わりに彼女のバック・シンガーの一人であるウラ・ヘドウィグを雇い、ミドラーの歌を歌わせ、彼女の声を真似させました。ここで注目すべきは、フォードが著作権者から楽曲の使用許諾を得ていたことです。したがって、この訴訟の核心的な争点は、ミドラーの歌声の保護のみでした。

裁判所は、この事件でいくつかの重要な発言をします。

まず、憲法修正第1条(表現の自由に対する権利)は、肖像や音声の複製が情報提供や文化的な目的であれば保護の対象となるとしました。しかし、複製が描かれた個人を利用するためのものであれば、憲法修正第1条は適用されないと差別化しています。同様に、Apple Corp v. Leber et al.事件やEstate of Presley v. Russen事件では、裁判所は、憲法修正第1条は、創造的要素のない模倣的娯楽を保護するものではないと判断しました。

第二に、裁判所は、ある実演家が他人の実演を意図的に複製しようとした場合であっても、録音された実演を模倣することは著作権侵害を構成しないと述べました。

最後に、裁判所は、人のアイデンティティの属性を流用することによって損害が発生する可能性があることを認めました。個人の声には著作権はありませんが、裁判所は、人の声は顔と同様に特徴的で個人的なものであると判断しました。特にプロの歌手の個性的な声が広く知られ、商業的利用において意図的に模倣された場合、販売者は自分のものではないものを流用したことになり、カリフォルニア州において不法行為を犯したことになるとしました。

Tom Waits v Frito-Lay, Inc.

トム・ウェイツは、独特の砂利のような声を持つ高名な歌手でした。Frito-Lay, Inc.は大手食品製造販売会社です。コーンチップスの新しいサルサ味を発売するため、Frito-Lay社(正確には広告代理店)は、ウェイツの曲を何年もかけてカバーしてきたプロのミュージシャン、スティーブン・カーターを雇い、コマーシャル用のジングルを録音させました。そのコマーシャルが放映された後、ウェイツはFrito-Lay社と広告代理店を訴えました。

この裁判は、ミドラー事件における「声が有名人のアイデンティティを示す十分な指標である場合、パブリシティ権は有名人の同意なしに商業目的で模倣されることから保護される」という裁判所の所見を確認し、声が不正流用されるためには、(1)特徴的で、(2)広く知られ、(3)商業目的で意図的に模倣される必要があるというコモンローのルールを明確にしました

さらに陪審員は、スティーブン・カーターとトム・ウェイツの声は類似しているため、ウェイツがコーンチップスを支持していると消費者に誤解させる可能性があると判断しました。これにより、ウェイツは(不正競争を理由とする)ランハム法に基づく損害賠償を受ける権利を得ました。

セルビアにおけるAIが生成した声への対策

見てわかるように、この問題は(AIを介さないようなものであっても)アメリカに存在しています。また、別の国ですが、AIが生成した声を用いたコンテンツの対策に乗り出したところがあります。

それはセルビアで、有名な政治家の声を使ってAIが生成したメディア・コンテンツがありました。現在のところ、セルビアでも他の法的手段がないため、この問題は規制ベースで対処されています。セルビア共和国電子メディア規制局(The Regulatory Authority for Electronic Media of the Republic of Serbia、REM)は、メディア・サービス・プロバイダーに対し、以下のような警告を発しています:1)電子メディア法によれば、プロバイダーは視聴者やリスナーの信憑性を利用するようなコンテンツを放送してはならない、2)オーディオ・ビジュアル・コンテンツは、身元、出来事、事象に関して公衆を欺くものであってはならない。これらを守らなかった場合、免許の停止や取り消しにつながる可能性があると警告しています。

ここで注目したいのが、セルビアとアメリカの注目している点に類似点が見られることです。Waits v. Frito-Lay, Inc.事件でランハム法が損害賠償を認めた背景には、公衆を欺く行為がありました。

セルビアのREMはさらに、AIコンテンツを公開する場合、その前、最中、終了時に明示的な通知を行うべきだと述べています。番組がAIを使用していることを表示すべきであるということです。さらに、メディア・サービス・プロバイダーは、音声や肖像を含む個人データやアイデンティティの悪用を防止しなければならないとも述べています。

知財以外にも有効的は法的手段はあるが課題も多い

このように、著作権はないものの、有名アーティストの真似をするAI生成の声に対して、アーティストやレコード会社は全く無力ではないことがわかります。知的財産権法による保護がない場合であっても、不正競争防止規則や誤解を招くコンテンツからの保護に関する法律や規制が適用されます。米国の一部の州では、アーティストがパブリシティ権を主張することを認めており、セルビアなど一部の国では、AIが公衆を欺くために使用された場合、関係機関が放送免許を取り消すことができます。ほぼすべての国が、消費者を誤解させる可能性が実際にある場合、アーティストが不正競争を主張する権利を認めています。

しかし、これらの法律や規制の枠組みにも問題があります。というのも、著作権がないため、この手の問題に関するユーチューブ(および他のプラットフォーム)上での取り締まりに有効な手段ではないからです。そのため、YouTubeはこの問題を解決するためにUMGと交渉しています

この問題を解決する1つの可能性として、例えば、YouTubeはユーザーが自分の曲でAIが学習するのをブロックできるようにするかもしれません。他の企業もこの傾向に追随しており、特にSpotifyやZoomは最近、利用規約を変更し、ユーザーが自分のデータをAIに学習させることを拒否できるようにしました。別の解決策としては、アーティストの声が楽曲制作に使用されるたびにロイヤリティを支払うことも考えられます。

参考記事:IP Implications of AI-Generated Voices – Gecić Law

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