1. はじめに
米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)は2023年11月20日、2025年1月19日から適用される新たな特許関連手数料の改定案を公表しました。この改定は2020年10月以来、約4年ぶりとなる大規模な料金体系の見直しとなります。
今回の改定の特徴は、単なる料金の引き上げにとどまらず、継続出願(Continuing Applications)や情報開示陳述書(Information Disclosure Statement、IDS)の提出に関する新たな手数料制度の導入など、出願人の行動に影響を与える可能性のある制度変更を含んでいる点です。
注目すべきは、当初USPTOが2024年4月に提案していた内容から、大幅な修正が加えられたことです。特に、ターミナルディスクレーマー(terminal disclaimer)に関する段階的料金制度の導入や、特許期間延長(Patent Term Extension)申請料の468%増額といった、業界から強い反発を受けた提案の多くが見直されることとなりました。
このような修正の背景には、米国最高裁判所によるLoper Bright v. Raimondo事件の判決の影響があります。この判決により、行政機関の裁量権に関する従来のChevron判決の解釈が覆されたことで、USPTOの料金設定権限の範囲についても再検討が必要となりました。
本稿では、2025年に施行される新料金体系の主要な変更点を解説するとともに、日本の特許実務家が知っておくべき重要なポイントについて、実務的な観点から詳しく説明していきます。とりわけ、新制度への移行に向けて2024年中に検討すべき対応策についても触れていきたいと思います。
2. 基本的な料金改定の概要
2-1. 全体的な値上げ方針
今回のUSPTOによる料金改定の基本方針は、全体として7.5%の引き上げを基準としています。この改定率は、2020年10月以来の料金改定となることを考慮すると、年率換算で約1.7%の上昇にとどまります。USPTOは、この間のインフレ率と比較しても妥当な水準であると説明しています。
特許部門の運営に関して、USPTOは2025年度に約39.7億ドルの費用が必要になると試算しています。この費用には、特許審査に28.3億ドル、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)の運営に0.9億ドル、特許情報システムの維持管理に1.6億ドルなどが含まれています。
2-2. 基本手数料の改定内容
基本的な出願関連手数料については、出願料(Filing Fee)、調査料(Search Fee)、審査料(Examination Fee)のいずれも約10%の引き上げが予定されています。具体的には、大規模事業者(Large Entity)の場合、基本出願料が320ドルから350ドルへ、調査料が700ドルから770ドルへ、審査料が800ドルから880ドルへと、それぞれ増額されます。
請求項に関する追加料金についても大幅な改定が行われます。20項を超える請求項については、1項あたりの料金が現行の100ドルから倍増して200ドルとなります。また、独立請求項が3項を超える場合の追加料金も、1項あたり480ドルから600ドルへと25%の増額となります。
継続審査請求(Request for Continued Examination、RCE)の料金体系も見直されます。1回目のRCE料金は10%増の1,500ドルとなりますが、2回目以降のRCE料金は43%増の2,860ドルと、より大幅な引き上げが実施されます。
2-3. 意匠特許関連手数料の変更点
意匠特許(Design Patent)に関する手数料改定は、今回の改定の中でも特に大きな変更点の一つとなっています。出願から特許発行までにかかる手数料の総額は、約48%という大幅な引き上げが予定されています。
意匠特許の出願料は現行の220ドルから300ドルへ、調査料は160ドルから300ドルへ、審査料は640ドルから700ドルへと、それぞれ増額されます。さらに、特許発行料(Issue Fee)については、現行の740ドルから1,300ドルへと75%以上の大幅な引き上げとなります。
このような大幅な料金引き上げについて、USPTOは意匠特許の審査にかかる実際のコストを反映させる必要性を説明しています。ただし、この改定は意匠特許の出願戦略に大きな影響を与える可能性があり、特に複数の意匠特許を出願する企業にとっては、コスト面での影響を慎重に検討する必要が出てきます。
3. 重要な制度変更を伴う新料金の導入
3-1. 継続出願における新たな追加料金
今回の改定で最も注目すべき変更の一つが、継続出願に対する新たな追加料金の導入です。この新制度では、最先の優先日(Earliest Benefit Date)から一定期間が経過した後に継続出願を行う場合、通常の出願料金に加えて追加の手数料が必要となります。
具体的には、最先の優先日から6年以上経過後の継続出願には2,700ドル、9年以上経過後には4,000ドルの追加料金が課されます。ここでいう最先の優先日とは、米国特許法第120条、121条、365条(c)または386条(c)に基づく優先権主張日を指し、仮出願(Provisional Application)の出願日は含まれません。
USPTOの分析によると、この新料金は全継続出願の約20%(全出願の約6.5%)に影響を与えると予測されています。そのうち11%が6年経過後の追加料金、9%が9年経過後の追加料金の対象となる見込みです。この制度変更は、分割出願(Divisional Applications)も対象となる点に特に注意が必要です。
3-2. 情報開示陳述書(IDS)に関する新料金体系
情報開示陳述書の提出に関しても、引用文献の数に応じた段階的な料金体系が新たに導入されます。出願人が提出する引用文献の累積数が50件を超える場合は200ドル、100件を超える場合は500ドル、200件を超える場合は800ドルの手数料が必要となります。
この新制度では、各IDSに「明確な書面による陳述(clear written assertion)」の記載が求められます。この陳述では、適切なIDS手数料が添付されているか、あるいは手数料が不要である旨を明記する必要があります。特筆すべきは、預金口座からの引き落とし依頼だけでは、この要件を満たさないとされている点です。
3-3. 特許期間延長申請に関する料金改定
特許期間延長(Patent Term Extension、PTE)申請に関する料金体系も大きく見直されます。当初、USPTOは現行の1,180ドルから6,700ドルへの468%増を提案していましたが、パブリックコメントでの強い反対を受けて、最終的に2,500ドルへの引き上げに修正されました。
また、新たな制度として、特許期間延長の最終決定通知後にターミナルディスクレーマー(terminal disclaimer)を提出する場合、1,440ドルの追加料金が必要となります。この変更は、Gilead Sciences, Inc. v. Natco Pharma Ltd.事件やIn re Cellect事件の影響により、特許期間延長の最終決定後に端末権利放棄が提出されるケースが増加していることへの対応です。
これらの新たな料金制度の導入は、単なる収入増加策ではなく、出願人の行動に影響を与えることで、より効率的な特許システムの運営を目指す意図が見て取れます。特に、継続出願や情報開示に関する新制度は、特許戦略の見直しを迫る可能性があり、慎重な検討が必要となるでしょう。
4. 企業の対応と実務への影響
4-1. 2025年1月までに検討すべき対応
新料金体系の施行まで約2ヶ月という限られた時間の中で、企業は様々な対応を迫られています。特に意匠特許の出願を予定している企業にとっては、2025年1月19日までの出願を検討する価値があります。出願から特許発行までの総額が48%増加することを考えると、出願時期の調整により大きなコスト削減が可能となるためです。
継続審査請求についても、できるだけ早期の対応が推奨されます。特に2回目以降のRCEについては43%の大幅な値上げが予定されているため、最終処分を受けている案件の対応を急ぐ必要があります。また、審査中の出願から継続出願を行う予定がある場合、新たな追加料金の導入を考慮すると、できるだけ早期の出願を検討すべきでしょう。
4-2. 長期的な出願戦略の見直し
今回の料金改定は、単なるコスト増という観点を超えて、企業の特許戦略全体に影響を与える可能性があります。特に、請求項数に関する料金の大幅な引き上げは、出願時の請求項の構成を見直す契機となるでしょう。独立項が3項を超える場合や総請求項数が20項を超える場合の追加料金が大幅に増額されることから、より効率的な請求項の作成が求められます。
継続出願に関する新たな追加料金の導入は、特許ポートフォリオ構築の方針にも影響を与えます。これまで比較的自由に行われてきた継続出願による権利範囲の調整戦略は、コスト面での制約を受けることになります。特に、製薬業界など、長期的な特許戦略が重要な産業分野では、より慎重な検討が必要となるでしょう。
4-3. 実務における新たな留意点
情報開示陳述書の提出実務にも大きな変更が必要となります。新たに導入される引用文献数に応じた料金体系は、より戦略的なIDSの提出を必要とします。特に、複数の関連出願がある場合や、対応する外国出願の引用文献を多数提出する必要がある場合には、より慎重な文献の選別が求められます。
また、特許期間延長申請に関する実務でも注意が必要です。最終決定通知後の端末権利放棄の提出には新たに1,440ドルの追加料金が必要となることから、特許期間延長戦略の見直しも検討する必要があります。Gilead Sciences事件やIn re Cellect事件の影響により、このような状況は今後も増加する可能性があります。
特許審判部への審判請求に関しても、約25%の料金引き上げが予定されていることに加え、審判部長官によるレビュー(Director Review)請求に452ドルの新たな料金が設定されます。このため、審判請求の要否判断においても、より慎重な検討が必要となるでしょう。
5. 結論
2025年1月19日から実施されるUSPTOの料金改定は、単なる料金の引き上げにとどまらず、特許実務の様々な側面に影響を及ぼす可能性のある重要な制度変更となります。特に、継続出願への新たな追加料金の導入や情報開示陳述書の段階的料金体系の創設は、従来の特許戦略の見直しを迫るものとなるでしょう。日本企業にとっては、2025年1月までの期間を有効活用し、意匠特許出願や継続審査請求の前倒しを検討するとともに、長期的な視点から特許ポートフォリオ構築の方針を再考することが求められます。この改定を、単なるコスト増への対応としてではなく、より効率的で戦略的な特許実務への転換点として捉えることが重要となるでしょう。