米国最高裁、Trump too small 商標登録拒絶を支持した事件に関する詳細な記事。

米国最高裁が「Trump too small」商標登録拒絶を支持 – Vidal v. Elster事件における商標法と修正第1条の新たな関係

2024年6月13日、米国最高裁判所(United States Supreme Court)は、商標法と表現の自由の微妙なバランスに関する重要な判断を下しました。Vidal v. Elster事件において、最高裁は「Trump too small」という商標の登録を拒否したアメリカ特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)の決定を支持しました。

このVidal v. Elster事件は、商標法と修正第1条(First Amendment)の複雑な関係を再考する重要な機会となりました。そこで今回は、本事件の詳細と、その法的・実務的影響について、以下でさらに深く掘り下げていきます。

事件の背景

Vidal v. Elster事件の背景を理解するためには、問題となった商標出願の経緯、関連する法律条項、そして過去の最高裁判決について詳しく見ていく必要があります。

「Trump too small」商標出願の経緯と訴訟の展開

2018年、スティーブ・エルスター氏は「Trump too small」という文言をTシャツに使用する商標として、アメリカ特許商標庁(USPTO)に出願しました。この表現は、2016年の共和党大統領候補者討論会での出来事に由来します。当時、マルコ・ルビオ上院議員がドナルド・トランプ氏の手の大きさを揶揄し、それに対してトランプ氏が反論するという場面がありました。

エルスター氏は、この表現を政治的批評として使用し、「トランプ大統領とその政策のいくつかの特徴が矮小である」ことを伝えるためだと主張しました。しかし、USPTOは、ランハム法(Lanham Act)第2条(c)項、通称「名前条項(names clause)」に基づき、生存する個人の名前を本人の同意なく商標登録することを禁止しているとして、エルスター氏の出願を拒絶しました。

この拒絶を受け、エルスター氏は修正第1条で保障される表現の自由を侵害されたとして訴訟を提起しました。連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、CAFC)は当初エルスター氏の主張を支持しましたが、最高裁は全員一致でCAFCの判断を覆し、USPTOの決定を支持しました。

ランハム法第2条(c)項 – 「名前条項」の概要

USPTOが出願を拒絶した根拠となったのが、ランハム法(商標法)第2条(c)項、通称「名前条項(names clause)」です。この条項は以下のように規定しています:

「生存する特定の個人を識別する名前、肖像、または署名を、その個人の書面による同意なしに含む、または構成する」商標の登録を禁止する。

(No trademark by which the goods of the applicant may be distinguished from the goods of others shall be refused registration on the principal register on account of its nature unless it— … (c) Consists of or comprises a name, portrait, or signature identifying a particular living individual except by his written consent, or the name, signature, or portrait of a deceased President of the United States during the life of his widow, if any, except by the written consent of the widow.)

ランハム法(商標法)第2条(c)項、通称「名前条項(names clause)」

この条項の目的は、個人の名前やアイデンティティを保護し、その商業的価値を維持することにあります。同時に、消費者が商品やサービスの出所を誤認しないよう保護する役割も果たしています。

商標登録制限に関する過去の最高裁判決

Vidal v. Elster事件は、商標法と修正第1条の関係をめぐる一連の最高裁判決の最新のものです。過去数年間、最高裁は商標登録に関するランハム法の規定が修正第1条に違反するかどうかについて、重要な判断を下してきました。今回の事件でも以下の2つの判例との対比が行われているので、まずは2つの判例の概要を簡単に説明します。

Matal v. Tam事件 (2017年)

2017年のMatal v. Tam事件は、アジア系アメリカ人のバンド「The Slants」の商標登録をめぐる争いでした。USPTOは、この名称が軽蔑的(disrepute)であるとして登録を拒否しましたが、最高裁は全員一致でこの判断を覆しました。

最高裁は、「軽蔑的な」商標の登録を禁止するランハム法の規定が、特定の観点に基づく差別(viewpoint discrimination)に当たるとして、修正第1条に違反すると判断しました。この判決により、「軽蔑的」という理由での商標登録拒否はできなくなりました。

Iancu v. Brunetti事件 (2019年)

2019年のIancu v. Brunetti事件では、「FUCT」という衣料品ブランドの商標登録が問題となりました。USPTOは、この名称が「不道徳」または「スキャンダラス」(immoral or scandalous)であるとして登録を拒否しましたが、最高裁はこの判断も覆しました。

最高裁は、「不道徳」や「スキャンダラス」な商標の登録を禁止する規定も、Tam事件と同様に観点に基づく差別に当たるとして、修正第1条違反と判断しました。

これらの判決を受けて、商標法における表現の自由の範囲が拡大したかに見えました。しかし、Vidal v. Elster事件は、この流れに一定の歯止めをかける結果となりました。次章では、この最新の判決の内容と、それが商標法と修正第1条の関係にどのような影響を与えるかについて詳しく見ていきます。

最高裁判決の内容

2024年6月13日、最高裁はVidal v. Elster事件において重要な判断を下しました。この判決は、商標法と修正第1条の関係に新たな視点を提供するものとなりました。

全員一致での名前条項支持

最高裁の9人の裁判官全員が、ランハム法の「名前条項」が修正第1条に違反しないという結論で一致しました。この全会一致の判断は、近年の商標関連の判決としては珍しく、「名前条項」の重要性と合憲性を強く支持するものとなりました。

裁判官間で一致した主要な論点

内容に基づくが観点中立的な制限

裁判官たちは、「名前条項」が内容に基づく(content-based)制限ではあるものの、観点中立的(viewpoint-neutral)であるという点で一致しました。これは判決の核心となる重要な論点です。

クラレンス・トーマス(Clarence Thomas)裁判官は多数意見で、「名前条項は、特定の観点に基づいて差別するものではありません。登録者が伝えたいメッセージに関わらず、名前条項は他人の名前を同意なく使用する商標を禁止しています。」と述べており、この見解は、「名前条項」が特定の思想や表現を狙い撃ちにするものではなく、生存する個人の名前を含む商標全般に平等に適用されることを強調しています。

過去の判例(TamとBrunetti)との区別

裁判官たちは、本件がMatal v. Tam事件(2017年)やIancu v. Brunetti事件(2019年)とは本質的に異なることを強調しました。これらの過去の判例との区別は、判決の論理を理解する上で重要です。

  1. Tam事件とBrunetti事件では、問題となった条項が特定の観点(「軽蔑的」「不道徳」「スキャンダラス」)に基づく制限であり、最高裁はこれらを違憲と判断しました。
  2. 対照的に、「名前条項」は特定の観点や思想を制限するものではなく、すべての生存する個人の名前に平等に適用されます。
  3. 最高裁は、「名前条項」が個人の権利保護と消費者の混乱防止という正当な目的を持つ、観点中立的な規制であると判断しました。

この区別により、最高裁は過去の判例を覆すことなく、「名前条項」の合憲性を支持することができました。

これらの論点について裁判官全員が一致したことは、商標法における個人の名前の保護の重要性を再確認するとともに、表現の自由と商標法のバランスに関する新たな指針を提示したと言えるでしょう。

トーマス裁判官による多数意見

クラレンス・トーマス裁判官が執筆した多数意見は、「名前条項」の合憲性を支持する上で、商標法の歴史と伝統に大きく依拠しました。

歴史と伝統への依拠

トーマス裁判官は、個人の名前の使用に関する制限が長年にわたって存在し、修正第1条と共存してきたことを強調しました。彼は次のように述べています:

「名前条項は我々の法的伝統に深く根ざしています。我々の裁判所は長年にわたり、名前を含む商標が制限されうることを認めてきました。」

この歴史的アプローチは、「名前条項」が突然の法的革新ではなく、長年の法的慣行の延長線上にあることを示すものです。

修正第1条との整合性

多数意見は、「名前条項」が修正第1条と整合的であると判断しました。トーマス裁判官は、この条項が個人の名前に関する権利を保護し、消費者の混乱を防ぐという商標法の正当な目的に沿うものであると述べました。

彼は、「名前条項」が表現の自由を不当に制限するものではなく、むしろ商標法の本質的な機能を維持するために必要な規制であると主張しました。

同意意見の概要

全裁判官が結論では一致したものの、その理由付けについては異なる見解が示されました。

バレット裁判官の批判と代替アプローチ

エイミー・コニー・バレット(Amy Coney Barrett)裁判官は、トーマス裁判官の歴史と伝統に依拠するアプローチを批判しました。バレット裁判官は、商標法と修正第1条の先例に基づいた基準を採用すべきだと主張しました。

彼女は、内容に基づく商標登録の制限は、「商標システムの目的である出所識別の促進に照らして合理的である限り」許容されるべきだと提案しました。このアプローチは、歴史的背景よりも現代の商標法の機能に焦点を当てています。

ソトマイヨール裁判官の批判と提案されたテスト

ソニア・ソトマイヨール(Sonia Sotomayor)裁判官も、トーマス裁判官の歴史的アプローチを批判しました。彼女は、観点中立的な条項は「商標システムの目的に照らして合理的である必要がある」というテストを提案しました。

ソトマイヨール裁判官は、「名前条項」が消費者の混乱を防ぎ、生産者の信用を保護するという商標法の目的に合致していると判断しました。このアプローチは、法の目的と効果に重点を置いています。

カバノー裁判官の簡潔な同意意見

ブレット・カバノー(Brett Kavanaugh)裁判官は簡潔な同意意見を述べ、「観点中立的で内容に基づく商標制限は、そのような歴史的な系譜がなくても合憲である可能性がある」と指摘しました。

この見解は、歴史的アプローチに依存せずとも、「名前条項」のような規制が合憲性を維持できる可能性を示唆しています。

これらの異なる意見は、商標法と修正第1条の関係をどのように理解し、評価すべきかについて、裁判官間に重要な見解の相違があることを示しています。この多様な視点は、今後の商標法関連の訴訟において重要な影響を与える可能性があります。

判決の分析と影響

Vidal v. Elster事件の最高裁判決は、商標法と修正第1条の関係に新たな視点を提供しました。この章では、判決の影響と今後の法的展開について分析します。

判決の狭い適用範囲

最高裁は、今回の判決が「狭い(narrow)」ものであることを強調しました。この判決は主に「名前条項」の合憲性に焦点を当てており、他の商標登録制限には直接適用されない可能性があります。この狭い適用範囲は、裁判所が将来の事件で柔軟に対応できるようにする一方で、法的な不確実性も生み出しています。

他のランハム法条項への潜在的影響

また、本判決は、ランハム法の他の条項にも潜在的な影響を与える可能性があります。上記の分析とは一見逆のように思えますが、特に観点中立的であるが内容に基づく制限を含む条項(例:国旗や記章に関する制限、地理的表示に関する規定)について、今後の訴訟で争点となる可能性があります。

最近の商標関連判例との関係

2023年のJack Daniel’s Properties, Inc. v. VIP Products LLC事件との関連性も注目されます。Jack Daniel’s事件では、パロディ製品(犬用おもちゃ)に商標を使用することが問題となりました。両判決とも、最高裁が商標法の核心的機能(出所識別と消費者保護)を重視しつつ、表現の自由とのバランスを模索していることを示しています。

商標制限に関する適切なテストをめぐる継続的議論

判決は、観点中立的だが内容に基づく商標制限の評価方法について、裁判官間で意見の相違があることを明らかにしました:

  1. 歴史と伝統のアプローチ(トーマス裁判官)
  2. 合理性テスト(バレット裁判官、ソトマイヨール裁判官)
  3. 柔軟なアプローチ(カバノー裁判官)

これらの異なるアプローチは、今後の訴訟で重要な争点となる可能性があります。

商標法における観点中立的制限の支持

最高裁は、商標法における観点中立的な制限が憲法上許容されうることを明確に示しました。これにより、観点中立性の重要性が強調され、内容に基づく制限も一定条件下で許容される可能性が示されました。

個人の名前に対する権利の継続的保護

判決は、個人の名前に対する権利を強く支持し、その商業的価値を保護する姿勢を示しました。これは、プライバシーと商業的価値の保護、同意の重要性、著名人のブランド管理に影響を与えます。

判決の限界と将来の課題

  1. 政治的表現との緊張関係:政治的な表現を含む商標の扱いについて、表現の自由と商標法の目的のバランスをどう取るべきかという課題が残されています。
  2. 国際的な影響:グローバル化が進む中、この判決が国際的な商標実務にどのような影響を与えるかも注目されます。
  3. 技術の進歩への対応:AI生成コンテンツやバーチャルインフルエンサーなど、新技術の発展に伴う新たな課題が生じる可能性があります。

これらの点は、商標法と修正第1条の関係について、今後も継続的な議論と法的発展が必要であることを示しています。実務家、企業、そして立法者は、これらの課題に注意を払いつつ、バランスの取れた商標制度の発展に貢献していく必要があるでしょう。

結論

Vidal v. Elster事件における最高裁判決は、商標法と修正第1条の関係に新たな視点をもたらし、「名前条項」の合憲性を支持しました。この判決は、観点中立的な制限が商標法において許容されうることを示し、個人の名前に対する権利を強く保護する姿勢を明確にしました。一方で、政治的表現との緊張関係や国際的な影響、技術進歩への対応など、将来的な課題も浮き彫りになりました。今後、裁判所、立法者、そして実務家は、この判決を踏まえつつ、表現の自由と商標法の目的のバランスを慎重に検討し、進化する法的環境に適応していく必要があるでしょう。この判決は、商標法の発展における重要な転換点となり、今後の関連訴訟や法改正に大きな影響を与えると考えられます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

こちらもおすすめ