USPTOのターミナルディスクレーマーに関するルール変更提案

ターミナルディスクレーマーで特許が行使不能に?知財業界を困惑させるUSPTOによるルール変更提案

2024年5月10日、米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、以下USPTO)は、ターミナルディスクレーマー(terminal disclaimer)の実務に関する新たな要件を提案しました。この提案は、自明型ダブルパテント(obviousness-type double patenting、以下ODP)の拒絶を克服するために提出されるターミナルディスクレーマーに、特定の状況下で特許権の行使を不能にする合意を含めることを義務付けるものです。

USPTOによると、この提案の目的は、明らかな変形発明(obvious variants)に関する複数の特許が競争を阻害することを防ぐことにあります。ODPは、同一の発明者や出願人による、実質的に同一の発明に対する複数の特許を防止するための制度ですが、現行の実務では、ターミナルディスクレーマーを提出することで、容易にODP拒絶を克服することができました。しかし、USPTOは、ターミナルディスクレーマーによって結びつけられた複数の特許が、競争を阻害し、イノベーションを抑制する可能性があると懸念しています。

この提案は、特許権者、競合他社、そして特許制度全体に大きな影響を与える可能性があります。以下では、現行のターミナルディスクレーマー実務の概要、提案された要件の詳細、USPTOの根拠と目的、そして予想される影響と懸念点について詳しく解説します。

現行のターミナルディスクレーマー実務の概要

現在のUSPTO実務において、ターミナルディスクレーマー(terminal disclaimer)は、関連する特許や特許出願間で発生する自明型ダブルパテント(ODP)拒絶を克服するための重要な手段となっています。ODPは、同一の発明者や出願人による、実質的に同一の発明に対する複数の特許を防止するための制度です。特許権者は、ターミナルディスクレーマーを提出することで、ODP拒絶を克服し、特許を取得することができます。

ターミナルディスクレーマーの主な目的は、ディスクレームされた特許(Terminal Disclaimer が提出された特許)の存続期間が、参照特許(ODP拒絶の根拠となった特許)の存続期間を超えて延長されないようにすることです。これにより、実質的に同一の発明に対する特許権の存続期間が不当に延長されることを防ぐことができます。

また、現行の実務では、ターミナルディスクレーマーには、ディスクレームされた特許と参照特許の権利行使可能性について、共通の所有権(common ownership)を要求しています。つまり、両方の特許が同一の個人や組織によって所有されている場合にのみ、ターミナルディスクレーマーが有効となります。この要件は、関連する特許権者が、同一の発明に対して重複して実施料を請求することを防ぐために設けられています。

重要なことは、現行法の下では、ターミナルディスクレーマーの提出が、特許クレームの自明性を承認したことにはならないということです。米国連邦巡回区控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit、以下CAFC)は、一連の判決において、ターミナルディスクレーマーの提出は、特許クレームの自明性を認めるものではなく、単にODP拒絶を克服するための手段であると述べています。したがって、特許権者は、ターミナルディスクレーマーを提出することで、特許の有効性を損なうことなく、ODP拒絶を克服することができます。

提案されたルールの下での主要な変更点

USPTOが提案する新たなターミナルディスクレーマー要件は、現行の実務に重大な変更をもたらすものです。提案されたルールの下では、ターミナルディスクレーマーには、以下のいずれかの場合に、ディスクレームされた特許が権利行使不能となることに同意する条項を含める必要があります:

  1. 参照特許のいずれかのクレームが、先行技術(35 U.S.C. 102条または103条)に基づいて、連邦裁判所または USPTOにより最終的に無効または特許性がないと判断され、すべての上訴の権利が尽きた場合
  2. いずれかの102条または103条に基づく無効化の挑戦がなされた後に、当該クレームに対して法定免責(statutory disclaimer)が提出された場合

この合意により、参照特許のクレームが無効になった場合、ディスクレームされた特許も自動的に権利行使不能となります

重要なことは、この結びつきは一方向であるということです。つまり、ディスクレームされた特許のクレームが無効になっても、参照特許の権利行使可能性には影響しません。この非対称性は、ターミナルディスクレーマーが、ディスクレームされた特許の所有者によって一方的に提出されるためです。

さらに、提案されたルールの下では、特許は一連のターミナルディスクレーマーを通じて間接的に結びつけられる可能性があります。例えば、特許Aがターミナルディスクレーマーによって特許Bに結びつけられ、特許Bが別のターミナルディスクレーマーによって特許Cに結びつけられている場合、特許Aは間接的に特許Cに結びつけられることになります。

この間接的な結びつきにより、参照特許(上記の例では特許C)の1つのクレームが無効になると、結びつけられたすべての特許(特許AとB)が権利行使不能になるという重大な結果がもたらされます。つまり、競合他社は、複数の関連特許のうち1つのクレームを無効にすることで、特許権者の特許ポートフォリオ全体を事実上無力化することができるのです。

この提案は、特許権者にとって大きなリスクをもたらすものであり、ターミナルディスクレーマーの利用を慎重に検討せざるを得なくなります。一方で、競合他社にとっては、特許の無効化に関する新たな機会が与えられることになります。

USPTOの根拠と政策目標

USPTOは、今回の提案の根拠として、競争の促進とイノベーションの奨励を掲げています。USPTOによれば、現行の実務では、ターミナルディスクレーマーによって結びつけられた複数の特許が、競合他社による無効化の試みを困難にし、市場参入の障壁となっているとのことです。

提案されたルールの下では、競合他社は単一の特許に焦点を当てて無効化に挑戦することができます。これにより、複数の関連特許を個別に攻撃する必要がなくなり、自由に事業を行うためのコストが大幅に削減されます。USPTOは、この変更により、中小企業や新規参入者が市場で競争しやすくなると考えています。

また、USPTOは、明らかな変形発明に対する特許の集合体(いわゆる「特許シケット」)が、競争を阻害し、イノベーションを抑制していると指摘しています。提案されたルールは、このような特許シケットの形成を抑制し、真に革新的な発明に特許保護を与えることを目的としています。

USPTOは、今回の提案の法的根拠として、一般的なルール制定権限と、特許の執行可能性に条件を付けることを認めた判例を挙げています。特に、1982年のIn re Van Ornum事件において、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、USPTOがターミナルディスクレーマーに特許権の執行可能性に関する条件を付けることを認めました。USPTOは、今回の提案がこの判例の範囲内にあると主張しています。

ただし、提案されたルールは、特許権者と競合他社の利害関係に大きな影響を与えるものであり、その正当性や影響については慎重に検討する必要があります。また、提案されたルールが実際に競争を促進し、イノベーションを奨励するかどうかについては、実証的な検証が求められます。

潜在的な影響と意義

USPTOが提案するターミナルディスクレーマー要件の変更は、特許制度全体に重大な影響を及ぼす可能性があります。

第一に、提案されたルールは、特許クレームの有効性推定を事実上排除するものです。現行法の下では、特許クレームは個別に評価され、一部のクレームが無効であっても、他のクレームの有効性は維持されます。しかし、提案されたルールの下では、参照特許の1つのクレームが無効になると、結びつけられたすべての特許が権利行使不能になります。これは、特許権者にとって重大なリスクであり、特許権の価値を大幅に減少させる可能性があります。

第二に、提案されたルールは、ターミナルディスクレーマーの重要性を大幅に高めるものです。現行実務では、ターミナルディスクレーマーは、ODP拒絶を克服するための便利な手段として広く利用されています。しかし、提案されたルールの下では、ターミナルディスクレーマーの提出が特許権の行使可能性に直結するため、その使用が大幅に抑制されることが予想されます。特許権者は、ターミナルディスクレーマーの提出による潜在的なリスクを慎重に検討する必要があります。

第三に、提案されたルールは、特許審査のコストと期間に影響を与える可能性があります。現行実務では、多くの出願人がODP拒絶を受けた際、ターミナルディスクレーマーを提出することで速やかに特許を取得しています。しかし、提案されたルールの下では、出願人はODP拒絶に対して積極的に争うインセンティブを持つことになります。これにより、審査官と出願人の間の議論が長期化し、特許の取得にかかる時間とコストが増加する可能性があります。

第四に、提案されたルールは、出願人の特許出願戦略に変更を促す可能性があります。例えば、出願人は、単一の出願に多数のクレームを含めることで、関連発明を包括的に保護しようとするかもしれません。また、制限要件(restriction requirement)に対応するために、より多くの分割出願を行うことも考えられます。これらの戦略変更は、特許制度全体の効率性と質に影響を与える可能性があります。

以上のように、USPTOが提案するターミナルディスクレーマー要件の変更は、特許権者、競合他社、特許制度全体に重大な影響を及ぼす可能性があります。提案されたルールの正当性や影響については、慎重な検討と議論が求められます。

まとめ

USPTOが提案するターミナルディスクレーマー要件の変更は、特許制度に重大な影響を及ぼす可能性のある、非常に議論を呼ぶ提案であると言えます。提案されたルールは、特許権者にとってターミナルディスクレーマーの利用に関する重大なリスクをもたらす一方で、競合他社には特許の無効化に関する新たな機会を提供することになります。また、特許審査のコストと期間への影響や、出願人の特許出願戦略の変更など、特許制度全体に広範な影響を与える可能性があります。USPTOがこのような実質的なルール変更を行う権限があるのかについても疑問が呈されており、提案されたルールの正当性や影響については慎重な検討が求められます。特許制度のステークホルダーは、2024年7月9日までのパブリックコメント期間を利用して、積極的に意見を表明し、建設的な議論を行うことが期待されます。

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