近年、人工知能(AI)技術の目覚ましい発展により、様々な産業分野でAIの活用が進んでいます。知的財産の分野においても例外ではなく、特許・商標の出願や調査、OA対応等の実務においてAIの導入が加速しています。AIの活用は業務の効率化や品質向上に貢献する一方で、AIの誤った使用や不適切な管理によるリスクも懸念されています。
このような状況を受け、米国特許商標庁(USPTO)は2024年4月11日、「USPTO before the Practice in Tools Based-Intelligence Artificial of Use on Guidance」と題するガイダンスを発行しました。このガイダンスは、USPTOにおける手続きに関連してAIツールを使用する際の法的・倫理的な考慮事項を明確化し、実務家がAIを責任ある方法で活用するための指針を提供することを目的としています。
USPTOは、AIの発展が知財実務に与える影響を注視し、AIの責任ある活用を促進するための積極的な取り組みを行っています。その一環として、USPTOは「AIおよび新興技術(AI/ET)パートナーシップ」を立ち上げ、AIと知的財産の交差点にある様々な政策課題について、AI/ETコミュニティの意見を求めています。今回発行されたガイダンスは、AI/ETパートナーシップを通じて得られた知見を基に、既存の規則とAIの使用との関係を明確化したものであり、AIの責任ある活用に向けたUSPTOの取り組みの第一歩として位置づけられます。
AI活用においてUSPTOが懸念を示した6つのルール
まず大前提として、USPTOは、出願実務におけるAIツールの活用が新たな規則を必要としているわけではないと考えています。USPTOは、AIに関連する様々なプロジェクト、エンゲージメント、レビューを通じて、「既存の規則がUSPTOのエコシステムを潜在的な危険から保護している」と判断しました。しかし、それと同時に、USPTOは、特許関連の文書作成にAIツールを使用することで、実務家が違反する可能性のある6つの既存ルールについて言及しました。
1. 誠実義務(Duty of Candor and Good Faith)
特許出願に関連する手続きにおいて、個人は真摯さと善意をもってUSPTOに接する義務があります。この義務は、発明者、当事者、および代理人によるAIツールの使用に関する情報で、特許性に重要なものについても適用されます。つまり、すべての関連当事者によるAIツールの使用が特許性にとって重要である場合は、その旨を開示することが明確に求められています。
2. 署名要件と保証(Signature Requirement and Corresponding Certifications)
USPTOに提出するほぼ全ての書類には、個人の署名が必要です。AIツールを使用して作成された書類も、提出前に署名をする本人が内容を確認し、書類に記載された内容が真実であると信じていること保証する必要があります。 つまり、USPTOに提出する書面をAIで作成する場合であっても、文書に記載されている内容がすべて真実であり、不適切な目的で提出されたものではないことを、担当者が確認し、署名する必要があります。
3. 情報の機密性(Confidentiality of Information)
実務家は、依頼者の情報の機密性を保持する義務があります。AIツールの使用により、依頼者の機密情報が意図せず第三者に開示されるリスクがあるため、実務家は細心の注意を払う必要があります。この機密情報の漏洩は、例えば、「発明の側面をAIシステムに入力して先行技術調査を行ったり、明細書、クレーム、OA応答の下書きを生成したりする場合」に起こる可能性があると指摘されています。そのため、USPTOは、「実務家が第三者のサービスを利用して独自のAIツールを開発したり、クライアントのデータを第三者のストレージに保存したり、市販のAIツールを購入したりする場合、クライアントのデータの機密性が維持されるように、実務家は特に注意を払わなければならない」と警告しています。そのため、AIツールを使用する際は、顧客情報の機密性が守られることを事前に確認した上で使用することが求められています。
4. 外国出願ライセンスと輸出規制(Foreign Filing License and Export Regulations)
アメリカにおける特許出願に関連する技術データを外国に輸出する際は、外国出願ライセンスと輸出規制を遵守する必要があります。AIツールを使用する際、サーバーが米国外に位置している可能性があるため、実務家はAIツールの利用規約、プライバシーポリシー、およびセキュリティ対策を十分に理解する必要があります。
5. USPTO電子システムの利用規約(USPTO Electronic Systems Policies)
USPTO電子システムへのアクセスには、利用規約の遵守が求められます。AIツールはUSPTO.govアカウントを取得できないため、実務家はサポートスタッフとしてAIツールをスポンサーしないこと、そして、AIツールがアクセス権限のない書類を提出したりアクセスしたりしないよう注意する必要があります。
6. 依頼者に対する義務(Duty Owed to Client)
実務家は、依頼者に対して能力と勤勉さをもってサービスを提供する義務があります。AIツールを使用する場合でも、実務家は依頼者を適切に代理するために必要な法的、科学的、技術的な知識を持つ必要があります。そのため、実務家はAIに依存するのではなく、独立した立場で代理するために必要な知識を持っている必要があります。
これら6つの既存ルールは、AIツールの使用に幅広く適用され、実務家がAIを責任を持って活用するための指針となります。
知財実務にけるAI活用で気をつけたい4つの留意点
USPTOのガイダンスの要点を踏まえた上で、知財実務家がAIを活用する際の実務上の留意点について、以下の4つの観点から説明します。
1. 発明者および関係者によるAIツールの使用確認
特許出願の準備段階で、発明者およびその他の関係者に、発明の主題に関連してAIツールを使用したかどうかを確認することが重要です。AIツールの使用が発明の実体に影響を与えた場合、それは特許性に重要な情報となる可能性があります。したがって、実務家は、発明者および関係者とのコミュニケーションを通じて、AIツールの使用状況を把握し、必要に応じてUSPTOに開示しなければなりません。
2. 担当者による提出書類の確認の徹底
AIツールを用いて特許出願書類(の一部)を作成する際は、提出前に必ず内容を確認し、事実関係や法的主張の正確性を検証することが重要です。特に、AIが生成した情報が不完全であったり、誤りを含んでいる可能性があるため、実務家は細心の注意を払う必要があります。また、AIツールを用いて作成された書類についても、署名者が内容を理解し、真実であると信じていることを保証する必要があります。
3. 大量のデータへのアクセスは注意
AIツールを用いてUSPTO電子システムにアクセスする際は、連邦法、州法、およびUSPTOの規則を遵守する必要があります。特に、AIツールによる大量のデータベースアクセスは、USPTO利用規約に違反する可能性があるため、注意が必要です。代わりに、USPTOが提供するバルクデータサービスを利用することを検討してください。
4. AIツールの使用の透明性と説明責任
AIツールを使用する際は、依頼者の機密情報が意図せず開示されるリスクがあります。そのため、どのようなAIツールをどのように使っているのかという情報をクライアントに開示し、その説明責任を果たすことが今後重要になってくるかもしれません。このような開示をする上で、実務家は、AIツールの利用規約、プライバシーポリシー、およびセキュリティ対策を十分に理解し、依頼者の機密情報を保護するための措置を講じる必要があります。また、クライアントの希望により、AIツールの使用を制限したり、クライアントが希望するツールを使用するなどのクライアントごとの柔軟な対応が今後求められてくるかもしれません。
これらの留意点を踏まえ、知財実務家はAIツールの適切な活用方法を見極め、依頼者に最適なサービスを提供することが求められます。AIの力を借りつつ、人間の専門性と倫理観に基づいて意思決定を行うことが、知財実務におけるAIの責任ある活用につながるでしょう。
まとめ:AIの責任ある活用に向けた知財実務家の心構え
USPTOのガイダンスは、知財実務におけるAIの責任ある活用のための指針を提供するものです。知財実務家は、AIを効果的に活用しつつ、依頼者と社会に対する責任を果たすことが求められます。そのためには、既存の規則とAIの使用との関係を十分に理解し、AIツールの限界を認識しながら、人間の専門性と倫理観に基づいて意思決定を行う必要があります。AIに全てを任せるのではなく、AIと人間が協働することで、より高い品質のサービスを提供することができるでしょう。
また、知財実務家は、AIの活用に関する最新の動向を常に把握し、自らのスキルを向上させる努力を怠ってはなりません。また、依頼者とのコミュニケーションを密にし、AIの活用について透明性を維持することも重要です。依頼者の利益を最優先に考え、AIの活用によるリスクとベネフィットを適切に評価することが、知財実務家の責務です。
AI導入のための次のアクション
1. AI活用に関する所内ガイドラインの整備
USPTOのガイダンスを踏まえ、知財実務家が所属する組織は、AIの活用に関する所内ガイドラインの整備を進めることが重要です。ガイドラインには、AIツールの選定基準、利用手順、承認プロセス、モニタリング方法などを明確に定める必要があります。また、AIの活用に伴うリスクを評価し、リスク管理策を盛り込むことも必要です。
所内ガイドラインの整備に当たっては、実務担当の弁理士だけでなく、IT部門、法務部門、コンプライアンス部門などの関連部署が連携し、多角的な視点から検討を行うことが望ましいでしょう。ガイドラインは定期的に見直し、AIの進歩や法規制の変更に応じて更新していく必要があります。
所内ガイドラインの整備と並行して、組織内の知財実務家に対する教育・研修プログラムを充実させることも重要です。AIの基本的な仕組みや活用事例、関連する法規制などについて、体系的な知識を身につける機会を提供することで、知財実務家のAIリテラシーを向上させることができるでしょう。
2. 専門家との連携の重要性
AIの活用には、技術的・法的・倫理的な側面があり、知財実務家だけでは対応が難しい場面も出てくるでしょう。そのため、AIの専門家、法律の専門家、倫理の専門家など、様々な分野の専門家と連携することが重要です。
AIの専門家からは、最新のAI技術の動向や活用事例について情報を得ることができます。法律の専門家からは、AIの活用に関連する法規制の解釈や対応策についてアドバイスを受けることができます。倫理の専門家からは、AIの活用に伴う倫理的問題について助言を得ることができます。これらの専門家との連携を通じて、知財実務家は、AIの活用に関する専門知識を深め、より効果的かつ責任あるAIの活用を実現することができるでしょう。
さらに、業界団体や学術機関など、外部の組織とのネットワークを構築することも有益です。AIの活用に関する最新の研究動向や他社の取り組み事例について情報交換を行うことで、自組織のAI活用を改善していくことができます。
知財実務家は、社内ガイドラインの整備と専門家との連携を通じて、AIの責任ある活用のための基盤を構築していくことが求められます。AIの可能性を最大限に引き出しつつ、リスクを適切に管理することで、知財実務の革新と価値創造を実現していくことが期待されます。