Open Legal Webinar シリーズ

米国最高裁判決 Oil StatesとSAS判決と今後のIPRの行方

2018年の前半、最高裁で2つの大きな知財訴訟の判決がありました。この判決が今後の実務にどれほどの影響があるのか、見ていきましょう。

IPRの存在自体に問題を呈したOil States判決、そしてIPRの手続上の問題を指摘したSAS判決、この2つの最高裁判決をわかりやすく解説。

ウェビナーのまとめ

講師紹介

 

Aamir Kazi (アミア・カジ)

Fish & Richardson法律事務所のPrincipal。10年以上に渡り特許訴訟、特許の適性評価(due diligence)、特許コンサルティングなど特許に関わる幅広い分野において実績を持つ。特に米国際貿易委員会(the International Trade Commission)での特許訴訟調査において数多くの有名企業を弁護。

 

 

米国最高裁Oil States判決とSAS Institute判決の実務への影響

IPRの行方を左右するとして注目されていたOil Statesについてまずは解説します。この判決内容については、特に実務に影響はありませんので、基礎知識として知っておく程度の理解度で十分だと思います。

問題点・経緯

最高裁Oil States判決では、以下のことが提示されました。

1.IPR(当事者間レビュー)は憲法に違反しているのか?
その理由として主張されたことは、憲法Article III裁判所(司法裁判所)ではなく、行政機関(特許庁)で特許権を取り消せるため。

2.(1.に関連して、)IPRという仕組みは陪審員ではなく、行政判事によって特許の有効性を判断するため、憲法修正第七条(the Seventh Amendment)に違反しているのではないか?

今回提示された問題はすでにCAFCによって2015年に判決が下っており、その時、CAFCは、特許はPublic Rights(公的権利)なので、行政機関で特許の有効性を判断することはアメリカの憲法第三条にも、憲法修正第七条にも違反していないとしました。

Oil Statesが最高裁によって取り上げられたのは興味深い。この件におけるCAFCの判断はRule 36 Affirmance(理由を述べずに地裁の判決を支持すること)だったので、CAFCによる正式な判決はなかった。

最高裁でOil Statesが取り上げられたのは、新しく最高裁判事として就任したGorsuchの影響かもしれない。

 

判決

多数派は、IPRは司法権の乱用にはならず、違憲ではないという判決を下しました。つまり、IPRを継続することを支持しました。違憲ではないという結論に達した理由として、多数派は、特許はPublic Franchisesであり、特許の許可はArticle III裁判所の外で行われるため、権利化された特許の審議も、Article III裁判所以外でもできるとしました。

特許はIPRを通して特許庁により再審査されることがあるかもしれないことが前提になっていて、特許庁によって権利が取り消されることもあり得るもの。

通常裁判所で特許の有効性を判断していたため、今後も裁判所のみで判断していかなければいけないという、少数派の反対意見には同意できない。

少数派の意見

同意(Concurrence)
特許が公的権利で行政機関で裁かれることができるということは、個人的な権利に関わることがらが行政機関で裁かれないということではない。

反対派(Dissent)
歴史的に特許は個人的な権利として扱われてきたので、独立した判事のみが裁くことが可能である。

特許はアメリカ建国にまで遡る個人的な権利の面を持っているので、司法手続きのみで権利が剥奪されるべき。

 

Oil Statesのまとめ

IPRは合憲。特許は公的権利であり、個人的な権利ではない。行政機関が特許を許可するので、行政機関は特許を無効にすることもできる。

判決は限定的で、実務に大きな影響を及ぼすものではない。

IPRを否定する判決だった場合、大きな影響が予想されましたが、IPRを全面的に是正したので、特にOil Statesによる大きなアメリカ特許手続きに関する変更などはありません

 

SAS Institute判決

SAS Institute判決は、IPRの実務レベルで大きな影響を及ぼしています。このウェビナーでは、最初に判決の経緯と理由を説明し、その後、実務レベルの影響を解説しました。

SAS(申立人)の主張

SASは、35 USC 318(a)において、IPRの申立書に明記されたすべてのクレームに対して、PTABは最終判断(Final determination)を下す義務があると主張。

PTABが一部のクレームのみに対して最終判断(Final determination)を下すのは法律違反であり、IPRの開始(Institution)はすべてのクレームに対して行うか、行わないか、どちらかであり、一部に対してのみIPRを開始するようなことは適切ではないと主張。

 

CAFCにおける判決

CAFCは、PTABはすべてのクレームに対して最終判断を下す必要はないとしました。

理由:
IPRの開始に関わる条文は、問題になっている35 USC 318(a)の条文と文言が異なるため、35 USC 318(a)の条文は開始の判断が終わったクレームに対するものだと理解できるから。そのため、どのクレームに対してIPRを開始するかは、PTABの裁量にあるとしました。

 

最高裁における判決

35 USC 318(a)は、PTABがすべてのクレームの特許性に関する最終判断を下すことを明記しているとしました。CAFCにおける判決を覆し、PTABがどのクレームに対してIPRを開始するか、そのような判断を許す裁量権は、法律で認められていないとしました。

また、指摘されていたPTABにおける効率の問題やポリシーに関わる主張を退け、そのような問題は、法廷ではなく、議会において議論されるべきとしました。

PTABが35 USC 318(a)を違反するような形でIPRを行った場合、それはCAFCで再審議可能。

その他の少数派の意見

反対派その1: 効率の悪さを非難

反対派その2: 35 USC 318(a)は、申立書で要求されているクレームに対するものなのか、それとも、IPRが開始されたクレームに対するものなのかが条文からは明確ではないと非難。その解釈に関しては、特許庁に委ねるべきとしました。

 

SAS Institute判決のまとめ

一部分のクレームのみでIPRが開始されることはなくなりました

進行中の一部クレームだけを対象としたIPRはさかのぼって、個別に対応が求められます

今後は、どのクレームをIPRの対象にするか、という点で、戦略的な判断が求められる

将来考えられる実務への影響

Oil States判決の影響

Oil States判決に関しては、限定的な判決だったため、実務にはほぼ影響なし

限定的な判決だったため、今後も同じような問題が争われることが予想される。特に、AIA以前(Pre-AIA)特許に対するIPRの適応などは取り上げられる可能性がある。

IPRはAIAで作られた仕組みAIA以前(Pre-AIA)特許に対するなので、Oil States判決の理由の1つであったIPRという仕組みが前提で特許が発行されているという点で矛盾が生じる。このことが問題になり、最高裁に上がってくる可能性がある。

SAS判決が実務に及ぼす影響 – 不確実性

PTABはすべてのクレームに対して有効か無効の判断しなければならない。

結果として、2回目のIPRや地裁における訴訟などでEstoppelの問題が生じる。(関連記事「最高裁SAS Institute判決後のIPRとEstoppelの問題」を見る。)

 

継続中のIPR手続きへの影響

継続中の案件では、審議が始まらなかったクレームへの対処が求められる

PTABは個別案件ごとに対応している

申立人がすべてのクレームに対して、無効になるような証拠・主張をしなかった場合、PTABはいくつかのクレームに対してIPRの開始を却下できるのか?(関連記事「最高裁判決SAS InstituteがPTABに及ぼす影響」を見る。)

 

特許権者としての戦略

IPR開始段階でIPRがどのように進展するかわからなくなったので、すべてのクレームに対して18ヶ月が経過し、IPRが終わるまで結果がわからない

Instituteにおいて、すべてのクレームに対するすべての無効理由に対して有効な主張ができないと、IPRはすべてのクレームにおいて開始してしまうので、すべての事柄に対して反論をしなければ特許権者の主張に意味はない。つまり、Institutionが判断される時点で、Preliminary patent owner’s responseを行うか、見送るかの戦略的な判断が問われる。

 

申立人としての戦略

IPRの対象になっていない(Partial institutionによって考慮されなかったクレーム)もCAFCに上訴できる

Instituteの際に、1つのクレームに対してのみ分析をおこなうだけで、残りのすべてのクレームをIPRの対象にし、残りのクレームに対してはIPRの手続きを進めている最中に分析・主張を行うことも可能かもしれない。

IPRにより平行して進んでいる地裁における特許訴訟の一時停止が認められやすくなる(関連記事「再審査最高裁SAS判決:地裁における早期一時停止の事例」を見る。

申立人がすべてのクレームに対してIPRを開始するに値する証拠を示さなかった場合、PTABは少なくても一部のクレームに対してIPRを行わないと判断することはできるのか?

 

地裁における訴訟の一時停止

SAS判決の影響からIPRにより訴訟の一時停止は認められるか?

認められづらくなるという考え方: IPRのInstitutionの時点ではクレームの有効性が不透明なので、一時停止して訴訟を遅らせるより、継続するほうがいい。

認められやすくなるという考え方: すべてのクレームに対してIPRが始まるため、訴訟対象のクレームの一部がIPRで審議されないというケースがなくなる。そのため、Estoppelの適用なども考えると、地裁における一時停止が認められやすくなる。

関連記事「再審査最高裁SAS判決:地裁における早期一時停止の事例」によると、一時停止は認められやすい環境になりました。

 

Q&A:

Q1. アメリカの特許には100を超えるようなクレームを含む特許もありますが、そのような特許のクレームがIPRで審議される場合、100を超える膨大なクレームに対する再審査が行われるのでしょうか?

A1. はい。そのとおりです。もしチャレンジされたクレームが膨大であっても、Instituteが認められれば、そのすべてに対してPTABは最終判断を下さなければなりません。しかし、IPR申立書にはページ制限があるので、膨大なクレームがチャレンジされたもその決められたページ数以内で主張を行う必要があります。実務的には、多くのクレームをIPRに掛けたい場合、複数のIPRに分けて行うことが通常とのことです。

Q2. 申立書にはページ制限があるとのことですが、IPRの手続き中に新しい証拠を追加することはできますか?

A2. 申立書を提出した後、新しい証拠を追加することはできません。しかし、主張や専門家の宣誓証言などは手続き中に提出可能です。なので、申立書を提出する際に、無効を十分主張できる先行例文献を準備し、漏れがないようにチェックすることが大切です。また、提出されてない文献にEstoppelが適用された場合、地裁や関連するIPRでその文献を提出することができなくなってしまいます。

Q3. 日本企業が知っておきたいSAS判決の一番のポイントは?

A3. 特許権者としては、Preliminary patent owner’s responseをするかしないかを検討する。SAS判決後の世界では、IPRのInstitutionを防ぐことは非常に難しいので、Preliminary patent owner’s responseでチャレンジされたすべてのクレームに対して有効な主張ができないのであれば、行わないことも考えるべき。

申立人としては、チャレンジするクレームの選択が大切。無効にできる可能性の高いクレームを優先して、ボーダーラインのクレームをIPRに含めるかは慎重に検討する。IPRでクレームが生き残ってしまった場合、Estoppelにより、地裁などでそのようなクレームを無効にするのが難しくなるため。

Q4. チャレンジしたいクレーム以外にもPTABが意見を求めてくることはあるのか?

A4. 講師の経験上、そのようなチャレンジされていないクレームにたいする解釈や意見を求められることはないとのことです。

Q5. IPRでチャレンジされていないクレームに対して申立人は有効だと認めたことになるのか?

A5. IPRでチャレンジされなかったというだけで申立人がそのようなクレームは有効だと認めたことにはなりません。チャレンジしない理由には、IPRの申立書のページ制限だったり、地裁でチャレンジしたほうが有利という判断をしたなどが考えられるため、そのようなAdmissionは自動的には起こりません。

Q6.  IPRでチャレンジされていないクレームに対して後で別のIPRを起こせるか?

A6. できます。しかし、1つ目のIPRと2つ目のIPRの時間が長くなってしまうと、1つ目のIPRの様子を見てから、2つ目を行ったとみなされ、最悪IPRが却下されてしまいます。なので、複数のIPRを検討している場合、平行して行う形が一番安全です。

Q7. SAS判決の影響で判決までの時間が伸びたり、手続きに悪影響はあるのか?

A7. トレンドとしては、IPRにおいてクレームを無効にできる確立は統計的に低く(難しく)なってきています。SAS判決により今後はEstoppelの問題が大きくなることが予想されます。IPRは今後も頻繁に活用されるもので、そのことはSAS判決やOil States判決で大きく変わるものではないと思われます