米国最高裁は、2018年4月24日、SAS Institute v. Iancuにおいて、特許庁は IPR の対象になった特許のクレームの一部分にのみ判決を下す権限を持っていないと判決しました。5対4の僅差でした。この最高裁の判決により、特許庁の PTAB では、 IPRに 関して大きな変更が予想されます。SAS Institute v. Iancu No. 16-969, Sup. Ct. April 24, 2018.
背景
2011年のAIAで特許法は大きく改正され、新しい仕組みも導入されました。その中で、現在もっとも頻繁に使われている仕組みがInter Partes Review ( IPR ) です。日本語では当事者間レビューとも呼ばれるこの手続は、当事者が関わる特許無効化の手続きで、AIAにおいて、特許庁が IPR が開始されてから1年以内に最終判決を下すことが定められています。これまでに2000件以上の IPR が行われ、1000件ほどが継続中で、さらに1000件ほどの申し立てが行われています。
今回問題になったSAS Institute事件の発端は、SASが競合他社ComplementSoftの特許に対してIPRを申し立てたことに始まります。SASは特許に明記されている16クレーム全てに対して審査を求めました。申し立てを受け、特許庁におけるIPR手続きに対する既存のルールに基いて、 PTAB はクレーム1、3から10までに対してSASは無効化できるような主張をしていると判断(SAS had met the threshold requirement of presenting arguments reasonably likely to succeed)。クレーム1、3から10までに対して IPR における審査を開始し、その他のクレームに対しては審査を却下しました。 IPR の後、SASは IPR で審査された全てのクレームの無効化に成功。しかし、 PTAB が要望した全てのクレームに対して審査を行わなかったことに不服を覚え、 IPR の手続きの間、 PTAB にすべてのクレームに対して審査を行うよう主張し続けました。その後、SASは CAFC に上訴、しかし CAFC はSASの主張を受け入れず、最終的に、最高裁がこの案件の再審議を受理し、今回の判決に至りました。
影響
4月24日の判決を受け、特許庁は4月26日に、「 PTAB は今後全てのクレームについて審査を行うか、全く行わないどちらかの判断を行う」と発表しました。すでに継続中の手続きについては、 PTAB パネルが追加命令を出すことや、当事者間で協力し合い、公判の予定等を変えることもあり得るとしました。また、この発表では、最高裁の判決に従い、 PTAB ではすべてのチャレンジされたクレームに対して最終的な判決を下していくとしました。
しかし、この1ページの発表のみでは、 PTAB の裁判官がどのような行動をしていくのか具体的なことはわかりません。最高裁判決後の最新 IPR ケースを見ると、すべてのクレームに対して申立人は無効化できるような主張をしていると判断されていないものの、すべてのクレームが IPR の対象になりました。(例:IPR2018-00082)
もしすべてのチャレンジされたクレームに対して審査が行われるのが避けられない場合、今後もいままでのような詳細な分析や判決が出てくるかわかりません。審査の対象になるクレーム数に応じて、(非)無効理由の説明や分析が、1年という時間の制限から十分に行われない可能性があります。
また継続中の IPR 手続きでは、申立人が新たに加えられるクレームに対する新しい証拠や主張が認められるかも不透明です。今わかっていることは、上訴する場合、申立人はすべてのクレームに対して上訴できることぐらいです。
最後に、地裁での訴訟の一時停止に影響が出てきそうです。今までは、地裁で争われているクレームのすべてが IPR の審査対象にならなかった場合、地裁の一時停止ができない場合もあったのですが、今後は、クレーム一部分のみが審査されることはなくなるので、より地裁において特許侵害訴訟の手続き一時停止が認められるようになるでしょう。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者: Thomas J. Engellenner. Pepper Hamilton LLP (元記事を見る)