米国第2巡回区控訴裁判所、医薬品特許訴訟におけるリバースペイメント和解に関する初の判断を下す:In re Bystolic Antitrust Litigation事件

医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントは反トラスト法違反になるのか?: In re Bystolic 事件

普段特許の仕事をしている際あまり考えないですが、特許と反トラスト法(独禁法)は密接な関係にあります。特許法は発明者に独占的権利を付与することで革新を促進する一方、反トラスト法は自由競争を促進し、独占を規制することを目的としています。この2つの法域の間で生じる緊張関係は、製薬会社間の特許訴訟の和解、特にリバースペイメント和解において顕著に表れています。

リバースペイメント和解とは、特許権者である製薬会社が、特許の有効性に異議を唱えるジェネリック医薬品メーカーに対して金銭的な支払いを行い、和解の見返りとしてジェネリック医薬品の市場参入を遅らせる合意を指します。この種の和解が反トラスト法に違反するかどうかについては、2013年の米国最高裁判所のFTC v. Actavis判決以降、議論が継続しています。

本稿では、米国第2巡回区控訴裁判所がActavis判決を適用した初の事例であるIn re Bystolic 事件を取り上げ、医薬品特許訴訟におけるリバースペイメント和解の適法性について考察します。本判決は、反トラスト法と特許法の交差点に位置する重要な問題に対する新たな指針を提供するものであり、両法域のバランスを取る上で重要な意義を持っています。

本稿では、まずHatch-Waxman法の概要とActavis判決の背景を説明し、次にIn re Bystolic事件の概要と第2巡回区控訴裁判所の判断を詳細に分析します。さらに、本判決が医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントに与える影響と、残された未解決の問題について議論します。本稿は、反トラスト法と特許法の交差点に位置する複雑な問題に対する理解を深め、両法域のバランスを取るための指針を提供することを目的としています。

医薬品業界における特許訴訟とHatch-Waxman法の概要

医薬品業界では、特許が非常に重要な役割を果たしています。新薬の開発には多大な時間と費用がかかるため、製薬会社は特許を取得することで、一定期間の市場独占権を確保し、投資を回収することができます。一方で、特許期間が終了すると、ジェネリック医薬品メーカーが同等の医薬品を低価格で販売することが可能になります。

1984年に制定された「Hatch-Waxman法(Drug Price Competition and Patent Term Restoration Act)」は、このようなブランド薬メーカーとジェネリック医薬品メーカーの利益のバランスを取ることを目的とした法律です。Hatch-Waxman法は、ジェネリック医薬品の承認プロセスを簡素化する一方で、ブランド薬メーカーに特許期間の延長を認めています。また、ジェネリック医薬品メーカーが特許の有効性に異議を唱えた場合、ブランド薬メーカーは特許侵害訴訟を提起することができます。

FTC v. Actavis判決と「リバースペイメント(reverse payment)」和解の背景

Hatch-Waxman法に基づく特許訴訟では、ブランド薬メーカーとジェネリック医薬品メーカーが和解に至ることがあります。この和解の中には、ブランド薬メーカーがジェネリック医薬品メーカーに対して、特許の有効性を争わないことを条件に金銭を支払う「リバースペイメント(reverse payment)」と呼ばれる合意が含まれる場合があります。

2013年のFTC v. Actavis判決において、米国最高裁判所は、リバースペイメント和解が反トラスト法に違反する可能性があると判示しました。最高裁は、リバースペイメントが「不当(unjustified)」であり、「多額(large)」である場合、反トラスト法の合理の原則(rule of reason)に基づいて違法とみなされる可能性があるとしました。ただし、最高裁は、リバースペイメントが常に違法であるとは判断せず、個々の事例に応じて評価されるべきであるとしました。

In re Bystolic事件が第2巡回区控訴裁判所(Second Circuit)にとって初のActavis判決適用事例であることの重要性

今回取り上げるIn re Bystolic Antitrust Litigation事件は、米国第2巡回区控訴裁判所がActavis判決を適用した初の事例です。この事件では、高血圧治療薬Bystolicの特許を保有するForest Laboratories社が、ジェネリック医薬品メーカーとの特許訴訟の和解において、リバースペイメントに該当する可能性のある支払いを行ったことが問題となりました。

In re Bystolic事件の判決は、Actavis判決の基準をより具体的に明確化し、製薬会社がリバースペイメント和解を行う際の指針となることが期待されていますので、詳しくその概要を見てみます。

In re Bystolic事件の概要

In re Bystolic事件の判決に至るまでの経緯は以下のとおりです。

Forest Laboratories社のBystolic特許とジェネリック医薬品メーカーとの特許訴訟と和解におけるリバースペイメント

Forest Laboratories社は、高血圧治療薬Bystolicの特許を保有していました。Bystolicの主要な特許は、2021年12月に満了する予定でした。しかし、複数のジェネリック医薬品メーカーが、Bystolicの特許の有効性に異議を唱え、ジェネリック医薬品の承認を求めたため、Forest Laboratories社は、これらのジェネリック医薬品メーカーに対して特許侵害訴訟を提起しました。

Forest Laboratories社は、2012年から2013年にかけて、ジェネリック医薬品メーカーとの特許訴訟の和解に至りました。和解の内容は、ジェネリック医薬品メーカーがBystolicの特許の有効性を争わず、2021年9月まで(特許満了の3ヶ月前まで)ジェネリック医薬品の販売を控えるというものでした。

さらに、Forest Laboratories社は、これらの和解と同時期に、ジェネリック医薬品メーカーとの間で、原料の供給や新製品の開発などに関する「サイドディール」と呼ばれる複数の契約を締結しました。これらの契約に基づき、Forest Laboratories社はジェネリック医薬品メーカーに多額の支払いを行いました。

Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーに対する購入者原告の反トラスト法違反の主張

Bystolicおよびそのジェネリック医薬品の購入者である原告は、Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーに対して反トラスト法違反を主張しました。原告は、サイドディールにおける支払いが、実質的にはジェネリック医薬品の市場参入を遅らせるための「リバースペイメント」に該当し、Forest Laboratories社の独占的地位を不当に延長するものであると主張しました。

しかし、地方裁判所は、原告の主張を2度にわたって退けました。地裁は、Actavis判決の基準に基づき、原告がサイドディールにおける支払いが「多額かつ不当」であることを立証できなかったと判断しました。地裁は、これらの支払いが、合法的な供給や開発の契約に基づくものであり、反競争的な効果を持つリバースペイメントには該当しないと結論付けました。

次に、原告は、地裁の判断を不服として控訴しましたが、第2巡回区控訴裁判所は、地裁の判断を支持しました。第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決の基準を詳細に検討し、原告が支払いの「多額性」と「不当性」を立証できなかったことを確認しました。控訴裁判所は、サイドディールが合法的なビジネス上の取引であり、反競争的な意図に基づくものではないと判断しました。それでは、第2巡回区控訴裁判所のその詳しい理由について次に詳しく考察していきましょう。

第2巡回区控訴裁判所によるActavis判決の医薬品特許訴訟への適用

まず、第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決に従い、リバースペイメントは反トラスト法の「合理の原則」(rule of reason)に基づいて評価されるべきであると確認しました。合理の原則とは、行為の反競争的効果と競争促進的効果を比較衡量し、行為の正当性を判断するアプローチです。裁判所は、リバースペイメントが常に違法であるとは推定されないと強調しました。

次に、第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決が、リバースペイメントが反トラスト法に違反するのは「ときどき(sometimes)」であると述べていることに着目しました。裁判所は、支払いがなされた理由が重要であると指摘し、支払いが競争を制限する目的で行われた場合にのみ、反トラスト法に違反する可能性があるとしました。

さらに、第2巡回区控訴裁判所は、リバースペイメントが特許訴訟の和解の文脈で行われることを考慮する必要があると述べました。裁判所は、特許訴訟の和解を支持する強い公共政策があることを認識し、リバースペイメントを過度に制限することは、かえって特許権者のインセンティブを損ない、革新を阻害する可能性があると指摘しました。

また、第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決に基づき、原告が支払いの「多額性」と「不当性」を立証する責任を負うと強調しました。裁判所は、原告が単に支払いの存在を指摘するだけでは不十分であり、支払いが競争を制限する効果を持つことを具体的に主張しなければならないとしました。

特に、支払いの「多額性」を評価する際には、支払いの絶対的な規模だけでなく、特許訴訟の予想される費用との比較が重要であると指摘しました。裁判所は、支払いが訴訟費用を大幅に上回る場合、反競争的効果を持つ可能性が高いと示唆しました。

最後に、第2巡回区控訴裁判所は、支払いの「不当性」を判断する際には、支払いが正当なビジネス上の考慮を反映しているかどうかが重要であると述べました。裁判所は、支払いが合法的な供給契約や共同開発契約などに基づくものであり、提供される商品やサービスの公正な価値(フェアバリュー)を反映している場合、反トラスト法に違反する可能性は低いと示唆しました。

第2巡回区控訴裁判所のIn re Bystolic事件への適用

第2巡回区控訴裁判所は、In re Bystolic事件において、原告がForest Laboratories社からジェネリック医薬品メーカーへの支払いが「不当」であることを十分に立証できなかったと判断しました。裁判所は、Actavis判決の基準を適用し、原告が支払いの不当性を示す具体的な事実を提示できなかったと結論付けました。

次に、第2巡回区控訴裁判所は、Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーの間で締結された各サイドディールについて詳細に検討し、それぞれに正当なビジネス上の理由(bona fide business justifications)があったと認定しました。裁判所は、これらのサイドディールが、合法的な供給契約や共同開発契約などに基づくものであり、反競争的な意図に基づくものではないと判断しました。

さらに、第2巡回区控訴裁判所は、原告がForest Laboratories社からジェネリック医薬品メーカーへの支払いの規模について、それらが不当であると推論するのに十分な文脈を提供できなかったと指摘しました。裁判所は、支払いの規模を評価する際には、特許訴訟の予想される費用や、提供される商品・サービスの価値などとの比較が重要であると述べ、原告がこれらの点について十分な主張をしなかったと結論付けました。

また、第2巡回区控訴裁判所は、原告が、Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーの間の和解とサイドディールが、実質的にはリバースペイメントを偽装するための口実に過ぎないと主張したことを認識しました。しかし、裁判所は、これらの主張が具体的な証拠に基づかない憶測であると判断し、原告の主張を退けました。

最後に、第2巡回区控訴裁判所は、Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーの間で締結された和解とサイドディールの条項自体が、反競争的な意図がなかったことを示していると判断しました。裁判所は、これらの契約書の文言や構造が、合法的なビジネス上の取引を反映しており、原告の反競争的意図の主張よりも説得力があると結論付けました。

医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントに関する重要なポイント

一番重要な点として、In re Bystolic事件の判決は、医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントが自動的に反トラスト法に違反するわけではないことを明確にしました。第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決に従い、リバースペイメントが違法となるためには、それが「多額」であり、かつ「不当」であることが必要だと強調しました。したがって、製薬会社は、和解の一環として一定の支払いを行うことができますが、その支払いが競争を制限する目的で行われていないことを確保する必要があります。

次に、In re Bystolic事件の判決は、医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントの違法性を主張する原告が、支払いの「多額性」と「不当性」を立証する責任を負うことを明らかにしました。原告は、支払いが特許訴訟の予想される費用を大幅に上回り、かつ、正当なビジネス上の理由に基づかないことを示す具体的な事実を提示しなければなりません。単に支払いの存在を指摘するだけでは不十分であり、原告は支払いの反競争的効果を裏付ける証拠を提出する必要があります。

また、今回の判決は、医薬品特許訴訟の和解に関連するサイドディールの条件が、反競争的意図ではなく、通常のビジネス上の動機に基づくものであることを示す証拠として機能し得ることを示唆しています。第2巡回区控訴裁判所は、Forest Laboratories社とジェネリック医薬品メーカーの間で締結された供給契約や共同開発契約の条項を詳細に検討し、それらが合法的なビジネス上の取引を反映していると判断しました。したがって、製薬会社は、和解に関連するサイドディールを慎重に構築し、それらが正当なビジネス上の目的を持つことを明確に示すことができます。

最後に、In re Bystolic事件の判決は、医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントの適法性を判断する際の最終的な問題は、支払いがなされた理由であることを示しています。支払いがジェネリック医薬品との競争を阻止する目的で行われた場合、それは反トラスト法に違反する可能性が高くなります。一方、支払いが正当なビジネス上の理由に基づいており、提供される商品やサービスの公正な価値を反映している場合、それは適法である可能性が高くなります。したがって、製薬会社は、和解における支払いの理由を明確に示し、それが競争を制限する目的ではなく、合法的なビジネス上の考慮に基づくものであることを説明できるようにしておく必要があります。

医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントに関する示唆と未解決の問題

今回のIn re Bystolic事件の判決は、製薬会社がHatch-Waxman訴訟を和解する際の有用な指針を提供しています。第2巡回区控訴裁判所は、Actavis判決の枠組みを明確にし、リバースペイメントが違法となるための基準を詳細に説明しました。この判決は、製薬会社が和解の条件を交渉する際に考慮すべき重要な要因を浮き彫りにしており、反トラスト法に違反するリスクを最小限に抑えながら、訴訟を効果的に解決するための道筋を示しています。

今回の事件では、連邦取引委員会(FTC)が原告を支持する法廷助言書を提出しましたが、第2巡回区控訴裁判所はFTCの主張を最終的に退けました。FTCは、リバースペイメントに関する立証責任を製薬会社側に転換すべきであり、地方裁判所が棄却の申立てを認めた際に不適切な「事実認定」を行ったと主張しました。第2巡回区控訴裁判所がFTCの主張を退けたことで、今後の訴訟における立証責任の所在についての議論が続くことが予想されます。FTCは、リバースペイメントに対するより厳格な審査を求めて、引き続き製薬会社に立証責任を負わせようとする可能性があります。

次に不透明な点としては、医薬品特許訴訟の和解における支払いが「多額」であるかどうかを評価する際の考慮要素について言及しましたが、明確な基準を示さなかったことです。第2巡回区控訴裁判所は、支払いの規模を特許訴訟の予想される費用と比較することの重要性を指摘しましたが、具体的にどの程度の支払いが「多額」と見なされるかについては、明らかにしませんでした。この点については、今後の訴訟において、さらなる議論と判例の蓄積が必要になると思われます。製薬会社は、支払いの規模を決定する際に、訴訟費用との比較だけでなく、提供される商品やサービスの価値、市場への影響などを総合的に考慮する必要があるでしょう。

このように、In re Bystolic事件の判決は、医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントに関する重要な指針を提供していますが、同時に、いくつかの未解決の問題も残しています。製薬会社は、この判決を踏まえて、和解戦略を慎重に策定する必要があります。また、今後の訴訟において、リバースペイメントの適法性に関するさらなる議論と判例の発展が期待されます。

まとめ

In re Bystolic事件の判決は、医薬品特許訴訟の和解におけるリバースペイメントに関する重要な指針を提供しましたが、同時にいくつかの未解決の問題も残しています。本判決は、リバースペイメントが自動的に違法とはならず、支払いの多額性と不当性を原告が立証する必要があることを明確にしました。また、和解に関連するサイドディールの条件が、合法的なビジネス上の動機に基づくものであることを示す証拠として機能し得ることを示唆しました。その一方で、支払いの多額性を評価する明確な基準は示されておらず、今後の訴訟における議論と判例の蓄積が必要です。製薬会社は、本判決を踏まえて和解戦略を慎重に策定し、反トラスト法と特許法のバランスを取ることが求められます。

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