はじめに
2025年のJekyll Island-State Park Authority v. Polygroup Macau Limited判決は、外国知的財産持株会社にとって衝撃的な先例となりました。第11巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Eleventh Circuit、以下「第11巡回区」)は、米国での商標登録行為そのものが人的管轄権(personal jurisdiction)の根拠となり得るという革命的な判断を示し、従来の「商標登録は管轄権に影響しない」という通説を根底から覆しました。
この判決により、英領バージン諸島に設立されたPolygroup Macau Limitedのような外国知的財産持株会社が、米国で60以上の商標を登録していたという事実だけで、米国連邦裁判所の管轄権に服することが認められました。これは、単に商標を登録しただけで米国での訴訟リスクに直面する新時代の到来を意味します。本稿では、この画期的な判決が外国企業の管轄権リスクをいかに拡大させたかを詳細に分析し、実務への影響を考察します。
紛争の概要:水上公園の商標を巡る国際的対立
当事者の背景と利害関係
本件の原告であるJekyll Island State Park Authority(以下「Jekyll Island」)は、ジョージア州が設立した公的機関で、同州ジキル島の州立公園管理を担当しています。Jekyll Islandは1988年からSummer Waves Water Park(サマーウェーブス・ウォーターパーク)を運営し、1990年に「SUMMER WAVES」商標の連邦登録を取得(登録番号1,593,514)していました。同機関は2001年以降、ウェブサイト(www.summerwaves.com)を通じて全国的に公園の宣伝を行い、SUMMER WAVESブランドの商品を販売してきました。
一方、被告のPolygroup Macau Limited(以下「Polygroup Macau」)は、英領バージン諸島に設立された知的財産持株会社です。同社は多国籍企業グループ「Polygroup family of companies」の一員として、グループ全体の知的財産を管理する役割を担っています。Polygroup企業グループは、中国、タイ、ヨーロッパ、米国に製造拠点を持ち、15,000人以上の従業員を雇用し、50カ国以上で消費者向け製品を販売する巨大企業グループです。
商標登録の競合と紛争の発端
2015年、Polygroup Macauは「SUMMER WAVES」(登録番号4,862,983)、「SUMMER WAVES 3D」(登録番号5,050,873)、「SUMMER WAVES ELITE」(登録番号4,862,985)の商標登録を取得しました。これらの商標は、レクリエーション用プールおよびプール関連製品について登録されたものでした。
興味深いことに、Jekyll Islandがこの商標の競合に気づいたのは、2021年にPolygroup Macauの法務担当者から「summerwaves.com」ドメイン名の購入打診を受けたことがきっかけでした。この接触により、Jekyll IslandはPolygroup Macauが類似のSUMMER WAVES商標を複数登録していることを発見し、自社の既存商標権との競合を認識しました。
商標の実際の使用状況と市場での混乱
Polygroup Macau自体は商標を直接使用していませんでしたが、関連会社を通じて米国市場で積極的に商標が使用されていました。主要な関連会社であるPolygroup Services(デラウェア州法人、ジョージア州にオフィス、テキサス州に流通施設)は、SUMMER WAVESブランドの膨張式プール、プール玩具、ウォータースライドなどを米国で販売していました。
これらの製品は、Walmart、Costco、Home Depot、Amazon、Target、Michaelsなどの主要小売業者を通じて数百種類の異なる製品として販売されており、Jekyll Islandの水上公園事業と同じ「SUMMER WAVES」商標の下で市場に流通していました。この状況は、消費者の混乱を招く可能性があり、Jekyll Islandの商標権を脅かすものでした。
訴訟提起と管轄権争い
Jekyll Islandは、Polygroup Macauの商標登録が自社の既存商標権を侵害するものであるとして、2021年にジョージア州南部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起しました。訴訟では、以下の請求が行われました:
- 商標侵害(15 U.S.C. § 1114)
- 不正競争(15 U.S.C. § 1125(a))
- コモンロー商標侵害および不正競争
- 商標登録取消し(15 U.S.C. § 1119)
これに対してPolygroup Macauは、人的管轄権の欠如を理由とする却下申立てを行いました。同社は以下を根拠として米国裁判所の管轄権を否定しました:
- 米国で製品を直接販売していない
- 米国に不動産を所有していない
- 米国に銀行口座を持っていない
- 米国で税金を支払っていない
- 実際の事業活動は他の関連会社が行っている
地方裁判所は当初、Polygroup Macauの主張を認め、管轄権不存在を理由に事件を却下しました。しかし、Jekyll Islandの控訴により、第11巡回区控訴裁判所がこの判断を覆し、商標登録行為による管轄権成立という画期的な判断を示すことになったのです。
管轄権リスク拡大の核心:商標登録行為の法的意味の変化
従来の理解との決定的な違い
長年にわたり、外国企業による米国商標登録は単なる権利取得手続きと認識されてきました。商標登録は防御的な性質を持ち、アメリカでは商標を維持していくには原則アメリカ国内における商用利用が必要ですが、登録行為自体が米国での事業活動や管轄権の根拠になることはないというのが一般的な理解でした。しかし、第11巡回区はこの従来の認識を完全に覆しました。
裁判所は、Polygroup Macauによる60以上の商標登録を「組織的な米国法利用」として認定し、登録行為自体が「目的的利用(purposeful availment)」を構成するという新解釈を示したのです。この判断は、商標登録の法的意味を根本的に変化させる重要な転換点となりました。
商標登録による管轄権成立の新理論
米国法への積極的関与の証拠
第11巡回区は、商標登録過程における複数の要素が米国法への積極的関与を示すと判断しました。まず、米国特許商標庁(USPTO)での手続きにおける継続的な法的義務が重要な要素として挙げられました。商標権者は登録後も使用宣誓書(Declaration of Use)の提出や更新手続きを通じて、継続的にUSPTOとの関係を維持する必要があります。
さらに、外国企業に対する米国弁護士の必須選任要件も管轄権成立の根拠とされました。連邦規則37 C.F.R. § 2.11(a)により、外国企業は米国で免許を受けた弁護士を代理人として選任しなければなりません。裁判所は、この要件が外国企業と米国法制度との継続的な結びつきを示すものと解釈しました。
使用宣誓書提出による継続的な米国商取引への関与も重要な判断要素となりました。商標権の維持には、米国商取引における継続的な使用の証明が必要であり、これが外国企業の米国市場への継続的関与を示す証拠として評価されました。
特許権との比較による商標権の特殊性
第11巡回区は、商標権と特許権の本質的違いを強調し、商標登録がより強力な管轄権の根拠となることを示しました。特許権は権利創設効果を持ち、特許庁による権利付与によって新たな権利が生まれます。一方、商標権は既存の商業使用の証明が前提となっており、登録時点で既に米国商取引における使用が存在していることを意味します。
裁判所は、「商標登録者は、商品を識別し区別するために既に米国商取引で商標を使用していることを示すか、近い将来にそうする意図があることを示さなければならない」と述べ、商標登録における「使用」要件が管轄権に与える決定的影響を認定しました。この判断により、商標登録は単なる権利取得ではなく、米国市場への積極的参入の証拠として位置づけられることになりました。
企業構造の実質的評価:形式的分離の限界
Alter Ego理論の適用拡大
第11巡回区の判断で特に注目すべきは、企業構造の形式的分離に対する厳格な実質的評価です。Polygroup Macauは知的財産持株会社として設立され、実際の事業活動は関連会社が行うという典型的な企業構造を採用していました。しかし、裁判所はこの形式的分離を認めず、知的財産持株会社と事業会社の実質的一体性を認定しました。
形式的なライセンス契約の不存在が示す密接な関係も重要な判断要素となりました。Polygroup Macauは関連会社に対して正式なライセンス契約を締結しておらず、ロイヤルティも徴収していませんでした。裁判所は、この状況が両社の実質的な一体性を示すものと判断し、「単なるサービス契約を超えた関係」の存在を認定しました。
さらに、共通の法的代理人・資金調達構造による統合性の認定も決定的な要因となりました。両社は同一の法律事務所を利用し、事業会社がPolygroup Macauの商標登録費用や訴訟費用を負担していました。このような統合的な運営体制が、企業実体の独立性を否定する根拠として評価されました。
「関連会社使用」の管轄権への影響
商標法上の使用認定メカニズム
第11巡回区は、商標法における「関連会社使用」の概念が管轄権成立に直結することを明確に示しました。ランハム法(Lanham Act)§ 1(a)における「関連会社」使用の法的効果により、知的財産持株会社は関連会社による商標使用を自らの使用として主張できます。しかし、この利益の裏返しとして、使用監督義務と管轄権リスクが直結することになります。
裁判所は、「商標権者として、Polygroup Macauは第三者による商標使用を監督する義務を負う。さもなければ商標の取消しリスクに直面する」と述べ、監督義務の履行が米国との継続的な接触を意味することを明確にしました。これにより、商標権維持のための継続的な米国商取引関与が管轄権の根拠として確立されました。
実質的支配関係の司法認定
正式なライセンス契約の不存在にもかかわらず、裁判所は実質的な支配関係の存在を認定しました。Polygroup Macauの商標登録申請書において、CEO Lewis Chengは「Polygroup Macau、その関連会社、または管理下のライセンシー」による商標使用を宣誓していました。この宣誓は、正式な契約関係がなくても実質的な管理関係が存在することを示す証拠として評価されました。
事業会社による登録費用・訴訟費用の負担も重要な判断要素となりました。Polygroup Macau自体は収益を生み出さない持株会社でありながら、関連事業会社が同社の知的財産関連費用を負担していました。この資金関係が、両社の実質的一体性を示す決定的な証拠として認定されました。
統一ブランド戦略による市場支配の実態も見逃せません。Polygroupブランドは世界50カ国以上で展開され、米国の主要小売業者(Walmart、Costco、Amazon等)を通じて販売されていました。この統一的なブランド戦略が、形式的な企業分離を超えた実質的な事業統合の証拠として評価されました。
Ford Motor判決の影響:因果関係要件の緩和がもたらす管轄権拡大
「Arise Out of or Relate to」基準の拡張適用
2021年のFord Motor Co. v. Montana Eighth Judicial District Court判決は、管轄権法理に革命的な変化をもたらしました。従来の厳格な因果関係要件から関連性重視への転換が図られ、Jekyll Island事件にも決定的な影響を与えました。
第11巡回区は、Ford Motor判決を引用して「人的管轄権の調査において、常に因果関係の証明を要求するものではない」と述べ、商標登録行為と侵害訴訟の「十分な関連性」 があれば管轄権が成立するという新たな基準を確立しました。この基準により、直接的な因果関係がなくても、被告の活動と訴訟の「共通のつながり」による管轄権成立が可能となりました。
管轄権成立の新しい分析枠組み
商標侵害訴訟における特殊性
商標侵害訴訟では、登録商標と侵害対象商標の同一性が重要な要素となります。Jekyll Island事件では、両当事者が「SUMMER WAVES」という同一の商標を争っており、この同一性が関連性の認定を容易にしました。裁判所は、「Polygroup Macauによる同一商標の登録行為と、その商標に関する侵害訴訟との間には明確な関連性が存在する」と判断しました。
米国商取引における使用の継続性も重要な判断要素となりました。商標権の維持には継続的な使用が必要であり、この継続性が米国との持続的な関係を示す証拠として評価されました。さらに、権利行使活動による管轄権リスクの累積的拡大という新たな概念も提示されました。過去の権利行使活動が将来の管轄権成立の根拠となり得るという画期的な解釈です。
外国企業が直面する具体的リスクシナリオ
予期しない訴訟巻き込みリスク
Jekyll Island判決により、外国知的財産持株会社は従来想定していなかった訴訟リスクに直面することになります。関連会社の商標使用による第三者との紛争が発生した場合、持株会社自体が米国での訴訟に巻き込まれる可能性が高まりました。
特に深刻なのは、持株会社の意図に関わらない管轄権成立という現実です。Polygroup Macauは「米国で事業を行わない」と一貫して主張していましたが、商標登録の事実だけで管轄権が認められました。これは、企業の主観的意図ではなく、客観的な法的関係が管轄権の決定要因となることを示しています。
さらに皮肉なことに、防御的商標登録戦略の裏目効果も懸念されます。第三者による商標侵害を防ぐために行った防御的登録が、逆に管轄権成立の根拠となってしまうという逆説的な状況が生じています。
本件では、Jekyll Islandという地方の公的機関が、英領バージン諸島の巨大多国籍企業グループに対して管轄権を確立できたという事実が、小規模な権利者でも外国企業を米国法廷に引き出せるという重要な先例を示しています。これは、外国企業にとって予期しない訴訟相手からの提訴リスクが大幅に拡大したことを意味します。
一貫性のない主張による信頼性失墜
Jekyll Island事件では、Polygroup Macauの訴訟における一貫性のない主張が厳しく批判されました。原告時と被告時の矛盾する事実主張が問題視され、地方裁判所は「経験豊富で洗練された弁護士に代理されているにもかかわらず、これらの『間違い』は少なくとも過失に相当する」と厳しく指摘しました。
具体的には、Polygroup Macauは過去に原告として提起した知的財産訴訟において「米国で製品をマーケティング、流通、販売している」と主張していたにもかかわらず、反訴を受けた際には「米国で製品を販売または流通したことはない」と正反対の主張を行っていました。このような訴訟上の地位に応じて変化する事実主張は、裁判所の厳しい批判を招きました。
「米国で事業を行わない」主張の限界も明らかになりました。商標登録の維持や関連会社による商品販売の事実がある以上、この主張の説得力は大幅に低下します。結果として、訴訟戦略の制約と証拠開示リスクという新たな問題が浮上しています。一貫性のない主張は、証拠開示段階での不利な証拠発見や、陪審員に対する信頼性失墜につながる可能性があります。
この事例は、多国籍企業グループの複雑な構造が訴訟戦略上の脆弱性を生み出すという重要な教訓を示しています。形式的な企業分離に依存した主張は、実質的な事業関係が明らかになると容易に破綻し、かえって企業の信頼性を損なう結果となります。
実務対応の緊急課題
企業構造の抜本的見直し
Jekyll Island判決を受けて、外国知的財産持株会社は企業構造の抜本的見直しが急務となりました。知的財産持株会社の独立性確保策として、以下の対応が必要です。
まず、独立した取締役会の設置と定期的な取締役会議事録の作成により、意思決定の独立性を文書化することが重要です。また、独立した会計システムの構築と、関連会社との取引の適正価格での実施により、財務的独立性を確保する必要があります。
関連会社との取引関係の明文化も不可欠です。これまで暗黙の了解で行われていた商標使用許諾を、正式なライセンス契約として文書化し、適正なロイヤルティの設定と支払いを実施することが求められます。さらに、知的財産管理に関する独立した法的代理人の選任も検討すべきでしょう。
管轄権回避のための組織再編の検討も重要な選択肢となります。ただし、この際は税務上の影響や事業運営への支障を十分に考慮する必要があります。
商標管理体制の厳格化
商標管理体制の厳格化は、Jekyll Island判決への対応として最も重要な課題の一つです。使用監督体制の文書化により、商標の品質管理と使用監督の実施状況を明確に記録することが必要です。
ライセンス契約の明示的締結は必須の対応策です。これまで正式な契約なしに行われていた関連会社による商標使用を、明示的なライセンス契約に基づく関係に変更する必要があります。契約には使用条件、品質基準、監督体制、ロイヤルティ等を明記し、商標権者の適切な管理を示すことが重要です。
商標使用ガイドラインの策定と実施も欠かせません。統一的な商標使用基準を策定し、関連会社への周知徹底と定期的な監査体制を構築することで、商標権者としての監督義務を適切に履行していることを示す必要があります。
訴訟戦略における一貫性確保
Jekyll Island事件で明らかになった訴訟上の主張の一貫性問題は、外国企業にとって重要な教訓となります。複数の訴訟にわたって一貫した事実主張を維持するため、以下の対策が必要です:
企業活動の統一的記録管理により、各企業の役割、事業範囲、取引関係を明確に文書化し、訴訟時の主張に一貫性を持たせる必要があります。また、法務部門による訴訟履歴の一元管理を通じて、過去の訴訟における主張内容を把握し、矛盾する主張を避ける体制を構築することが重要です。
さらに、事前の訴訟リスク評価において、管轄権争いを想定した証拠保全と主張の準備を行うことで、実際の訴訟において説得力のある一貫した主張を展開できるようになります。
まとめ
Jekyll Island判決は、外国知的財産持株会社にとって「商標登録は安全」という従来の常識を根底から覆す衝撃的な先例となりました。米国での商標登録行為そのものが管轄権の根拠となり得る新時代において、外国企業は従来以上に慎重な戦略的アプローチが求められます。
本件の具体的な紛争を振り返ると、Jekyll Islandという地方の公的機関が、Polygroup Macauという英領バージン諸島の巨大多国籍企業グループに対して管轄権を確立できたという事実は、外国企業にとって極めて重要な警告となります。「summerwaves.com」ドメイン名の購入打診という些細なきっかけから始まった紛争が、最終的に商標登録による管轄権成立という画期的な法理を生み出したのです。
第11巡回区が示した「目的的利用」の拡大解釈、企業構造の実質的評価、Ford Motor判決による因果関係要件の緩和は、いずれも外国企業の管轄権リスクを大幅に拡大させる要因となっています。特に、商標登録における継続的な法的義務、関連会社使用の監督責任、統合的な企業運営の実態が管轄権成立の根拠として認定されたことは、従来の企業戦略の根本的見直しを迫るものです。
また、Polygroup Macauの訴訟における一貫性のない主張が厳しく批判されたことは、多国籍企業グループが形式的な企業分離に依存することの危険性を如実に示しています。複雑な企業構造は、訴訟戦略上の脆弱性を生み出し、かえって企業の信頼性を損なう結果となることが明らかになりました。
形式的な企業分離に依存した従来の構造では、もはや管轄権リスクを回避できない現実を直視し、実質的な独立性確保と厳格な商標管理体制の構築が急務となっています。今後、他の巡回区でも同様の判断が示される可能性が高く、この判決の影響は全米に拡大することが予想されます。外国知的財産持株会社は、新たな法的環境に適応するため、包括的なリスク管理戦略の再構築に直ちに着手する必要があるでしょう。