2017年、TCL v. Ericssonにおいて、連邦地方裁判所であるUS District Court in the Central District of CaliforniaのJudge James Selnaが、2G、3Gと4Gに関わるEricsson社のstandard essential patent (SEP)の fair, reasonable, and non-discriminatory (FRAND) ロイヤリティレートを決定。FRANDロイヤリティレートを定めるにあたって、いくつか計算方法はあるが、ここでは経済的手法によってFRANDロイヤリティレートを計算したので、その計算方法について詳しく解説する。
Standard essential patent (SEP。日本語では、標準必須特許)― 規格などの技術標準(WiFi、4G、USBなど)に基づいた製品を製造・販売する際にどうしても避けられない特許のことを言う。特に、通信や電気関係では、標準化団体(Standard bodies)によって多くの規格が存在している。
Fair, reasonable, and non-discriminatory (FRAND) ロイヤリティレート ― 文字通りSEPライセンス時の「公正、合理的かつ非差別的な条件」下でのロイヤリティレート。しかし、どうFRANDロイヤリティレートを計算したらいいのか不透明な部分も多い。
SEPをライセンスする際になぜFRANDロイヤリティレートが問題になる下というと、SEPをライセンスする場合、ホールドアップが心配されるからである。ホールドアップとは、規格が決まった後、規格に関わる技術の標準必須特許を有する企業が、他の企業に対して標準必須特許のライセンスを行う際に、非常に高いロイヤリティを設定すること。ライセンスを受ける企業は、代替の技術がないため、規格にあった製品を製造・販売するのに高額なライセンス料を支払わなければならない。
FRANDロイヤリティレートを知ることは、SEPのライセンスを行っている企業はもちろんのこと、SEPのライセンスを受けている企業にとっても大切で、しっかり学んでおきたい内容。
このTCL v. Ericssonで問題になったのは、交渉中、SEP保有者であるEricsson社がFRANDの義務を果たし、訴訟が起こる前の最後のオファーがFRANDであったかという点だ。裁判所は、Ericsson社は誠意を持ってTCLと交渉していたとしたが、Ericsson社のロイヤリティレートはFRANDではなかったと判断。その後、裁判所が自らEricsson社のSEPについてFRANDロイヤリティレートを計算した。
裁判所は、”top-down”アプローチとライセンス比較アプローチ(comparable licenses approach)の2つの手法を用いて、FRANDレートを計算した。この記事では”top-down”アプローチしか解説しないので、ライセンス比較アプローチに関しては元記事を参照のこと。
“top-down”アプローチ:
この裁判所のアプローチで注目するべきポイントは、Ericsson社の特許群の価値は対応する規格や地域によって違うことを考慮し、それぞれの規格と地域において別々のロイヤリティレートを決定した点だ。
このアプローチでは、FRANDレートは、規格ごとの総合的なロイヤリティ負担(Aggregate Royalty Burden。略してARB)から特定のライセンサーのシェアを計算したものであると考える。これを今回のTCL v. Ericssonに当てはめると、以下のような計算式ができる:
FRAND Rate = Aggregate Royalty Burden × Ericsson’s Share of the Value of SEPs
判事はARBを決めるにあたって、規格全体のロイヤリティレートに関するEricsson社の発言に注目。このような発言が規格が決まる前(または規格が決まる時期)にあったこと、また、Ericsson社はライセンサーでありライセンシーでもあったことから、判事はEricsson社の発言は、FRANDレートを設定する上で合理的なバランスをとる動機があったと判断。また、他のSEP保有者も同じような発言を同じような時期にしていた。
Ericsson社の発言は、規格が設定される前の彼らの考える妥当なARBレートを示していて、WiMaxなどの他の規格候補の中からLTEを4G規格として採用させるための宣言であると判事は判断。経済的なモノの見方をすると、規格が決定し、幅広く採用された後、Ericsson社が当時提示したARBを超えるレートでライセンスを行なった場合、その行為がホールドアップとみなされる。
このような考え方から、Ericsson社の発言を参考にし、裁判所は、2Gに関してはARBは5%、3Gに関しては6%、4Gに関しては6%から10%とした。
次に、ARBに対するEricsson社のシャア(Ericsson’s Share of the Value of SEPs)の計算に移る。Ericsson社のシャアを計算するには、Ericsson社の特許群の価値をSEP全体の特許群の価値で割る必要がある。つまり、以下のような式になる:
Ericsson’s Share of the Value of SEPs=Value of Ericsson’s SEP portfolio / value of all SEPs
価値(Value)を査定する方法は様々だが、この裁判所は、ARBは各SEP保有者の特許の価値によって割り当てられるべきとした。また、裁判所は、多くのSEPは規格に関わるがあまり価値のないもので、特定の特許に大きな価値があるという経済界で広く受け入れられている考え方を採用した。
裁判所はTCLのEricsson社特許に対する技術的分析を考慮し、特許にEricsson社が主張するほどの価値はないと判断。しかし、他の裁判所では採用された被引用(forward citation)分析(文献が引用された数がその文献の重要度を示すという考え方)は、採用されなかった。
このような考え方から、裁判所は、Ericsson社の特許ポートフォリオの強さはEricsson社の特許数がSEP全体に占める割合によると判断した。つまり、裁判所は、Ericsson社の特許の平均価値は、SEPの平均価値と同等とみなした。
このようにEricsson社の特許の平均価値をSEPの平均価値と同等とみなしたことによって、「価値=特許の数」となり、Ericsson社のシャアは、Ericsson社の特許数とSEPの総数が分かれば導き出せるようになった。
しかし、TCL社とEricsson社の主張するEricsson社のSEP数は異なったため、裁判所は独自の分析を行なった。その分析で、裁判所は、契約期間中にEricsson社のSEPポートフォリオが成長する可能性があること(FRANDライセンスには新たに権利化された特許も対象になる)、すでに期限を満了している特許があること、また契約期間中に権利が満了を迎える特許があることを考慮し、規格別にEricsson社のSEP数を決めていった。
次に、分母にあたるSEPの総数の分析に移る。裁判所は、標準化団体に申告されたSEPの数を元に、そこからTCL社のエキスパートが計算した過度な申告を取り除いた。さらに、裁判所は、契約期間中に権利が抹消する特許や新たにSEPとして加わるであろう特許を考慮。注目すべき点は、この裁判所は、特許が満了しても総数から取り除かないという判断をした点。このことによって、分母は最大化される。
このような一連の作業を”top-down”アプローチで行い、最後に裁判所は、Ericsson社のポートフォリオの地域格差を考慮。TCL社のエキスパートの地域格差レートを採用し、各地域での”top-down”アプローチにおけるFRANDレートを算出した。
コメント:この事件では、”top-down”アプローチの他にライセンス比較アプローチも行なって、最終的なFRANDレートは、この2つのアプローチを考慮して決定されました。このまとめ記事ではライセンス比較アプローチについては触れていないので、ライセンス比較アプローチについては、元記事を参照してください。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Dr. Fei Deng, Dr. Mario Lopez. Edgeworth Economics, L.L.C.