Astellas Pharma v. Sandoz事件の重要な判決に関する画像

CAFCが「当事者提示」の原則から逸脱した地裁を叱る:Astellas Pharma v. Sandoz事件

1. はじめに

Astellas Pharma, Inc. v. Sandoz Inc. 事件において、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が、当事者が主張していない特許適格性の問題を独自に取り上げ、特許を無効と判断した地裁を裁量権の濫用であると厳しく批判しました。この判決は、特許訴訟における「当事者提示原則」(party presentation principle)の重要性を改めて強調すると同時に、特許適格性(Patent Eligibility)の判断が他の無効理由と同等に扱われるべきことを明確にしました。

本稿では、この判決の詳細と、特許実務に与える影響について考察します。特許権者と特許実務家の皆様にとって、今後の訴訟戦略を考える上で重要な示唆を含んでいるこの判決を、丁寧に解説していきます。

2. 事件の背景

2.1 ‘780特許とその技術

本件の中心となるのは、アステラス製薬(Astellas Pharma)が保有する米国特許第10,842,780号(以下、’780特許)です。この特許は、過活動膀胱(OAB)治療薬として広く知られるミラベグロンの徐放性製剤に関するものです。

ミラベグロンは、膀胱のベータ3受容体を刺激することで膀胱の弛緩を促し、過活動膀胱の症状を改善する画期的な薬剤です。しかし、即放性製剤では食事の影響(food effect)という課題がありました。空腹時に服用すると急速に吸収され、血中濃度が毒性レベルに達する恐れがある一方、食後に服用すると十分な治療効果が得られないという問題でした。

この課題を解決するため、アステラス社は徐放性製剤の開発に取り組みました。’780特許は、この徐放性製剤の組成と、その特徴的な溶出プロファイルを保護しています。具体的には、1.5時間後の薬物溶出率が39%以下、7時間後には75%以上という溶出特性を有する製剤が請求項に含まれています。

この技術革新により、ミラベグロンの食事の影響を最小限に抑え、一日一回の服用で安定した治療効果を得ることが可能になりました。アステラス社は、この製剤をMyrbetriq®の商品名で販売し、過活動膀胱治療の分野で大きな成功を収めています。

2.2 訴訟の経緯

訴訟の発端は、2020年11月24日、’780特許が発行された当日にさかのぼります。アステラス社は、サンド社(Sandoz Inc.)を含む複数のジェネリック医薬品メーカーに対し、特許侵害訴訟を提起しました。これは、ハッチ・ワックスマン法に基づく訴訟で、被告らが簡略新薬申請(ANDA)を行ったことに対する対抗措置でした。

当初、サンド社は’780特許に対し、新規性の欠如(35 U.S.C. § 102)、非自明性の欠如(35 U.S.C. § 103)、そして記載要件不備(35 U.S.C. § 112)を理由に無効を主張していました。しかし、訴訟の過程で争点は絞られていきました。

最終的に、アステラス社は’780特許の請求項5、20、25のみを主張し、サンド社も無効の主張を第112条(記載要件)に限定することに同意しました。この合意により、特許適格性(35 U.S.C. § 101)の問題は、当事者間で争点とはされていませんでした

5日間にわたる地裁での審理では、当事者双方から第112条に関する主張が展開されました。しかし、審理中も、その後の当事者の最終弁論においても、特許適格性の問題が議論されることはありませんでした。

ところが、予想外の展開が待っていました。地裁は、当事者が全く主張していない特許適格性の問題を独自に取り上げ、’780特許の請求項5、20、25を特許不適格として無効と判断したのです。この判断が、後のCAFCでの激しい議論の的となりました。

3. 地裁の判断とその問題点

3.1 地裁による§101無効判断

地裁が、当事者が全く主張していない特許適格性の問題を独自に取り上げ、’780特許の請求項5、20、25を無効と判断したことに、特許法実務家は衝撃を与えました。

地裁は、アステラス社の主張を意外な形で解釈しました。アステラス社が§112条の実施可能要件に関する議論の中で、「’780特許の発明概念は、食事の影響を解決する溶出速度を発見し、それを既知の製剤技術を用いて実現したこと」と述べたことを捉え、地裁はこれを「’780特許は、自然法則を日常的、従来的、よく知られた方法で適用したに過ぎない無効な主題を請求しているという認めである」と解釈したのです。

さらに、地裁は’780特許の発明を「単に食事の影響を解決する溶出プロファイルの発見を反映したもの」と評価し、これを理由に特許不適格と判断しました。この判断は、当事者が全く予期していなかったものでした。

3.2 当事者提示原則の違反

地裁の判断は、民事訴訟の基本原則である「当事者提示原則」(party presentation principle)に真っ向から反するものでした。この原則は、訴訟の当事者が争点を提示し、裁判所はそれらの争点について中立的な判断者としての役割を果たすべきというものです。

本件では、当事者双方が§112条の問題に焦点を絞ることに合意していました。特許適格性の問題は、訴訟のどの段階でも議論されていませんでした。にもかかわらず、地裁は独自の判断で§101条の問題を持ち出し、それを基に特許を無効としたのです。

この判断に対し、サンド社でさえも懸念を示しました。判決後、サンド社は連邦民事訴訟規則52(b)に基づき、裁判所に対して実際に審理された争点(侵害と§112条の有効性)に関する事実認定と法的結論を追加するよう求める申立てを行いました。サンド社は、「§101条の抗弁は審理や最終弁論で提示されておらず、裁判所の意見にも請求項の文言に関する記載がない」と指摘しました。

しかし、地裁はこの申立てを却下したため、地裁が当事者提示原則を軽視し、自らの判断を正当化しようとしている印象を与えてしまいました。

このような地裁の判断は、特許訴訟の公平性と予測可能性を損なう危険性があります。当事者が予期せぬ争点で敗訴するリスクは、訴訟戦略の立案を困難にし、特許システム全体への信頼を揺るがしかねません。CAFCによる是正は、まさに時宜を得たものだったといえるでしょう。

4. CAFCの判断

4.1 裁量権の濫用認定

CAFCは、地裁の判断を厳しく批判し、裁量権の濫用(abuse of discretion)があったと認定しました。Lourie判事によって執筆された判決文は、地裁が当事者提示原則を無視したことを強く非難しています。

CAFCは、最高裁判所のGreenlaw v. United States事件を引用し、「我々は当事者が争点を提示することに依拠し、裁判所には当事者が提示した事項の中立的な判断者としての役割を割り当てる」という原則を強調しました。地裁が「争点を解決する裁定者としてではなく座している」と述べたことは、まさにこの原則に反するものだとCAFCは指摘しています。

さらに、CAFCはLannom Mfg. Co. v. U.S. Int’l Trade Comm’n事件を引用し、「当事者が無効を主張していない場合に、地方裁判所が独自の判断で特許を無効にする権限を持たないことは自明である」と述べました。これは、特許訴訟における裁判所の役割を明確に示すものです。

4.2 特許の有効性推定の重要性

CAFCは、特許の有効性推定(presumption of validity)の原則が、特許適格性の判断においても等しく適用されるべきことを強調しました。この原則は、米国特許法第282条に明確に規定されています。

判決文では、「特許の有効性推定は、特許商標庁がすでに『特許発行の前提条件』(特許適格性を含む)を審査したという事実を反映している」と述べられています。これは、Cellspin Soft, Inc. v. Fitbit, Inc.事件の判例を引用したものです。

4.3 §101は他の無効理由と同等

CAFCは、また、地裁が特許適格性の問題を他の無効理由と異なる扱いをしたことを誤りだと指摘しました。特許の有効性推定は、新規性(§102条)、非自明性(§103条)、記載要件(§112条)と同様に、特許適格性(§101条)にも適用されるべきだというのがCAFCの立場です。

地裁は特許適格性を「閾値的問題」(threshold inquiry)として扱い、当事者が主張していなくても裁判所が職権で判断すべきものと考えたようです。しかし、CAFCはこの考え方を明確に否定しました。

判決文では、「特許適格性が主張管轄権のような閾値的問題であると地裁が信じていたとすれば、それは誤りである」と述べられています。CAFCは、特許適格性の問題が他の無効理由と同様に、当事者が主張し立証すべき事項であることを明確にしました。

この判断は、特許適格性の問題が過度に重視される傾向にあった近年の実務に一石を投じるものです。特に、多くの特許が特許適格性を理由に無効とされる傾向があった生命科学分野や、ソフトウェア関連発明の分野に大きな影響を与える可能性があります。

CAFCの判断は、特許システムの公平性と予測可能性を高める上で重要な意味を持っています。特許権者にとっては、自らの特許が不意に無効とされるリスクが低減し、一方で特許の無効を主張する側にとっては、より慎重な主張立証が求められることになるでしょう。

5. 本判決の影響

5.1 特許訴訟における裁判所の役割の再確認

本判決は、特許訴訟における裁判所の役割を再確認する重要な機会となりました。CAFCは、裁判所が当事者の主張を超えて独自の判断を下すことの危険性を明確に指摘しています。これは、特許訴訟の公平性と予測可能性を保護する上で極めて重要な判断といえるでしょう。

特に注目すべきは、CAFCが「当事者提示原則」を強調したことです。この原則は、訴訟当事者が争点を提示し、裁判所はそれらの争点について中立的な判断者としての役割を果たすべきというものです。本判決により、裁判所が自ら新たな争点を持ち出すことの不適切さが明確になりました。

この判断は、特許権者にとって重要な意味を持ちます。自らが主張していない理由で特許が無効とされるリスクが低減することで、特許権の安定性が高まると期待されます。一方で、特許の無効を主張する側にとっては、より慎重かつ包括的な主張立証が求められることになるでしょう。

さらに、本判決は下級審の裁判官に対して重要なメッセージを送っています。特許事件の複雑性や技術的な側面に惑わされることなく、当事者が提示した争点に忠実に判断を下すことの重要性が再確認されたのです。これにより、特許訴訟の公平性と一貫性が向上することが期待されます。

5.2 §101判断の位置づけの明確化

本判決のもう一つの重要な側面は、特許適格性(§101)判断の位置づけを明確にしたことです。CAFCは、特許適格性の問題が他の無効理由(新規性、非自明性、記載要件など)と同等に扱われるべきであることを明確に示しました。

これは、近年の傾向に一石を投じるものです。特に2014年のAlice Corp. v. CLS Bank International事件以降、多くの裁判所が特許適格性を「閾値的問題」として扱い、他の無効理由に先立って判断する傾向がありました。本判決は、こうした実務に再考を促すものといえるでしょう。

CAFCは、特許の有効性推定が特許適格性の判断にも適用されることを強調しています。これにより、特許権者の権利がより強く保護される可能性が高まります。特に、ソフトウェア関連発明や生命科学分野の発明など、特許適格性の問題が頻繁に提起される分野において、本判決の影響は大きいと考えられます。

一方で、特許の無効を主張する側にとっては、特許適格性の主張をより慎重に行う必要が生じます。単に§101の問題を提起するだけでなく、より具体的かつ説得力のある証拠と論理を示すことが求められるでしょう。

さらに、本判決は特許庁の審査実務にも影響を与える可能性があります。特許適格性の判断がより慎重に行われるようになれば、結果として特許の質の向上にもつながる可能性があります。

最後に、本判決は立法府に対しても一定のメッセージを送っているといえるでしょう。特許適格性の問題をめぐる混乱は長年続いており、立法による解決を求める声も少なくありません。本判決を契機に、§101の明確化や改正に向けた議論が加速する可能性もあります。

6. 結論

Astellas Pharma, Inc. v. Sandoz Inc. 事件におけるCAFCの判決は、特許訴訟の基本原則を再確認する重要な機会となりました。当事者提示原則の重要性を強調し、特許適格性判断の位置づけを明確にしたこの判決は、特許訴訟の公平性と予測可能性を高める上で重要な意味を持ちます。特許権者にとっては権利の安定性が高まる一方、特許の無効を主張する側にはより慎重な主張立証が求められることになるでしょう。また、この判決は特許商標庁の審査実務や立法府の動きにも影響を与える可能性があり、特許制度全体の改善につながることが期待されます。特許実務家は、この判決の影響を十分に理解し、今後の訴訟戦略や特許取得戦略に反映させていく必要があるでしょう。

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