1. はじめに
米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)が特許審査プロセスの改善に向けて大きな一歩を踏み出しました。長年にわたり出願人と審査官の協力を促進してきた「最終オフィスアクション後の検討パイロットプログラム2.0(After Final Consideration Pilot Program 2.0、AFCP 2.0)」の終了を発表したのです。
この決定は、特許実務に携わる多くの専門家にとって驚きでした。AFCP 2.0は、2013年の導入以来、特許審査の効率化と迅速化に貢献してきたプログラムだからです。年間60,000件を超える利用実績がその人気ぶりを物語っています。
しかし、USPTOはプログラムの運営コストが年間1,500万ドルを超えるという厳しい現実に直面していました。この状況を改善するため、新たな手数料の導入を検討しましたが、特許実務界からの反応は芳しくありませんでした。
結果として、USPTOは2024年12月14日をもってAFCP 2.0を終了させる決断を下しました。この変更は、特許出願人や弁理士、特許弁護士の皆様に大きな影響を与えることが予想されます。
本記事では、AFCP 2.0の歴史を振り返りつつ、プログラム終了の背景と今後の特許審査フローへの影響を詳しく解説します。また、この変更に対応するための新たな戦略的アプローチについても考察していきます。特許実務に携わる皆様にとって、この情報が今後の業務に役立つことを願っています。
2. AFCP 2.0プログラム: これまでの歩み
2.1 プログラムの概要と目的
AFCP 2.0は、2013年5月19日に導入された画期的なプログラムです。このプログラムは、特許審査プロセスの効率化と出願人と審査官のコミュニケーション改善を主な目的としていました。
プログラムの核心は、最終オフィスアクション後の出願人の対応に柔軟性を持たせることにありました。具体的には、以下の3つの特徴が挙げられます:
- 出願人がAFCP 2.0への参加を明示的に要請する必要があること。
- 最終オフィスアクションへの応答には、少なくとも1つの独立クレームに対する非拡大補正が含まれていること。
- 審査官が、提出された補正によってすべての係属中のクレームが特許可能な状態にならないと判断した場合、出願人とのインタビューを設定すること。
これらの特徴により、AFCP 2.0は継続審査請求(Request for Continued Examination、RCE)の必要性を減らし、特許審査の迅速化を図ることを目指しました。
2.2 利用状況と効果
AFCP 2.0の導入以来、その利用は急速に拡大しました。USPTOの統計によると、年間60,000件を超えるAFCP 2.0の申請が行われていたことがわかります。この数字は、プログラムが特許実務界で広く受け入れられていたことを如実に示しています。
効果の面でも、AFCP 2.0は目覚ましい成果を上げていました。全AFCP 2.0申請の約4分の1が特許査定につながったというデータがあります。これは、プログラムが特許取得の可能性を高める上で重要な役割を果たしていたことを意味します。
さらに、出願人を対象とした調査では、AFCP 2.0が審査官とのコミュニケーションを促進し、審査プロセスを前進させる上で効果的だったという評価が多く寄せられました。多くの出願人が、AFCP 2.0の利用によってRCEの提出確率が低下したと感じていたのです。
このように、AFCP 2.0は特許審査の効率化と透明性の向上に大きく貢献してきました。プログラムは、出願人と審査官の双方にとって有益なツールとして機能し、特許制度全体の改善に寄与してきたと言えるでしょう。
しかし、その一方で、AFCP 2.0の運営には多大なコストがかかっていたことも事実です。この点が、プログラム終了の決定につながる大きな要因となったのです。
3. AFCP 2.0プログラム終了の背景
3.1 運営コストの問題
AFCP 2.0プログラムの成功は、皮肉にもその終了の主要因となりました。プログラムの人気が高まるにつれ、USPTOの運営コストは急激に増加していったのです。
USPTOの試算によると、AFCP 2.0の運営に年間1,500万ドル以上の費用がかかっていたとされています。この金額は、審査官がAFCP 2.0の申請内容を検討するために費やす時間のコストだけでなく、プログラムの適格性を評価する初期段階や、出願人とのインタビュー、上司や主任審査官との相談にかかる時間も含まれています。
さらに、AFCP 2.0の利用者は無料でプログラムのメリットを享受できる一方で、USPTOはそのサービス提供のコストを直接回収できないという経済的な非効率性も問題でした。この状況は、長期的にはUSPTOの財政に大きな負担をかけることになりました。
3.2 新たな手数料提案と反応
コスト問題に対処するため、USPTOは2024年4月3日、2025年度の特許手数料設定・調整の一環として、AFCP 2.0の利用に新たな手数料を導入する提案を行いました。提案された手数料体系は以下の通りです:
- 通常の出願人:500ドル
- 小規模事業体:200ドル
- 極小規模事業体:100ドル
USPTOは、この新たな手数料によってプログラムの運営コストを相殺し、AFCP 2.0を継続できると考えていました。しかし、特許実務界からの反応は芳しくありませんでした。
多くの出願人や弁理士は、AFCP 2.0の利用に追加の費用を支払うことに難色を示しました。彼らの主な懸念は、新たな手数料が特許取得のコストを増加させ、特に中小企業や個人発明家にとって大きな負担になるのではないかというものでした。
また、AFCP 2.0が本来、RCEの必要性を減らすことで出願人のコスト削減を目指していたことを考えると、新たな手数料の導入はプログラムの当初の目的と矛盾するのではないかという指摘もありました。
これらの反応を受け、USPTOは難しい決断を迫られることになりました。結果として、十分な公的支持が得られないと判断し、AFCP 2.0プログラムの終了を決定したのです。
この決定は、特許実務界に大きな衝撃を与えました。多くの出願人や弁理士にとって、AFCP 2.0は特許審査プロセスの重要な一部となっていたからです。しかし、USPTOにとっては、財政的な持続可能性と効率的な特許審査システムの維持のためには避けられない選択だったと言えるでしょう。
4. AFCP 2.0終了後の特許審査フロー
4.1 既存の選択肢
AFCP 2.0の終了後も、出願人には最終オフィスアクション後の対応策がいくつか残されています。USPTOは、これらの既存の選択肢を活用することで、特許審査プロセスの効率を維持できると考えています。
- 通常の補正書の提出: 最終オフィスアクション後、出願人は従来通り補正書を提出することができます。ただし、この場合、補正の採用は審査官の裁量に委ねられます。AFCP 2.0のような追加の検討時間は与えられないため、補正が認められる可能性は低くなる可能性があります。
- 審査官インタビュー: 最終オフィスアクション後でも、審査官との面談を要請することは可能です。しかし、AFCP 2.0とは異なり、審査官がインタビューを受け入れるかどうかは完全に任意となります。
- 継続審査請求(RCE): RCEは引き続き有効な選択肢です。ただし、追加の手数料が必要となり、審査期間も延長されるため、出願人にとっては負担が大きくなる可能性があります。
- プレアピール審理請求(Pre-Appeal Brief Request for Review): この制度では、上訴通知書の提出時に、簡潔な議論(5ページ以内)を提出することができます。審査官を含む3名のパネルが審査を行い、上訴を継続するべきかどうかを判断します。
- 上訴: 最終的な選択肢として、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)への上訴があります。ただし、これには相当な時間とコストがかかる可能性があります。
4.2 新たな戦略的アプローチ
AFCP 2.0の終了に伴い、出願人と弁理士は新たな戦略的アプローチを検討する必要があります。以下に、いくつかの提案を示します:
- 早期のインタビュー活用: 最終オフィスアクションの発行後、できるだけ早く(理想的には4〜6週間以内に)審査官インタビューを要請することが重要です。これにより、補正の方向性について審査官と事前に協議し、許可の可能性を高めることができます。
- 効果的な補正書の作成: 補正書の内容をより慎重に検討し、審査官が容易に受け入れられるような明確かつ簡潔な補正を心がけます。可能な限り、先行技術との違いを明確に示す補正を行うことが重要です。
- 2か月以内の応答: 最終オフィスアクションから2か月以内に応答することで、審査官の助言後に補足的な補正を提出するための追加の時間的余裕を確保できます。これは、特許審査便覧(MPEP)に規定されている期間延長の利点を活用する戦略です。
- プレアピール審理請求の戦略的利用: 審査官の拒絶理由が明らかに誤っていると思われる場合、プレアピール審理請求を活用することで、迅速な解決を図ることができます。
- 継続出願の検討: 場合によっては、現在の出願を放棄し、新たな請求項を含む継続出願を行うことも検討に値します。これにより、新たな角度から特許性を主張する機会を得ることができます。
これらの戦略を適切に組み合わせることで、AFCP 2.0終了後も効率的な特許取得プロセスを維持することが可能です。ただし、各案件の特性や状況に応じて、最適なアプローチを選択することが重要です。特許実務家は、これらの新たな戦略を十分に理解し、クライアントに最適なアドバイスを提供できるよう準備する必要があるでしょう。
5. 特許実務への影響と対応策
5.1 出願人への影響
AFCP 2.0プログラムの終了は、出願人に多大な影響を与えることが予想されます。特に、中小企業や個人発明家にとっては、特許取得プロセスがより複雑になる可能性があります。
まず、最終オフィスアクション後の柔軟な対応が難しくなります。AFCP 2.0では、審査官との追加的なコミュニケーションの機会が提供されていましたが、それが失われることで、拒絶理由を解消するためのハードルが高くなるでしょう。
また、RCEの利用が増加する可能性があります。これは出願人にとって追加の費用負担を意味し、特許取得までの期間も長くなる可能性があります。特に、資金力に限りがある中小企業や個人発明家にとっては大きな課題となるでしょう。
さらに、特許戦略の見直しが必要になる可能性があります。AFCP 2.0を前提としていた特許ポートフォリオ管理や出願戦略は、新たな環境に適応する必要があります。
一方で、この変更は出願人にとって新たな機会をもたらす可能性もあります。例えば、より慎重な出願準備や、初期段階での詳細な先行技術調査の重要性が高まるでしょう。これにより、最終的には強力で安定した特許権の取得につながる可能性があります。
5.2 弁理士・特許弁護士の役割変化
AFCP 2.0の終了は、弁理士や特許弁護士の役割にも大きな変化をもたらします。彼らは、新たな環境下でクライアントの利益を最大限に保護するために、より戦略的かつ創造的なアプローチを取る必要があります。
- 戦略的アドバイスの重要性: 最終オフィスアクション後の対応策について、より綿密な分析と戦略的アドバイスが求められます。RCE、上訴、あるいは新たな出願戦略など、各選択肢のメリットとデメリットを詳細に検討し、クライアントに最適な選択肢を提案する能力が重要になります。
- 早期段階からの関与: 出願前や審査初期段階からの積極的な関与が求められます。クレーム作成や明細書の記載において、将来的な拒絶理由を予測し、それに対応できる準備をすることが重要になります。
- コミュニケーションスキルの向上: 審査官とのコミュニケーションがより重要になります。AFCP 2.0のような公式なプログラムがない中で、いかに効果的に審査官と対話し、クライアントの利益を主張できるかが鍵となります。
- 継続的な教育と適応: 特許法や USPTO の方針は常に変化しています。弁理士や特許弁護士は、これらの変化に迅速に適応し、最新の知識とスキルを維持する必要があります。
- 技術理解の深化: 技術の複雑化に伴い、弁理士や特許弁護士には、より深い技術理解が求められます。特に、AIや機械学習などの新興技術分野では、技術と法律の両面での専門知識が不可欠です。
- クライアントとの関係強化: 変化する環境下で、クライアントの不安や疑問に丁寧に対応することが重要です。定期的な情報提供や、戦略の見直しを提案するなど、より緊密なクライアントとの関係構築が求められます。
これらの変化に適応することで、弁理士や特許弁護士は、AFCP 2.0終了後の新たな環境下でも、クライアントに高い価値を提供し続けることができるでしょう。同時に、この変化は、特許実務の専門家としての価値をさらに高める機会にもなり得ます。
6. USPTOの今後の方針
6.1 審査プロセスの効率化への取り組み
USPTOは、AFCP 2.0の終了を単なる削減策としてではなく、より効率的で持続可能な特許審査システムを構築するための機会として捉えています。今後、USPTOは以下のような取り組みを通じて、審査プロセスの効率化を図る方針です。
- AI技術の活用: 人工知能(AI)と機械学習技術を活用し、先行技術調査や形式的なチェックを自動化する取り組みが進められています。これにより、審査官がより本質的な特許性の判断に集中できるようになることが期待されています。
- 審査官トレーニングの強化: 新技術分野に対応するため、審査官向けの継続的な教育プログラムが強化されます。特に、AI、ブロックチェーン、バイオテクノロジーなどの急速に進化する分野での知識更新が重視されるでしょう。
- 品質管理システムの改善: 特許の質を向上させるため、審査の一貫性と正確性を確保するための新たな品質管理システムが導入される予定です。これには、定期的な審査結果のレビューや、ベストプラクティスの共有などが含まれます。
- 出願人とのコミュニケーション改善: 電子化されたプラットフォームを通じて、出願人と審査官のコミュニケーションをより円滑にする取り組みが進められています。これにより、審査プロセスの透明性が向上し、誤解や不必要な遅延が減少することが期待されます。
- クラウドベースのシステム導入: USPTOは、より柔軟で拡張性の高いクラウドベースのITインフラストラクチャへの移行を進めています。これにより、システムの処理能力が向上し、出願処理の迅速化が図られます。
6.2 新たなパイロットプログラムの可能性
AFCP 2.0の終了に伴い、USPTOは新たなパイロットプログラムの導入を検討しています。これらのプログラムは、AFCP 2.0の成功点を生かしつつ、より効率的で費用対効果の高いものとなることが期待されています。
- 早期審査オプションの拡大: 特定の技術分野や、中小企業向けに、迅速な審査を行う新たなプログラムが検討されています。これにより、イノベーションの速度が速い分野での特許取得が加速される可能性があります。
- 協調審査プログラム: 複数の審査官が協力して審査を行う新たなモデルが検討されています。これにより、複雑な技術分野での審査の質と速度が向上することが期待されます。
- インタビュープログラムの強化: AFCP 2.0で好評だった審査官とのインタビュー機会を、別の形で提供する新たなプログラムが検討されています。例えば、バーチャルインタビューの活用などが考えられます。
- 出願前評価サービス: 出願前に特許性の予備評価を行うサービスの導入が検討されています。これにより、出願人は特許取得の可能性をより正確に判断できるようになり、不必要な出願を減らすことができるかもしれません。
- テクノロジー特化型プログラム: AI、量子コンピューティング、バイオテクノロジーなど、特定の先端技術分野に特化したパイロットプログラムの導入が検討されています。これらのプログラムでは、当該分野の専門知識を持つ審査官が集中的に審査を行うことで、より適切な判断が可能になると期待されています。
これらの新たな取り組みやパイロットプログラムは、まだ構想段階のものも多く、具体的な導入時期や詳細は未定です。しかし、USPTOは特許実務界からのフィードバックを積極的に求めており、今後、これらの案についてパブリックコメントを募集する可能性が高いでしょう。
特許実務家の皆様は、これらの新たな動きに注目し、適切に対応していくことが重要です。USPTOの方針変更は、特許戦略全体に影響を与える可能性があるため、常に最新の情報を把握し、クライアントに最適なアドバイスを提供できるよう準備しておく必要があります。
7. 結論
AFCP 2.0プログラムの終了は、米国特許実務界に大きな変革をもたらします。この変更は、出願人や弁理士、特許弁護士にとって課題となる一方で、特許審査プロセスの効率化と持続可能性の向上という機会も提供しています。USPTOが検討している新たな取り組みや可能性のあるパイロットプログラムは、将来の特許システムの形を示唆しています。特許実務に携わる専門家は、これらの変化に適応し、新たな戦略を開発することが求められます。同時に、USPTOの今後の方針や新たなプログラムの動向を注視し、クライアントに最適なアドバイスを提供できるよう準備することが重要です。AFCP 2.0の終了は一つの時代の終わりを意味しますが、それは同時に、より効果的で革新的な特許システムへの移行の始まりでもあるのです。