はじめに
米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office、USPTO)が、人工知能(AI)関連発明の特許適格性に関する新たなガイダンスについて、パブリックコメントの期間を延長しました。この動きは、AI技術の急速な進歩と、それに伴う特許法上の課題に対する USPTO の積極的な取り組みを反映しています。
AIは現代の技術革新の最前線に位置し、その影響は広範囲に及んでいます。しかし、AIによって生み出された発明や、AIを利用した発明プロセスが特許法の枠組みにどのように適合するのかという問題は、法律家や技術者たちに新たな課題を突きつけています。
USPTOの今回の決定は、この複雑な問題に対して、より多くのステークホルダーからの意見を集めることを目的としています。延長されたコメント期間は、特許実務家や企業、研究機関にとって、AIと特許法の交差点にある重要な問題について、自らの見解を表明する貴重な機会となるでしょう。
本記事では、パブリックコメント期間延長の詳細と、新ガイダンスの主要なポイントを解説します。また、USPTOのこれまでのAI関連の取り組みについても振り返り、今回の動きがAI時代の特許実務にもたらす影響について考察します。
2. パブリックコメント期間延長の概要
2.1 延長の詳細
USPTOは、2024年7月17日に連邦官報(Federal Register)で公表した「2024 Guidance Update on Patent Subject Matter Eligibility, Including on Artificial Intelligence」に関するパブリックコメントの期間を延長しました。当初の締め切りは2024年9月16日でしたが、新たに1ヶ月延長され、2024年10月16日までとなりました。
この延長決定は、AIと特許適格性の問題の複雑さを考慮したものです。USPTOは、すべてのステークホルダーに十分な意見表明の機会を提供することが重要だと判断しました。特に、AIの急速な進化と、それが特許実務に及ぼす影響の大きさを鑑みると、この延長は時宜を得た決定といえるでしょう。
2.2 ステークホルダーからのフィードバックの重要性
USPTOのKathi Vidal長官は、7月のガイダンス更新発表時に「AIの利用を促進しつつ、イノベーションを阻害しない適切なバランスを取ることが重要」と述べています。この発言は、AIの特許適格性に関する議論の核心を捉えています。
ステークホルダーからのフィードバックは、以下の点で極めて重要です:
- 実務的な洞察:特許弁護士や企業の知財部門は、AIの特許出願や審査過程で直面する具体的な課題を提示できます。
- 技術的視点:AI開発者やリサーチャーは、最新のAI技術と特許法の整合性について貴重な意見を提供できます。
- 産業界の需要:各産業分野におけるAI特許の重要性や、現行の特許制度の課題点を明らかにできます。
- 国際的な視点:グローバル企業や国際特許実務家からのフィードバックは、国際的な特許調和の観点から重要です。
USPTOは、具体的で実践的なフィードバックを特に歓迎しています。Vidal長官は「最も有用なフィードバックは、最も具体的なフィードバックです」と強調しています。
この延長期間を活用し、幅広いステークホルダーが意見を表明することで、AIの時代に適した特許制度の構築に貢献することが期待されます。特許実務家の皆様には、この機会を活用し、AIと特許法の交差点にある重要な問題について、専門的な見解を提供することをお勧めします。
3. USPTOのAIと特許適格性に関する取り組み
3.1 これまでのAI関連イニシアチブ
USPTOは、AIの急速な進化に対応するため、近年様々なイニシアチブを展開してきました。その取り組みは多岐にわたり、AI技術の特許保護に関する包括的なアプローチを示しています。
2019年8月、USPTOはAI発明の特許化に関する意見募集を開始しました。この時点で既に、AIの特許適格性に関する独自の考慮事項の存在が議論されていました。2020年10月には、「人工知能と知的財産政策に関する公衆の見解」(Public Views on Artificial Intelligence and Intellectual Property Policy)と題する報告書を公表。この報告書では、多くの関係者がAIを「コンピュータ実装発明の一部」と捉えていることが明らかになりました。
2022年6月には、USPTOの「AI/ET(人工知能/新興技術)パートナーシップ」の初会合が開催されました。ここでは「主題適格性とAI/ETイノベーションの影響」についてパネルディスカッションが行われ、AIがもたらす特許法上の新たな課題が議論されました。
さらに、2024年2月には「AI支援発明の発明者性に関するガイダンス」(Inventorship Guidance for AI-Assisted Inventions)が発行されました。このガイダンスは、AI支援発明に対する特許発行のために必要な人間の貢献レベルを明確にしたものです。これは、AI時代における「発明者」の定義に関する重要な指針となっています。
3.2 特許適格性ガイダンスの進化
特許適格性に関するUSPTOのガイダンスは、近年大きく進化してきました。2019年には、「2019年改訂特許適格性ガイダンス(2019 Revised Patent Subject Matter Eligibility Guidance)」と「2019年10月特許適格性ガイダンス更新(October 2019 Patent Eligibility Guidance Update)」が公表されました。これらのガイダンスは、USPTOの特許適格性分析のステップ2A(いわゆるAlice/Mayoテストの第1段階)における抽象的アイデアの特定方法を改訂し、より明確な枠組みを提供しました。
2020年6月には、これらのガイダンスが特許審査便覧(Manual of Patent Examining Procedure、MPEP)に組み込まれ、特許審査官にとってより実用的なツールとなりました。現在のMPEP(第9版、Rev. 07.2022)のセクション2103-2106.07には、USPTOの特許適格性ガイダンスが詳細に記載されています。
USPTOは、これらのガイダンス更新の効果も分析しています。「Adjusting to Alice」と題する報告書では、2019年のガイダンス改訂後、Aliceの影響を受けるAIを含む技術分野での特許不適格事由による最初の拒絶通知の可能性が25%減少したことが明らかになりました。
今回のAI特化型ガイダンスの更新は、これまでの取り組みの集大成と言えるでしょう。AIの複雑性と進化のスピードを考慮しつつ、法的確実性と技術革新の促進のバランスを取ろうとするUSPTOの姿勢が表れています。特許実務家は、この進化するガイダンスを十分に理解し、AI関連発明の特許出願戦略に活かすことが求められています。
4. 新ガイダンスの主要なアップデート
4.1 AIコンテキストにおける抽象的アイデアの明確化
新ガイダンスでは、AIの文脈における抽象的アイデアの解釈が大きく焦点となっています。特に、数学的概念、特定の人間活動の組織化方法、精神的プロセスという3つの抽象的アイデアのカテゴリーについて、AIに関連する最新の判例を踏まえた解釈が提供されています。
例えば、数学的概念に関しては、XY, LLC v. Trans Ova Genetics事件が参照されています。この事件では、フローサイトメトリー装置の操作方法に関するクレームが、単なる数学的概念の適用ではなく、具体的な技術的改善を含むものとして適格と判断されました。この判断は、AIアルゴリズムを含む発明の特許適格性評価に重要な示唆を与えています。
また、精神的プロセスのカテゴリーについては、ADASA Inc. v. Avery Dennison Corp.事件が注目されます。この事件では、特定のハードウェアベースのRFIDシリアル番号データ構造が、人間の精神で実行できない処理を含むため、精神的プロセスに該当しないと判断されました。この判断は、AI発明が人間の精神的能力を超える処理を行う場合の特許適格性評価に関する重要な指針となっています。
4.2 実用的応用の評価(Step 2A, Prong Two)
新ガイダンスは、Step 2A, Prong Twoにおける実用的応用の評価方法についても重要な更新を行っています。特に、AI発明がコンピュータの機能や他の技術分野を改善する場合の評価基準が明確化されました。
ガイダンスは、McRO, Inc. v. Bandai Namco Games America Inc.事件を参照し、AI発明が特定の技術的問題に対する具体的な解決策を提供する場合、それは実用的応用として認められる可能性が高いとしています。この事件では、3Dアニメーションのリップシンクと表情の自動化に関する規則ベースのアプローチが、技術プロセスの改善として認められました。
また、Cal. Inst. of Tech. v. Broadcom Ltd事件も重要な例として挙げられています。この事件では、不規則な繰り返しに基づくデータのエンコーディング方法が、抽象的アイデアではなく、技術的改善として認められました。この判断は、AIを用いたデータ処理方法の特許適格性評価に重要な示唆を与えています。
4.3 適格なAIクレームの例示
新ガイダンスでは、AI発明の特許適格性を評価するための具体的な例が提供されています。これらの例は、特許審査官やAI発明者に実践的な指針を提供することを目的としています。
例えば、異常検出のための人工ニューラルネットワークの使用に関するクレームや、音声信号の分析と望ましい音声の分離に関するAIベースの方法のクレームなどが示されています。これらの例は、AIの技術的特徴を強調し、単なる抽象的アイデアの適用を超えた発明をどのように記述すべきかを示しています。
さらに、個々の患者の特性に基づいて医療治療をパーソナライズするためのAIモデルに関するクレームの例も提供されています。これは、AIの医療分野への応用に関する特許適格性の評価基準を示す重要な例となっています。
これらの例示は、AI発明の特許出願戦略を立てる上で非常に有用です。特許実務家は、これらの例を参考にしながら、AIの技術的特徴と実用的応用を効果的にクレームに反映させることが求められます。
AI関連発明の特許適格性に関する新ガイダンスの詳細については、以下の関連記事をご参照ください。この記事では、USPTOが発表した新ガイダンスの具体的な内容と、それが特許実務に与える影響について詳しく解説しています。
上記の記事では、新ガイダンスのAlice/Mayoテストの基本的枠組みから、AIに特化した新たな判断基準、さらには具体的な事例分析まで、幅広くカバーしています。明細書作成時の留意点や審査対応のポイントなど、実務的なアドバイスも提供していますので、参考にしていただけたら幸いです。
AI関連発明の特許保護は、技術革新とビジネス競争力の両面で極めて重要です。新ガイダンスを深く理解し、適切に対応することで、皆様の知的財産戦略の成功につながることを願っています。
5. 結論
米国特許商標庁(USPTO)によるAI関連発明の特許適格性に関する新ガイダンスのパブリックコメント期間延長は、AI技術と特許法の複雑な関係性を反映した重要な動きです。この延長により、より多くのステークホルダーが意見を表明する機会を得ることができ、AI時代に適した特許制度の構築に向けた貴重な洞察が得られることが期待されます。新ガイダンスは、AIコンテキストにおける抽象的アイデアの明確化や実用的応用の評価基準の更新など、重要なアップデートを含んでおり、特許実務家にとって非常に有用な指針となるでしょう。AI技術の急速な進化に伴い、特許制度も継続的な適応を迫られていますが、このような取り組みを通じて、イノベーションの促進と適切な知的財産保護のバランスが取れた制度の発展が期待されます。特許実務家や企業は、この新ガイダンスを十分に理解し、効果的なAI関連発明の特許戦略を立案することが求められています。