米国特許法における「販売による新規性喪失の例外」の解釈に関する最新の判例、Celanese v. ITC事件を詳細に解説します。明らかにされた特許実務への影響を分析します。

AIA後も変わらぬ「On-Sale Bar」の解釈 – Celanese v. ITC事件から学ぶ特許実務の重要ポイント

1. はじめに

特許法の世界で、「販売による新規性喪失の例外」(on-sale bar)は長年にわたり重要な役割を果たしてきました。この規定は、発明者が自身の発明を商業的に利用しつつ、特許保護を得るタイミングのバランスを取るものです。2011年のアメリカ発明法(America Invents Act、AIA)の施行後、この規定の解釈に変化があるのではないかという議論があります。

最近のCelanese International Corporation v. International Trade Commission事件は、この議論に一つの答えを示しました。

本稿では、この事件の概要と判決内容を解説し、特許実務にどのような影響があるのかを考察します。特に、秘密のプロセスで製造された製品の販売が特許性にどのような影響を与えるのか、そしてAIA後の「on-sale bar」の解釈がどのようなものなのかに焦点を当てます。

この事件は、発明者や企業の特許戦略に関わる重要な判断を示しています。特に、特許出願のタイミングや製品の販売開始時期の検討において、本判決の内容を考慮する必要があるでしょう。以下では、Celanese v. ITC事件の詳細と、それが特許実務に与える可能性のある影響について分析していきます。

2. 「On-Sale Bar」とは

2.1. 「On-Sale Bar」の位置づけ

「販売による新規性喪失の例外」(on-sale bar)は、発明の商業化と特許保護のバランスを取る重要な概念です。この規定は、発明者が自身の発明を1年以上にわたって商業的に利用した後に特許を取得することを防ぐものです。

米国特許法第102条に規定されている「on-sale bar」は、特許の有効性を判断する上で重要な役割を果たします。この規定により、発明者は特許出願のタイミングを慎重に検討する必要があります。なぜなら、製品やプロセスの販売開始から1年以内に特許出願しなければ、その権利を失う可能性があるからです。

「On-sale bar」の背景には、公衆の利益と発明者の権利のバランスを取るという考え方があります。発明者に一定期間の独占権を与える代わりに、適切なタイミングで発明を公開することを促すのです。

2.2. AIA以前の「On-Sale Bar」の解釈

アメリカ発明法(America Invents Act、AIA)が施行される以前、「on-sale bar」の解釈は長年の判例法によって形成されてきました。特に注目すべきは、秘密のプロセスを用いて製造された製品の販売も、このバーの対象となるという解釈です。

1829年のPennock v. Dialogue事件で、最高裁判所は発明の詳細を公衆に開示せずに製品を販売することは、特許権取得の妨げになると判断しました。この考え方は、その後の判例でも踏襲されています。

CAFCの前身である関税特許控訴裁判所(Court of Customs and Patent Appeals、CCPA)の判事であったGiles S. Rich判事は、「発明者は、秘密保持か法的独占権のどちらかを選ばなければならない」と述べています。この考え方は、1983年のD.L. Auld Co. v. Chroma Graphics Corp.事件でCAFCに引き継がれました。

AIA以前の「on-sale bar」の解釈では、販売が「公然」となされたかどうかは問題とされませんでした。秘密裏に行われた取引であっても、実質的に商業的な販売と認められれば、特許性を失う可能性があったのです。

このような解釈は、発明者に早期の特許出願を促す一方で、企業にとっては製品化のタイミングと特許戦略の慎重な検討を必要とするものでした。Celanese v. ITC事件は、このAIA以前の解釈がAIA後も維持されるのかという点で、実務家の注目を集めたのです。

3. Celanese v. ITC事件の概要

3.1. 事件の背景

Celanese International Corporation(以下、Celanese)は、人工甘味料アセスルファムカリウム(Ace-K)の製造プロセスに関する特許を保有していました。この特許は、2016年9月21日に出願されたものです。

ところが、Celaneseは特許出願の1年以上前から、このプロセスを用いて製造したAce-Kを米国内で販売していました。興味深いことに、製造プロセス自体は欧州で秘密裏に行われており、製品の販売時にもそのプロセスの詳細は公開されていませんでした

問題が表面化したのは、Celaneseが中国の競合他社Anhui Jinhe Industrial Co.(以下、Jinhe)を国際貿易委員会(International Trade Commission、ITC)に提訴したときでした。Celaneseは、JinheがAce-Kの製造プロセスに関する特許を侵害していると主張したのです。

3.2. Celaneseの主張

これに対し、Jinheは反論として「on-sale bar」を持ち出しました。つまり、Celaneseが特許出願の1年以上前から製品を販売していたため、その特許は無効であるという主張です。

ここでCelaneseは、アメリカ発明法(America Invents Act、AIA)の施行により、「on-sale bar」の解釈が変更されたと反論しました。Celaneseの主張によれば、AIAの下では、販売行為が発明を「公衆に利用可能」(available to the public)にする場合にのみ「on-sale bar」が適用されるべきだというのです。

Celaneseは、特許法第102条(a)の文言の変更、特に「クレームされた発明」(claimed invention)という表現の使用と、「その他公衆に利用可能となった」(otherwise available to the public)という文言の追加に注目しました。これらの変更により、秘密のプロセスで製造された製品の販売は「on-sale bar」の対象外になったと主張したのです。

3.3. ITCの判断

しかし、ITCはCelaneseの主張を退けました。ITCの判断は、AIAがそれ以前の「on-sale bar」に関する判例法を変更したという証拠は不十分だというものでした。

ITCは、最高裁判所がHelsinn Healthcare S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc.事件で示した見解を重視しました。この判決では、AIAの下でも「on-sale bar」の解釈は基本的に変わっていないと判断されていたのです。

さらに、ITCは長年の判例法を引用し、秘密のプロセスで製造された製品の販売であっても「on-sale bar」の対象になるという立場を維持しました。つまり、製造プロセスの詳細が公開されていなくても、製品が市場に出回っている以上、その基となる発明は「販売された」と見なされるという解釈が行われました。

このITCの判断を不服としたCelaneseはCAFCに上訴します。

4. CAFCの判決

4.1. AIAによる変更はないという判断

しかし、CAFCは、2024年8月12日の判決で、ITCの判断を支持しました。裁判所もまたITCと同様に、アメリカ発明法(America Invents Act、AIA)が「on-sale bar」の解釈を根本的に変更したという証拠は不十分だと結論づけました。

CAFCも、最高裁判所のHelsinm Healthcare事件を重視し、AIAで「on sale」という文言が維持された以上、その解釈も従来通りであると考えるのが自然だという解釈を示しました。裁判所は、「我々は、AIAの制定が法定の『on-sale bar』条項の理論に根本的な変更をもたらしたとは考えない」と明確に述べました。この判断により、秘密のプロセスで製造された製品の販売も、依然として「on-sale bar」の対象となることが確認されました

4.2. テキストの変更に関する分析

Celaneseは、AIAによる特許法第102条のテキスト変更、特に「クレームされた発明」(claimed invention)という表現の使用に注目しました。しかし、CAFCはこの変更を単なる「用語の洗練」(clerical refinement of terminology)に過ぎないと判断しました。

裁判所は、「我々の判例法では、『on-sale bar』を扱う際に、問題となる発明を『クレームされた』発明として交互に言及してきた」と指摘しています。つまり、「発明」と「クレームされた発明」は実質的に同じ意味で使用されてきたということです。

また、「その他公衆に利用可能となった」(otherwise available to the public)という文言の追加についても、CAFCは重要な変更とは見なしませんでした。この文言は、法律の列挙されたカテゴリーにうまく当てはまらないが、それでも対象とすべき事項を捉えるためのものだと解釈されたのです。

4.3. 他の条項との関係性

Celaneseは、AIAの他の条項、特に第102条(b)、第271条(g)、第273条(a)を引用し、これらが「on-sale bar」の解釈変更を示唆していると主張しました。しかし、CAFCはこの主張も退けました。

裁判所は、これらの条項が特許性や有効性ではなく、侵害や第三者の行為に関するものだと指摘しました。「侵害に関する条項を特定の方法で書くことを選択したという事実は、特許性または有効性に関する条項を書き直すことを意味するわけではない」とCAFCは述べています。

特に、第102条(b)のグレースピリオドに関する規定については、Celaneseの販売が1年の猶予期間外であったため、この事件には適用されないと判断されました。

4.4. 立法経緯の考察

最後に、Celaneseは立法経緯、特に個々の議員の発言を引用して、議会がAIAで「on-sale bar」の範囲を変更する意図があったと主張しました。

しかし、CAFCはこの主張にも同意しませんでした。裁判所は、「立法過程の長年の議論の文脈から切り離された個々の議員の見解は、議会の意図を有意義に確立するものではない」と述べています。

特に、Celaneseが引用したPatrick Leahy上院議員の発言については、Helsinn事件でも同様の主張がなされ、最高裁によって退けられたことが指摘されました。

結論として、CAFCは立法経緯からAIAが「on-sale bar」の解釈を変更したという証拠は見出せないと判断しました。これにより、長年の判例法で確立された「on-sale bar」の解釈が、AIA後も継続して適用されることが確認されたのです。

5. 本判決の実務への影響

5.1. 秘密プロセスで製造した製品の販売に関する留意点

Celanese v. ITC事件の判決は、秘密プロセスを用いて製造した製品を販売している企業に大きな影響を与えるでしょう。この判決により、たとえ製造方法を秘密にしていても、その製品の販売が「on-sale bar」の対象となることが明確になりました

企業は自社の知的財産戦略を再考する必要があります。特に、以下の点に注意が必要です:

1. 製造プロセスの秘匿性だけでは不十分: 単に製造方法を秘密にしているだけでは、特許権の取得を保証するものではありません。製品が市場に出回った時点で「on-sale bar」のカウントダウンが始まるのです。

2. トレードシークレットと特許の選択: 企業は、発明をトレードシークレットとして保護するか、特許出願するかの選択を慎重に行う必要があります。Learned Hand判事の言葉を借りれば、「発明者は秘密保持か法的独占権のいずれかで満足しなければならない」のです。

3. グローバル戦略の見直し: 国際的に事業を展開している企業は、各国の特許法の違いに注意を払う必要があります。米国での販売が他国での特許性に影響を与える可能性があるからです。

4. 契約書の再検討: 秘密プロセスを用いて製造した製品の販売契約や、ライセンス契約などを見直し、「on-sale bar」のリスクを最小限に抑える条項を盛り込むことを検討すべきでしょう。

5.2. 特許出願のタイミングの重要性

本判決は、特許出願のタイミングが極めて重要であることを改めて強調しています。以下のポイントを押さえておく必要があります:

1. 1年ルールの厳格な適用: 製品の最初の販売または商業的オファーから1年以内に特許出願を行わなければなりません。この期間を過ぎると、たとえ製造プロセスが秘密であっても、特許権を取得できなくなる可能性が高いのです。

2. 早期出願の検討: 可能な限り早期に特許出願を行うことを検討すべきです。製品化の準備段階で特許出願を行うことで、「on-sale bar」のリスクを回避できる可能性が高まります。

3. 仮出願の活用: 製品の販売開始が迫っている場合、仮出願(provisional application)は有効な選択肢となるでしょう。仮出願制度を活用すれば、比較的低コストで早期の出願日を確保できます。

4. 継続的な発明の記録: 研究開発の過程を詳細に記録し、発明の完成日を明確にしておくことが重要です。これにより、「on-sale bar」に抵触する可能性のある販売活動との時間的関係を明確にできます。

5. クロスファンクショナルな協力: 研究開発部門、法務部門、そしてマーケティング部門が緊密に連携し、製品の販売計画と特許出願のタイミングを調整する必要があります。部門間のコミュニケーションが、「on-sale bar」のリスクを最小限に抑える鍵となるのです。

このCelanese v. ITC事件の判決は、特許戦略と商業戦略のバランスを取ることの重要性を改めて示しています。企業は、イノベーションを保護しつつ、市場での競争力を維持するという難しい課題に直面することになるでしょう。

6. Helsinn Healthcare v. Teva Pharmaceuticals事件との比較

Celanese v. ITC事件を理解する上で、2019年の最高裁判決であるHelsinm Healthcare S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc.事件(以下、Helsinn事件)との比較は非常に重要です。両事件は、アメリカ発明法(America Invents Act、AIA)後の「販売による新規性喪失の例外」(on-sale bar)の解釈に関する重要な判例として位置づけられています。

Helsinn事件では、抗がん剤パロノセトロンの特定用量に関する特許が問題となりました。Helsinnは、特許出願の1年以上前に、この薬剤を特定用量で供給する契約を結んでいましたが、その契約には守秘義務条項が含まれていました。Helsinnは、AIAの下では秘密の販売は「on-sale bar」の対象とならないと主張しましたが、最高裁はこの主張を退けました。

一方、Celanese事件では、製品(Ace-K)そのものではなく、その製造プロセスが特許の対象でした。Celaneseは、秘密のプロセスで製造された製品の販売は「on-sale bar」の対象とならないと主張しました。

両事件の共通点は、AIAによる法改正後も「on-sale bar」の解釈は基本的に変わっていないという裁判所の判断です。最高裁とCAFCは、議会がAIAで「on sale」という文言を維持した以上、その解釈も従来通りであると考えました。

しかし、両事件には重要な違いもあります。Helsinn事件では製品自体が特許の対象でしたが、Celanese事件では製造プロセスが対象でした。にもかかわらず、CAFCは製造プロセスに関する特許にも同様の基準を適用しました。これにより、秘密のプロセスで製造された製品の販売も「on-sale bar」の対象となることが明確になりました。

また、Helsinn事件では守秘義務付きの契約が問題となりましたが、Celanese事件ではそのような契約はありませんでした。それでも、製造プロセスが秘密裏に行われていたという事実は、「on-sale bar」の適用を妨げませんでした

これらの判決を通じて、AIAの下でも「on-sale bar」は広く解釈され、秘密の販売や秘密のプロセスによる製品の販売も含まれることが確立されました。この解釈は、特許戦略を立てる上で重要な指針となるでしょう。企業は、製品やプロセスの秘密性に関わらず、販売活動と特許出願のタイミングを慎重に検討する必要があります。

Helsinn事件とCelanese事件は、それぞれ最高裁とCAFCという異なるレベルの裁判所で判断されましたが、その結論は一貫しています。これは、「on-sale bar」に関する法解釈が安定していることを示唆しています。今後、この解釈が覆される可能性は低いと考えられ、実務家はこれらの判決を踏まえた対応が求められるでしょう。

7. Sanho Corp. v. Kaijet Technology事件との比較

関連する話題として、この記事を書いた数日後にSanho Corp. v. Kaijet Technology事件に関する記事を書きました。

ここで簡単にまとめると、Sanho Corp. v. Kaijet Technology事件とCelanese v. ITC事件は、両者とも米国特許法第102条の解釈に関する重要な判例ですが、それぞれ異なる側面を扱っています。Celanese事件は、第102条(a)(1)の「On-Sale Bar」に焦点を当て、秘密のプロセスで製造された製品の販売が特許性に与える影響を判断しました。一方、Sanho事件は、第102条(b)(2)(B)における「公開開示」の解釈を扱い、先行技術から除外される条件を検討しました。

Celanese事件では、製造プロセスの秘密性が「On-Sale Bar」の適用を妨げないと判断されました。つまり、製品が市場に出回った時点で「On-Sale Bar」のカウントダウンが始まるのです。対照的に、Sanho事件では「公開開示」がより狭く解釈され、実質的な公開性が要求されました。

この2つの判例の違い、またSanho事件の詳細についてはこの記事を参照してださい。

8. まとめ

Celanese v. ITC事件は、アメリカ発明法(AIA)施行後も「販売による新規性喪失の例外」(on-sale bar)の解釈が従来通り維持されることを明確に示しました。この判決により、秘密のプロセスで製造された製品の販売であっても、特許出願の1年前から「on-sale bar」の対象となることが確認されました。この結果は、Helsinn Healthcare v. Teva Pharmaceuticals事件の最高裁判決とも整合性があり、米国特許法における「on-sale bar」の解釈が司法system全体で一貫していることを示しています。企業や発明者は、製造プロセスの秘密性に関わらず、製品の販売開始から1年以内に特許出願を行う必要があります。この判決を受けて、企業は自社の知的財産戦略を見直し、特許出願のタイミングと商業化のバランスを慎重に検討することが求められるでしょう。

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