金融コンサルティング会社のStout Risius Ross, LLC(以下「スタウト」)は、2020年4月、2020年版 “営業秘密訴訟の動向レポート “を発表しました。この報告書では、営業秘密の保護と防御を目指す企業に関連するいくつかの重要な知見が強調されています。今回はその中からいくつか注目したい点を紹介します。
注目すべき企業秘密のトレンド
原告が勝訴している :1990年から2019年までに連邦地方裁判所に提訴された営業秘密事件の68%において、原告は有利な判決を勝ち取っています。
多額の損害賠償金を獲得している:連邦裁判所に提訴された営業秘密事件の52%において、裁判所は金銭的な損害賠償を授与しました。その損害賠償額は、合計で約30億ドルにも上ります。最も高額だった判決トップ5は、単体でそれぞれ1億ドルを超えるものでした。
顧客リストやベンダー/サプライヤー情報の盗難は、営業秘密の中で最も訴訟の多いカテゴリー:スタウトは、1990年から2019年までに提訴された全訴訟の実に37%が、この種の「ビジネス関係」情報の盗難に関係していると結論づけています。
訴訟の解決には2.7年かかる:営業秘密事件は、訴状の提出から裁判の結果が出るまでに平均2.7年かかるという統計データになりました。スタウトは、和解の数や、営業秘密事件が法廷で和解するまでにかかる平均時間は示していません。
営業秘密の決定はしばしば上訴される: 57%以上のケースが下級裁判所の決定に続いて上訴されています。
営業秘密訴訟が増加傾向:2010年から2015年まで(2016年に連邦営業秘密保護法(DTSA)が制定される前)、年間約1,100件の営業秘密訴訟が提起されていました。2017年から2019年にかけて、それは年間約1,400件に急増しました。この傾向は今後も続くと予想されています。
解説
上記のようにCOVID-19以前から増加してきた営業秘密に関連した訴訟や係争は、COVID-19の影響によるリモートワークの急激な普及と大量の解雇や失業などで今後さらに増加していくと思われます。
なので、今回のような統計データを元にしたレポートは今後社内で対応を議論するためのサポートドキュメントとしても十分使える情報だと思います。元記事の著者が指摘した点は重要な点ですが、私も個人的な視点から重複しない部分でコメントしたいと思います。
DTSAの影響が大きい:The Defend Trade Secrets Act of 2016 (DTSA)、日本語では連邦営業秘密保護法、が2016年に成立したことが、COVID-19以前から増加してきた営業秘密に関連した訴訟や係争の大きな原因だと思われます。DTSA以前は、営業秘密訴訟は州ごとに扱いが異なり、営業機密権利者にとって非常に取り締まりがしづらい環境にありました。DTSAにより一貫性のある手続きが行え、保護や救済措置も強化されました。さらに、裁判所も、連邦裁判所、州裁判所、またはその両方で救済措置を求めることができるようになったので、より自社の戦略にあった裁判地を選ぶことができるようになりました。
労働力の流動化:アメリカの雇用は日本と大きく異なりリストラが比較的行いやすい環境にあります。そのため、転職率や離職率が高く、元従業員が競合他社に転職したり、同業で起業するということがしばしば起こります。営業秘密訴訟で最も頻繁に訴えられるのが元従業員です。このトレンドは、技術の進歩、情報のデジタル化などに伴い、今後も労働・雇用関連の営業秘密関連訴訟の増加が見込まれています。
今回のレポートの元データ: 1990年1月1日から2019年6月30日までの連邦営業秘密事件がベースになっています。しかし、2016年のDTSAが成立するまでは州レベルにおける営業秘密訴訟も多かったので、それが含まれていないということを理解してデータを読み取る必要があります。また、2016年以降もDTSAがあるからと言って、営業秘密訴訟がすべて連邦レベルで争われているということではありません。事例としては少ないですが、州裁判所における訴訟もあります。(特許訴訟は、特許法という連邦法に関わるものなので、ITCなどの特殊な例を除いてすべて連邦地裁で争われます。)
分析方法:このようなレポートを正しく理解する上で、分析方法も大切になってきます。あまり詳しくは書かれていませんが、レポートのAPPENDIX Iに今回の分析の一連の流れが簡単に説明されています。母集団の数や、どう検索データからノイズを除去したかも書かれているので、一度読んでみるといいと思います。特に注目したいのが、和解されたものが除外されている点です。アメリカの訴訟はそのほとんどが和解で終わります。今回の調査に使われたデータからも、257件中77件が和解で終わっています。これは全体の30%に上ります。和解の中身に関するデータは公開されていないので、このようなレポートで分析するのは不可能ですが、このレポートで示されている事柄は、全体の70%のデータに基づく見解であり、必ずしも現状を100%正確に示している訳ではないということを理解することが重要です。
特に注意したい業種:情報技術、一般消費財、ヘルスケア分野では、営業秘密訴訟が急増しています。このような分野に含まれる企業は営業機密の漏洩対策などを優先的に行うといいでしょう。
機密情報と営業秘密の違い:何が営業秘密(trade secret)で、何が機密情報(confidential information)なのかは、組織によって異なります。しかし、ここで理解してほしい点は、企業秘密(trade secret)はすべて機密情報(confidential information)ですが、すべての機密情報(confidential information)が企業秘密(trade secret)であるわけではないという点です。これを混同している人は結構多いので、会社での知財教育を行う際は、このような基本的なところから従業員の正しい理解を求めることが重要になってきます。
争われる営業機密トップ3:Business Relationships, Design, Methods and Processesです。以外かもしれませんが、一番多いカテゴリーは顧客リストなどのビジネス関連のデータです。営業機密の話は技術の漏洩に話しが行きがちですが、最も多いのはビジネス関連のデータなので、対策を講じる上でもビジネス関連のデータに関する漏洩対策から始めた方がいいかもしれません。
営業秘密訴訟+アルファ:訴訟を起こす際に、何も営業秘密の搾取だけで訴える必要はありません。元従業員が漏洩の原因になっていることがよくあるので、雇用などの契約違反も場合によっては追加できます。また、Tortious Interference や Unfair/Deceptive Practices と言った問題も指摘できる場合があります。なので、営業秘密訴訟を計画する場合、このような追加の問題も主張できるかを考えることも重要です。
レポートはこちらから見ることができます。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Maura T. Levine-Patton, Steven Grimes and Shannon T. Murphy. Winston & Strawn LLP (元記事を見る)