Patent law showing a medical dosage patent concept with a gavel and pharmaceutical research elements, symbolizing legal considerations in drug development innovation

未知の問題に対する解決策の特許性 — ImmunoGen事件が示す医薬品用量特許の新たな基準

はじめに

医薬品・バイオテクノロジー分野において、「用量レジメン特許」(dosing regimen patents)は特許ポートフォリオの重要な要素として認識されてきました。しかし、こうした特許の自明性(obviousness)判断については、長らく明確な枠組みが確立されていませんでした。2025年3月6日、連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)は、ImmunoGen社の用量特許出願をめぐる争いについて注目すべき判断を下しました。本稿では、ImmunoGen, Inc. v. Stewart事件の詳細と、この判決が医薬品・バイオテクノロジー特許の実務に与える影響について解説します。

本判決は、特に「未知の問題に対する解決策」(solution to an unknown problem)の自明性評価という観点で重要な指針を示しています。医薬品の副作用として認識されていなかった問題を解決するための用量調整方法について、その自明性をどのように判断すべきかという点で、CAFCは重要な判断基準を明確にしました。この判断は、今後の用量レジメン特許の出願戦略や異議申立て・訴訟戦略に大きな影響を与えることになるでしょう。

事件の背景

技術的背景

本件で問題となったのは、ImmunoGen社が開発した抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugate、ADC)IMGN853(一般名:mirvetuximab soravtansine)です。この薬剤は、特定の卵巣がんや腹膜がんの治療に使用されます。IMGN853は、以下の3つの要素から構成されています:

  1. 抗体「huMov19」
  2. 毒性マイタンシノイド「DM4」
  3. 荷電化学リンカー「charged sulfo-SPDB linker」

IMGN853は有望な治療効果を示す一方で、臨床試験において眼毒性(ocular toxicity)を引き起こすことが判明しました。具体的には、角膜炎(keratitis)や視力障害などの副作用が患者に見られました。この眼毒性は、先行技術においては認識されていなかった問題でした。

ImmunoGen社は、特許出願(US 2015/0132323 A1)において、この副作用を軽減するための投与方法として、従来の「総体重」(Total Body Weight、TBW)ではなく、「調整理想体重」(Adjusted Ideal Body Weight、AIBW)に基づいて投与量を計算する方法を開発しました。具体的には、患者のAIBWあたり6mg/kgで投与することを特許請求しています。

手続き的背景

ImmunoGen社の特許出願は、特許審査官によって拒絶され、その後、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、PTAB)でもその判断が支持されました。ImmunoGen社は、35 U.S.C. §145に基づき、バージニア東部地区連邦地方裁判所に提訴しました。

地方裁判所は当初、政府側の申立てに基づき略式判決(summary judgment)を下し、ImmunoGen社の請求を棄却しました。しかし、CAFCは、地方裁判所が「非申立人であるImmunoGen側に不利な形で多数の事実に関する争点を解決した」として、その判断を破棄し、差し戻しました。

差戻し後、3日間のベンチトライアル(裁判官による審理)が行われ、地方裁判所は再びImmunoGen社の請求を棄却しました。裁判所は、特許請求項が「致命的に不明確(fatally indefinite)かつ自明(obvious)」であると判断しました。ImmunoGen社はこの判断を不服として再度CAFCに上訴しました。

連邦巡回控訴裁判所の判断

自明性の枠組みの再考

CAFCは、「未知の問題に対する解決策」の自明性評価という重要な論点について判断を示しました。ImmunoGen社は、IMGN853が眼毒性を引き起こすことは発明時点では知られていなかったため、その問題を解決するための用量設定方法は自明ではないと主張しました。

これに対してCAFCは、「特定の問題が先行技術において認識されていなかったということは、必ずしもその解決策が非自明であることを意味するわけではない」(”the fact that a specific problem was not recognized in the prior art does not mean that the solution to that problem is non-obvious”)という重要な原則を示しました。CAFCは最高裁判所のKSR International Co. v. Teleflex Inc.判決を引用し、「自明性の判断において、発明者の特定の動機付けや目的は決定的な要素ではない」と述べました。

むしろ重要なのは「クレームの客観的範囲(objective reach of the claim)」であり、「発明時に当該技術分野で知られていたあらゆる必要性または問題」が、クレームされた方法で要素を組み合わせる理由を提供する可能性があるとしました。つまり、発明者が認識していなかった問題であっても、当業者が別の理由で同じ解決策に到達する動機付けがあれば、その発明は自明と判断される可能性があるということです。

本件では、IMGN853の眼毒性は先行技術で特定されていなかったものの、マイタンシノイドDM4を含む免疫複合体が眼毒性を引き起こす可能性があることは知られていました。CAFCは、IMGN853がDM4を含むことから、当業者はIMGN853の投与においても眼毒性のリスクを監視する動機付けがあったと判断しました。

合理的な成功の期待

自明性の判断において、「合理的な成功の期待(reasonable expectation of success)」は重要な要素です。ImmunoGen社は、6mg/kg AIBWという特定の用量で眼毒性を軽減できるという合理的な成功の期待がなかったと主張しました。

しかし、CAFCは、特許請求項には眼毒性問題についての言及がないことを指摘しました。したがって、「合理的な成功の期待」の分析において重要なのは、「6mg/kg AIBWという用量で投与することが卵巣がんと腹膜がんの治療に効果的であるという合理的な期待があったかどうか」だけであるとしました。

CAFCは、先行技術にはIMGN853を総体重(TBW)に基づいて6mg/kg投与する方法が開示されていたことを重視しました。特に重要なのは、理想体重の患者では、AIBWとTBWが同じになるという事実です。これにより、TBWでの6mg/kg投与が効果的であることが知られていた以上、AIBWでの6mg/kg投与についても合理的な成功の期待があったと判断されました。

また、CAFCは、生物由来の医薬品(biologics)の予測不可能性に関するImmunoGen社の議論も退けました。相対的な予測不可能性は、合理的な成功の期待の分析とは関連しないとし、「自明性の判断は一般的に発明者の特定の動機とは無関係」であると強調しました。

動機付けの分析における新たな視点

CAFCは、特許出願者が解決しようとした特定の問題ではなく、当業者が先行技術から学ぶ可能性のある様々な動機に焦点を当てるべきだと強調しました。

本件では、地方裁判所は以下の理由から当業者がAIBWに基づく投与方法を試みる動機付けがあったと判断しました:

  1. 眼毒性はADCを含む抗がん剤の既知の副作用であった
  2. 用量調整が副作用を軽減する一般的な方法であることは当業者に知られていた
  3. AIBWは他の薬剤(抗生物質、放射免疫複合体、抗がん剤)の投与において眼毒性を軽減するために使用されていた

ImmunoGen社は、AIBWがADCの投与に使用されたことはなかったと反論しましたが、CAFCは、「当業者が投与量に起因する毒性、特に眼毒性に直面した場合、AIBWの利用は当業者の知識の範囲内」であったと判断しました。

さらに、ImmunoGen社自身の以前の特許出願(US 2012/0282282)がIMGN853と眼毒性の両方を開示していたことも、裁判所の判断に影響を与えました。

特許実務への影響

用量レジメン特許の戦略

本判決は、医薬品特許ポートフォリオにおける用量特許の位置づけを再考する必要性を示しています。従来、未知の問題を解決する用量レジメンは、非自明性の主張が比較的容易でした。しかし、本判決により、そのような主張の成功の可能性は低くなります。

特許実務家は、以下の戦略を検討する必要があります:

  1. 用量レジメンの特許出願では、単に用量だけでなく、その用量が解決する特定の問題(例:眼毒性の軽減)をクレーム要素として含める
  2. 先行技術において当業者が問題を予見できなかったことを示す証拠を強化する
  3. 用量レジメンの非自明性を支持する実験データをより詳細に提供する

異議申立てと訴訟戦略

本判決は、用量特許に対する無効主張を強化することになるでしょう。異議申立てや訴訟において、以下の点が重要になります:

  1. 先行技術における別の問題に対する解決策が、結果的に争点となっている問題も解決することを示す
  2. 多くの体重測定方法(TBW、AIBW、理想体重など)の間には重複があり、一方の方法で有効な用量は他方の方法でも有効である可能性が高いことを示す
  3. 自明型ダブルパテンティングによる無効主張が、より強力な戦略となる可能性がある

製薬・バイオテクノロジー業界への影響

本判決は、二次特許(secondary patents、医薬品の有効成分自体を保護する基本特許の後に取得される用量、製剤、投与方法などに関する特許)による独占期間延長戦略に影響を与える可能性があります。製薬会社は、基本特許の存続期間満了後も、用量レジメンや投与方法に関する二次特許によって市場独占を維持しようとすることがありますが、そのような戦略の有効性は低下するでしょう。

一方、バイオシミラーや後発医薬品の開発企業にとっては、革新的医薬品の用量特許を回避または無効化する可能性が高まります。これにより、市場参入の障壁が低くなる可能性があります。

また、製薬企業は、単なる用量の最適化ではなく、真に革新的な用量レジメン(例:新しい投与スケジュール、新しい投与経路との組み合わせなど)の開発に注力する必要があるでしょう。

結論

ImmunoGen v. Stewart事件は、医薬品・バイオテクノロジー特許、特に用量レジメン特許の自明性評価において重要な転換点となりました。本判決の核心的教訓は以下の通りです:

  1. 未知の問題に対する解決策であっても、先行技術から当業者が同じ解決策に到達する別の動機付けがあれば、その発明は自明と判断される可能性がある。

  2. 自明性の判断において、発明者の特定の動機や目的ではなく、クレームの「客観的範囲」と先行技術の関係が重要である。

  3. 合理的な成功の期待の分析は、クレームに明示的に記載された要素に関連する成功の期待に限定される。

特許弁護士および弁理士は、この判決を踏まえて、医薬品・バイオテクノロジー特許のポートフォリオ戦略を再構築する必要があります。単なる用量の最適化ではなく、新しい治療パラダイムを創出するような真に革新的な投与方法の開発と保護に注力すべきでしょう。また、既存の用量特許の有効性を再評価し、リスクの高い特許に依存したビジネス戦略を見直すことも重要です。

ImmunoGen v. Stewart事件は、医薬品特許の実務における自明性の判断基準をより明確にしましたが、同時に用量レジメン特許の取得と防御をより困難にしたことは間違いありません。今後も関連判例の動向を注視しつつ、特許戦略の適応を図ることが重要です。

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