JANSSEN v. TEVA判決の重要性と自明性分析の柔軟性

自明性分析ではクレームされていない限定を考慮せず、分析の柔軟性を考慮する

医薬品業界では、新薬開発に莫大な時間と費用がかかります。そのため、特許による保護が非常に重要となります。しかし、特許を取得したとしても、その有効性が争われることがあります。特に、特許の自明性(Obviousness)が問題となるケースが多く見られます。

米国では、特許の進歩性について、KSR判決以降、より柔軟な判断がなされるようになりました。しかし、その判断基準は必ずしも明確ではなく、予見可能性に欠けるという指摘もあります。

こうした中、2023年4月に米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は、JANSSEN PHARMACEUTICALS, INC. v. TEVA PHARMACEUTICALS USA, INC.事件において、医薬品の投与方法特許に関する重要な判決を下しました。この判決は、自明性分析における注意点を浮き彫りにしており、製薬系の特許を保有する企業だけでなく、すべての特許を保有する企業にとって重要な示唆を与えてくれます。

本記事では、まずJANSSEN v. TEVA判決の概要を説明します。そして、本判決が示した自明性分析のポイントを、クレームされていない限定事項の取り扱いと、先行技術の組み合わせの柔軟性の観点から解説します。最後に、本判決が特許出願実務に与える示唆について考察します。

特許実務に携わる知財担当者や、投与方法特許を保有する製薬企業の方々には、ぜひ本記事をご一読いただき、自明性分析の最新動向を把握していただければ幸いです。

訴訟の経緯と争点

Janssen社は、統合失調症治療薬であるpaliperidone palmitateの投与レジメンに関する特許US9,439,906(以下、’906特許)を保有していました。一方、Teva社はpaliperidone palmitateのジェネリック医薬品の販売を計画し、abbreviated new drug application(ANDA)を提出しました。これに対し、Janssen社はTeva社を特許侵害で訴えました。

地裁では、Teva社は、’906特許のクレームは自明性(Obviousness)を理由に無効であると主張しました。これに対し、Janssen社は特許の有効性を主張し、地裁レベルでは特許が有効と判断されました。Teva社はこれを不服として、CAFCに控訴しました。

CAFCでは、いくつかの争点がありましたが、今回は、自明性に関する論点に注目したいと思います。具体的には、①自明性分析におけるクレームされていない限定事項の取り扱い、および②自明性分析の柔軟性についての考察をおこないます。

争われたクレーム

以上の2点に関して考察をする上で、まずは争われたクレームを見てみましょう。

本件で争われたのは、’906特許のクレーム1、2、10、13、20、21でした。このうち、クレーム2(クレーム1の従属クレーム)が代表的なクレームとされています。クレーム2(クレーム1とクレーム2を合わせたもの)は以下のとおりです。

A dosing regimen for administering paliperidone palmitate to a psychiatric patient in need of treatment for schizophrenia, schizoaffective disorder, or schizophreniform disorder comprising
(1) administering intramuscularly in the deltoid of a patient in need of treatment a first loading dose of about 150 mg-eq. of paliperidone as paliperidone palmitate formulated in a sustained release formulation on the first day of treatment;
(2) administering intramuscularly in the deltoid muscle of the patient in need of treatment a second loading dose of about 100 mg-eq. of paliperidone as paliperidone palmitate formulated in a sustained re-lease formulation on the 6th to about 10th day of treatment; and
(3) administering intramuscularly in the deltoid or gluteal muscle of the patient in need of treatment a first maintenance dose of about 25 mg-eq. to about 150 mg-eq. of paliperidone as paliperidone palmitate in a sustained release formulation a month (±7 days) after the second loading dose,
[The dosing regimen of claim 1] wherein after administration of the first maintenance dose, subsequent maintenance doses of from about 25 mg-eq. to 150 mg-eq. are administered in the deltoid or gluteal muscle of the psychiatric patient in need of treatment at monthly (±7 days) intervals.

CAFCにおける自明性に関する議論

CAFCは、自明性の分析において、地裁の判断は正しくなかったとし、特に、以下の2つの点についての地裁の誤りをしてきしていました。

(1)クレームされていない限定事項

CAFCは、地裁がクレームに記載のない事を考慮して自明性を判断したのは誤りだと指摘しました。

具体的には、 連邦地裁は、「先行技術は集団全体の安全性と有効性を実証しておらず、したがって一般化された投与レジメンを教示していない」と解釈し、争点となった特許と区別していました。しかし、CAFCはクレームの文言の”a psychiatric patient”という単数形の表現に注目し、クレームは「一般化された投与レジメン」ではなく、「特定の統合失調症の治療を必要とする精神科患者」(a psychiatric patient in need of treatment for schizophrenia, schizoaffective disorder, or schizophreniform disorder)に対する投与レジメンが記載されていると解釈しました。つまり、CAFCは、「特許請求の範囲には、レジメンが一般的な患者集団や患者集団の一定割合に使用されること、ましてや理想的であることを要求するものはなく、特許請求の範囲の表面上は、精神科患者に対する投与レジメンが記載されているに過ぎない」と解釈したのです。

そして、CAFCはKSR判例を引用し、「重要なのはクレームの客観的範囲」であるため、連邦地裁が、自明性の分析において、特許範囲を投与レジメンの「一般化された」適合性に関するものと事実上定義した点で誤りを犯したと判断しました。

(2) 自明性の分析の柔軟性

もう1つの争点は、地裁の自明性分析が著しく柔軟性に欠けていたことであり、KSR判決の基準に適合していなかったという点です。

地裁は、先行技術に開示された用量や投与部位が’906特許のクレームとわずかに異なることを理由に、当業者が組み合わせる動機付けがないと結論付けました。しかし、CAFCは、この地裁の分析は「局所的で柔軟性を欠く(siloed and inflexible)アプローチ」であり、当業者の創造性を適切に考慮していないと指摘しました。KSR判決は、先行技術の教示に基づいて当業者が取るであろう推論と創造的なステップを考慮すべきとしています。そこで、CAFCは、先行技術と特許クレームの些細な相違点を重視しすぎるのではなく、先行技術の組み合わせにより特許クレームに至る動機づけがあるかを柔軟に判断すべきと示唆したのです。

本判決から学ぶ自明性分析のポイント

JANSSEN v. TEVA判決は、自明性分析における2つの重要なポイントを示しています。

1. クレームされていない限定事項を組み入れることはしない

本判決は、自明性分析において、クレームされていない限定事項を考慮することの危険性を示唆しています。特許クレームの文言は、特許発明の範囲を定めるものであり、クレームに記載されていない事項を考慮することは、本来特許で保護されるべき範囲と自明性分析における特許の範囲の解釈にずれが生じます。

本件では、地裁は本来はそのような限定事項がクレーム文言には書かれていないものの特許範囲を投与レジメンの「一般化された」適合性に関するものという「クレームされていない限定事項」を組み入れてしまいました。その結果、先行文献との適切な比較ができず誤った自明性分析をしてしまいました。

したがって、自明性の分析においては、厳密にクレームの文言に基づいて発明の範囲を解釈すべきであり、クレームに記載のない事項を読み込むべきでないことが重要です。自明性の判断は、クレームされた発明を中心に行わなければならず、開発段階で発明者が考慮した目標や基準に惑わされてはならず、「クレームの客観的範囲」を適切に読み取る力が求められます。

2. 先行技術の組み合わせに対する柔軟性の要求

次に、本判決は、先行技術の組み合わせによる自明性判断において、柔軟性が求められることを示しています。地裁は、先行技術に開示された用量や投与部位と特許クレームとの相違点を重視し、先行技術の組み合わせに否定的な判断を下しました。しかし、CAFCは、このようなアプローチは「局所的で柔軟性を欠く」と批判しました。

KSR最高裁判決は、先行技術の明示的な教示のみならず、当業者の通常の創造力を考慮すべきことを示しています。そのため、先行技術に動機づけが明示的に記載されていなくとも、当業者が有する一般的な知見に基づいて、先行技術を組み合わせる動機づけが認められる場合が考慮されることが自明性分析において重要になっています。本件では、CAFCは、先行技術と特許クレームの些細な相違点を重視するのではなく、当業者の視点から先行技術の組み合わせの動機づけを探究すべきと判断したといえます。

この柔軟な判断枠組みは、特に本件のような既知の薬剤に関する用途クレームにおいて重要です。単一の先行文献に完全に一致する開示がなくても、先行技術全体として、当業者の通常の創造性を考慮し、クレームされた方法を試みる動機付けと成功の合理的な期待があれば、自明と判断される可能性があります。

以上のように、JANSSEN v. TEVA判決は、自明性分析において、クレームの正確な解釈と先行技術の組み合わせの可能性を柔軟に評価することの重要性を示したのです。本判決の考え方は、投薬方法に関する特許のみならず、特許全般における自明性分析に影響を与えうるものであり、注目に値する判決といえます。

特許のクレーム作成と非自明性を主張する際の注意点

JANSSEN v. TEVA判決から得られる教訓は出願実務にも活かすことができます。

まず、クレームを作成する際は、発明の特徴を過不足なく記載し、誤解を招くような限定事項は避けることが肝要です。クレームの文言から発明の範囲が明確に確定できるようにすることで、クレームされていない事項が判断に影響を与えるリスクを最小化できます。特に、今回争われたクレームのように、Preambleに "A dosing regimen for administering paliperidone palmitate to a psychiatric patient in need of treatment for schizophrenia, schizoaffective disorder, or schizophreniform disorder comprising" というようなクレームされた発明の用途を限定したり、対象者を限定するような表現は解釈において誤解を生じる可能性があります。また、KSR判例から「重要なのはクレームの客観的範囲」であり、今回争点になった用途を限定したり対象者を限定するような表現は有効な限定事項として機能しない可能性があります。

次に、OA対応時に非自明性を主張する際は、先行技術との相違点が発明の本質的な特徴であることを丁寧に説明することが求められます。単なる数値の限定や設計変更ではKSR判例から非自明性が認められにくいため、先行技術からは予測できない顕著な効果や、技術的困難性の克服などを説得力をもって論証する必要があるでしょう。

さらに、先行技術の組み合わせの可能性についても、当業者の視点から説得力のある議論を展開することが重要です。動機付けが明示的に記載されていない場合でも、当業者の常識や技術水準を考慮して、審査官が指摘した組み合わせの難易度を論じる必要があります。

以上の点に留意してクレーム作成と非自明性の主張を行うことで、特許の有効性をより強固なものにすることができるでしょう。JANSSEN v. TEVA判決は、このような実務上の留意点を再確認する良い機会となりました。

まとめ

本稿では、JANSSEN v. TEVA判決を題材に、自明性分析における重要なポイントを考察してきました。

本判決は、クレームされていない限定事項を組み入れることの危険性と、先行技術の組み合わせの可能性を柔軟に評価することの重要性を示した点で、大きな意義を有しています。

自明性分析においては、クレームの文言に基づいて発明の範囲を確定し、クレームされていない限定事項に惑わされることなく、発明の本質的な特徴に着目することが肝要です。また、先行技術との相違点を形式的に捉えるのではなく、当業者の視点から先行技術の組み合わせの可能性を探ることが重要です。

このような観点から見ると、投薬方法特許のクレームを記載する際には、発明の特徴を過不足なく記載し、誤解を招くような限定事項は避けるべきでしょう。また、非自明性を主張する際には、先行技術との相違点が発明の本質的な特徴であり、当業者にとって容易に想到できるものではないことを丁寧に説明することが求められます。

JANSSEN v. TEVA判決は、投薬方法特許の有効性判断における留意点を浮き彫りにしただけでなく、特許法全般における自明性分析の在り方にも示唆を与えてくれます。本判決の考え方を理解し、実務に活かすことで、より強固な特許ポートフォリオの構築が可能になるでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

こちらもおすすめ