利益賠償のみの商標請求は陪審員裁判を必要としない

陪審員裁判請求があったとしても、訴訟の内容から陪審員が「必要ない」のであれば、訴訟の簡素化(と費用の削減)のためにも、陪審員の必要性を考えてみるのもいいかもしれません。

米国第9巡回区控訴裁判所は、利益処分の請求のみが争点となっていた商標権侵害訴訟において、陪審員裁判請求を否定した地裁判決をを肯定しました。

JL Beverage Company, LLC v. Jim Beam Brands Co., Beam Inc., Case No. 18-16597 (9th Cir. May 27, 2020) (Wallace, J.) (Friedland, J., concurring).

背景

JLはJim Beamを商標権侵害で訴えました。JLは、様式化された唇の描写を特徴とするボトル入りウォッカを製造・販売していました。また、ジム・ビームは、様式化された唇の描写を特徴とするボトルに入ったウォッカも販売しています。JLは、消費者が「Johnny Love Vodka」のリップマークをJim Beamのフレーバーウォッカ製品であるPuckerラインと混同してしまうと主張しました。

JLがディスカバリー中に実際の損害額の計算結果を提示しなかったため、ジム・ビームは、JLが裁判で求めることができる損害額を制限しようとしました。連邦地裁は、JLの怠慢はジム・ビームが対応する裁判の準備を妨げるものであると判断し、JLの実際の損害賠償請求を排除するためのジム・ビームの申し立てを認めました。

さらにジム・ビームは、1)今回のように当事者間で使用料契約が結ばれていない場合には適切ではないこと、2)実際の損害賠償と同様に、JLが妥当な使用料を計算する手段を特定しておらず、事実認定者がそのような使用料を判断できる証拠を提示していないことを理由に、JLが使用料を回収することはできないと主張しました。裁判所もこれに同意し、JLの損害賠償請求は、ランハム法に規定されているジム・ビームの利益の衡平な処分(equitable remedy)に限定されてしまいました。

ジム・ビームは、実際の損害賠償や使用料を請求することなく、陪審員裁判を求めているJLの要求を取り消すように訴えます。ランハム法には陪審員裁判を受ける権利が明示されていないため、連邦地裁は、商標紛争において憲法修正第七条(The Seventh Amendment)がそのような権利を与えるかどうかを検討しました。修正第7条は、「コモンローにおける訴訟において、論争の価値が20ドルを超える場合には、陪審員による裁判の権利が保持される」と規定しています。

連邦地裁は第9巡回区の判例であるFifty-Six Hope Road Musicの中で、「遺留分は衡平法上の救済である」「利益決定の具体的な問題は伝統的に陪審員による裁判とは言えない」という部分に注目し、修正第7条は上記の2つの理由から陪審員による利益計算の権利を与えていないと判断しました。地方裁判所は、JLの陪審員裁判の要求を否定し、2日間のベンチトライアルを行い、最終的にジムビームはJLの商標を侵害していないと判断しました。JLは、ジム・ビームの陪審員裁判の要求を取り消すための申し立てを認めた連邦地裁の命令と連邦地裁の判決を不服として上訴しました。

第九巡回控訴裁の判断

第九巡回控訴裁は、連邦地裁の命令と判決を支持し、いずれの要素に関する裁判所の混同の可能性の分析にも、陪審員裁判の否認にも誤りはないと判断しました。

Friedland判事は、Fifty-Six Hope Road Music (商標事件)とSid & Marty Krofft (著作権事件)における当裁判所の見解の間にある対応の差に対処するために別の意見書(a concurring opinion)を執筆しました。Krofftでは、第九巡回控訴裁は、利益処分の請求のみがあった著作権事件において、陪審員裁判を受ける権利を認めました。しかし、Friedland判事は、利益処分が法的救済ではなく衡平法上の救済である場合には、ランハム法に基づいて求められるか、著作権法に基づいて求められるかで陪審員裁判になるかベンチトライアルになるか変わらないべきであると指摘しました。

Friedland判事は、1916年まで遡る判例法を引用して、商標や著作権事件への適用が、侵害者の不当な利益をどのように防ぐかを説明しました。Friedland判事は、Krofft事件において問題は法的救済手段にあたると誤って結論づけたと考えているが、この商標事件では、著作権事件における陪審員裁判権の適用可能性を決定する機会はなかったと指摘しました。彼女は、「もし、著作権の原告が利益処分の請求について陪審員裁判を受ける権利が争われるような上訴があった場合には、40 年以上前に Krofft で採用した規則を再検討する価値があると思う」と述べて締めくくりました。

解説

この陪審員裁判かベンチトライアルかという問題の争点をちゃんと理解してもらうために、陪審員の役割、法的救済 (legal remedy)と衡平な救済(equitable remedy)について少し解説します。

まず商標や特許を含めた民事訴訟の場合、ほとんどのケースで陪審員裁判がリクエストされます。それには歴史的な背景や「市民」という不確定要素を混ぜる戦略、感情に訴えることで勝機を上げるなど当事者の思惑もあります。

陪審員裁判といっても、陪審員がすべてを判断するのではなく、訴訟に関する「事実」認定を行うのが陪審員の役割です。ちなみにベンチトライアルでは、判事が事実認定を含めたすべての事柄に対して判断する権限を持っています。

これに関連して、裁判による救済も大きく2つに分けることができます。1つ目は法的救済 (legal remedy)です。簡単に言うと、事実に基づいた賠償金の請求のことを示します。お金で解決するというのが、法的救済の考え方です。今回の件だと、損害賠償や使用料がそれにあたるのですが、上記のように、申立人のJLは実際の損害賠償や使用料を請求してはいませんでした。

2つ目が衡平な救済(equitable remedy)です。これは説明するのが難しいのですが、Lawと似ているものの違うコンセプトのequityという考え方に伴う救済です。強いて言うなら、金銭的な解決でなく、「社会的に正しいこと」をするという救済方法。例を挙げると、specifcic performance (強制的に何かをやらせる)や injunctive relief (差し止め)などは衡平な処分(equitable remedy)です。本来は、このタイプの救済も事実に基づくものですが、今回に限っては、救済がランハム法に規定されているジム・ビームの利益の衡平な処分(equitable remedy)に限定されてしまいました。

そして、判例であるFifty-Six Hope Road Musicの中で、「遺留分は衡平法上の救済である」「利益決定の具体的な問題は伝統的に陪審員による裁判とは言えない」と書かれていたため、たった一つの争点である「利益の衡平な処分」に対しては陪審員による利益計算の権利を与えていないと判断しました。

その結果、この訴訟において陪審員が判断するものがすべてなくなったため、陪審員裁判の請求がされたものの、最終的にはベンチトライアルになったということです。

通常の商標侵害の訴訟であれば、陪審員による事実認定が必要な損害賠償や使用料が請求されるので、今回のような問題は発生しませんが、訴えてきた相手が主張に対する証拠を提示しないで、救済が限定されるような場合は、訴訟の簡素化(と費用の削減)のためにも、陪審員の必要性を考えてみるのもいいかもしれません。

TLCにおける議論

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まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Jodi Benassi. McDermott Will & Emery(元記事を見る

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