米最高裁がWarner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件において著作権侵害訴訟の損害賠償請求の時間的範囲に関する判決を下す。

米最高裁判決:著作権損害賠償に3年の制限なし

音楽業界において、著作権侵害訴訟は重要な問題ですが、侵害行為がいつ発生したのか、そして損害賠償請求の時効はいつから起算されるのかについては、これまで明確な基準がありませんでした。しかし、米国連邦最高裁判所は、2024年5月9日、Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件において、6対3で、著作権法は損害賠償請求の時間的範囲を制限していないと判断しました。

本判決は、著作権者の権利保護を強化する一方で、企業に大きな影響を与える可能性があります。今回の最高裁判決により、いままで時効だと思われていた過去の侵害行為に対する損害賠償請求が認められる可能性が高いため、著作権監視・管理システムの重要性がさらに高まることが予想されます。また、著作権訴訟の件数や損害賠償額の増加にもつながるかもしれません。

今回は、この著作権侵害訴訟で重要な判決となったWarner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件の詳細と今後の影響について徹底解説していきます。

Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件の背景

本件を理解するために、まず事件の事実関係と最高裁判所における争点を把握していきます。

事件の事実関係

1. Sherman NealyとTony Butlerが1983年にMusic Specialist, Inc.を設立

Sherman NealyとTony Butlerは、1983年に音楽制作会社Music Specialist, Inc.(MSI)を共同で設立しました。Nealyが資金を提供し、Butlerが音楽制作を担当するという協力関係で始まったMSIは、1983年から1986年にかけて、本件で問題となった楽曲を含むアルバムとシングル曲をリリースしました。

2. ButlerがNealyの服役中にWarner Chappell Musicとライセンス契約を締結

1989年から2008年、そして2012年から2015年にかけて、Nealyは薬物関連の罪で服役していました。その間、ButlerはMSIの楽曲に関するライセンス契約をWarner Chappell Music, Inc.と締結しました。Warner Chappellは、これらの楽曲を他のアーティストやエンティティにライセンスしていました。

3. Nealyが2018年にWarner Chappellを著作権侵害で提訴

2015年に出所したNealyは、MSIのカタログが第三者に使用・配布されていることを知りました。そして、2018年12月、NealyとMSIは、Warner Chappellを含む複数の企業を相手に、2008年までさかのぼる著作権侵害を主張して訴訟を提起しました。

最高裁判所における争点

本件の最高裁判所における主要な争点は、発見ルールが適用される場合、著作権侵害訴訟の損害賠償請求が訴訟提起前の3年間に限定されるかどうかでした。

著作権法は、侵害訴訟の提起期限を「請求が発生してから3年以内」と定めています(17 U.S.C. § 507(b))。通常の解釈では、侵害行為が発生した時点で請求が発生するとされています。しかし、今回は発見ルールという特殊条件の適用が主張されたため、発見ルールにおける著作権侵害の賠償請求期間について議論が行われました。

発見ルールとは

発見ルール(Discovery Rule)とは、時効の起算点を定める法理の一つです。これは、請求の発生時点を、原告が請求の根拠となる事実を発見した時点、または相当な注意を払えば発見できたであろう時点とする考え方です。

17 U.S.C. § 507(b)における一般的な時効の起算点の決定方法では、請求の発生時点は請求の根拠となる事実が実際に発生した時点となります。つまり、原告の認知を問わず、侵害行為が発生した時から3年以上経過した侵害行為については賠償金を求めることができません。

しかし、発見ルールの下では、たとえ請求の根拠となる事実が発生していても、原告がそれを知らなかった、あるいは合理的に知り得なかった場合には、時効は進行しないとされています。つまり、通常は時効となっている行為であっても、そのような行為に対して賠償金を求めることができるメカニズムを提供しています。

発見ルールが適用される状況は限られてきますが、以下のような理由から発見ルールの正当性が認められています:

公平性の確保:請求の根拠となる事実を知らない、あるいは合理的に知り得ない原告に対して、時効の完成を理由に請求を認めないのは公平ではないと考えられています。このような不公平を避ける場合に発見ルールが適用されます。

正義の実現:請求の根拠となる事実を隠蔽するなどの不正行為により、原告が請求の発生を知ることができない場合があります。このような場合に、時効を理由に請求を認めないのは、正義に反すると考えられています。このような状況下においても、不正行為から原告を保護するために発見ルールが適用されます。

発見ルールは、医療過誤、製造物責任、環境汚染、性的虐待など、被害の発見が遅れがちな分野で適用されることが多くあります。しかし、その適用範囲は必ずしも明確ではなく、法域によって異なります。

最高裁判決

判決文:Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件

最高裁判所は、本件の争点である「発見ルールの下で、著作権侵害訴訟における損害賠償は訴訟提起前3年間に制限されるか」について、6対3の判決で、著作権法は損害賠償請求の時間的範囲を制限していないと判断しました。

ここでは、多数意見と反対意見の内容を詳しく見ていきます。

多数意見の要約

多数意見は、著作権法の条文を詳細に検討し、損害賠償請求の時間的範囲を制限する規定がないことを指摘しました。著作権法第507条(b)は、訴訟提起の時効については規定していますが、損害賠償請求の時間的範囲については言及していません。また、著作権法第504条(a)-(c)は、侵害者が支払うべき損害賠償の種類と範囲を定めていますが、時間的制限については何ら言及していません

また、多数意見は、著作権法の文言と構造から、適時の侵害の主張である限り、著作権者は侵害がいつ発生したかにかかわらず、損害賠償を受ける権利があると結論付けました。つまり、発見ルールに基づいて訴訟が提起された場合、たとえ侵害行為が訴訟提起の3年以上前に発生していたとしても、著作権者は損害賠償を請求することができるというわけです。

ただし、多数意見は、著作権侵害訴訟において発見ルールが適用されるかどうかについては判断を示しませんでした。本件では、控訴審においてWarner Chappellが発見ルールの適用を争わなかったため、この問題は最高裁の審理対象にはなりませんでした。そのため、多数意見は本件では発見ルールが適用されることを前提として判断を下しています。そのため、多数意見は著作権侵害訴訟に対する発見ルールの適用可能性自体については明示的な判断を避けました。

反対意見

反対意見(dissenting opinion)は、著作権法の条文と過去の判例を分析し、著作権侵害訴訟において発見ルールが適用される余地はないと主張しました。著作権法第507条(b)は、「請求が発生してから3年以内」に訴訟を提起すべきことを定めていますが、一般的な解釈によれば、これは侵害行為が発生した時点を指すと考えられてきました。反対意見は、この通常の解釈が正しいと主張し、著作権法が発見ルールを許容していない可能性が高いと指摘したのです。

また、反対意見は、発見ルールの適用可能性こそが本件の中心的な問題であるにもかかわらず、多数意見がこの問題について判断を避けたことを批判しました。反対意見は、本件を不適切に受理した事件として却下し、発見ルールの適用可能性を正面から取り上げる事件を待つべきだったと主張しました。

判決の影響

Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件の最高裁判決は、著作権法の解釈に重要な影響を与えるものです。ここでは、本判決が著作権者、企業、そして著作権訴訟の実務に与える可能性のある影響について検討します。

何年も前に発生した侵害に対して損害賠償が請求可能に

本判決は、発見ルールが適用される場合、著作権者は訴訟提起の何年も前に発生した侵害について損害賠償を受けられる可能性があることを示しました。つまり、著作権者が侵害行為を発見してから3年以内に訴訟を提起すれば、たとえその侵害行為が10年以上前に発生したものであっても、損害賠償請求が認められる可能性があるのです。これは、著作権者の権利保護を強化するものと言えます。

著作権訴訟が増加し、損害賠償額が高額化する可能性

本判決は、著作権者が過去の侵害行為について損害賠償を請求することを容易にするものです。これにより、著作権侵害訴訟の件数が増加する可能性があります。また、訴訟提起前の長期間にわたる侵害行為について損害賠償が認められるため、損害賠償額が高額化する可能性もあります。企業は、著作権侵害のリスクとその潜在的な経済的影響をより真剣に考慮する必要があるでしょう。

著作権監視・管理システムの強化の必要性

本判決を受けて、企業は自社の著作権監視・管理システムを見直し、強化する必要性に迫られるかもしれません。過去の侵害行為が発覚した場合の潜在的な損害賠償リスクを最小限に抑えるためには、社内の著作権管理体制を整備し、侵害行為の早期発見と対処に努めることが重要です。また、他社の著作権を侵害しないよう、社員教育の強化や、著作権についての理解を深める取り組みが求められるでしょう。

和解や訴訟戦略に与える影響

本判決は、著作権侵害訴訟における和解協議や訴訟戦略にも影響を与える可能性があります。過去の長期間にわたる侵害行為について損害賠償請求が認められる可能性があるため、著作権者は和解交渉において有利な立場に立つことができるかもしれません。一方、被告企業は、長期間の侵害行為に対する損害賠償リスクを考慮し、早期の和解を検討する可能性もあります。また、訴訟戦略においては、発見ルールの適用可能性や、侵害行為と損害との因果関係の立証など、新たな論点が重要になってくるでしょう。

著作権訴訟における発見ルールの将来

Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件の最高裁判決は、著作権侵害訴訟における損害賠償請求の時間的範囲について重要な判断を示しましたが、前述したように発見ルールの適用可能性自体については明示的に判断を避けました。ここでは、著作権侵害訴訟における発見ルールの将来について考察します。

本判決の反対意見は、著作権法の条文と過去の判例を根拠に、著作権侵害訴訟において発見ルールが適用される余地はないと主張しました。この反対意見は、将来的に発見ルールが覆される可能性を示唆しているとも解釈できます。

仮に最高裁が将来の事件で、著作権法が発見ルールを許容していないと判断した場合、本判決の実務上の影響は大きく制限されることになります。そうなれば、著作権者は侵害行為の発生時から3年以内に訴訟を提起しなければ、たとえ侵害行為の発見が遅れた場合でも、損害賠償請求が認められなくなってしまうからです。

したがって、本判決は発見ルールを前提とした損害賠償請求の時間的範囲について重要な判断を示したものの、発見ルールの適用可能性自体については不確定要素を残しているといえます。著作権法の解釈と実務に与える本判決の長期的な影響は、発見ルールの適用可能性につき最高裁が明示的に判断を下すまでは、完全には見通せないのが現状です。そのため、著作権者と企業は、この点につき最高裁の動向を注視していく必要があるでしょう。

まとめ

Warner Chappell Music, Inc. v. Nealy事件の最高裁判決は、著作権侵害訴訟における損害賠償請求の時間的範囲について、著作権法は制限を設けていないとの重要な判断を示しました。この判決は、発見ルールを前提とした場合、著作権者の権利保護を強化する一方で、企業に潜在的な損害賠償リスクをもたらす可能性があります。

ただし、発見ルールの適用可能性自体については最高裁は明示的な判断を避けたため、この点については将来の判例の動向を注視する必要があります。著作権者と企業は、本判決を踏まえて、著作権管理体制の強化、訴訟戦略の見直しなど、適切な対応を検討することが求められます。

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