PTABが地方裁判所の不明瞭の基準を採用

今回の変更でPTABにおけるAIA訴訟と裁判所における特許訴訟の歪がまた1つ解消されました。今回の変更は予測可能性と統一性を高めることに成功しましたが、実務レベルで大きな影響は無いと思われます。変更の有無に関わらず、クレーム文言が発明の範囲を明確に示すことは重要で、権利化において重要な要素の1つであることは変わりません。


AIA 35 U.S.C.第112条(b)項に基づき、特許明細書は「発明者又は共同発明者が発明とみなす主題を特に指摘し、明確に主張する1つ以上のクレームで終了するもの」となっています。112 条(b)に基づきクレームが不明瞭(indefinite)かどうかを判断する際に、米国特許商標庁(USPTO)は、歴史的に米国地方裁判所とは異なる基準で不明瞭かどうかを判断してきました。

いわゆるIn re Packard基準では、USPTOはクレームに「意味が不明瞭な語句」(“words or phrases whose meaning is unclear”)が含まれているかどうかに基づいて不明瞭基準の問題を判断してきました。(やや回りくどい言い方ではありますが、)先行するPTABの判決であるEx Parte McAwardは、この基準では、「クレームは、曖昧な不定詞ではなく、明確な言葉で表現されなければならない」ことを明確にしています。対照的に、地方裁判所は、Nautilus Inc. v. Biosig Instruments の米国最高裁判所が概説した不明瞭の基準を採用しています。Nautilus の基準では、「特許を定義する明細書および出願履歴に照らして読み取ると、そのクレームが、発明の範囲について当業者に合理的な確実性をもって知らせることができない場合、特許は不明瞭を理由に無効である」(“a patent is invalid for indefiniteness if its claims, read in light of the specification delineating the patent, and the prosecution history, fail to inform, with reasonable certainty, those skilled in the art about the scope of the invention”)とされています。これらの異なる基準は、米国特許審判・不服審査委員会(PTAB)の前での当事者間レビュー(Inter Partes Review: IPR)や付与後審査(Post-Grant Review: PGR)のような付与後の手続において、どの基準が適切なのかという不確実性をもたらしていました。

2021年1月6日、Iancu長官はこの問題に終止符を打ち、今後PTABが付与後の手続において最高裁判所のNautilusの不明瞭基準を採用することを明確にしました。これにより、長官は、AIA裁判で使用される不明瞭の基準を地方裁判所の基準に合わせることになり、付与後の手続きにおける予測可能性と統一性を高めることを継続して推進しています。特筆すべきは、長官の覚書は、付与後の手続における不明瞭の基準に限定されており、一方的な審査やPTABへの上訴では、In re Packardの不明瞭の基準を使用することは変更されていないことです。

実務上のヒント:

付与後の手続でNautilus基準を採用することにより、申立人が明確でないことを証明するための負担が若干増加した可能性があります。その結果、不明瞭に基づいて無効性を主張する場合、PGR請願であれ、IPRまたはPGR手続での補正申立に対する異議申立であれ、申立人は、明細書と出願履歴が発明の範囲について当業者に合理的な確実性をもって知らせることができない理由を明確に明示していることを確認するために、あらゆる努力を払うべきです。今回の覚書はまた、請求項が発明の主題を明確に定義しており、複数の不調和な解釈の対象とならないことを確実にするために、出願人に、審査中の請求項を慎重に精査することの重要性を語るものでもあります。

解説

今回のPTABが地方裁判所の不明瞭の基準を採用はPTABにおける手続きと訴訟手続の基準の統一ということで合理化を図るものですが、実際に実務で大きな変化が起こるかはまだ未知数です。というのも、今回の変更が適用されるのは、付与後の手続に関するもので、実務的に一番大きな影響があるのは、IPRにおける手続きです。

しかし、IPRで申立人は先行文献による102条や103条における無効理由しか主張できず、IPRの手続きにおいて特許権者がクレームの補正を行って始めて、112条に関する不明瞭性を問題提議できるからです。IPRにおけるクレーム補正の環境は改善していますが、まだIPRの手続き中にクレームを補正する動きは一般的ではありません。そのような環境の中で客観的に考えると、今回の不明瞭の基準変更が実務に与える影響は少ないのではと思うのが正直なところです。

しかし、不明瞭の基準が変わる・変わらないに関わらず、クレームの明瞭性、つまり、発明の範囲について当業者に合理的な確実性をもって知らせることができることはとても重要であり、特許を権利化するにおいて重要な要素の1つであることは変わりません。

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まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Justin L. Krieger. Kilpatrick Townsend & Stockton LLP(元記事を見る

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