はじめに
昨今、企業のブランド戦略において商標の重要性が高まる中、特に記述的な商標の保護可能性が国際的な課題となっています。とりわけインターネット関連のビジネスでは、サービス内容を直接表す記述的商標が多用される傾向があり、その保護をめぐる争いが頻発しています。
本記事では、米国連邦巡回控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」)が2025年4月9日に下した、Heritage Alliance v. American Policy Roundtable事件の判決を解説します。この判決は、「iVoterGuide」商標の保護可能性に関する先例的判断を示し、「高度に記述的」(highly descriptive)な商標は二次的意味の立証において高い証拠基準が必要であると結論づけました。商標実務に携わる皆様にとって、記述的商標の権利者が異議申立てを行う際には、自己の商標の保護可能性を事前に十分評価すべきという重要な教訓を提供しています。
事件の背景と事実関係
関係当事者と係争商標
本件は、選挙関連の情報提供サービスを行う二つの非営利団体間の商標紛争です。
Heritage Alliance(異議申立人):「iVoterGuide」と「iVoterGuide.com」の商標使用者。2008年の大統領選挙シーズンから有権者向けのオンラインガイドを提供。
American Policy Roundtable(登録出願人、以下「APR」):「iVoters」と「iVoters.com」の登録出願者。公共政策や政治問題に関するウェブサイトを運営。
サービス内容は両者ともオンラインで有権者向け情報提供サービスを展開しています。異議申立ての背景には、両者の商標が類似しており、提供するサービスも類似性が高いことから、消費者混同のおそれが存在することがあります。
審理の時系列
本件の経緯は以下の通りです:
- 2008年:Heritage Allianceが「iVoterGuide」商標の使用開始
- 2016年:Heritageが類似商標を米国特許商標庁(USPTO)に登録するも、維持書類未提出により後に取消
- 2019年1月:APRが「iVoters」「iVoters.com」の登録出願
- 2019年5月:USPTOが出願を公告
- 2019年7月:Heritage Allianceが登録に対する異議申立て
- 2023年9月:商標審判部(Trademark Trial and Appeal Board、以下「TTAB」)が異議申立てを棄却
- 2025年4月:CAFCがTTAB判断を支持
注目すべきは、APRが混同のおそれを事実上認めたにもかかわらず、TTABがHeritageの商標自体が保護可能でないと判断し、異議申立てを棄却した点です。CAFCもこの判断を支持しました。
コモン・ロー商標権と本件の特徴
本件の特筆すべき点として、Heritage Allianceは「iVoterGuide」と「iVoterGuide.com」の商標について、連邦登録商標ではなく、コモン・ロー(common-law)に基づく権利を主張していました。Heritage Allianceは2016年に類似の商標をUSPTOに登録していましたが、維持書類の未提出により後に取り消されたため、この事件では2008年からの使用に基づくコモン・ロー商標権に依拠せざるを得ませんでした。
米国におけるコモン・ロー商標保護の概要
米国の商標制度の特徴として、連邦登録がなくても商標権が発生する「使用主義」があります。これはコモン・ロー(判例法)に基づく保護であり、以下の特徴があります:
使用による権利発生:商標の実際の使用によって権利が自動的に発生します。登録は権利発生の要件ではありません。
地理的制限:コモン・ロー商標権は、実際に商標が使用されている地理的範囲に限定されます。これは連邦登録商標が全国的な保護を受けるのとは対照的です。
証明責任:権利主張者は、商標の先使用と、その商標が消費者にとって出所表示機能を果たしていることを証明する必要があります。
法的根拠:主に不正競争防止法(連邦法のランハム法第43条(a)項など)に基づいて保護されます。
法的争点と裁判所の分析
本判決の核心は、記述的商標の保護可能性と、特に「高度に記述的」と判断された商標における識別性獲得(二次的意味)の立証基準にあります。以下、CAFCの法的分析を詳細に見ていきましょう。
商標の記述性評価
CAFCは、HeritageのiVoterGuide商標が「高度に記述的」であるというTTABの判断を支持しました。判断の要点は以下の通りです:
「i」プレフィックスの意味と解釈:「i」はインターネット関連を意味する一般的なプレフィックスであり、Heritageの代表自身がそのように認めていた点が重視されました。裁判所は「I TOOL」や他のケースを参照し、「i」プレフィックスの記述的性質を確認しています。
「VoterGuide」「.com」の識別性の欠如:「VoterGuide」はサービスの内容を直接表す記述的な語であり、「.com」はウェブサイトを示す一般的な接尾辞として識別力を持たないと判断されました。Heritageはこれらの点について控訴審で争わなかったことも指摘されています。
反分解原則と全体としての商標評価:裁判所は、個々の要素だけでなく、商標全体としての印象も評価し、「iVoterGuide」が全体として「オンライン有権者ガイド」という明確な記述的メッセージを伝えるにすぎず、識別的な印象を与えないと判断しました。
「高度に記述的」の判断基準:CAFCは、「iVoterGuide」が単に特性を伝えるだけでなく、「商標全体が直接かつ即座に製品全体を伝える」ものであり、これが「高度に記述的」と判断するのに十分な特性であると述べています。
この分析において、商標の識別性スペクトラム(創作的・暗示的・記述的・一般名称的)の中で、HeritageのiVoterGuide商標が「高度に記述的」という、保護の難しい領域に位置づけられたことが重要です。
商標の識別性スペクトラム(Trademark Distinctiveness Spectrum)について
商標法では、商標の保護可能性を評価するために「識別性スペクトラム」という概念が用いられます。このスペクトラムは、最も保護が強い「創作的」な商標から、保護されない「一般名称的」な商標まで段階的に分類されます:
創作的商標(Fanciful Marks):完全に造語で作られた言葉(例:Kodak、Xerox)。最も強い保護を受けます。
任意的商標(Arbitrary Marks):既存の言葉だが、商品・サービスとの関連性がない言葉(例:Apple for computers)。強い保護を受けます。
暗示的商標(Suggestive Marks):商品・サービスの特性を間接的に示唆するが、想像力を必要とする言葉(例:Microsoft)。本質的識別性があり保護されます。
記述的商標(Descriptive Marks):商品・サービスの特性を直接説明する言葉(例:Cold and Creamy for ice cream)。二次的意味の獲得が証明されない限り保護されません。
一般名称的商標(Generic Marks):商品・サービスそのものを指す一般的な名称(例:Computer for computers)。保護されません。
本件の「iVoterGuide」は「高度に記述的」と判断され、記述的商標の中でも特に保護のハードルが高い位置に分類されました。
識別性の獲得(二次的意味)
記述的商標は、二次的意味(secondary meaning)(識別性の獲得(acquired distinctiveness))を示すことができれば保護可能となります。しかし、CAFCは、Heritageが提示した証拠では二次的意味の立証に不十分であるとのTTABの判断を支持しました:
15 U.S.C. § 1052(f)における5年以上の使用の証拠的価値:Heritageは、5年以上の継続使用を二次的意味の「一応の証拠」(prima facie evidence)として認めるべきと主張しました。しかし、CAFCは、法律が「may accept」(受け入れることができる)という裁量的表現を使用していると指摘し、特に高度に記述的な商標については、単なる使用期間だけでは不十分と判断しました。
「may accept」の裁量的性質:CAFCは、TTABが5年以上の使用を二次的意味の十分な証拠として受け入れるかどうかは裁量事項であり、本件の高度に記述的な商標については、より強固な証拠が必要だとの判断を支持しました。
高度に記述的な商標における識別性獲得の立証負担の増大:In re Steelbuilding.comおよびRoyal Crown Co. v. Coca-Cola Co.事件を引用し、記述的商標の「使用についての証拠は、商標が暗示的または記述的であればあるほど、より説得力を持つ必要がある」との原則を確認しました。
証拠の質と量:Heritageが提出した3名のボランティアからの宣誓供述書について、CAFCは以下の問題点を指摘しました:
- 宣誓供述書が「本質的に同一の形式」であったこと
- 宣言者が「無作為な消費者ではなく、Heritageが利用したボランティア」であったこと
- 顧客基盤の規模や性質を説明していなかったこと
- なぜ商標をHeritageと関連付け、識別的と考えるのかの説明がなかったこと
これらの分析は、特に高度に記述的な商標における二次的意味の立証には、単なる使用期間だけでなく、消費者認識を示す質の高い証拠が必要であることを明確に示しています。
商標の保護可能性と優先権の関係
本件の中核的な法理論は、商標の保護可能性と優先権の関係にあります:
先使用だけでは不十分 — 保護可能な商標権の必要性:CAFCは、Otto Roth & Co. v. Universal Foods Corp.事件(640 F.2d 1317)を引用し、「何かが商標として使用されていても、それが識別的でなければ、使用者は既存の商標権を持たないため商標を持たない」との原則を確認しました。つまり、先使用があっても、その商標自体が保護可能でなければ、優先権を主張できません。
混同のおそれの自認と保護可能性の独立評価:APRが「混同のおそれを実質的に認めた」にもかかわらず、HeritageのiVoterGuide商標が保護可能でないために異議申立てが棄却されたことは、商標法における保護可能性の独立した重要性を示しています。
Otto Roth事件の適用:CAFCは、「異議申立人は、立証責任により、自己の商標が識別的であること(本質的にまたは二次的に)を証明しなければならない」との原則を適用し、Heritageがこの立証に失敗したと判断しました。
この分析は、商標異議申立てにおいては、単に先使用や混同のおそれを示すだけでは不十分であり、自己の商標の保護可能性(識別性)の立証が不可欠であることを明確に示しています。
実務上の影響と教訓
本判決から導き出される実務上の教訓は多岐にわたりますが、特に以下の点に注目すべきでしょう。
異議申立人にとっての教訓
異議申立てを検討している権利者は、以下の点に注意する必要があります:
自己の商標の保護可能性の事前評価:特に記述的要素を含む商標を使用している場合、異議申立て前に自己の商標の保護可能性を客観的に評価することが不可欠です。保護可能性がないまま異議申立てを行うと、本件のように敗訴するリスクがあります。
記述的商標の保護のための証拠収集戦略:記述的商標を使用している場合、消費者調査、広告費の記録、マーケットシェア、メディア掲載など、二次的意味を示す多様かつ説得力のある証拠を継続的に収集・保管することが重要です。
宣誓供述書の品質と説得力の確保:宣誓供述書を収集する場合、以下の点に注意が必要です:
- 多様な消費者層からの証言を集める
- テンプレート的ではなく、具体的・個別的な内容を含める
- なぜその商標を特定の出所と関連付けるのかの具体的理由を記載する
- 市場における商標認識の程度を客観的に示す情報を含める
こうした対策は、特に「高度に記述的」と判断される可能性のある商標にとって不可欠です。
商標登録出願人にとっての教訓
一方、商標登録を目指す出願人にとっても、本判決から学ぶべき点があります:
記述的商標のリスクと対策:記述的要素を含む商標を選択する場合、保護の困難さを認識し、可能であれば創作的または暗示的要素を加えることを検討すべきです。また、記述的商標を使用する場合は、早期から二次的意味の構築に注力し、その証拠を集積することが重要です。
異議申立てへの対応戦略:異議申立てを受けた場合、混同のおそれのみならず、異議申立人の商標の保護可能性も検討することが有効です。本件のように、異議申立人の商標が記述的で二次的意味を獲得していない場合、それを反論の柱とすることができます。
混同のおそれと商標の保護可能性の区別:本件では、APRが混同のおそれを事実上認めたにもかかわらず勝訴しました。これは、混同のおそれと商標の保護可能性が別個の要件であることを明確に示しています。防御戦略を立てる際には、この区別を意識することが重要です。
USPTO実務への示唆
本判決はUSPTOの審査実務にも影響を与える可能性があります:
異議申立て棄却後の商標登録可否の再検討:CAFCは判決の最終部分で、興味深い指摘をしています。「異議申立ての提供は一般的に、問題となっている商標が『登録資格のある商標』であることを前提条件としている」(15 U.S.C. § 1063(b))ため、USPTOが異議申立て棄却後でも、出願商標の登録可否を再検討できる可能性があると示唆しています。
15 U.S.C. § 1063(b)の「登録資格のある商標」要件:本件では、APRの「iVoters」商標自体も高度に記述的である可能性があり、そもそも登録資格があるのかという疑問が提起されています。CAFCは、こうした再検討や取消手続きの可能性に言及しつつも、それらは本件の審理対象外としています。
詳細な審査の重要性と「高度に記述的」商標の審査基準:本判決は、記述的商標、特に「高度に記述的」商標の審査において、より厳格な基準を適用する必要性を示唆しています。USPTOは、このような商標の識別性について、より詳細な審査を行うことが求められるでしょう。
まとめ
Heritage Alliance v. American Policy Roundtable事件は、商標異議申立てにおいて、自己の商標の保護可能性の立証が前提条件であることを改めて確認した重要判決です。特に記述的商標、とりわけ「高度に記述的」と判断される商標については、単なる使用期間だけでなく、消費者認識を示す強固な証拠が必要となります。
本判決から得られる最も重要な教訓は、商標選択の段階から保護可能性を意識し、記述的商標を使用する場合には、早期から体系的に二次的意味の証拠を蓄積することの重要性でしょう。また、異議申立ての前に、自己の商標が本当に保護可能かを客観的に評価することも不可欠です。
日本企業が米国市場で商標戦略を展開する際にも、記述的要素を含む商標の保護の難しさを認識し、より識別力のある商標選択や、使用する場合の二次的意味構築のための戦略的アプローチが求められます。
最後に、本判決が示唆する通り、商標権の保護には識別性が根本的に重要であることを忘れてはなりません。どれだけ長期間使用していても、消費者が特定の出所を識別する標識として認識していなければ、商標法の保護を受けることはできないのです。