特許を担保として融資を受けるいわゆる「レバレッジド・パテント・トランザクション(Leveraged Patent Transaction)」は、近年、特許権者にとって魅力的な資金調達手段として注目を集めています。しかし、特許権者がデフォルトに陥った場合、担保権者の権利行使が特許権者の立場に与える影響については、十分な議論がなされているとは言えません。
本稿で取り上げるIntellectual Tech LLC v. Zebra Technologies Corp.事件は、まさにこの問題が争点となった事例です。事件の背景を簡単に説明すると、Intellectual Tech社(以下、IT社)は、親会社であるOnAsset社から特許を譲り受けた後、その特許を担保として融資を受けていましたが、融資契約上の債務不履行に陥りました。その後、IT社はZebra Technologies社を特許侵害で訴えましたが、IT社の特許権行使の当事者適格(standing)が問題となりました。
今回は、事件の経緯を詳細に追ったうえで、地裁とCAFC(連邦巡回区控訴裁判所)の判断を分析します。そのうえで、特許権者の立場から見た留意点を抽出し、レバレッジド・パテント・トランザクションに伴うリスクを管理する方策を探ります。
事件の経緯
本事件の発端は、2011年にIT社の親会社であるOnAsset社が、自社の保有する特許(US特許第7,233,247号、以下「’247特許」)を担保として、Main Street Capital社から融資を受けたことに遡ります。この融資契約では、OnAsset社がデフォルトに陥った場合、Main Street社が’247特許について一定の権利を行使できるとされていました。そして、2013年、OnAsset社は債務不履行に陥りました。
OnAsset社のデフォルト後、2017年にIT社がOnAsset社の子会社として設立され、’247特許がOnAsset社からIT社に譲渡されました。これにより、IT社が’247特許の特許権者となりました。
IT社は、Main Street社との間で、’247特許を担保とする新たな融資契約を締結しました。この契約では、OnAsset社がMain Street社に付与したのと同様の権利が、Main Street社に付与されました。しかし、IT社も2018年にデフォルトに陥ってしまいました。
IT社は、2019年、Zebra Technologies社を’247特許の侵害で訴えました。これに対して、Zebra社は、IT社の当事者適格(standing)を争い、訴えの却下を求めました。Zebra社は、OnAsset社のデフォルトにより、Main Street社に’247特許に関する排他的な権利が移転したため、IT社には特許権行使の当事者適格がないと主張したのです。
地裁は、Zebra社のこの主張を退けました。地裁は、OnAsset社のデフォルトによって、Main Street社は’247特許を売却、譲渡、移転、担保設定、またはその他の方法で処分する権利を得たものの、OnAsset社が自動的に’247特許の権原を失ったわけではないと判示しました。
しかし、地裁は別の理由で、IT社の当事者適格を否定しました。地裁は、Main Street社がZebra社に’247特許のライセンスを付与できる可能性があることを理由に、IT社はすべての排他的権利を失ったと判断したのです。さらに地裁は、当事者適格の欠如は訴え提起時に存在した治癒不可能な瑕疵であるとして、IT社による当事者適格の治癒の試みも却下しました。
IT社は、この地裁の判断を不服として、CAFC(連邦巡回区控訴裁判所)に控訴しました。
CAFCの判断
判例:Intellectual Tech LLC v. Zebra Technologies Corp.事件
憲法上の当事者適格の要件としての「事実上の損害」への着目
CAFCは、本件の争点は、IT社が憲法上の当事者適格(standing)を満たしているかどうかであると整理しました。そして、この点について、「事実上の損害(injury in fact)」の要件に着目しました。
CAFCによれば、IT社が事実上の損害の要件を満たすためには、IT社が少なくとも一つの排他的権利を保持していることを示せば十分であり、侵害行為がIT社の法的に保護された利益を侵害することになれば、事実上の損害が認められるとしました。
担保契約の下でのIT社の排他的権利の存在
CAFCは、担保契約の内容を詳細に検討し、Main Street社とIT社がデフォルト時に共有するライセンス付与の権利は、特許権者であるIT社からすべての排他的権利を奪うものではないと判断しました。
この点は、担保権者の権利行使が特許権者の排他的権利に与える影響を限定的に解釈するものとして重要な判断と言えます。
WiAV Sols. LLC v. Motorola, Inc.事件との違い
CAFCは、地裁が依拠したWiAV Sols. LLC v. Motorola, Inc.事件との違いを指摘しました。WiAV事件では、原告がexclusive licensee(排他的ライセンシー)であるかどうかが問題となったのに対し、本件ではIT社は特許権者であるという点が決定的に異なるとCAFCは指摘しました。
特許権者は、排他的権利を有しているのが原則であり、すべての権利を失わない限り、排他的権利は維持されるのに対し、ライセンシーは、通常、特許権者から付与された限定的な権利しか有していません。この違いを踏まえると、WiAV事件の判断をそのまま本件に適用することはできないとCAFCは判断しました。
また、CAFCは、特許権者が他者にライセンス付与する権利を与えたとしても、特許権者の排他的権利は維持されると判示しました。この点は、地裁の判断とは異なる重要な指摘です。
さらに、CAFCは、Main Street社がIT社のデフォルト時に有する特許譲渡のオプションが行使されていない以上、IT社の権利は現時点では維持されていると判断しました。この点で、地裁が特許譲渡のオプションの存在をもってIT社の権利を否定したのは誤りであるとCAFCは指摘しました。
以上の理由から、CAFCは地裁の判断を取り消し、差し戻しました。
本判決の分析と実務への示唆
憲法上と法律上の当事者適格の違いの重要性
本判決は、特許権者の当事者適格(standing)を判断する上で、憲法上の当事者適格と法律上の当事者適格を区別することの重要性を浮き彫りにしました。
憲法上の当事者適格は、「事実上の損害(injury in fact)」の要件を満たすことで認められます。本判決では、特許権者が少なくとも一つの排他的権利を保持していれば、この要件を満たすとされました。
他方、法律上の当事者適格は、35 U.S.C. § 281に基づく「特許権者(patentee)」の要件を満たす必要があります。CAFCは、本件ではこの点について判断する必要がないとしましたが、両者の違いを意識することは重要です。
特許権者にとっては、憲法上の当事者適格と法律上の当事者適格のいずれも満たす必要があるため、両者の要件を理解し、適切に対応することが求められます。
レバレッジド・パテント・トランザクションへの影響
本判決は、レバレッジド・パテント・トランザクションにおいて、デフォルト時の担保権者の権利行使が特許権者の地位に与える影響を限定的に解釈したものと言えます。
CAFCは、担保権者が特許のライセンス付与やその他の処分を行う権利を有していても、それだけでは特許権者の排他的権利が否定されるわけではないと判示しました。この判断は、特許権者にとって有利なものと言えます。
ただし、担保権設定契約の内容次第では、特許権者の権利が大きく制限される可能性があります。したがって、特許権者は、担保権設定契約の内容を慎重に吟味し、自らの権利が不当に制限されないよう注意を払う必要があります。
特許関連契約、特に譲渡条項の慎重な評価の必要性
本件では、譲渡条項を含む特許関連契約の内容が重要な争点となりました。CAFCは、担保権者の特許譲渡のオプションが行使されていない以上、特許権者の権利は維持されると判断しました。
このことは、特許関連契約、特に譲渡条項の内容を慎重に評価することの重要性を示唆しています。特許権者は、譲渡条項によって自らの権利がどのような影響を受けるのかを見極め、必要に応じて契約内容の交渉を行うことが求められます。
デフォルト後の担保権者の権利と特許共有者の権利の違いから生じる問題
本判決は、デフォルト後の担保権者の権利と特許共有者の権利の違いについても示唆を与えるものです。
一般に、特許共有者は、他の共有者の同意なしに特許を実施することができますが、他の共有者を訴えることはできません。他方、本判決が示すように、担保権者は、デフォルト後であっても、特許権者の排他的権利を完全に奪うことはできません。
この違いは、レバレッジド・パテント・トランザクションを行う際の留意点となります。特許権者は、担保権者と特許共有者の権利の違いを理解し、適切な契約設計を行うことが求められます。
以上のように、本判決は、特許権者の当事者適格や担保権者の権利行使の範囲について重要な示唆を与えるものです。特許権者は、本判決を踏まえ、レバレッジド・パテント・トランザクションに伴うリスクを適切に管理することが求められます。
まとめ
本稿では、Intellectual Tech LLC v. Zebra Technologies Corp.事件を題材に、デフォルト後の担保権者の権利行使が特許権者の立場に与える影響について考察しました。本判決は、レバレッジド・パテント・トランザクションにおけるデフォルト後の担保権者の権利行使の範囲を限定的に解釈したものであり、特許権者にとっては、担保権設定契約の内容を慎重に吟味し、自らの権利が不当に制限されないよう注意を払うことが重要であることを示しました。また、本判決は、特許関連契約、特に譲渡条項の重要性や、デフォルト後の担保権者の権利と特許共有者の権利の違いについても示唆を与えるものです。本事件は、イノベーションと金融を結びつけるレバレッジド・パテント・トランザクションに伴うリスクを浮き彫りにしましたが、同時に、このような取引を適切に活用していくことの重要性も示唆しています。知的財産法と金融法の交錯するこの分野において、今後も法的論点の明確化と実務の発展が期待されます。