通知義務でPTABにおけるクレーム補正が改善か?

連邦巡回控訴裁判所は、Patent Trial and Appeal Board(以下「PTAB」)が、クレーム補正の申立てに関連して特許性がないとする自明の理論を検討する場合、当事者に適切な通知をしなければならないとの判決を下しました。

これにより、連邦巡回控訴裁は、2012年にアディダスが最初に異議を唱えたスニーカー特許に対するナイキのクレーム補正の申し立てを「復活」させました。この決定は、連邦巡回控訴裁が知的財産権に関連する行政手続法(Administrative Procedure Act、略してAPA)に規定されている通知の要件を引き続き尊重していることが見て取れます。さらに、連邦巡回控訴裁は、2017年の連邦巡回控訴審 Aqua Prods., Inc. v. Matal の判決で「明示的に対処することを拒否した」問題を解決しました。

アディダスとナイキのIPR

2012年、米国特許法の下で当事者間審査(「IPR」)が初めて利用可能になってからわずか2ヶ月後、アディダスはナイキのニットテキスタイルフットウェア特許(米国特許第7,347,011号)を35 U.S.C. 103条の下で自明であるとしてIPRを申請しました。ナイキは46ものクレームを取り消し、4つの代替クレームを追加するために特許を修正するようPTABに求めました。修正された特許請求の範囲には、靴ひも用の穴を作るためのスティッチを省略することが記載されていました。PTABは最初、自明性を理由にこの請求を却下しましたが、連邦巡回控訴裁はこの決定を取り消し、ナイキの主張を適切に検討するよう指示しPTABに差し戻ししました。

再審で、PTABは再び補正された請求項が自明であると判断しましたが、今回は2001年の「編み物技術」ハンドブックの一部に基づいたものでした。アディダスは、このハンドブックを提示していましたが、無効の主張には使われていませんでした。そして、両当事者の専門家はハンドブックについて議論しましたが、それらの議論はPTABの自明性の判断とは「全く異なる」ものでした。控訴したナイキは、PTABがハンドブックを無効の根拠として引用することを通知しなかったことで、PTABはAPAに違反していると主張しました。

PTABにおけるクレーム補正の際の通知義務

連邦巡回控訴裁はナイキに同意しました。連邦巡回控訴裁判所は、補正された請求項の特許性の問題を自発的に(sua sponte)特定することはできるが、これらの問題について通知し、また、当事者に回答する機会を提供しなければならないとしました。連邦巡回控訴裁はさらに2つの適切な通知例を示します。(1) PTAB が、自身の理論に頼る意図を当事者に通知し、当事者から補足的なブリーフィングを要求すること。(2) PTABが、口頭審問の前に自身の理論を当事者に通知し、当事者が議論する準備をするように要求すること。今回のケースでは、示されたような手続きは行われていませんでした。そのため、PTABによる代替クレームに関する決定は無効となり、

連邦巡回控訴裁は、決定が下される前に当事者がPTABの理論に答える機会を確保するためにPTABに差し戻ししました。

2017年の Aqua Prods., Inc. v. Matal の問題を解決

本決定は、連邦巡回控訴裁が2017年のen banc Aqua Products判決で「明確に対処することを拒否した」問題を明らかにするものでもあります。Aqua Products判決において、連邦巡回控訴裁は、特許権者の補正請求項が非特許性であることを証明する責任は、申立人にあるとしました。Aqua Productsはまた、補正の申立てを審議する際、PTABは記録全体を考慮しなければならないとしました。しかし、Aqua Products判決において、連邦巡回控訴裁は、PTABが提案された補正請求項に対する特許性への異議申し立てを独自に提起できたかどうかを述べることを拒否していました。

今回の判決で、連邦巡回控訴裁はPTABが提案された補正請求項に対する特許性への異議申し立てを独自に提起できることについて肯定的に回答しました。しかし、記録に基づく新たな異議申立に限定されるかどうかについては言及していません。

IPRにおいてクレーム補正は検討すべき

今回の判決を受けて、特許権を維持しようとする特許権者は、引き続きクレーム補正の申し立てを検討すべきです。このような申立の成功率は歴史的に低いものでしたが、最近の傾向では増加傾向にあります。今回の決定は、Aqua Products事件と相まって、PTABが特許権者に対して、以前よりも公平に補正の申し立てを検討するようになることを示しています。

解説

IPRは特許訴訟の際、特許を無効にするために訴訟の被告人が申立することが大半を占めます。IPRがこのような活用をされてきた背景には、法律で決められた最終判決(Final Written Decision)までの期間、ALJという特許に精通した判事の存在、特許を無効にできる確率の高さなど様々な要因があります。その中の1つに、IPRではクレーム補正の申立てが受け入れられづらいという背景がありました。

しかし、IPRにおけるクレーム補正に関する環境は徐々に改善しつつあります。例えば、PTABによる補正に関するパイロットプログラム関連記事)やAqua Products判決後のクレーム補正が認められる確率の上昇などが上げられます。今回の判決もそのトレンドに沿う形になりました。

IPRは引き続き訴訟時などに特許を無効にするための有効手段として使われます。そのため、特許権者としては、IPR対策を十分行わないといけないのですが、もしクレームに何らかの不備があり補正が必要な場合であっても、IPRでクレーム補正が(以前よりも)行いやすい環境になってきたということは、特許権者にとっては歓迎したいトレンドです。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Daniel B. Weinger and Kara E. Grogan. Mintz (元記事を見る

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