訴訟資金提供会社と特許権者の間では訴訟戦略や特許の有効性、侵害の有無など、訴訟相手には知られたくない繊細な情報をやり取りしています。このようなコミュニケーションが特権で保護されないのであれば、訴訟資金提供会社(litigation funding company)は投資の判断に必要な情報を得ることができず、難しい局面に追い込まれるのではないかという懸念があります。
Midwest Athletics and Sports Alliance LLC v. Ricoh USA, Inc., Case No. 2:19-cv-00514-JDW (E.D. Penn. Sept. 16, 2020)
原告 Midwest Athletics and Sports Alliance LLC(以下「MASA」)は、Ricoh USA, Inc(以下「リコー」)に対し、印刷関連特許の侵害を主張して特許侵害訴訟を提起しました。リコーは、MASAが特権(privileged)であり開示対象外であると主張していた特定のカテゴリーの文書の提出を求めました。リコーは、MASAがコダックから特許を取得したことに関連した文書や、MASAが共通利益特権(common interest privilege)を主張している訴訟資金提供会社との様々なコミュニケーションに関する文書の提出を求めていて、これらの文書は要求に応じたものであると主張していました。
連邦地裁は、「共通の敵対者に対する実際の訴訟または潜在的な訴訟で利害関係を共有している当事者が、特権情報を共有する際に特権を主張する権利を放棄しないように保護するのが共通利益特権の原則(common interest doctrine)」と説明しています。Gelman v. W2 Ltd., No. 14-cv-6548, 2016 WL 8716248, at *3 (E.D. Pa. Feb 5, 2016)。共同代理(joint representation)とは異なり、共通利益特権の例外は、「別個の弁護士を持つクライアントが法的活動を調整するために、特権的な情報を共有する場合に適用されます。」In re Teleglobe, 493 F.3d at 359. 法的活動は訴訟または取引事項である場合がありますが、「特権は、クライアントが別々の弁護士によって代表されている場合にのみ適用されます。」
連邦地裁はさらに、共通利益の原則を発動するためには、「利益共同体のメンバーは、少なくとも実質的に類似した法的利益を共有していなければならない」と説明しました。共通利益特権の原則は、当事者が別個の弁護士によって代表され、「(依頼者自身ではなく)依頼者の別々の弁護士が情報を共有する」ことが必要です。また、単なる共通の商業的利益(mere common commercial interest)を共有するだけでは、この原則の発動には不十分です。Gelman, 2016 WL 8716248 at *3 を参照。実質的に類似(substantially similar)しているためには、「利害関係は『法的に類似している』(‘legally similar’)よりも『法的に同一』(‘legally identical’)に近いものでなければなりません。」
訴訟資金提供会社の一つであるBrickellはMASAに資金を提供していました。地裁は、Brickellは主張した特許の権利を取得していないと指摘。その結果、地裁は、「共通の利益(common interest)を生み出すには、この関係だけでは十分ではない」と判断しました。そして、MASAがBrickellに特権的な通信を開示したことは、適用される特権を放棄したことになると解釈。実際、問題になっていた文書はBrickellの従業員2人の間のコミュニケーションであるので、そもそも共通利益特権の保護の対象にもなりません。裁判所は、MASAがその通信に特権を持つことができるのか理解に苦しみ、MASAの特権の主張を却下しました。
解説
訴訟資金提供会社から資金を受けて特許訴訟を行う活動をアメリカではよく聞くようになりました。このような資金提供がいいのか悪いのかという議論はさておき、今回の特権によるコミュニケーションの保護は今後訴訟資金提供会社の存続に関わる大きな問題だと考えています。
訴訟資金提供会社は、特許の強さ、権利者の素性、ターゲット企業、訴訟戦略など様々なポイントを考慮して、訴訟資金の提供を決めています。そのため、訴訟に関してとても重要な情報のやり取りを特許権者と行っていることが想定されます。
このようなコミュニケーションは、訴訟資金提供会社がいない一般的な訴訟前のdue diligenceは社内で知財弁護士が中心になって行い、外部の訴訟弁護士とも連携を取りながらすすめるのが通常だと思われます。その際は、社内の知財弁護士とのコミュニケーションと、外部弁護士と社内知財弁護士のコミュニケーションがありますが、そのどちらもattorney client privilegeで保護が可能です。
しかし、今回のように訴訟資金提供会社が関与する際、特許権者と訴訟資金提供会社の間のコミュニケーションが今回のように特権で守られないのであれば、 訴訟前のdue diligenceの評価などもできず、訴訟資金提供会社が資金提供をするか否かに関する重要な情報を特許権者と共有できないことが懸念されます。
そうなってくると、投資を行うのに必要な情報が不足するので訴訟資金提供会社が資金提供しづらい環境になってきます。このようなことが続くと、訴訟資金提供というビジネス自体も成り立たなくなるので、この市場が最悪なくなってしまうのではないでしょうか?
まだ1つの地裁の判決だけなので、明確なことは言えませんが、今後他の地裁でも同じような判断が行われるのか、そしてCAFCに控訴されるような場合はどのような判決が下されるのかを注目して見ていきたいと思います。
TLCにおける議論
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まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Stanley M. Gibson. Jeffer Mangels Butler & Mitchell LLP(元記事を見る)