アメリカ特許庁では、審査官に向けた様々な人事に関わるポリシーがあります。このようなポリシーは審査官の行動にも影響を与えますが、あまり注目されていない部分でした。今回は、審査官に対する評価などを含めたインセンティブという面から、実際のデータを見て、客観的に、インセンティブがどう審査官の判断に影響を及ぼしているか見てみましょう。ちなみに、元記事の著者は、元アメリカ特許庁審査官です。
質よりも生産性
特許の「質」というのは永遠の課題ですが、低品質の特許の問題について事実に基づいた調査はあまり行われていません。特許の質は、当然審査する審査官のインセンティブによって影響を受けるものですが、実際に審査官に対してどのようなインセンティブがあるのか、知っている人はあまりいません。逆に言うと、このようなインセンティブに関わる情報を知っておくことは、今後の特許出願業務を賢く行うことができます。
審査官に対するインセンティブに戻りますが、ほとんどの場合、審査官は特許性に関する判断に対して大きなインセンティブが与えられますが、質に関してはあまり大きなインセンティブは用意されていません。つまり、審査官にとって一番大切な指標は、生産性(production rating または、count systemと呼ばれる)。この指標は、ある一定の期間中にどれくらいの出願案件を審査したを示すものです。すべての審査官に対して、この生産性の最低レベルをクリアーすることが求められています。(実際の指標は、勤務年数、技術分野などで異なる。)ある一定の生産性をあげるとボーナスや昇給に繋がり、逆に生産性が低いと懲戒や解雇になります。
質に関する評価ですが、明確なものはなく、以下の4つのチャンネルで間接的に評価されています。1)拒絶通知が送られる前のPrimary examinerによるレビュー、2)職務評価、3)Office of Patent Quality Assuranceによるレビュー、4)出願人主導の上訴。これらの評価には限界があり、すべてを総合評価しても、特許の質に関する評価は生産性に対する評価に比べると明らかに劣っています。
仮定
このようなインセンティブの仕組みから、審査官は生産性が上がるようにするだろうと仮定しました。特許を許可するということは、簡単に生産性を上げることに繋がるので、審査官が安易に特許を許可することで、質の低い特許が増えるということを仮定。
データ
Freedom of Information Actによるリクエストで、2000年1月から2015年9月までの審査官の昇進に関わるデータを入手しました。その中には、GS-14 (the Signatory Authority Review Program)に昇進に関わる4250ものデータポイントがありました。
このデータと、2001年から2012年までの出願データを分析したデータを合わせて、どう審査官の昇進と特許の許可率が変わるのかを調べてみました。
審査官の昇進前、特許の許可率が著しく低下する
データを集計し、分析した結果、インセンティブは平等に審査官に対して行われているにもかかわらず、審査官が昇進する前(審査官がGS-14 (the Signatory Authority Review Program)になる前)に、質に対する評価が厳しくなり、特許の許可率が著しく低下することがわかりました。(元記事にグラフがあるので、参照してください。)
GS-14の昇進審査期間(GS-14昇進の500日前前後)の直前の許可率は32.8%だったものが、昇進審査期間中は、27.4%まで下がりました。しかし、GS-14昇進後、4週間足らずで許可率は32.6%にまで上昇し、その後も、35%前後のままでした。
また、この昇進審査期間中、審査官は、意味のない拒絶通知を避け、出願人からの上訴も少なかったとのことでした。
まとめ
このようにインセンティブは審査官の判断に大きな影響を与えます。特許庁のインセンティブポリシーによって、特許が許可される確立が変わるのは明確な事実です。今後は、生産性だけではなく、質の面でも正当に評価されるインセンティブポリシーが作られ、意味のない拒絶通知や不必要な上訴が回避でき、より高い質の特許が効率よく得られるように期待しています。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Eric D. Blatt. Rothwell, Figg, Ernst & Manbeck, PC(元記事を見る)