2021年11月1日、米国特許庁長官は、SamsungSDIに対し、初の「長官レビュー」(Director review)を認めました。「長官レビュー」(Director review)とは、特許審判部の最終書面決定に対して、当事者がUSPTO長官にレビューを求めることができるという新しい暫定手続き(interim procedure)です。
長官レビュー:Order Granting Request for Director Review
今回、長官は、特許権者であるSamsungのリチウムイオン電池特許を無効とする審判部の最終書面決定を取り消しました。この決定は、United States v. Arthrexにおける米国最高裁判所の判決後、長官がこの新しい権限を初めて行使した初めての案件になります。
最高裁判決によって誕生した新しい手続き
最高裁は、特許庁の行政特許裁判官(administrative patent judges、APJ)の任命が任命条項により合憲であるためには、APJによって下された決定は、長官によるレビューを受けなければならないと判示しました。そのため、当事者間審査(IPR)においてAPJが行使するレビューされない権限(unreviewable authority)は、商務長官(Secretary of Commerce)によるAPJの下級職(inferior office)への任命と相容れないとし、上級職(principal office)に適切に任命された役人のみがIPRにおいて行政府を拘束する最終決定を下すことができるとしました。
ここら辺の話は、司法と行政の権限の範囲だったり、IPRで実際に特許を無効にできるAPJの役職や任命方法に関わってくる話なので話が複雑になってしまいますが、実務で重要な点としては、特許庁長官は、Arthrex判決後、当事者が再審請求書(request for rehearing)とその通知書(notice of the request)を提出することで長官審査を請求できる、新しい暫定手続き(interim procedure)ができるようになったということです。
審判部におけるクレーム無効の判断が長官レビューで覆される
今回の案件では、Samsungは、Ascend Performance Materials Operations(APM)が提出したIPRにおいて、自社特許を無効とした特許審判部の判断に異議を唱え、長官レビュー(Director Review)を申請しました。Samsungの特許は、リチウムイオン電池の熱衝撃耐久性を向上させるためのニトリル化合物添加剤を含む電解質組成物に関するものです。この特許は、2012年9月7日に出願された仮出願と、2013年3月14日に出願された仮出願から派生したものです。APMは、仮出願における記述のサポートがないため、クレームは2012年9月7日の優先日を受ける権利がないと主張。その上で、APMは、クレーム対象のニトリル化合物添加剤は、本出願日から1年以上前の2012年3月8日に公開されたNEC特許出願によって公開されており、このNEC特許出願を35 U.S.C. §102(b)における先行技術として認めるべきだと主張しました。審判部の審査委員会はこのAPMの主張に同意し、最終書面決定でクレームに新規性がないということを認定しました。
Samsungは、長官レビューの請求において、特許クレームは開示に基づいてクレームごとに優先権を付与され、審判部は従属クレーム5および17の優先日について言及しなかったと主張。長官は、このSamsungの主張に同意し、審査委員会に対し、従属クレーム5及び17が仮出願の日に権利を有するかどうか、また、請求項5及び17の特許性について、適切な優先日に鑑み、新たに最終書面による決定を下すよう命じました。
長官レビューという新たな選択肢
長官レビュー(Director review)は、IPRの最終書面決定の結果に対して異議を申し立てることができる新たな選択肢を開くものです。
Arthrex最高裁判決以前から、IPRの最終書面決定の結果に関しては、審査会への再審査請求(request for rehearing to the Board)や連邦巡回控訴裁への控訴(appeal to the Federal Circuit)が可能でしたが、長官レビュー(Director review)も加わり、オプションが増えた形になります。
しかし、長官レビュー(Director review)の実績はまだ少ないため、他の選択肢よりも有利であるかどうかなど、多くの不確定要素が残っています。これらの疑問に対する答えは、時間の経過とともに明らかになるでしょう。
今言えることは、長官レビュー(Director review)選択肢が加わった今、長官レビュー(Director review)のプロセスは、当事者の権利行使や特許の有効性に対する挑戦において考慮しなければならない事柄が増え、IPR手続きはさらなる複雑さをもった手続きになったということでしょう。