今回は、COVID–19パンデミックを背景とした医療用綿棒の特許侵害訴訟において、PREP法による免責という重大な争点が浮上したことで、訴訟の行方に大きな影響を及ぼした判例を解説します。
元々は一般的な特許侵害訴訟でしたが、訴訟の途中でパンデミックが発生し、医療用綿棒の需要が急増したことで、一度は訴訟が中断されるという異例の事態となりました。その後、訴訟が再開された際、被告がPREP法に基づく免責を新たな抗弁として主張したことで、特許法とは異なる公衆衛生政策の観点から、訴訟の帰趨を左右する重要な論点が浮上しました。
このように特許訴訟の本題とは別の重大な問題が訴訟の途中で発生したことで、本件は複雑な様相を呈することになりました。とりわけ、PREP法の免責の抗弁の当否は、付随的命令理論の適用如何によって、直ちに控訴審であるCAFCの判断を仰ぐことができるかが争点となりました。
今回は訴訟の途中で不可抗力により新しい問題が浮上した珍しい例ですが、その中で、付随的命令理論(collateral order doctrine)の適用が可能な地裁判決はどのようなものかという重要な点をCAFCが議論しているので、今後のパンダミックに関わらない特許訴訟でも重要な判例になる可能性があります。
判例:Copan Italia S.P.A., et al v. Puritan Medical Products Company LLC, et al
訴訟の事実背景
イタリアの医療機器メーカーCopan Italia S.p.A.とその米国子会社Copan Diagnostics Inc.(以下、総称して「Copan」)は、米国のPuritan Medical Products Company(以下、「Puritan」)に対し、医療用綿棒の特許侵害を理由に訴訟を提起しました。
この訴訟は2018年6月にメイン州地区連邦地方裁判所に提起されました。Copanは特許権侵害による損害賠償と恒久的差止命令(permanent injunction)を求め、訴訟はその後順調に進んでいましたが、2020年3月に新型コロナウイルス感染症(COVID–19)のパンデミックが発生すると状況は一変します。
医療用綿棒は感染者の鼻腔から検体を採取するために使用されるため、パンデミックの影響で需要が急増しました。Copanもフロック綿棒の主要サプライヤーの一社として、増産体制を取らざるを得ない状況となりました。訴訟当事者であるCopanとPuritanも、リソースを検査キットの製造に集中させる必要に迫られたため、2020年5月に共同で訴訟手続きの停止を申し立てました。裁判所はこれを認め、同月中に訴訟は停止されました。
その後、ワクチン接種の進展などによりパンデミックが落ち着きを見せ始めた2021年10月、両当事者の共同申立てにより訴訟が再開されました。しかしその間の情勢の変化により、訴訟の争点にも変化が生じることになります。
このように本件は、パンデミック発生に伴うフロック綿棒の需要急増を機に、一度は停止された特許訴訟が再開されるという特殊な経緯をたどっています。次章からは、このような背景事情を踏まえつつ、訴訟再開後の新たな展開について見ていくことにします。
PuritanのPREP法に基づく免責の抗弁
訴訟が停止されている間、Puritanは新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う綿棒の需要増加に対応するため、米国空軍との間で製造拡大に関する契約を締結しました。この契約において、空軍はPuritanに対し、「公衆衛生緊急事態に対する医療対策に関する公衆衛生局長官宣言(PREP Act Declaration)」の下でPuritanが免責されるとの見解を示しました。
PREP法(Public Readiness and Emergency Preparedness Act)とは、公衆衛生上の緊急事態への対策に関連して、対策に携わる企業や個人に対し、一定の要件の下で免責を付与する法律です。空軍との契約により、PuritanはCOVID–19パンデミックという公衆衛生上の緊急事態への対応としてフロック綿棒の製造を行っているため、PREP法の免責対象となる可能性が出てきました。
2021年10月の訴訟再開後、Puritanはこの点を強く主張するようになります。まず、Puritanは答弁の修正を申し立て、PREP法による免責を新たな抗弁として追加することを求めました。また、Puritanは空軍との契約に基づいて製造された綿棒に関するCopanの特許侵害請求について、請求棄却(motion to dismiss)を求める申立ても行いました。Puritanによれば、P3と呼ばれる新工場で製造された綿棒は、空軍との契約を履行するためだけに製造されたものであり、契約上明示的にPREP法上の免責が認められているというのです。
これに対しCopanは、Puritanの免責の主張に反論しました。CopanはPREP法の免責は特許侵害請求には適用されないと主張し、Puritanの申立てに反対しました。Copanの主張によれば、PREP法で与えられる免責は、製造物責任のように身体的損害に関する請求の場合に限定されており、特許侵害のような財産的損害については適用されないとしました。さらにCopanは、仮にPREP法の免責規定が特許侵害に及ぶとすれば違憲であるとも主張しました。
加えてCopanは、Puritanの請求棄却の申立ては事実に対する判断を要するため、免責の抗弁に関する事実関係をさらに審理する必要があると指摘しました。Copanによれば、請求棄却の申立てを認めるには時期尚早であり、少なくともCopan側にPuritanの新たな免責の主張の根拠について検討する機会が与えられるべきだと主張しました。
このようにPuritanとCopanは、PREP法の免責がフロック綿棒の特許侵害の事案に適用されるかという点で対立することになりました。
地裁によるPuritanの申立ての却下
メイン州地区連邦地方裁判所は、PuritanによるPREP法の免責を理由とする請求棄却の申立てを却下しました。裁判所は、PuritanがPREP法上の「対象対策(covered countermeasure)」に関する要件を満たすことを十分に証明できていないと判断したのです。
PREP法上、免責が認められるためには、問題となる行為が「対象対策」(covered countermeasures)に該当することが必要です。しかし裁判所は、この点に関してPuritanが提出した証拠では不十分であり、記録上「証拠の欠落(evidentiary gaps)」があると指摘しました。
具体的には、以下の2点が問題とされました。第一に、Puritanの製造するフロック綿棒がPREP法上の「対象対策」の要件を満たすことを裏付ける証拠が不足しているという点です。Puritanは、FDA(米国食品医薬品局)がある抗原検査キットに対して発出したEUA(Emergency Use Authorization、緊急使用許可)に関する書簡を証拠として提出し、自社の綿棒がCOVID–19検査に使用されていると主張しました。しかし裁判所は、この書簡にはPuritan社や特定の工場、フロック綿棒への言及がないことを指摘し、Puritanの綿棒が「対象対策」に該当すると断定するには不十分であるとしました。
第二に、Puritanの新設したP3工場で製造された全てのフロック綿棒が、空軍との契約に基づくものであるかどうかを示す証拠が不足しているという点も問題視されました。この点についても、Puritanの提出した証拠からは、P3工場が建設され綿棒の製造が行われたのが空軍との契約に基づくものであると断定することはできないと裁判所は判断しました。
他方で、裁判所はPuritanがPREP法の免責を主張すること自体は認め、答弁の修正を許可しました。ただし、現時点での限られた記録では、PREP法の免責の抗弁が認められるには不十分であるため、請求棄却の申立ては却下されました。
裁判所は、「記録上の証拠の欠落に鑑みれば、本件の限定的な記録のみでは、PREP法の免責の抗弁が証明されたとは言えない」と結論付けました。しかし、これは直ちにPuritanのPREP法の免責の主張が認められない、という意味ではありません。裁判所の判断は、あくまで現時点での記録に基づくものであり、今後の訴訟進行の中でPuritanが追加的な証拠を提出し、免責の抗弁を基礎付けることは可能という立場をとりました。
以上のように、メイン州地裁はPuritanの請求棄却の申立てを却下しましたが、PREP法の免責の抗弁については審理を継続する姿勢を示しました。
CAFCへのPuritanの控訴
メイン州地区連邦地方裁判所による請求棄却の申立ての却下を不服として、PuritanはCAFC(United States Court of Appeals for the Federal Circuit、連邦巡回区控訴裁判所)に控訴しました。
控訴審において、Puritanは地裁がPuritanにはPREP法による免責が認められないことを確定的に判断したと主張しました。Puritanの見解では、請求棄却の申立てを却下したことで、地裁はPREP法の免責の抗弁が成立しない旨を確定的に判示したことになります。
通常、請求棄却の申立てを却下する決定に対しては、それが終局判決ではないため直ちに控訴することはできません。しかしPuritanは、本件については「付随的命令理論(collateral order doctrine)」と呼ばれる例外的な取扱いが認められるべきだと主張しました。
付随的命令理論(collateral order doctrine)とは、裁判所のある命令が、本案の終局判決ではないものの、それと切り離して「付随的に」直ちに上訴審の判断を求めることができる場合があるという理論です。この理論によれば、以下の3つの要件を満たす場合には、例外的に中間的な控訴が認められるとされています。
- 争点が下級審によって確定的に判断されていること
- その争点が本案とは無関係の重要な問題であること
- その争点が終局判決後の控訴審では実効的な審査を受けられないこと
Puritanは、PREP法の免責の抗弁の成否は、本件におけるこの3つの要件を満たす「付随的な」争点に該当すると主張しました。
第一に、Puritanによれば、地裁は請求棄却の申立てを却下することで、Puritanが免責を受けられないことを確定的に判断していると主張。第二に、PREP法の免責の抗弁の成否は、特許侵害の実体的な成否とは別個の、訴訟において重要な問題です。第三に、もし本案の終局判決を待って初めて免責の抗弁の当否が審査されるとすれば、Puritanは一審の訴訟遂行を強いられることになり、免訴を受ける権利が実効的に保護されません。
このようにPuritanは、付随的命令理論の適用により、PREP法の免責の抗弁に関する地裁の判断を直ちに控訴審でも審査されるべきだと訴えました。CAFCは本件の控訴審の管轄権を有するため、付随的命令理論の適用について審議することになりました。
CAFCによる管轄権欠如を理由とする控訴棄却
CAFCは、Puritanの控訴を審理した結果、控訴審としての管轄権を欠くとして、控訴を棄却しました。
CAFCは、付随的命令理論の適用が認められるための第一の要件、すなわち地裁による争点の 確定的判断(conclusive determination) が欠けていると判断しました。地裁は、PuritanにPREP法の免責が認められないことを確定的に判断したのではなく、現時点での記録に基づけばPuritanがPREP法の免責を受ける権利を「まだ」証明できていないと判示したにすぎません。言い換えれば、地裁の判断は、適切な証拠が提出されればPuritanに免責が認められる可能性を排除していないのです。
加えてCAFCは、確定的な判断を行うためには、さらなる訴訟進行が必要であると地裁が考えていたことを指摘しました。地裁は、追加的な証拠の提出を通じてPREP法の免責の抗弁の成否を判断する用意があることを示唆していたのであり、免責の有無の判断は将来の訴訟手続に委ねられたと言えます。
このようにCAFCは、地裁の決定はPREP法の免責の抗弁について確定的判断を下したものではないと結論付けました。そうすると、付随的命令理論の適用に必要な3つの要件のうち、少なくとも1つを欠くことになります。確定的判断を欠く以上、たとえ他の要件が満たされるとしても、付随的命令理論に基づいて中間的な控訴審査を行うことはできません。
そこでCAFCは、付随的命令理論の適用を認めることはできず、本件の中間的な控訴審査を行う管轄権がないと判断し、Puritanの控訴を棄却したのです。
なおCAFCは、PREP法の免責が争点となった他の巡回区の事例についても言及しています。他の巡回区では、地裁がPREP法の免責の否定を確定的に判断した事例もあるようですが、CAFCはそのような事例とは本件とは事案が異なると指摘しました。本件の地裁は、PREP法の免責の抗弁の成否を確定的には判断していないというのがその理由です。
また、Puritanは地裁の事実認定についてCopanが反論しなかったことを理由に管轄権を認めるべきだとも主張しましたが、CAFCはこの主張も退けています。実際には、Copanは地裁の判断に対する反論の中で、事実関係について審理が尽くされていないという趣旨の主張をしていたのです。
以上のように、CAFCは、付随的命令理論の適用を否定し、本件の控訴審の管轄権を認めませんでした。これにより、PREP法の免責の抗弁の当否は、メイン州地区連邦地方裁判所に差し戻され、一審の訴訟手続の中で改めて審理されることになります。
結論
本判決は、COVID–19パンデミックを契機とした特殊な事案ではあるものの、付随的命令理論の適用が認められるための要件を明確化した点で重要な意義を有しています。特に、下級審の判断が争点について「確定的判断」を下したといえるためには、単に申立てを却下するだけでは不十分であり、当該争点が今後の訴訟手続において蒸し返される余地がないことが求められるとしたCAFCの判断は、同理論の適用範囲を画する上で重要な指針になるものと思われます。また、本判決は、パンデミック下における特許訴訟の処理についても、一定の示唆を与えるものといえるでしょう。