COVID-19により訴訟の一時停止が正当化される

特許訴訟は長期化する傾向にありますが、それでも迅速な裁判手続きが求められます。今回の判例の焦点は、特許訴訟でよくあるIPRの結果が出るまで訴訟を一時停止するのか、それとも平行して進めていくのかという問題です。今回の判決の興味深い点が、その判断にCOVID-19の影響が考慮されたところです。

DivX, LLC v. Netflix, Inc., Case No. 19-1602 PSG (DFMx) (C.D. Cal. May 11, 2020)

背景

原告DivX, LLC(以下「DivX」)は、NetflixとHuluが複数の特許を侵害しているとして、NetflixとHuluに対して特許侵害訴訟を提起しました。両被告は、訴訟に対応する形で、2019年10月に、特許審判不服審査委員会(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」という)での当事者間審査(IPR)手続きを始め、2020年2月から3月の間にIPR申請の大部分を提出しました。

すべてのIPRが提出された後、PTABがIPRのレビューを始めるか(institution)どうかを決定する前に、被告は地裁における訴訟手続きの停止を申請しました。ここで注意したい点は、IPR手続きの開始が決まっていない段階で、訴訟を一時停止するよう裁判所に申し立てをおこなったところです。

裁判所の判断

この申立を検討するにあたり、連邦地裁はまず訴訟手続の段階に注目し、訴訟手続が初期の段階にあることを指摘しました。そして、Lodge Mfg. Co. v. Gibson Overseas, Inc. CV 18-8085 PSG (GJSx)(slip op.), at *4-5 (C.D. Cal. Sept. 24, 2019)(クレーム解釈手続きがまだ発生していない場合には、手続きの段階の要素が延期に有利になることを支持する事例を収集している)を参照し、すでに完了している作業に比べて、この訴訟ではかなり多くの作業が残されており、原告はその事実に合理的に異議を唱えていないと指摘しました。さらに、特許庁におけるIPR手続きの開始に対する判断が決まっていない場合であっても、これまでの訴訟を合理化するための当事者の努力が完全に無駄になったことを意味するものではないとしました。

また、地裁は、「コロナウイルスのパンデミックも、この要因の下では関連性のある考慮事項である」と述べました。被告、特にHuluは、COVID-19とそれに対応する指導と制限により日常生活を混乱させる前例のない課題に直面しているため、パンデミックが特定の事件の期限を守る能力を妨げていると主張しました。また、裁判所のリソースを考えると、刑事事件は今回のような特許侵害訴訟よりも優先されるため、この特許訴訟が現在のスケジュールでは進められず、審理や裁判が遅れる可能性が高いことを示しました。

したがって、現在の訴訟の進行状況から、地裁は訴訟の一時停止が有利であるという判決を下しました。また、地裁はIPRの結果次第で争点が単純化される可能性があること、DivXに対する不当な偏見(undue prejudice )がないこと、および状況を総合的に考慮した結果、現在の状況は訴訟の一時停止を正当化するものであると判断しました。

したがって、連邦地裁は、PTABによるIPRの開始の判断(institution decision)、またはIPRの手続きがすべて終了するまで、訴訟を延期する申立を認めました。

解説

今回の判決は、1つの地裁による判決なので、今後他の地裁でも同様な判断がされるかはわかりませんが、常時と比較すると、COVID-19の影響による非常時の今、特許訴訟のような民事裁判のプライオリティは低くなっています。

まず、合衆国憲法修正第6条に迅速な裁判という条項(The Speedy Trial Clause of the Sixth Amendment )があります。これは読んで字のごとく、裁判は迅速に行うこととなっていますが、この迅速な裁判は刑事事件に適用されるものです。つまり、裁判所にとって、民事と刑事があった場合、優先されるのは刑事事件になります。

COVID-19の影響で裁判所のリソースは限られていて、一時的に閉まっていたり、公判をリモートでやるところもあります。どのような状況であれ、裁判所はどこでも今までと同じボリュームを裁けなくなっています。

つまり、非常時である今は、キャパシティが足りていないので、優先されるべき刑事事件の処理が先であり、たとえ、スケジュールがすでに決まっている特許訴訟のような民事事件はそのスケジュールに沿えないで遅延する可能性が高いことが、今回の判決に影響を与えました。

さらに、Huluによるパンデミックが特定の事件の期限を守る能力を妨げているという主張も聞き入れられたのだと思います。特に、特許関連のディスカバリーや証人尋問は長期にわたり、求められる情報をリモートワークの最中に集めたり、整理するのは大変で、証人尋問をリモートで行うのも初めての人も多く勝手がわからないので、物事がスムーズに行えないという問題が出てきています。

しかし、上記の要素は、訴訟の遅延による特許権者への損害や不当な偏見(undue prejudice )とのバランスが求められます。 訴訟が遅れることで金銭的に大きな損害を被る、もしくは、金銭ではまかなえない損害を被る恐れがある場合、訴訟の一時停止には慎重に検討しなければなりません。

今回の案件では、COVID-19によるIPR開始以前の訴訟の一時停止が正当化されましたが、今後も案件ごとにおのおのの事情が考慮され、個別に判断されていきます。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者:Stanley M. Gibson. Jeffer Mangels Butler & Mitchell LLP (元記事を見る

ニュースレター、会員制コミュニティ

最新のアメリカ知財情報が詰まったニュースレターはこちら。

最新の判例からアメリカ知財のトレンドまで現役アメリカ特許弁護士が現地からお届け(無料)

日米を中心とした知財プロフェッショナルのためのオンラインコミュニティーを運営しています。アメリカの知財最新情報やトレンドはもちろん、現地で日々実務に携わる弁護士やパテントエージェントの生の声が聞け、気軽にコミュニケーションが取れる会員制コミュニティです。

会員制知財コミュニティの詳細はこちらから。

お問い合わせはメール(koji.noguchi@openlegalcommunity.com)でもうかがいます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

OLCとは?

OLCは、「アメリカ知財をもっと身近なものにしよう」という思いで作られた日本人のためのアメリカ知財情報提供サイトです。より詳しく>>

追加記事

Contract-signing
契約
野口 剛史

「取り消し不能な」ライセンスは当事者同士の合意があれば終了させることができる

知財のライセンスにおいて「取り消し不能な」(irrevocable)ライセンスが結ばれることがあります。しかし、これはライセンサーの一方的な行為によってライセンスが「取り消し不能」であることを意味するもので、ライセンスの当事者(ライセンシーとライセンサー)同士の合意があれば終了できることがCAFCの判決により明確になりました。

Read More »
特許出願
野口 剛史

クレームされた発明の全範囲を可能にしなければならない

核酸配列に関する事件で、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当業者は発明当時、主張されたクレームでカバーされている核酸の全範囲のうち、狭い範囲でしか成功させる方法を知らなかったであろうという理由で、非実施可能性(non-enablement)の陪審評決を支持しました。

Read More »
thinking
特許出願
野口 剛史

AFCP 2.0は推奨される最終拒絶の対応なのか?

AFCPはRCEの頻度を減らすためのオプションとして利用されています。しかし、AFCPが適用されても審査官は複雑な検索や分析を行う時間が不足し、RCEをしなければいけないという状況になることもよくあります。うまく使えば、審査官の考え方に関する貴重な情報が得られ、権利化までの道のりを短縮する可能性があります。AFCPは、クレームの絞り込みを促進し、その代わりに審査官との面接を通じたより多くの検討と相互作用の時間を提供します。そのため、AFCPは積極的に検討するべきであり、個別案件がAFCPに適しているかどうかを適切に評価することをお勧めします。

Read More »