COVID-19パンデミックで特許訴訟件数が増加か?

過去10年間で、米国における特許訴訟の提訴件数は2013年に過去最高を記録し、その後もしばらくは高水準を維持していましたが、ここ数年は着実に減少しています。しかし、過去が将来を示唆するものであるならば、不況が続く中で特許訴訟の活動は今後も増加する可能性があります。

ここ数年の減少は、2011年に米国発明法(AIA)に基づいて創設された当事者間審査(IPR)手続や、抽象的なアイデアの特許化のハードルの引き上げ、特許訴訟を提起できる場所の制限、より詳細な侵害主張の要件など、一連の特許法の変更に起因するものと様々な要因があると言われています。しかし、出願件数の減少は2019年に終息したように見え、トレンドラインは再び出願件数の増加を示しています。

リーマンショック後を見てみる

2010年代初頭の特許出願ブームは、2007年から2009年の大不況の後に起こったものです。2009年の時点では、特許を収益化するために事業を行っている非実務者による出願件数は、ほぼ10年間、年間約300件と一定していたが、2010年には約400件に増加しています。この数は2010年には400件近くまで増加し、2011年には2倍以上の900件近くまで増加し、2012年には3倍の2,000件を超えるまでに増加しました。確かに、AIAの影響がこの増加の原因となったことは確かですが、このような増加率を説明するものではありません。他のほとんどの原告による出願も、大不況後の数年間に増加したが、それほど顕著ではありませんでした。

例外案件も

大不況後の訴訟件数の増加の例外は、ANDA案件である。いわゆるオレンジブック特許に基づく出願は2010年から2012年まで減少し、その後2015年までは緩やかに増加した。ANDA案件は、全特許案件の10分の1に過ぎないですが、医薬品の収益性が高いことから、非常に価値の高い案件であることが多いです。このように、ANDA事件は他の特許訴訟に比べて件数は少ないが、その訴訟傾向の違いは顕著です。

データから見えるパターン

データ(元記事を参照)を見ると、現在の状況は、大不況後を彷彿とさせるパターンが見て取れます。ANDAの訴訟件数は減少し、その他のタイプの特許案件の訴訟件数は増加しています。ANDA訴訟の減少は2019年を通して一貫しており、2020年も継続しており、2020年の2月、3月、4月の訴訟件数は、過去3年間のいずれかの類似月に比べて大幅に減少しています。対照的に、他のタイプの訴訟案件の出願は着実に増加しているように見えます。2020年4月のNon-ANDA訴訟は、過去3年間のいずれかの類似月の出願を上回っています。さらに、2020年の2月から4月までの非ANDA訴訟件数の増加は、過去3年間のこの期間の増加を上回っています。

これらのデータは、特許訴訟(ANDA案件以外)の訴訟件数が増加傾向にあり、過去数年よりも高いレベルまで急速に増加していることを示しています。

この特許訴訟件数の増加は、COVID-19が米国全土に普及し、それに伴う景気の急減速と重なっています。このタイミングは単なる偶然かもしれないが、パンデミックが原因となっている可能性もあります。例えば、今年の後半に訴訟を予定していた特許権者は、差し迫った企業のロックダウンを考慮して訴訟時期を早め、戦術的に有利になるようにしたのかもしれない。さらに、資産の収益化に関心のある特許権者は、過去の損害賠償請求が予測可能な将来よりも今の方が有利であるなど、このタイミングを好都合と考えるかもしれない。競争上の救済(差止や和解)に関心のある特許権者は、不況の重荷に訴訟費用が加わり、競合他社が製品やサービスを放棄せざるを得なくなる可能性があるため、好機と考えるかもしれません。

理由は推測ですが、データには説得力があります。これらのデータは、非ANDA特許侵害訴訟の訴訟件数が増加していることを示しており、特許訴訟が2019年に底を打ったことを示唆しています。これらの傾向が大不況後の傾向と類似していることを考えると、最近の増加は、特許訴訟の再ブームの前兆である可能性があります。

解説

以前、「コロナショックは営業秘密訴訟の増加を招くのか?」という話を取り上げましたが、今回も似たような今後の予想をしたものです。

詳しいデータやグラフ等は元記事を参照してほしいのですが、ANDA特許訴訟とそれ以外を区別して見ているのが面白いですね。このようなグラフの相関性に関しては、エコノミストや経済評論家が様々な指標から経済の今後を予測するような感じの話なので、都合のいい指標だけを選んで語っているだけかもしれませんが、リーマンショックの後の動きともリンクしているので、参考程度に見てみるのもいいと思います。

しかし、NPEによる訴訟が盛んだった2010,11、12年頃に比べ、現状ではNPEが訴訟を起こしづらい環境になってきているので、リーマンショックの時に起こったことが、また同じように今回も起こるのかはわかりません。特に、IPRにおける手続きは大きく変わったので、NPEが訴訟を起こす際、IPR対策をしっかりしていないと勝算がない状態です。

とは言うものの、歴史は繰り返すとも言うし、経営者の中にはリーマンショック後に特許訴訟などのツールを使って優位なポジションに立てたという経験をしている人も多いと思います。そこで、今回のコロナショックでは、NPEではなく、競合他社が先導に立って、戦略的に特許訴訟を仕掛けてくるかもしれません。特に、キャッシュを多く持っている企業であれば、競合他社の買収や、買収に応じなかった場合に、特許訴訟で訴え、相手にキャッシュを使わせて業績を悪化させるなどの行為も十分考えられます。

また、リーマンショックの後の特許訴訟の動きを見てもわかるように、COVID-19パンデミックで特許訴訟件数が増加するのであれば、ここ数ヶ月で急激に増加するというものではなく、数年単位で起こる現象になると思われます。

つまり、長期戦が強いられるので、今後数年は訴訟リスクをマネージする上でも、アメリカの特許訴訟の動きに関してはもう少し詳しく見て情報に敏感になった方がいいと思います。また、今からできる訴訟対策として、社内でのDiscovery対策や特許訴訟回避の為の仕組み作り、アメリカでの信頼できる訴訟弁護士探しなど、できる範囲で今やれることは少しずつ行っていくことが理想だと思います。

まとめ作成者:野口剛史

元記事著者: Tamara Fraizer and Steven M. Auvil. Squire Patton Boggs(元記事を見る

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2件のフィードバック

  1. コロナの影響で特許訴訟件数が増加するとは思いませんでした。
    景気減退の中で特許訴訟を戦うことは、覚悟のない被告は嫌でしょうね。
    原告側の理由はいろいろあるでしょうが、被告が嫌がるタイミングが訴訟に適した時期といえるかもしれません。

    1. 訴訟はタイミングが大事なので、コロナショックで弱っているところを狙う戦略もあるかと。それから、ライセンスロイヤリティを狙う場合も、今後売上が減ることが分かっているなら、過去分に焦点を当て、売上が高い今のタイミングで訴えるということも考えられます。

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