はじめに
知的財産権の保護と利用のバランスを取る著作権法において、フェアユース抗弁(fair use defense)は極めて重要な役割を果たしています。2025年5月23日に第2巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Second Circuit、以下「第2巡回区」)が下した Romanova v. Amilus Inc. 判決は、著作権侵害事件におけるフェアユース抗弁の適用範囲と要件について重要な指針を示しました。
本判例は、特に変革的使用(transformative use)の概念と正当化要件(justification requirement)について、最高裁判所のCampbell v. Acuff-Rose MusicおよびAndy Warhol Foundation v. Goldsmith判決の理解を深める内容となっています。地方裁判所による職権でのフェアユース抗弁提起という手続的問題と、フェアユース抗弁の実体的要件の両面で重要な示唆を与える判決です。
事件の概要と背景
本事件は、ロシア人のプロフェッショナル写真家Jana Romanovaが、自身の著作権で保護された写真を無許可で使用されたとして、Amilus Inc.を相手取って提起した著作権侵害訴訟です。
当事者と事実関係
原告のRomanovaは、写真のライセンス料を主要な収入源とするプロの写真家です。彼女は、ロシア人女性と2匹の蛇を撮影した写真を制作し、この写真をNational Geographic Magazineに対して単回使用の限定的ライセンスを供与していました。同誌は2017年9月29日に「Intimate Photos of People and Their Beloved Pet Snakes」という記事でこの写真を掲載しました。Romanovaは2017年10月3日に米国著作権局にこの作品を登録しています。
被告のAmilus Inc.は「www.ai-ap.com」というウェブサイトの登録所有者です。同社は2017年12月31日、National Geographicの記事からRomanovaの写真を複製し、自社ウェブサイトの「Trending: Dogs, Cats ․ and Other Pets, to Start Off 2018」という記事に掲載しました。このウェブサイトの閲覧には月額約5ドルの会費が必要で、同社は一般向けの商品販売も行っています。
Romanovaは2019年12月26日にこの無許可使用を発見し、2度にわたって削除要求と使用停止を求める通知を送付しましたが、Amilus Inc.は応答せず、対応もしませんでした。
法的争点の整理
2022年10月20日、Romanovaは著作権法第501条に基づく故意の著作権侵害(willful copyright infringement)を主張して提訴しました。Amilus Inc.は召喚状と訴状の送達を受けたにもかかわらず出廷せず、デフォルト証明書(Certificate of Default)が発行されました。
ここで重要な展開が生じました。Romanovaがデフォルト判決(default judgment)を求める申立てを行った際、地方裁判所は被告の使用がフェアユースに該当するという理由で、職権により(sua sponte)原告の訴えを却下したのです。地方裁判所は、被告による写真の再掲載が原告の写真とは異なるメッセージを伝達しているため、フェアユース抗弁が「訴状の記載から明確に成立している」と結論づけました。
フェアユース抗弁の法的枠組み
フェアユース抗弁は、著作権法の柔軟性を確保する重要な制度です。第2巡回区は、この抗弁の法的枠組みを詳細に説明しています。
著作権法第107条の4要素
著作権法第107条は、フェアユース判断において考慮すべき4つの要素を規定しています。第1要素は「使用の目的と性格(商業的性質か非営利教育目的かを含む)」、第2要素は「著作権保護対象物の性質」、第3要素は「著作権保護対象物全体との関係における使用部分の量と重要性」、第4要素は「著作権保護対象物の潜在的市場または価値に対する使用の影響」です。
最高裁判所は、フェアユースが著作権侵害に対する積極抗弁(affirmative defense)であり、その主張者が使用の正当性を立証する責任を負うことを明確にしています。Warhol判決では「フェアユースは積極抗弁であり、主張者が使用を正当化する責任を負う」と述べられています。
最高裁判例による基準の発展
Campbell v. Acuff-Rose Music判決は、フェアユース抗弁の第1要素において2つの重要な考慮事項を確立しました。第1の考慮事項は、複製物が原著作物を「代替する」か、それとも「新たな表現、意味、またはメッセージとともに何か新しいものを追加し、最初のものを変更する」かという変革的性質の判断です。
第2の考慮事項は、複製の「正当化」の重要性です。Campbell判決は、パロディと風刺を区別し、「パロディは既存の素材の一部要素を使用して、少なくとも部分的にその作者の作品について論評する新しい作品を創造するため、明確な変革的価値を主張できる」と述べています。一方、「論評が原著作物の内容やスタイルに批判的関連性を持たない場合、申立人の他者の作品からの借用の公正性に対する主張は相応に減少する」としています。
Andy Warhol Foundation v. Goldsmith判決は、この正当化要件がパロディ事件に限定されるものではなく、すべてのフェアユース主張に広く適用されることを明確にしました。同判決はCampbell判決の正当化に関する論評の重要性を明示的に再確認し、「財団は写真を複製する独立した正当化、ましてや説得力のある正当化を提供していない」と指摘しています。
変革的使用の誤解と正しい理解
本事件において、地方裁判所は変革的使用の概念について重大な誤解を示しました。第2巡回区は、この誤解を詳細に分析し、正しい理解を提示しています。
地方裁判所の誤った分析
地方裁判所は、被告による写真の使用が、原告の写真とは異なるメッセージを伝達していると判断しました。地方裁判所によれば、National Geographicに掲載された原告の写真のメッセージは「ロシアでペットとして蛇を飼う人々を紹介し、主流の家畜により関連付けられる一般的な環境で愛玩用の蛇を捉える」ことでした。一方、被告による掲載が伝達する異なるメッセージは「オンラインで流通するペット写真の絶えず増加する量」だと判断されました。
しかし、第2巡回区は、この分析が変革的性質のテストを根本的に誤解していると指摘しました。裁判所は「変革的性質のテストは、原著作物の複製が原著作物とは異なるメッセージを伝達するかどうかに依存するのではなく、複製者が別途そのようなメッセージを宣言するかどうかに依存する」と明確に述べています。
正しい変革的使用の基準
第2巡回区は、真の変革的使用の要件を詳細に説明しています。変革的使用として認められるためには、複製が原著作物とは異なるメッセージを伝達することが必要ですが、これは「複製者が複製行為とは別に事実を主張するだけでは変革的として扱われない」と強調されています。
Campbell判決やWarhol判決の先例において、複製が原著作物によって伝達されないメッセージを伝達するという理由だけで変革的とみなされるという示唆はありません。変革的性質が認められる複製は、「科学の進歩」を促進するため、知識を前進させるものでなければなりません。
本事件では、被告が原告の画像について述べたことにもかかわらず、その無許可複製と配布は原著作物が伝達したもの以外のメッセージを伝達していませんでした。これは著作権の目標を何ら促進するものではなく、単に原著作物の「目的を代替する」ものに過ぎませんでした。
商業的使用とフェアユースの関係
第2巡回区は、商業的使用とフェアユース抗弁の関係についても重要な指針を示しています。
第1要素における商業性の位置づけ
本事件において、被告の使用は明らかに商業的目的でした。被告は有料会員制ウェブサイトで原告の写真を使用し、一般向けの商品販売も行っていました。商業的使用は、それ単独では決定的ではないものの、原告により有利に働く要素として考慮されます。
第2巡回区は、被告の複製者が変革的性質のテストと正当化の必要性を示すテストの両方で不合格となっただけでなく、商業的目的での複製も行ったと指摘しています。これは決定的ではないものの、被告よりも原告により有益な要素だと判断されました。
正当化要件の具体的適用
第2巡回区は、批評や論評以外の正当化事由についても詳細に検討しています。裁判所は、「批評や論評(またはその作者)が、最終的にフェアユースとして認められる正当化を提供する唯一の使用であることを示唆するものではない」と明確に述べています。
正当化が認められる他の事例として、複製が複製された作品について公衆に情報を提供する場合、公共の利益に関する任意の主題について貴重な情報の提供を可能にする場合、または公衆に貴重なサービスを提供する場合が挙げられています。重要なのは、これらの場合、複製が元の作品の市場での代替品として機能しないよう、公衆が複製品にアクセスできないという状況に限定されることが多い点です。
本事件では、地方裁判所が被告による原告の著作権保護された写真の再掲載をフェアユースとみなす結論を説明する唯一の理由は、被告がオンラインでペット写真を掲載する傾向の増加を認識したという陳述でした。しかし、このような観察は、たとえそれが真実であったとしても、著作権で保護された表現の無許可複製と配布を正当化するものではありません。
裁判所の職権による抗弁提起の是非
本事件では、地方裁判所が不出廷被告に代わって職権によりフェアユース抗弁を提起したという手続的問題も重要な争点となりました。
多数意見の立場
第2巡回区の多数意見は、デフォルト被告に対する積極抗弁を職権で考慮することを裁判所が絶対的に禁止されているわけではないとの立場を取りました。裁判所は、「デフォルト被告に対して積極抗弁を職権で提起することについて、裁判所は慎重でなければならない」ことを認めつつも、「デフォルト被告が利用可能な積極抗弁の考慮を裁判所が絶対的に禁止する規則は存在しない」と述べています。
多数意見は、積極抗弁の職権での考慮を過度に硬直的に拒否することが、訴訟を濫用の道具にしかねないと警告しています。被告のデフォルトは、必ずしも被告が法的手続きを軽率に軽視したことを意味するわけではなく、小規模企業は弁護士を雇う費用を単純に負担できない場合があります。このような状況で、明白な有効性を持つ積極抗弁の適用が訴状の記載から明らかである場合、これらを無視することは不当な害をもたらす可能性があります。
反対意見(Sullivan判事)の論理
一方、Sullivan判事の反対意見は、より狭い根拠での逆転を主張しています。Sullivan判事は、地方裁判所が不出廷被告に代わって職権でフェアユース積極抗弁を提起した点で手続的に誤りを犯したとし、これだけでも逆転と差し戻しの十分な理由になると主張しています。
Sullivan判事は、「原告が著作権侵害の一応の請求を適切に立証している場合、被告はフェアユースを積極抗弁として主張することができる」が、「フェアユースは積極抗弁であるため、それを主張する当事者が立証責任を負う」ことを強調しています。同判事は、地方裁判所が被告に代わって積極抗弁を提起し、その後原告にこの抗弁を十分に反駁しなかったことで非難したのは誤りだったと指摘しています。
実務への影響と留意点
Romanova v. Amilus Inc. 判決は、知的財産実務において重要な影響を与える可能性があります。
著作権権利者への示唆
著作権権利者は、フェアユース抗弁に対する対応戦略を見直す必要があります。本判決は、単なる文脈の変更や異なる目的での使用では変革的使用として認められないことを明確にしました。権利者は、侵害者が主張する「異なるメッセージ」や「新たな目的」の実質性を詳細に検討し、真の変革的性質と正当化要件の欠如を立証する必要があります。
商業的使用における権利行使では、使用者の商業的利益と変革的性質の関係を慎重に分析することが重要です。本判決は、商業的使用が必ずしも決定的ではないものの、権利者に有利に働く要素であることを再確認しています。
利用者側の注意事項
著作権保護された素材を利用する側は、変革的使用の立証要件がより厳格になったことを認識する必要があります。単に異なる文脈で使用したり、異なる目的を主張したりするだけでは、フェアユース抗弁は認められません。真の批評、論評、または公共の利益に資する具体的な正当化が必要です。
商業的使用を行う場合は、特に慎重なリスク評価が必要です。Warhol判決以降、同一市場での競合的使用に対する司法の姿勢は厳格化しており、本判決もその傾向を支持しています。
知的財産実務における考慮事項
国際的な著作権実務において、アメリカの厳格化した基準が他国の実務に影響を与える可能性があります。多国籍企業は、グローバルな権利行使戦略の見直しが必要になるかもしれません。
テクノロジー企業への影響も無視できません。AI学習データの使用やプラットフォーム上のコンテンツ利用において、本判決の厳格な変革的使用基準が適用される可能性があり、より慎重な権利処理が求められるでしょう。
まとめ
Romanova v. Amilus Inc. 判決は、フェアユース抗弁の適用において、単なる文脈の変更や用途の異なる利用では変革的使用として認められないことを明確にしました。第2巡回区は、地方裁判所が変革的使用の概念を誤解し、適切な正当化要件の分析を怠ったと厳しく指摘しています。
特に重要なのは、最高裁Campbell判決およびWarhol判決の理解を深め、正当化要件の重要性を再確認した点です。複製者が単に「異なるメッセージ」を主張するだけでは不十分であり、真の批評、論評、または公共の利益に資する具体的な正当化が必要であることが明確になりました。
職権による積極抗弁の提起という手続的問題についても、本判決は重要な指針を示しています。多数意見は柔軟なアプローチを支持する一方、反対意見は当事者主義の重要性を強調しており、この問題は今後も議論が続くことが予想されます。
今後の著作権侵害事件において、本判例の厳格な基準が広く適用されることが予想され、権利者・利用者双方がより慎重な検討を行う必要があります。AI技術の発展やデジタルコンテンツの利用拡大に伴い、変革的使用と正当化要件に関する法理の発展は、知的財産実務の中核的課題となっていくでしょう。