特許訴訟において特許の有効性と侵害が認められた場合、損害賠償額が大きな論点になります。今回は、訴訟になった案件に酷似した類似ライセンスが存在していたことにより、類似ライセンスのロイヤリティが賠償金額の計算に全面的に採用され、利益の配分の考えによる賠償金額の減額が行えなくなったという判例を紹介します。
被告の再審請求 (request for a new trial) を却下した連邦巡回控訴裁判所 (the US Court of Appeals for the Federal Circuit) は、損害賠償額を肯定し、適切なロイヤリティを決定するために十分に比較可能なライセンスが使用されていたため、利益の配分 (apportionment) は不要であると説明しました。
判例:Vectura Ltd. v. GlaxoSmithKline LLC 他、事件番号 20-1054 (Fed. Cir. Nov. 19, 2020) (Prost, C.J.)
ベクチュラ(Vectura)社は、乾燥粉末吸入器などの肺投与用の複合活性粒子の製造に関する特許を所有しています。ベクチュラ社は、GSK社のElliptaブランドの吸入器が特許を侵害しているとして、GlaxoSmithKline社(GSK)を提訴しました。裁判では、陪審員は特許が有効であり、侵害されていると判断し、9000万ドル ($90 million) の損害賠償を命じました。侵害に関するGSKのJMOL ( judgment as a matter of law. 法の問題としての判決すること)の申し立てが却下された後、GSKは控訴しました。
連邦巡回控訴裁は、GSK社の主張をすべて棄却して上告を棄却しました。連邦巡回控訴裁は、クレームの構成 (claim construction) の問題に基づき、GSKは非侵害のJMOLを受ける権利があるとするGSKの主張を棄却しました。特許の主張されたクレームは、活性物質の粒子の表面に粒子状添加剤材料(ステアリン酸マグネシウム)を添加して構成された「複合活性粒子」に関するもので、これらの粒子の分散を促進するために(例えば、吸入器などで)使用されます。GSKは、ベクチュラの科学的テストは技術的に欠陥があるため、分散が改善されたという実質的な証拠はないと主張しました。連邦巡回控訴裁判所は、このテストはベクトゥーラの見解を「概ね支持する」ものであるとしたものの、いずれにせよ、ベクトゥーラはGSK自身の文書を含め、侵害が疑われている吸入器が分散性が改善されたことを示す他の証拠を提供していたと結論付けました。
連邦巡回控訴裁はまた、請求項の「複合活性粒子」という用語を、連邦地裁が「活性物質の粒子と1つ以上の添加剤の粒子が固定され、活性粒子と添加剤の粒子が気流中で分離しないように構成された単一の粒子状物質」を意味するものと誤って解釈したとするGSKの主張を棄却しました。GSKは、この用語は特許の明細書に記載されている「高エネルギー粉砕」プロセスの使用を必要とすると主張したが、連邦巡回控訴裁はこれを否定し、「[主張]特許には高エネルギー粉砕が必要であることを示唆する記述がいくつか含まれているが……それらの記述は、高エネルギー粉砕が単に好ましいプロセスであることを示す多数の記述によって相殺されている」と述べています。
連邦巡回控訴裁はさらに、ベクチュラ社の損害賠償論 (damages theory) は欠陥があるというGSK社の主張を退けました。ベクチュラ社の損害賠償論は、2010年に締結された、非常に類似した技術に関する当事者間のライセンスに基づくものでした。GSKは、ベクチュラ社の損害賠償論は、単にこの先行ライセンスのロイヤルティ率を採用しただけであり、「特許を取得した混合物が、侵害が疑われている吸入器の市場価値全体 (entire market value) に基づいた損害賠償論を提示する前に、被告とされた吸入器に対する消費者の需要を牽引したことを示すことができなかった」と主張していました。
裁判所は、市場価値全体のロイヤリティベースが不適切な場合、通常は利益の配分 (apportionment) が必要とされるが、「十分に比較可能なライセンスが適切なロイヤリティを決定するための基礎として使用されている場合、更なる利益の配分が必ずしも必要とされない場合がある」という点で、本件は「かなり特殊な状況」を示していると指摘しました。このようなケースは、2010年のライセンスが「十分に比較可能」であり、「利益の配分の原則が効果的に組み込まれている」ケースであり、GSKの損害賠償に関する再審請求を却下した連邦地裁の裁量権は濫用されていないと判断しました。
GSKはまた、ベクトゥラが裁判で侵害が疑われている吸入器の米国での売上高が30億ドル ($3 billion) であることについて言及したことは不適切であり、偏見を与えるものであったと主張しました。連邦巡回控訴裁は、裁判記録、この数字への様々な言及、およびそれに関連して当事者が行った異議申立を検討した結果、このような言及は不適切ではあるが、新たな裁判を必要としないとする「経験豊富な裁判官の判断を過小評価する根拠はない」と判断しました。
解説
特許侵害訴訟において、特許の有効性や侵害はとても重要なポイントですが、損害賠償金の計算も重要な点です。特に、賠償金の算定方法や関連する商品、売上、特許で守られた発明が製品の需要にもたらす貢献度など、さまざまな要素によって賠償金は大きく異なります。そのため、通常の特許訴訟では、当事者は賠償金を査定するための専門家をそれぞれ雇い、どのような金額が「適切か」を争います。
賠償金を算定するにはさまざまな方法がありますが、今回はライセンスを行った場合の計算方法が採用されたようです。ライセンスをベースにした計算方法の場合、entire market value rule (EMVR)やsmallest salable patent practicing unit (SSPPU)と言った両極端のアプローチがあり、規格必須特許であるSEPのようなものも含めて、特許ライセンスに限定してもその「適正」なロイヤリティベースやレートはアプローチによって大きく異なります。
さて、今回は侵害が認められた製品に関するライセンスをベースにした損害賠償金が争われたのですが、訴訟になった製品に対する「適切なロイヤリティ」の議論は、類似ライセンスがあったことにより大きく省略されました。
通常は類似ライセンスがあったとしても参考にされる程度で、個別の訴訟案件に対して査定が行われますが、今回は、類似するライセンスが「非常に類似した技術」に関するものであり、訴訟の「当事者間のライセンス」であったことが大きな要因になったと思われます。
CAFCにおいても、本件は「かなり特殊な状況」を示していると指摘したように、類似ライセンスの事実的背景が今回の訴訟で問題となっている事実と多くの共通点(同じベクチュラ社とGSK社の間)や類似点(技術)があったため、今回侵害が立証された製品について個別に考慮しなくてもよいという判断に至りました。
賠償金を支払う側のGSK社としては、今回のように類似ライセンスが参考にされる場合であっても、さらにSSPPUの考え方を採用して特許の貢献度に応じた利益の配分 (apportionment) を行うことで支払う金額を下げたかったのですが、類似ライセンスはすでに利益の配分されていて「十分に比較可能」とCAFCは判断しました。
今回のような類似ライセンスが賠償金査定を決定してしまうようなことは稀です。しかし、類似するライセンスがすでに存在するのであれば、それが損害賠償に考慮されることは避けられません。逆に言えば、広くライセンスされている技術に類似する技術における特許侵害訴訟の場合は、ある程度の損害賠償の目処がつくはずなので、今回の判例は訴訟の早期の段階でのリスクアセスメントに参考になると思います。
TLCにおける議論
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まとめ作成者:野口剛史
元記事著者: 元記事著者:April Weisbruch. McDermott Will & Emery(元記事を見る)