Patent litigation strategy diagram highlighting the differences between PTAB and district court claim construction standards in the Kroy IP Holdings v. Groupon case

クレーム戦略の重要性再考:PTABと地方裁判所の立証基準相違によるIPR estoppel(禁反言)適用範囲 – Kroy IP Holdings, LLC v. Groupon, Inc.

はじめに

連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は2025年2月10日、Kroy IP Holdings, LLC v. Groupon, Inc.事件において、特許審判部(PTAB)の無効判断に基づく禁反言(Estoppel)の適用範囲を明確に限定する判決を下しました。本判決は、当事者系レビュー(IPR)と地方裁判所訴訟における立証基準の違い—IPRでの「証拠の優越」基準と地方裁判所での「明確かつ説得力ある証拠」基準—に着目し、PTABでの無効判断が未審理クレームに対する禁反言効(estoppel effect)を生じさせないという原則を確立しました。

この画期的な判断は、特許権者の財産権保護と特許システムの整合性のバランスを図るものであり、特許権者と被疑侵害者双方の訴訟戦略に重大な影響を与えます。本記事では、この判決の詳細と実務への影響について解説し、IPR戦略と訴訟戦略の再考を迫られる特許実務家に有益な視点を提供します。

事件の背景と手続き的経緯

本件の経緯を時系列で整理すると以下のようになります:

  1. 2017年10月、Kroy IP Holdingsは、コンピュータネットワーク上のインセンティブプログラムに関する米国特許第6,061,660号(以下「’660特許」)について、Grouponに対して特許侵害訴訟をデラウェア州連邦地方裁判所に提起しました。初期段階では、Kroyは13の代表的なクレームについて侵害を主張していました。
  2. 2018年10月、GrouponはPTABに対し、’660特許の21のクレームについて2件のIPR請求を提出しました。
  3. Grouponによる新たなIPR請求の提出期限(訴状送達から1年以内)が経過した後、Kroyは訴状を修正し、IPRで争われていなかった追加のクレームについても侵害を主張するようになりました。
  4. 2020年4月、PTABはIPR請求で争われた21のクレームすべてについて無効との最終判断を下しました。Kroyはこの判断に対してCAFCに上訴しましたが、2021年6月にCAFCはPTABの判断を支持しました。
  5. 2022年3月、Kroyは再度訴状を修正し、IPRで争われなかった14の新たなクレーム(以下「新主張クレーム」)について侵害を主張しました。
  6. Grouponは、PTABで無効と判断されたクレームと新主張クレームは「実質的に差異がない」として、禁反言の原則に基づき訴えの却下を申し立てました。
  7. 地方裁判所はGrouponの主張を認め、訴えを却下しましたが、CAFCはこの判断を覆しました。

立証基準の相違に基づく判断

CAFCが本件で特に着目したのは、IPR手続きと地方裁判所訴訟における立証基準の違いです。この相違が禁反言の適用に与える影響について、CAFCは以下のように判断しました:

  1. 立証基準の相違: IPR手続きでは「証拠の優越(preponderance of the evidence)」という比較的低い立証基準が適用されるのに対し、地方裁判所訴訟では「明確かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」という高い立証基準が適用されます。
  2. ParkerVision v. Qualcomm事件の先例: CAFCは2024年のParkerVision, Inc. v. Qualcomm Inc.事件を引用し、立証基準の違いがある場合には禁反言は適用されないという原則を確認しました。この事件では、PTABが装置クレームを無効と判断したことが、同一特許の方法クレームの有効性に関する証言を地方裁判所で制限する根拠にはならないと判断されました。
  3. B&B Hardware及びGrogan判例に基づく禁反言の例外: CAFCは、B&B Hardware, Inc. v. Hargis Indus., Inc.Grogan v. Garnerといった最高裁判例を引用し、「第二の訴訟が異なる法的基準(特に異なる立証基準)を適用する場合」には禁反言の適用に例外が生じるという原則を確認しました。
  4. 異なる法的基準適用時の禁反言不適用原則: 上記の先例を踏まえ、CAFCは「PTABが証拠の優越の基準で下した無効判断は、地方裁判所訴訟において他の未審理クレームに対する禁反言効を生じさせない」という原則を明確にしました。

この判断において、CAFCは特許権者の財産権保護を重視し、明確かつ説得力ある証拠の基準を満たさずに特許権者の権利を奪うことは適切でないと強調しました。

先例との区別

本判決では、従来のCAFCの判例法理との関係も整理されています。特に、XY, LLC v. Trans Ova Genetics事件Ohio Willow Wood Co. v. Alps S., LLC事件という二つの重要な先例について、その適用範囲が明確化されました。

XY, LLC v. Trans Ova Genetics事件の適用範囲

XY事件で確立された原則について、CAFCは以下のように整理しました:

  1. 無効判断確定済クレームの特殊性: XY事件は、PTABで無効と判断され、その判断がCAFCで確定したクレームについては、もはや地方裁判所で主張できないという原則を確立しました。
  2. 「存在しなくなった」クレームvs.「無効判断されていない」クレーム: CAFCはParkerVision事件の理屈を踏襲し、一度無効が確定したクレームは法的に「存在しなくなる」のに対し、未審理のクレームは「推定的に有効」であり続けると説明しました。
  3. 確定判断の効果と未判断クレームの推定有効性: XY事件での禁反言は、PTABの事実認定によるものではなく、クレームの法的な取消しという結果に基づくものであると整理されました。つまり、無効判断が確定したクレームそのものを地方裁判所で主張できないというだけであり、異なるクレームに対する禁反言効を生じさせるものではないとされました。

CAFCは、これらの区別により、XY事件で確立された原則は本件には適用されないと判断しました。具体的には、XY事件では無効が確定したクレーム自体の主張が禁じられたのに対し、本件では無効判断を受けていない別のクレームの有効性が問題となっています。CAFCは、無効確定クレームの「存在しなくなった」法的状態と、未審理クレームの「推定的に有効」という法的状態の間には明確な違いがあり、前者に関する禁反言効が後者に自動的に及ぶものではないと強調しました。さらに、XY事件での禁反言は事実認定ではなく法的結果に基づくものであるため、異なる立証基準が適用される未審理クレームへの波及効果は認められないと明確に線引きしました。

Ohio Willow Wood事件との相違点

また、Ohio Willow Wood事件についても、CAFCは以下のように本件との相違点を明確にしました:

  1. 地方裁判所間の判断と立証基準の一致: Ohio Willow Wood事件は、ある地方裁判所の無効判断が他の地方裁判所での訴訟に及ぼす影響を判断したものであり、両方の法廷で同じ立証基準(明確かつ説得力ある証拠)が適用されました。
  2. PTAB-地方裁判所間の立証基準の相違: 一方、本件では、PTABと地方裁判所という異なる法廷間で、異なる立証基準が適用されることが問題となっています。

この相違点を踏まえ、CAFCは、地方裁判所がOhio Willow Wood事件に依拠して本件に禁反言を適用したことは、最高裁判例の原則を無視した法的誤りであると結論づけました。

実務への影響

本判決は、特許権者と被疑侵害者双方にとって重要な戦略的示唆を含んでいます。実務への影響として、特に以下の点が注目されます。

特許権者への戦略的示唆

本判決を受けて、特許権者は以下のような戦略的対応を検討する必要があります:

  1. ポートフォリオ戦略の見直し: 一つの特許内に複数の独立クレームと従属クレームを設けることの戦略的価値が高まりました。特に、クレームの差異化を図ることで、IPRで一部のクレームが無効となっても、残りのクレームで権利行使できる可能性が広がります。
  2. 特許出願時のクレーム数と範囲の再考: 米国特許商標庁(USPTO)は通常、3つを超える独立クレームと20を超えるクレームに追加料金を課しますが、本判決を踏まえると、この追加費用を支払ってでも多様なクレームを確保することの価値が高まっています。
  3. 権利行使のタイミングと戦略的計画: 特許権者は、最初の訴状では比較的少数のクレームに焦点を当て、IPR請求期限(訴状送達から1年)経過後に、訴状を修正して追加のクレームを主張するという段階的戦略が有効になります。
  4. IPR請求期限を利用した訴訟タイミングの戦略的選択: IPR請求期限後に新たなクレームを追加することで、実質的に被告がそれらのクレームに対してIPRを請求する機会を制限できます。

これらの戦略は、特許権者が自身の権利をより効果的に保護し、IPRによる無効化のリスクを分散させるのに役立つでしょう。

被告/IPR請求者への影響

一方、被告および潜在的なIPR請求者にとっては、以下のような対応が必要になります:

  1. より多くのクレームを対象とするIPR請求の必要性: 被告は、特許権者が現在侵害を主張しているクレームだけでなく、将来主張される可能性のあるクレームも含めて、より包括的なIPR戦略を検討する必要があります。
  2. 複数のIPR請求の検討と費用対効果分析: USPTOのIPR請求料金は、最初の20クレームまでで$23,750、追加クレームごとに$470(2025年現在)であり、IPR開始決定後には$28,125の追加料金がかかります。被告はこれらの費用と、地方裁判所での訴訟リスクを比較衡量する必要があります。
  3. 早期段階での包括的なケース評価の重要性: 被告は、訴訟の早い段階で、問題となる特許のすべてのクレームについて非侵害および無効性の評価を行うことがより重要になります。
  4. 非侵害および無効性防御戦略の再検討: 被告は、特許権者が戦略的に訴訟を分割または段階的に進める可能性を考慮し、より包括的な防御戦略を立てる必要があります。

これらの対応は、IPRを活用して特許の無効化を図ろうとする被告にとって、より慎重かつ包括的なアプローチの必要性を示唆しています。

結論

Kroy IP Holdings v. Groupon判決は、IPR手続きと地方裁判所訴訟の相互作用に関する理解を深化させ、特許紛争の戦略的アプローチに大きな影響を与えるものです。立証基準の相違に焦点を当てたこの判決は、特許権者の権利保護と特許システムの整合性のバランスを図るものとして評価できます。

具体的には、この判決により、PTABでの無効判断が地方裁判所での未審理クレームに対する禁反言効を生じさせないことが明確になりました。この原則は、IPR手続きが「証拠の優越」という低い立証基準を適用するのに対し、地方裁判所では「明確かつ説得力ある証拠」という高い基準が要求されることに基づいています。

特許実務家は、この判決を踏まえて、特許出願戦略、IPR対応戦略、そして訴訟戦略を再考する必要があります。特許権者にとっては新たな権利行使の機会が広がる一方、被疑侵害者はより包括的な防御戦略が求められることになるでしょう。

今後の実務において、この判決がどのように適用され、特許紛争の動向にどのような影響を与えるかについては、引き続き注視していく必要があります。特許専門家は、この新たな法的枠組みを活用し、クライアントにとって最適な戦略を構築することが求められています。

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