2020年5月1日(金)、特許審判不服審査会(以下「PTAB」)の最高行政特許判事(Chief Administrative Patent Judge)Scott R. Boalick氏は、Arthrex事件のもとで連邦巡回控訴裁から差し戻しがあったPTAB案件のすべての審議を一時停止すると発表しました。
Boalick最高行政特許判事による今回の命令は、米国最高裁がArthrexで提起された憲法上の問題を検討するまで有効です。 具体的には、この命令により、PTABは100件以上のPTAB案件とArthrexに基づいて差し戻しされた追加の案件を、「最高裁が請願書(Petition for writ of certiorari)に対処するか、そのような請願書を提出する期間が満了するまで」、「現場と当事者に負担をかけないように」保留するように命じています。
背景
昨年10月、連邦巡回控訴裁は、PTABで権利付与後の全ての手続(post grant proceedings)を担当する特許行政判事(以下「APJ」)が憲法上のApportionments Clauseに違反して任命されたとの判決を下しました。しかし、その違法性を解消するために、連邦巡回控訴裁は、AIAの下でAPJに与えられている雇用保護を切り離し、PTABの最終判決(final decision)を取り消しました。そして、憲法上承認された新たなPTABパネルの下で更なる審理を行うために、取り消された大量の最終判決はPTABに差し戻されました。
Arthrex事件に関しては今までに記事を書いているので、詳しい情報はここを参考にしてください。
差し戻しの現状
Arthrex事件以降、Arthrex以前に決定されたがArthrex後に上訴された権利付与後の手続のすべての決定は、連邦巡回控訴裁判所によって取り消され、新たに指定されたPTABパネルの下で更なる訴訟を行うためにPTABに差し戻しされています。その案件数はこれまでに100件以上に上り、今後もおなような命令が出て、その数が更に増えることが予想されます。
一時停止される期間
このような差し戻し案件の氾濫を避けるために、Arthrexの下で差し戻しされた現在および将来のすべての案件は、最高裁がArthrex判決を再検討する機会を得るまで保留されます。Arthrexが最高裁に請願書を提出すると仮定すると、Arthrexを考慮して取り消され、差し戻しされたPTABの手続きは、(1)請願書が却下された場合は今年の秋まで、(2)最高裁がこの案件を取り上げた場合は翌年まで、保留される可能性があります。最高裁はCOVID-19のパンデミックを考慮して、最高裁への請願書の期限が90日から150日に延長されたため、Arthrexの請願書は8月に提出されることになるでしょう。
解説
Arthrex事件そのものは、憲法に関わるテクニカルな部分に関わるAPJの立場というか権利が問題だったので、日本の知財プロフェッショナルが内容自体を詳しく知る必要はありませんが、この事件で重要な点は、上記の問題点を解消するためにCAFCが取った対策です。
つまり、ある条件を満たした100件以上のPTAB案件(Arthrex適用案件)に対する新しいAPJパネルによる再審議が今後PTABのリソースを大きく圧迫する可能性があります。
今回のBoalick最高行政特許判事による命令で上記のArthrex適用案件の審議は一時停止しましたが、最高裁の判断によっては、審議が再開され、PTABは通常のIPRなどの審議に加え、100件以上ものArthrex適用案件に対して審議を行わないといけなくなります。
再審議の際に法律で決められた期限があるかはわかりませんが、通常のIPRなどの手続きは法律で最終判決(final decision)を出すまでの期間が決まっているので、現状のAPJのリソースを考えると、(更に以前担当していないAPJがパネルになることも考え)、今後のPTABのリソースが需要に追いつかず、手続きが滞る可能性があります。
また、IPRは特許訴訟で訴えられた際に被告側が活用する場合が多く、Arthrex適用案件の対応でリソースが枯渇してしまうと、特許訴訟で訴えられた被告側の戦略にも影響が出てくる可能性があります。
さらにPTABにおける遅れは、関連する特許訴訟を長期化させ、当事者の訴訟費用などの負担も増加させるかもしれません。
このArthrex事件はPTABに大きな負担をもたらす判決なので、特許庁としては、最高裁で審議してもらい、連邦巡回控訴裁とは異なった判決を出してもらうことを望んでいるようです。しかし、最高裁で審議されない、または、審議されても連邦巡回控訴裁の判決が覆らなかった場合、PTABのリソースを大きく圧迫する可能性があるので、Arthrex事件は今後も注意深くフォローしていく必要があります。
まとめ作成者:野口剛史
元記事著者:Daniel B. Weinger, Vincent M. Ferraro and Matthew S. Galica. Mintz (元記事を見る)