はじめに
連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は2025年3月4日、Restem, LLC v. Jadi Cell, LLC事件において、プロダクトバイプロセスクレーム(product-by-process claim、物の製造方法によってその物を特定するクレーム形式)の特許性評価に関する重要な判決を下しました。この判決では、製法限定物クレームの評価においてプロセスではなく生成物自体に焦点を当てるべきという原則が再確認され、固有先行性(inherent anticipation)の立証には先行技術プロセスが必然的にクレームされた生成物を生成することの具体的証拠が必要であることが明確にされました。
本記事では、この重要判決の詳細分析を通じて、プロダクトバイプロセスクレームの無効性と侵害の分析が根本的に異なることや、特許実務者がクレーム作成・評価において考慮すべき重要な指針について解説します。この判決は、バイオテクノロジー分野を含むプロダクトバイプロセスクレームを活用する特許戦略に大きな影響を与えるものとなるでしょう。
事件の背景
特許と技術概要
Jadi Cell社は米国特許第9,803,176号(’176特許)を所有しています。この特許は、哺乳類の臍帯組織の上皮下層(subepithelial layer、以下「SL」)から得られる特定の細胞マーカーを持つ幹細胞に関するものです。
問題となったクレーム1は以下のようなプロダクトバイプロセスクレーム形式で記載されていました:
1. An isolated cell prepared by a process comprising:
placing a subepithelial layer of a mammalian umbilical cord tissue in direct contact with a growth substrate; and
culturing the subepithelial layer to allow isolated cells from the subepithelial layer to be self-renewing and capable of culture expansion,
wherein the isolated cell expresses at least three cell markers selected from CD29, CD73, CD90, CD166, SSEA4, CD9, CD44, CD146, or CD105, and
wherein the isolated cell does not express NANOG and at least five cell markers selected from CD45, CD34, CD14, CD79, CD106, CD86, CD80, CD19, CD117, Stro-1, or HLA-DR.
この特許の技術的重要性は、特定の細胞マーカー発現パターンを持つ幹細胞集団を、哺乳類臍帯組織の上皮下層から二段階のプロセスで分離する方法にあります。
訴訟の経緯
Restem社は特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下「PTAB」)に対して当事者系レビュー(Inter Partes Review、以下「IPR」)を請求し、’176特許が先行技術によって固有に先行されている(inherently anticipated)、または自明(obvious)であると主張しました。
具体的には、Restem社はMajoreという先行技術文献が’176特許のクレームを固有に先行すると主張しました。PTABはRestem社の無効の主張を退け、Restem社はこの決定をCAFCに控訴しました。
クレーム解釈の争点
「配置(placing)」ステップの解釈
PTABは「哺乳類臍帯組織の上皮下層を成長基質と直接接触させる」(”placing a subepithelial layer of a mammalian umbilical cord tissue in direct contact with a growth substrate”)という限定を「細胞培養を可能にするために、上皮下層を含む哺乳類臍帯組織を意図的に成長基質に接触させる」(”intentionally contacting mammalian umbilical cord tissue containing the subepithelial layer with a growth substrate to allow for cell culture”)と解釈しました。
Restem社はこの解釈に対して、PTABが暗黙のうちに明細書から追加的な制限(上皮下層を他の臍帯組織から分離すること、および分離した上皮下層を内側を下にして成長基質に配置すること)を読み込んだと主張しました。
CAFCはPTABの判断を支持し、PTABのクレーム解釈に誤りはないと判断しました。CAFCによれば、PTABがMajore参考文献とクレームプロセスの相違について言及したのは、クレーム解釈として追加の制限を読み込んだのではなく、Majoreのプロセスが必ずしもクレームされた細胞マーカー発現プロファイルを持つ細胞を生成するとは限らないという事実認定の一部であるとしました。
「単離細胞(isolated cell)」の解釈
もう一つの争点は「単離細胞(isolated cell)」という用語の解釈でした。PTABは明示的にこの用語を解釈しませんでしたが、「発現する/発現しない(expresses/does not express)」という用語を「マーカーが対照サンプルと比較して存在/不在であることが確認される(marker is determined to be present/absent as compared to a control sample)」と解釈し、これは「単離細胞」を「細胞集団(cell population)」を意味するものとして解釈したことと一致すると述べました。
Restem社はこの解釈が明細書の明示的定義に反すると主張しました。明細書には「本明細書で使用される『単離細胞』という用語は、哺乳類臍帯の上皮下層から分離された細胞を指す」と定義されていたためです。
CAFCは、PTABが「単離細胞」を暗黙のうちに「細胞集団」と解釈したことを認めましたが、この解釈に誤りはないと判断しました。その理由は:
- クレーム言語と明細書が「細胞集団」という解釈を支持している
- 出願過程で審査官が一貫して「細胞集団」または「細胞の集団」として言及していた
- 出願人が審査官の明確な主張に黙認したことでクレーム範囲が狭められた
特に重要なのは、細胞マーカー発現の分析が細胞集団レベルで行われるという両当事者の専門家の合意があったこと、および審査官が一貫して特許出願を「細胞集団」として扱っていたことをCAFCが重視した点です。
固有先行性(Inherent Anticipation)の分析
プロダクトバイプロセスクレームにおける法的基準
CAFCはプロダクトバイプロセスクレームに関する重要な法的原則を明確に述べました:
- プロダクトバイプロセスクレームの特許性評価では「プロセス」ではなく「生成物」に焦点を当てる
- 固有先行性の立証には先行技術プロセスが必然的に(inevitably)クレームされた生成物を生じることの証明が必要
- 侵害の判断では「プロセスと生成物の両方」が重要
この原則に基づけば、古い製品は新しいプロセスで製造されたとしても特許性がないという長年の特許法の原則を反映しています。
Restemの主張とその反論
Restem社は「プロダクトバイプロセスクレームにおいては、先行技術がプロセスステップを開示している以上、固有先行性は自動的に認められる」と主張しました。つまり、プロセスステップが満たされれば、製品は必然的に存在するという論理です。
しかしCAFCはこの主張を明確に否定しました。CAFCによれば、Restem社は特許性評価と侵害分析を混同しており、分析の焦点を「クレームされた製品が先行技術に開示されているか」から「クレームされたプロセスが先行技術に開示されているか」に不適切に転換していると批判しました。CAFCは特許性の評価においては、プロセスではなく生成物に焦点を当てるべきという基本原則を強調し、プロダクトバイプロセスクレームであっても、その特許性は最終的な生成物の新規性・非自明性によって判断されるべきであると明確にしました。
裁判所の結論
CAFCは、Majoreの開示プロセスが必然的にクレームされた細胞マーカー発現を持つ細胞を生成するという証拠がないと判断しました。具体的には、以下の点が重要でした:
- Restem社は、Majoreのプロセスによって生成された細胞が必然的にクレームされた細胞マーカー発現プロファイルを持つことを示す試験証拠を提出していない
- 細胞マーカー発現は様々な条件や要因によって影響を受ける可能性がある
- PTABの判断を支持する実質的証拠が存在する
CAFCは、「必然的に」という固有先行性の厳格な基準を強調し、単に類似したプロセスが先行技術に開示されているだけでは不十分であると判断しました。
プロダクトバイプロセスクレームの特許実務への教訓と戦略
この判決は特許実務者に対して複数の重要な教訓を提供しています。まず、プロダクトバイプロセスクレームにおいては無効性と侵害の分析アプローチに明確な違いがあることを理解する必要があります。無効性の分析においては「製品」自体に焦点を当てるべきである一方、侵害の分析では「プロセスと製品の両方」を考慮しなければなりません。この二面性を適切に把握し活用することが効果的な特許戦略の基盤となります。
固有先行性の主張を行う際には具体的な証拠の提示が不可欠です。単に先行技術が「似ている」または「同様の」プロセスを開示しているというだけでは不十分であり、そのプロセスが必然的にクレームされた生成物を生成することを示す明確な証拠が必要となります。Restem社のケースでは、この証拠の欠如が敗訴の一因となりました。
また、出願過程での対応が後のクレーム解釈に重大な影響を及ぼすことも本判決から明らかになりました。審査官の明確な主張に対して出願人が黙認した場合、それによってクレーム範囲が意図せず狭められる可能性があります。特筆すべきは、明細書における用語の明示的定義があったとしても、出願履歴での対応がそれに優先されることがあるという点です。明細書と出願過程での対応の整合性確保は極めて重要であり、審査官のコメントに応答する際には、将来のクレーム解釈にどのような影響を与えるかを常に考慮した慎重な対応が求められます。
効果的なクレーム戦略としては、生成物の特徴を明確かつ具体的に定義し、プロセスの記載にのみ依存しないクレーム構成を心がけることが重要です。特に生物学的製品のような複雑な生成物においては、その構造的・機能的特徴を可能な限り具体的に記載することで、先行技術との差別化を図りやすくなります。例えば、細胞製品の場合、特定のマーカー発現プロファイルや機能的特性を定量的に規定することで、固有先行性の主張に対する防御力を高めることができるでしょう。
特許性の評価段階では生成物自体の新規性・非自明性を前面に押し出し、一方で侵害の場面においてはプロセスの特徴を活用した差別化戦略を展開することで、特許取得と権利行使の両面で有利なポジションを確保できます。このようなプロダクトバイプロセスクレームの二面性を意識したクレーム作成と戦略的アプローチが、効果的な特許保護のために不可欠です。
結論
Restem v. Jadi Cell事件は、プロダクトバイプロセスクレームの特許性評価において、プロセスではなく生成物に焦点を当てるべきという基本原則を再確認しました。また、固有先行性の立証には単なるプロセスの類似性だけでなく、必然的に同一の生成物が得られることの証明が必要であることも明確にしました。
特に注目すべきは、出願過程での対応が後のクレーム解釈に重大な影響を与え得ることです。明細書に明示的定義があっても、審査官の解釈に黙認することで、その定義よりも狭い解釈が確立される可能性があります。
この判決は、特許実務者がプロダクトバイプロセスクレームを作成・評価する際の重要なガイダンスとなります。プロダクトバイプロセスクレームの特許性と侵害における二面性を理解し、適切なクレーム戦略を立てることが、効果的な特許保護のために不可欠です。